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変異体

 今までも厳しいと感じる声を聞いたことはあった。だけど、ジョセフの厳しさというのは常に穏やかで落ち着いた雰囲気を纏っていたんだ。

 だけど今の声は違う。一切の甘さのない声。その声に驚いた俺たちはジョセフを見る。

 俺たちから離れたジョセフは指揮官を務めているカーニィさんに近付いて、机の上からガラス板の一枚を持つ。板にはうっすらとした光が文字や映像を描いていた。しかも動画だ。

(こんなものまであるなんて。でも、なんで普段は使わないんだ?)

 俺がショックを受けていると、ジョセフは手にした板を俺たちに見せながら説明する。

「これは光像板という奏具で、情報技官が送る法術を受信して表示しています。この煌糸通信は剛獣に感知される危険を伴うため、平時は使用できません。しかし、今はその剛獣を狩るのですから、問題なく使えます。」

 その話を聞いている間に光像板から涼やかな男性の声が聞こえ、カーニィさんがそれに応じた。

『こちら情報班タニタ。アルクストゥルスより律奏機間で五感共有の要請あり。指揮官に許可を求める。』

 カーニィさんが緊張した表情でジョセフを見ると、ジョセフは迷いなく頷く。

「タニタくんに任せる。やってくれ。」

 カーニィさんがガラス板に答えると、「了解」と短い返事があった。

「見て!クレストスに光が!」

 ニールの声に窓の外を見ると、3騎の律奏機は、その頭上にうっすらと光る虹の輪を浮かべていた。

『こちらクレストス。これより神碧を解放する。カーチス軍曹、法撃支援を実行せよ。』

『はいよ。』

 父の声とカーチスの返事が聞こえて、クレストスの眼前に深い緑の輝きが紋様を描いて広がった。

 アルクストゥルスが弓を構え、矢を放つ。

 矢に封じられた法術が森を震わせる中、そいつらは現れた。

 森が騒めき、それから、木々を揺らしながら何かが迫ってくる。大人2人で抱えるほどの太い木を蹴り飛ばして現れたのは、巨大な鳥だ。

 戦斧のような嘴を持つ鳥だ。羽は小さく、空を飛ぶ様子はない。かわりにたくましい太腿を持つ長い足で猛烈な勢いで走り、クレストスに駆け寄ると胸元目がけて嘴を叩きつけた。

 クレストスが盾で受ける。

 すると、300m離れた俺たちにも嘴が盾を打つ轟音が届いた。あの馬鹿でかい頭の鳥がとんでもない力を持っているのは間違いない。

 クレストスと鳥の戦いから少し離れ、森の間近まで近づいていたヴェルミールが剣を振り上げて木々の間に突き入れる。

 何もいないはずの暗がりから叫びが上がり、怒りに燃えた巨大なスラグディガが、2つの頭それぞれの牙を剥き出しにして赤い律奏機に飛びかかる。

 身体はひとつだ。

 背中に師匠の剣で斬られた傷が見えるが、それが深傷ではないのは反撃の長剣を躱した凄まじい跳躍でも明らかで、着地するとギラギラと輝く四つの眼でヴェルミールを睨みつけた。

「ドゥードリッシュとディルグディガ。どちらも凶禍変異体に属する剛獣です。糸脈との相互作用で生物の枠を超えた能力を得ていますから、人の手に負える相手ではありません。ここからが律奏機の戦いです。」

