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捨て身

「ダルケディガ!」

 焦ったジョセフの声。

 影から現れた全身は、鼻先から短い尾の先までで10m強。律奏機の背丈より少し小さいくらいか。

 そんなとんでもない大きさの、厳つい顎を持つ狼のような獣がクレストスの左膝に噛み付いている。

 生身の人間なら、自分の背丈並の大きさの犬に襲い掛かられたら抵抗なんてできるものじゃない。

 だが、クレストスは左脚に噛み付かれながらもなんとか踏ん張り、激しく体を振って引き倒そうとするダルケディガの動きに耐えている。

 四足歩行の獣であっても、生身よりはるかに重くて硬い律奏機相手では、犬が人間を相手にするようにはいかないようだ。

 クレストスは耐えているだけでなく、剣を振り下ろして攻撃している。だが、倒されまいと体を引きながらでは毛皮を貫くことができない。

「凌駕変異体相手では、傷を負わせることも困難です。ヴェルミール、いやアルクストゥルスならば。しかし、近すぎる。」

 ジョセフが呻くように言う。

 事実、激しく体を振るダルケディガの動きは機敏で、アルクストゥルスは弓矢を構えたままだ。そしてヴェルミールは長剣を片手に距離を取り、近づけずにいる。

「師匠ならできる。なんでやらないんだ!」

 俺は思わずジョセフの軍服を掴み、詰め寄った。背丈の違いがあるから、服の裾を握りしめた俺は、側からは大人に縋る子供のように見えるだろう。

『ギルよ、敵は他にもおる。』

 師匠が、ジョセフが持つ光像板を通じて俺を諭す。その声にジョセフを見上げると、彼も口を引き結んでから、話し始めた。

「スラグディガ変異体はあと一体確認されています。おそらく、影から奇襲する隙を伺って姿を隠しているのでしょう。ヴェルミールはそれを警戒してい…」

「さっきは森の中にいる奴らを見つけていたじゃないか!」

 話を遮った俺に対して、ジョセフは、憐むように僅かに眉を寄せながら、

「クレストスの神碧であれば発見できますが、今は守りのためにダルケディガを観ているので使えません。」

 そう、淡々と伝えた。

「そんな…」

 俺が後ずさって戦場を見ると、ダルケディガはクレストスの左膝に食いついていて、身をよじるたびに、パキン、ブチン、パキンバキンと、怖気の走る音が鳴っている。

「クレストスが負けるはずない。」

 悔しさをにじませてミックが声を上げる。

「そうだよ。クレストスはシディンの守護神だよ。だから、絶対に負けないよ。ねぇ父さん、そうでしょ?」

 ニールが、カーニィさんに叫んだ。

 もちろんだ、と答える声を背中に聞きながら、俺は窓から身を乗り出してクレストスを見続けていた。

 装甲が砕かれ、鉄の筋肉が引きちぎられる。

 その甲高い叫びが、俺に、あの時の情景を突きつけてくる。

 目の前で世界が、大切な人が、割れていく。

 あの時の、何もできない無力な俺が、今ここにいる。

 バキン!

 ついに、クレストスの膝を覆っていた装甲が噛み砕かれた。

 金属を引き裂く音がしてダルクディガがクレストスから離れ、そして、左膝の下を食い千切られ鋼の骨格と関節を剥き出しにされたクレストスが、身体を支えられずに倒れた。

 追撃しようとしたダルクディガが横から射ち込まれた矢を躱して跳ぶ。その合間にクレストスは騎体を起こしていて跳躍からの体当たりを盾で防いだが勢いを支えきれずに後ろへと倒れ込んだ。

 片足が使えなくなって、完全に力負けしてる。

 クレストスの上にのしかかったダルクディガは、盾越しに大きく牙を剥きだして襲いかかる。狙いは首だ。

 クレストスは剛獣の身体との間に盾を挟み込んでいるので凌いでいるが、剛獣は身体を捩って盾をずらしては前足と牙を繰り出し続けている。

 さっきと同じだ。そしてさっきより悪い。

 剛獣に盾を潜り抜けられたら、クレストスには身を守る術はないだろう。

「アルクストゥルス、法術で支援を。」

『ダメだ!対凌駕級の法術は、クレストスでもタダではすまない。』

 ジョセフとカーチスがそう言いあっている間にもアルクストゥルスは矢をつがえたまま位置を変えるが、ダルクディガは身体の向きを変えて急所を狙えないようにしている。

 姿を見せないもう一体の剛獣のためにヴェルミールも動けず、一方的にクレストスに傷が増えていく。

 その有様から目を逸らすことができずに、俺は、記憶の奥底から湧き上がるあの時の情景と、クレストスが傷つく度に噴き出す激しい感情に揺さぶられて、何もできなくなっていた。

 俺は無力だ。あの時も今も。

 巨大な獣に襲われている、父が駆る巨人の姿に、俺はどうしようもなく混乱して見ているだけだ。

 左手に力がこもる。

 あの時は、そう、左手にあの小さな箱を握りしめていたはずのあの時は、俺は天音に一言伝えようとしてもできなかった。

 その記憶が俺に閃きを与える。

 そうだ、今はあの時とは違う。

 今の俺は、話すことができる。

 でも、何を?

