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誕生

 ふしぎなおと

 あたたかい

 やわらかい

 いつまでも

 ゆらゆらと

 ゆれて

 おなじに

 鼓動が

 そうだ、この音は鼓動だ


鼓動


 鼓動という言葉が意味と繋がらない

 まるで、あのときみたいだ

 ことばがとける

 あのとき

 あたたかい

 やわらか




 いつまでも

 あたたかい

 つづいて

 俺は、あの時

 暗い、何も見えない、

 手を伸ばせば

 伸ばせない

 何かに

 やわらかい

 なにかに

 あたたかい

 やすらぎが




 突然にそれは始まった


 今までずっと自分だったはずのあたたかさが流れて、それ以外の部分を「お前はこれだけなんだ」と言わんばかりに残していく。

 自分だったはずのものが失われた途端に、世界を包んでいたやわらかい何かが残された自分に、「ここから出て行け!」と縮み寄り、一方へと俺を押しやっていく。

 その俺は、そんな感覚と狭い場所へ押し込まれる痛みと苦しさと言葉にならない思考とに翻弄されたままなにもできず、

 唐突に、解放された。


 自分を押しやる圧力から解放された俺を、刺々しい冷たさが襲った。

 何も見えず、あたりからは理解できない音が聞こえ、混乱した俺はなんとかしようとしてもどうしようもなく。

 なにかが、俺に触れた。

 強い。

 力強く、温かい、何かが、俺の、身体、そう、俺の身体を包み、、

 おかしい

 くるしい

 くるしい

 苦しい!

 上とか下とかもまともにわからないまま揺らされる感覚と苦しさが、俺を圧倒する。

 こんなの、耐えようがない、、

 俺は、思考を手放した。


 おぎゃああああああ!


 その直後に

 身体は肺に残っていた羊水を吐き出し、

 赤子は産声を上げた。




「まぁむ、だぁだ」

「あら!あなた、聞きました?この子、私達を呼びましたわ!」

「あぁ。すごいぞ。」

「まぁむ」

「そうよ。あなたのお母さんよ、坊や。」

 まぁむ

 うれしい

 わらう

「だぁで」

「あぁ。お父さんだ。」

 だぁだ

 うれしい

 わらう

「大したものだ。もう言葉を使えるようになったんだな。」

 ことば

 言葉

 うれしい

 わらう




 幼子が眠るベッドの傍、一組の男女がいる。

「ギルは、もう眠ってしまったのか。」

「えぇ。遊び疲れたのかしらね。」

 男の間近に寄り添い、女が答えた。

 女の肩に手を回した男が、困った様に言う。

「やり過ぎたか。しばらく会えないから、つい夢中になってしまった。」

 小さめの声は、いくらかの申し訳なさを含んでいた。

 そんな彼に、女はあからさまに冷ややかな目線を作って

「きっとサミーが、『寝付かせる手間が省けてよろしゅうございました。』って言うわ。こんなふうに睨みながら。」

 男が肩を竦めて怖い怖いとおどけると、女は、目線を下げ頬を男の胸板に寄せ、

「明日から戦ですわね。」

と、呟いた。

「圏域内紛争だからそれほど危険はない。だが早くてもふた月だ。家とこの子の事、頼む。」

 男が応える。幼子を起こさない気遣いなのだろう。女の髪を撫でる動作も声も静けさを破らぬほどであり、2人はそのまましばし沈黙する。

「承知しております。」

 女が答えた。

「この子も、家も、私が守ります。だから。」

 言葉を繋げ、止める。

「どうか、ご無事で。」

「あぁ。」

 願いの言葉は短く、返事もさらに短かったが、2人は幼子をそっと撫でると、睦まじく寄り添いながら部屋から出て行った。




「まぁむ」

 ?

「だぁで」

 ?

 まぁむ

 うれしい

 ……?

 だぁだ

 うれしい

 ……?


 夜明け前に目覚めた幼子は、両親の笑顔を欲して呼ぶ。

 しかし、両親は部屋におらず、世話を任されている乳母も離れていた。

 あるはずのものが無い。

 欲求と期待が満たされない事実は、幼子の心に原初的な恐れを呼び起こす。だが、


『あなた、気が早いわ。この子はまだ言葉を使えないのよ。』

 言葉

 ない


 幼子は、それらを思考し言い表すための言葉を持っていなかった。

 怖い。寂しい。会いたい。話したい。もどかしい。悔しい。

 言葉にならない情動と思考とに翻弄された幼子には、産まれたときから身についていた唯一のやり方に従う他はなく、恐れを怒りで覆って大きく息を吸って、叫びを発する。

 だが、その叫びは一瞬で途切れた。


(繋がった)

 そう自覚した直後から、押し潰されるような密度の感覚が俺に襲いかかった。

(またかよ。何度目だ?)

 あまりの密度に、思考が塗り潰されていく。俺は俺を保つことさえできず、湧き立つ激しい感情が思考を打ちのめす。

(ここは、どこだ。俺はどうなった)

 それでも、今度はまだ、少しでもものを考える機会があった。

(俺は、、、俺は直樹だ。俺は、、天音?そうだ天音は?)

 しかし、俺が耐えられたのはそこまでだ。

 押し寄せる感覚と感情が、俺をバラバラに引き裂いていく。

 消えていく自分を必死の思いで繋ぎ止めながら俺は、ようやく思い出した大切な名前を繰り返す。

(天音、、、そう、天音に、、渡す、、んだ)

(忘れるな。絶対に忘れるな。俺は、、なおきはあまねに、、)


 夜中、唐突に泣き出した幼子の声に目を覚ました乳母は、それが不意に途切れたことを心配に思いながら部屋の戸を開けた。

 彼女がベッドを覗き込むと、幼子は目を開けていて中空を見つめていた。

「ギルバート様、お目覚めですか?まだ夜中ですよ。」

 乳母は幼子に小さな声で子守唄を聞かせながら寝付かせる。幼子は、しばらく不思議な様子で彼女を見ていたが、やがて微睡み眠りに落ちていった。

「あまぁうぇ、、なーくぃ、、、」

 そう呟いて。


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