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09 看破

エレナは突然来訪して霊薬を要求したハーヴィンを用無しと断じて、敵意を見せた彼に秘紋の技で対峙します。

一方ギルはランダルを、その悪意を看破するべく問い詰めます。

 ハーヴィンの右手から生じた暗緑色の煌めきが縮れ乱れながらも方陣を描く。

 雷精との輪舞フォルドリス・ロンデリズは威力に欠けるが雷が対象にまとわりついて苦痛を与え行動を阻害する高等な精霊術法で、比較的目立たず周囲への被害も小さいという利点もある。

 広げた掌よりやや大きい三重の円には精霊たちの文字で彼らへの要求が記されているとされており、実際にそうなっているのかは兎も角、ハーヴィンが方陣を描き終えて力を流し込むと精霊たちは法術を発現する。

 するはずだった。

「染め返しだと?

 そんな、馬鹿な」

 描いたはずの方陣には赤い煌めきが混じり込み図形を乱し、彼の望みは精霊たちに届かなかったのだ。

「ラテニアでも有数の才能と持て囃されていても、基礎となる染弦強度がこの程度ではたかが知れているというもの。

 天賦の才に溺れ鍛練を怠り薬に頼るような者の染弦を奪うのは、赤子の手を捻るより簡単ね」

 唖然とするハーヴィンに悠然と告げると、エレナは扇子を手放し両手を顔の高さに掲げた。

 双方の指先で赤い煌めきを操り異なる秘紋を描く。

 ハーヴィンが、細く滑らかに描かれる輝線を目にして我にかえった。

双手描画(ツインピクト)

 二連発現(ドゥオス・エンハンス)二重複合秘紋(ダブル・マージ)か、どちらだ?

 いやまだ、俺の方が早い!)

 エレナが二つの秘紋からどんな法術を繰り出そうとしているかはわからない。だが彼女は秘紋を描き終えたところだ。

 法術が発現するには、描かれた秘紋を変化させなければならない。

 その時間は誰がどのように描いても不変。大きく異なれば発現に失敗する。

 ハーヴィンはその隙をつくために再び方陣を描く。

 今度は旋風の鎌(フェンドレ・トルニデ)。方陣を二重に描いてエレナの両手を的にした。

 射程威力範囲のいずれも低レベルだが、彼が使える中で最速の攻撃法術だ。

 エレナの手を傷付けて制御を失わせれば、描いた秘紋は無駄になる。

 そして秘紋二つを同時に描き制御するのは負担が大きい。

 いくらエレナが有能だと言っても、その状態で煌糸の染め返しを仕掛けるのは不可能だ。

 そう考えてハーヴィンは法術を選んだのだが、しかしエレナは艶然と微笑んでから口を開く。

 その唇から漏れたのは声ではなく赤い煌めき。

(何だ?)

 方陣を描き終えたハーヴィンの意識が一瞬迷う。直後、エレナの口から放たれたのは白光の矢。

「あっがっ!」

 直撃した瞬光矢(ベクトラアロー)が右手の甲の皮膚から肉と骨までを爆発的に加速して、彼は右手の指3本を根本から引き千切られた衝撃に体ごと振り回されてから倒れた。

 もちろん方陣は消え、エレナの秘紋は健在。ハーヴィンは右手の痛みに耐えて体勢を立て直し法術から逃れる用意をした。

「なっ? 馬鹿な」

 回避のために敵を視野に収めたハーヴィンは、さらに驚愕する。

 彼の眼前では、エレナが既に描いた秘紋を肩の上に浮かべたまま、両手で新たな秘紋を描き始めていたのだ。

四重秘紋(クワトロ・ルーン)だと?

 いや、五重(クィンティ)なのか」

 悪戯した少女のように舌を覗かせたエレナが慎ましやかな“あ”の形に唇を開け、舌先で秘紋を描く。

 口中の僅かな空間に描かれた秘紋は瞬光矢(ベクトラアロー)。攻撃用の法術としては基本的なものなので秘紋自体も単純な部類に入る。

 だが彼女はそれを舌先で口の中で、しかも二つの秘紋を両手で描き二つの秘紋を保持しつつ描くという離れ技を披露しているのだ。

 秘紋五つの同時制御は5学年、つまり僅か17歳の学生ができるような生易しいものではなく、軍や冒険者を含めてもトップレベルの技だ。

 エレナは赤い口紅を引いた唇をかすかに開け、赤い煌めきと共にハーヴィンに語りかける。

「相手の技量を推し量ることさえできないのに天才だと持て囃されるままに驕っていた。

 そんな方に相応しい終わりを与えましょう。

 最期に良いものが見られましたわね」

 愉悦を含んだ冷酷な声。

「思い通りにはならんぞ!」

 宣告の間に立ち上がっていたハーヴィンは左手を掲げ方陣を描く。利き手ではなくとも精霊術法は十分に早い。

 エレナの口元から放たれた白光を躱し、狙うべき相手を見据えて精霊への命令を

 グシャん

 背後から放たれた瞬光矢(ベクトラアロー)が、ハーヴィンの左手に細い穴を穿った。

「がああぁぁっなぜだ?!