 ジョセフが手元の光像板を見ながら俺たちに話しかけ、すぐに板に向かって指示を出す。彼と連携してカーニィさんも兵士達に命令を飛ばしていた。

 彼らが見ている机の上には戦場全体を描いた地図があって、兵士が駒を置いたり何かを書き加えたりしている。

 それを見ると大きな赤い駒が7つ。2つは律奏機の駒の近くに、5つは森の中に置かれている。

 あの駒は何を意味しているのかと見ていると、それに気づいたジョセフが、アルクストゥルスを指差した。

 戦場に目を向ければ巨大な獣と戦っているクレストスとヴェルミールから離れた位置で、アルクストゥルスは矢を放ち続けていた。

「森の奥にはまだ5体の凶禍変異体がいます。一度に攻められれば彼らでも無事では済みません。ああして法術を撃ち込み、剛獣が森から出ないよう牽制しています。」

 なるほど、赤い駒は凶禍変異体の剛獣だったのか。

 納得した俺は、再び窓から戦場を見る。

 クレストスが、斧のような嘴を振るう巨鳥の猛撃を受け止めている。

 鳥が巨大な嘴と同じくらいの大きさがある頭を振り戻すリズムに合わせて右手の剣を突き入れ、大きな盾で巧みに嘴を受け止め跳ね除けて、少しずつ鳥を圧している。

 クレストスの剣は何度も巨鳥の胸元を捉えていた。しかし、その切っ先は羽毛に阻まれて、傷を与えることはできていない。

 お互いに有効打を与えられず打ち合ったところで、鳥が数歩下がり、苛立たしげにクケェッ!と叫んだ。

 数秒の間クレストスを睨み、鳥は地を蹴ってクレストスの右へと、盾がない側へと回り込み、頭をぐるぐると振り回す。

 脚力と遠心力が加わった嘴が連続して襲いかかり、クレストスは防戦一方になった。足元の踏ん張りが効かず滑るから、右手に回り込むドゥードリッシュについていけてない。

 こうなると巨大な盾は逆に重石にしかならない。

 両肩に備えられた小盾と分厚い装甲に嘴が叩きつけられる。

 ついに、右肩の小盾が砕けた。

 たたらを踏み足を滑らせながらクレストスが下がり、体勢を立て直そうとする。だがそれより早くクレストスの右に回り込んだ巨鳥が猛烈な勢いで迫る。

「あぶない!」

 ニールが叫ぶ。

(師匠は?)

 俺はクレストスの劣勢に動揺して戦場を見回し、視界の端に見えた赤い律奏機が助けてくれるのでは?と期待した。

 だが二つ頭の獣を斬り伏せたヴェルミールはクレストスに背を向けて森へと向かう。

『ローランド、お手本はそこまでにせよ。』

そう言い捨てて。

『わかりました。』

 ジョセフが手にした光像板から父の声が聞こえた。

 その途端に、クレストスの足がズシンと沈む。

 巨鳥の嘴が振り下ろされて、地面が爆ぜた。

 凄まじい速さで振り向いたクレストスが、城壁の如き盾を嘴に叩きつけ叩き返して、さらに踏み込んで鳥をぶん殴る。

 地面を蹴り砕く踏み込みで騎体ごと叩きつけられた盾の一撃に、ドゥードリッシュが跳ね飛ばされ、よろめきながら踏みとどまった。

 怒りの叫びを上げると、巨鳥はさらに勢いよく頭を振り回して走り出す。さっきと同じに盾がない右側から攻めるつもりだ。

 だが、クレストスが巨鳥へと突き進んだ。

 転身も蹴り込みも今までの比ではなく、力強い加速で猛烈に振り回される斧の内側に入り込むや首を盾で押し止める。

 至近距離だ。ドゥードリッシュは遠心力を使えない。体を無理やり捻って首を盾から逃し、辛うじて振り上げる。

 途端に、巨鳥は苦しげな鳴き声を上げて天を仰ぎ、そのまま力を失い倒れた。

 倒れた胸元の羽毛の中から、クレストスが血に濡れた剣を抜く。いつの間に?と思うほど巧みに、父はあの羽毛の守りを貫いて致命傷を与えたのだ。

「今の、なに?」

「クレストスは、なにをやったんだ?」

 クレストスが駆け抜けた地面に、小さなクレーターのような足跡がある。とんでもなく重いものを勢いをつけて叩きつけた。そんな足跡だ。

「重さを増やした?」

「ギル、その通りです。」

 俺の呟きを聞いたジョセフが言った。

「律奏機は、法術を用いて自身の重量を軽減しています。クレストスはその法術を制御し、己の重さと膂力を全て発揮したのです。」

 説明したジョセフから戦場に目を移すと、クレストスは先行するヴェルミールへと向かうところだった。その後ろに、アルクストゥルスが続く。

 3騎とも足を滑らせるような歩みではあるが、見事な陣形で進んでいる。

 クレストスの騎体には深い緑の光が絡みつくように煌めいていて、弓を構えたアルクストゥルスが法術の矢を放ち、じりじりと森へと迫る。

 すると、戦闘を進むヴェルミールが森に侵入したところで、弓を構えた巨兵が歩みを止めた。

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