 そう考えようとした俺よりも早く俺はジョセフに駆け寄り彼が持っていた光像板に飛びついて

「父さんがんばれ!」

叫んでいた。

「そんなのちょっとでかい犬ッころじゃないか。クレストスが負けるはずない。父さんが負けるはずない。がんばれ!」

 それは、俺とは違う誰かの言葉のように聞こえた。確かに俺が言っているのに、だ。

 俺は俺が泣きながら光像板にまくし立てる姿を、少し離れた感覚で受け止めながら、それが決して不快ではなく、自分のうちから出て自分に溶け込んでいくのを感じていた。

『ギル、大丈夫だ。』

 父さんの声。

 これまでは感じたことが無かった頼もしさに、膝から力が抜けて崩れそうになる。

『大丈夫だ、クレストスは負けない。だからギル、安心しなさい。』

 父さんの言葉に俺は落ち着きを取り戻した。

 なぜなのかわからないけど、何の根拠もないけど、きっと大丈夫だ。

 そう感じて、戦場を見る。その直後に

 ギャウン!

 とダルクディガが苦痛に吠えて宙を舞った。

 父さんがどうやったのかはわからない。だけど、クレストスが右足を使って、剛獣の腹を蹴り飛ばしたのだ。

 そしてクレストスは騎体を起こし、右足で立ち上がる。

 満身創痍だ。

 左手に持つ盾は半分以上が砕けていて残った部分もゆがみ、使い物にならないと判断したのだろう。投げ捨てた。

 全身の装甲にはいたるところに傷があり、何か所かは装甲自体が壊れて外れている。

 左脚は膝から下がだらりと力なく、ただ地面についているだけだ。

『左右小盾収納位置へ。固定解除。』

 父の声が聞こえて、クレストスの両肩を守っていた小盾が背中に回り、ガシャン、と音を立てて垂れ下がった。両肩、と言っても右側の小盾はドゥードリッシュとの戦いで砕かれダルケディガの攻撃を受け支持具の先で折れてしまっているから、小盾があるのは左側だけだ。

『私がダルクディガを押さえ込み動きを止めます。カーチス曹長、一撃で仕留めてください。』

 父さんが指示を出し、右手に予備の短剣を構えた。

『はいよ。ガッシュ、徹甲矢だ。』

『応。記録は済んだぞ。いつでも出せる。』

 軽い口調で言うカーチスにガッシュさんが応え、アルクストゥルスが右肩の、腰まで届く大きな装甲の内側に収められた筒に右手を添えた。1本だけ長さの違うその筒が開き、黒く光沢のある金属の矢が滑り出してきて手に収まる。

「指揮官殿、アルクストゥルスが極超音速兵器を使用します。対衝撃波防御を。」

 ジョセフがカーニィさんに告げた。

 その進言に頷いたカーニィさんが、控えていた部下に

「全隊に緊急指令。アルクストゥルスが極超音速兵器を用いる。8号奏具を準備し待機。」

と命じると、兵士たちが動き出して命令を伝えていく。

 その間、ダルクディガはクレストスを攻めようとしていたが、ヴェルミールが牽制をしたので機を掴めずにいた。お互いに牽制を繰り返しているうちに、アルクストゥルスは両足をしっかりと踏ん張り真っ直ぐに立ち、左手に構えた長大な弓に金属の矢をつがえて頭上に掲げ、腕を下ろしつつ騎体の右肩まで弓弦を引く。

『いつでもいいぜ。』

 カーチスの不敵な声。

 直後にヴェルミールが一歩動き、わずかに開いた空間を抜けダルクディガが駆けだして跳んだ。

 狙いは当然、クレストスだ。

 クレストスが地面を蹴り砕き、左脚を大きく踏み出す。

 そう、左脚だ。クレストスの左脚は膝を食い千切られていて、身体を支えることはできない。

 できないはずだ。

 だけど、父さんは左足が地面に着くと、動かせない膝が折れるより早く騎体の重さと勢いを使って右脚を浮かせて進め、ダルクディガとの間合いを詰めてからさらに踏み込んだのだ。

 それが剛獣の不意を突いた。

 片足を使えないクレストスが踏み込んでくると思っていなかったのだろう。ダルクディガは前足を使ってクレストスを押さえようとしたが近すぎて、慌てて噛みついてくる。

 クレストスが、左腕を大きく開けた獣の口へ突き入れた。

 ダルクディガがとっさに顎を閉じ牙が装甲を削る音が響き、クレストスは剛獣に腕を噛まれたまま右足だけではどうしようもなく倒れる。

 倒れ込むクレストスに、さらに牙を剥きだした獣が襲いかかった。

 跳躍したダルクディガの影から姿を現した、もう一体のダルクディガだ。

 そいつが、クレストスの首を狙う。

 クレストスは剛獣の牙を右腕で受け止め、いや、大きく開いた口に短剣を突き入れ頬を貫いた。

そして両腕に獣を食いつかせたまま倒れる。

 背中の小盾が倒れた反動で振られ、ダルクディガの頭に引っかかった瞬間に

『左右小盾固定。』

 父さんの声。クレストスは、剛獣に噛ませた両腕と肩から延びる小盾の支持具を使い、厚い装甲を纏った騎体を重しとして、2匹のダルクディガを押さえ込んでいた。

『カーニィ、対衝撃波防御!』

「全隊8号奏具を発動せよ!」

 父さんの声にカーニィさんの命令が続いて、兵士たちが窓際でバトン型の奏具を掲げる。

中空に描かれた紋様が煌めいた。

 戦場となった平地のそこかしこや城壁からも、同じ光が煌めいている。

 その光が弾けると同時に

『射て!』

父さんの命令。

 ダルクディガが弾け飛んだ。


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