 お前は気を失っていたはずだろう!」

 ハーヴィンが振り向きざまに叫ぶと、迎えの間ではカリンダが短剣を構えながら立ち上がろうとしている。

 彼女は元から気絶などしていないし、ハーヴィンに突き飛ばされても避けることはできた。

 ただ、エレナの意向を汲んで演じていただけだ。

 伏兵を把握するために目を離したハーヴィンは、それが命取りだと思い出しエレナへと向き直る。

 エレナは既に描いてあった4つの秘紋を、自分の面前に動かして重ね終えていた。

四重複合秘紋(クワトロ・マージ)……」

 彼は、薬欲しさに虎の尾を踏んだことを悟った。

「カリンダにゴミ掃除の手間をかけさせるのは、主人としても心苦しいものでしてよ」

「まて、俺が行方不明になればここにも捜査が」

「あら、自慢の惑いの隠れ蓑アムルゥ・コンリーヤェはそれほどご粗末でして?」

「な……」

 絶句したハーヴィンの目の前で重なり合った秘紋が動く。

 立体的に形を変える秘紋と秘紋が触れ合うと、そこから新たな煌めきが描画され繋がり紋様を描く。

 複雑極まりない描画の重なり。

 それは単に秘紋を描き連ねた時とは異なる法術を発現するのだが、扱うには秘紋についての高度な理解と技量を必要とする。

 4つの秘紋の交わりを自身の技量だけで制御できる者は稀だ。

 雨が水面に描く波紋のように幾つもの秘紋が揺らめき消えた。

 ハーヴィンを薄く白く光る球状の壁が囲む。

(閉じ込められた。まずい!)

 ハーヴィンは焦りのあまり甲に穴の空いた左手で殴りつける。その拳は猛烈な加速に引き千切られ壁を跳ねながら血飛沫と化した。

 自らの血の匂いと焼け付くような痛み。だが彼は耐え、小指と親指が残る右手を掲げた。

 理性的に考えるなら無駄なことだ。

 しかしハーヴィンはこの期に及んで思い出された情景、故郷から盛大に送り出してくれた両親と兄弟姉妹と親族たちの姿に応え生き残ろうと方陣を描く。

 遅々とした描写を嘲笑うように赤い煌糸が、壁の中を乱雑で緻密な網目で満たす。

 数多の結び目から炎と白光の刃が放たれる。次々と途切れることなく嵐のように。

 ハーヴィンの身体は白光に引き千切られ、千切られた血肉は炎によって焼かれていく

 ジリジリと削られ焼かれる我が身を見つめ、やがて目が裂かれて暗闇に閉ざされたハーヴィンの心に、

(いたいの? (・ω・)? つらいの?)

 彼がその才能を目覚めさせた頃から聞こえていた無邪気な声が、今この場では激しく動揺し嘆きながら問いかけてきて

(今まで道具みたいに扱ってきたのに)

 幼い頃に遊んだ思い出が甦った直後に、彼の意識は消えた。


 赤いカーペットに丸く残された焦げ跡


 焦げ跡の周りにはエレナが用いた法術、光濫砕断焼滅封炉バニシング・グラインダー・スフィアによって削ぎ尽くされ焼き尽くされた末に残った塵が舞い落ち、灰色を散らしていた。

 生物には生命活動に伴う強固な煌糸構造があるため、法術での直接的な干渉は現実的には不可能とされている。

 そこでこの法術は障壁で対象の逃亡を防ぎ、力場の嵐で身体を破壊することで煌糸構造を解体しつつ、引き裂かれた骨肉を火炎で焼き尽くすのだ。

 音も漏らさず2分とかからず人ひとりを塵にしてしまう強力な法術だが、それでも被害者の痕跡を全く残さずとはいかない。

 法術を解きハーヴィンがいた痕跡の前に立ったエレナは、応接間に立ち込める異臭に目を細めた。

「もうすぐ秋も終わりね」

「新しいお召し物を用意いたします。

 それから、部屋の模様替えの手配も」

「ええ、お願いするわ。

 今年は明るいものが良さそうね」

「かしこまりました」

 何事もなかったように相談を終えた主人は応接間を後にする。

 恭しく見送った侍女は焦げ跡を眺めて詰まらさなそうに溜息を吐くと、いつもより手間のかかる掃除に取りかかった。



「どうしたんですか? 何があったんですか?

 きちんと聞こえていますよ。

 だから安心して、話していいんですよ」

 突然飛び込んできたおともだち。思わず驚いてしまったけれど、ひと呼吸。落ち着きましたよ。

 ベンチに本を置いたところに

「姉さん?」

 耳元でカームの声。

 そうそう、法術で通話をしてるんでした。

「大丈夫ですよ何でもないですよ。

 カームは二人の見張りをするんですよ」

 ギルとランダルの会話を盗み聞きしているカームに言い聞かせて、私は目の前でちらちら瞬くおともだちの声に注意を向けました。

「(・ω・)、いない、いたい、くるしい、かなしい、あつい、いない」

 声と共に伝わってきた気持ちで何が起きたのかわかって、思わず言葉がなくなりましたよ。

「……辛かったですね。もう大丈夫ですよ。

 あなたのおともだちも、今は苦しくないですよ」

「(・ω・)、いない」

(ハーヴィン、貴方だったんですね)

 この子は、彼のことが気に入っていたんでしょう。周りのみんなが私を気に入っているみたいに。

 だけど彼がいなくなってしまって、行き場を失って私のところに。

「そうね。もういないんですね」

「うん」

「かなしいね」

「……うん」

 痛々しい気持ちが伝わってきて、冷たい風に気がつくと辺りが暗くなってましたよ。

 いけないいけない。

 気持ちを切り替えてっと。

「みんな、私は大丈夫ですよ。

 だからみんなのことをしていていいんですよ」

「☆○▽○♪笑ったよ」

「☆○▽○♪げんきだね」

 みんなが私から流れ出す煌糸の煌めきに触れると、私を気にかけるのはやめにして周りの雰囲気は元通り。

 そんなみんなに釣られるように、

「☆○▽○♪笑った、だいじょうぶ」

 悲しみに暮れていたおともだちもみんなの中に舞って混ざっていきましたよ。

 これでみんなのことは良し、ですよ。

「あの子の気持ちにあった景色……多分、エリザベスガーデンですね。

 しくじりましたねエレナ。

 みんなのことを知らないのだから、無理もないですけれど」

 おともだちが自分の気持ちの中に運んできたのは、ハーヴィンの気持ちの欠片。

 受け取るだけでも心が裂かれそうな、悲痛な感覚と感情の塊。彼とおともだちの絆の証。

 おともだちには人の区別がほとんどできないから明瞭ではないけれど、痛みと恐怖の中に一際くっきりと刻み込まれた赤い煌めきは、きっとエレナの力。

「ハーヴィン、貴方は私に嫌がらせばかりしてきて落第までさせた嫌な人でしたけど、こんな目に遭わされるほど悪い人じゃなかったですよ」

 同じ絆に支えられてきた私には、無視できない。

 でも、まずは確証を得ないといけないですね。それから、

「エレナには……その報いもまとめて突き返してあげますよ」

「姉さん?」

 いけない、つい声が大きく。

「こほん。

 カーム、ギルとランダルが別れたら、あなたはランダルを尾行するんですよ。

 見つからないように、私の方陣を貸してあげますからね。今のあなたなら使えるはずですよ」

「それは良いけど、姉さん?」

「ランダルに気取られるから黙りなさい。

 姉さんの言うことは黙って聞くんですよ」

「……わかったよ」

 む、反抗的。弟のくせに。

「じゃあ送りますよ」

 有無を言わさず言いつけて、私は煌糸を染弦。

 手元に集めてみんなに囁きます。

「カームに力を貸してほしいんですよ。

 みんな、あの子の姿も気配も何もかも、誰にも見つからないように隠すんですよ」

 みんなが私の煌糸を手に取り戯れながら、方陣を編み始めました。

 編まれた円環は5重2層。円と円の間にみんなが文字を編んでいきます。

「カームへ渡して。こっそりと、ですよ」

 パッと円環が消えて、もうカームの手に届いたはず。

「カーム、届きましたね。

 見つからないようにするんですよ」

「……」

「沈黙は肯定と見なします。

 任務放棄は裁判ですよ」

「明日の昼飯、奢れよな」

 む、弟のくせに。

 生意気ですね。

 でも、何も反撃しないで言うこと聞いてるより、振られたからって引きこもっているより、ずっとマシですね。

 成長したようでちょっぴり嬉しいですよ。

「A定食なら認めますよ」

 と言うことで御褒美はあげますよ。

 どうです嬉しいでしょう?

 そう思ったのに

「了解」

 カームは一言だけで術を切りました。



「ランダルどうした? 足りないなら注文するぞ」

 ランダルが不意に周囲を見回したので、俺は話しかけて彼の注意を引き戻した。

「あーっ、いやもういいっす。

 さすがに腹一杯っすよ」

 答えながらもランダルの目は素早く上下左右に動いている。明らかに何かを警戒している様子だ。

(カームの精霊術法がバレたか?)

 トイレに隠れたカームには俺とランダルの会話を聞けるように法術を使わせてある。

 精霊術法は精霊たちが力を働かせるため雰囲気の変化を伴い勘の鋭い奴なら気付ける可能性がある。

 だが気付けること自体がそいつの力量を証明することになるし、ランダルの嘘を即座に確かめるためには、カームに話を聞いてもらう必要があった。

(バレたとしても確証を持つのは難しいはずだ。

 ここは攻め入ってかき回してやるか)

 俺は目につくように腕を組んで顔を仰け反らし、ランダルに対する不満を示した。

「ランダル、そういえばスフィーが帰郷したら退学になることを勘違いしていて、お前のせいだって怒ってたぞ。

 あいつがさっき走って行ったのは、それを確かめに総務へ向かったんだ。

 調べてやるならもう一歩念入りにやってやるべきだったな」

 不意の態度と叱責に、ランダルが呆気に取られてから睨み返してくる。

「いや、俺はきちんと説明したし、あいつがよく読まなかっただけっすよ」

「だったらお前は、第8項のことをわかっていたんだな」

「そりゃ、例規を読めばわかりますよ。

 あいつにだってしっかりこうやって指差して見せてやったんです。

 それを俺のせいだなんて、スフィーの奴も真面目に見えて酷えっすね」

 ジェスチャーを交えつつ不満タラタラに文句をつけるランダル。

 その声の強まりに周りの目が集まるのを確かめて、俺は被害者ポジションを確保する手口の巧妙さに舌を巻いた。

 スフィーから直に話を聞いていなければ、こいつの不審さに勘付いていなければ、俺も騙されたかもしれない。

「それにカームもな、お前が色々言ってきたと話していたぞ。

 いや、これは今話すようなことじゃないが」

「待ってくださいよ!

 カームがオリエに手を出したのは、あいつが勝手にやったことっす。

 俺は関係ないっすよっつーか『断られて押し過ぎれば嫌われるぞ』って忠告してやったの、俺っすよ」

 声を荒げるランダル。

 俺はその目の前に指を突き出し、きつく睨みつけて口を封じる。

「お前、そうやって噂を広めたのか。

 俺はお前の指導を間違えていたかもしれないな」

 指先を巡らせて、周囲で聞き耳を立てている職員や生徒を示した。

 その間に耳元にはカームの声。

「嘘です。『押し過ぎれば嫌われるけど、一押しすれば案外落ちるぞ』って言ってきたんです」

 表情を険しくしてやるとランダルの顔色がはっきりと変わり、目に敵意がこもった。

 だがイニシアチブを渡してやるつもりはない。

「勘違いするなよ。お前は話をしながら周りに気を配れという意味だ。

 お前が軽々しく話したことを聞き齧った奴らが都合のいい部分だけを継ぎ接ぎしてカームの悪評を立てることまで、考えていなかったんだろう?」

 焦りを誘い術法に気付く余裕を奪うことも兼ね判断のミスだと疑ってかかると、ランダルは身を乗り出してきた。

「そんなのは、勘違いした奴が悪いだけっすよ。

 俺のせいじゃないっす」

 その煌糸の流れは「怒りで言い返している」と言わんばかりだ。そう、あまりにも「それらしく」見えすぎている。

 俺はランダルの冷静さを感じ取ったが、油断することなく注意を引く。

「そういう軽口で軍機が漏れて国家決闘に敗れた例を騎士課程で習う。

 この場で3つほど挙げられるぞ」

「俺は騎兵になれれば十分なんで」

 売り言葉に買い言葉の体で言い逃れるランダルだが、俺も声を張り周りに聞こえるように言い続けていた影響に気付いたのだろう。

 周囲からの冷たい視線に口を噤み、それから水を一口飲むと苛立たしげにテーブルを指で叩き始めた。

 その仕草に俺が黙ると、ランダルは間を計ったように口火を切る。

「あー、先輩、ごちそうさまでした。

 保護区の話はまた聞かせてください。

 俺、ちょっとスフィーの勘違いを解かないとならないんで」

 どうやらこの場では不利だと悟り仕切り直そうという腹らしい。カームの精霊術法に気付いている様子もない。

 だが、ここまで確証を得たならもう一押ししてもいいだろう。

「まぁ待ってくれ。俺の話は終わっていないんだ。

 ランダルお前、ニールの居場所を知っているよな?

 カームが一緒のところを見たって言っていたぞ」

 これは完全なブラフだったが、今までの話が事実に基づいていただけに見事に通じたようだ。

 ランダルが怒りを露わにして声を荒げた。

 始めて見る、「正常な」感情の流れだ。

「はあ!?

 いやそれは絶対ないっす。知らないっす!

 カームが俺に唆されたからって、出鱈目吹いてるだけっすよマジで!」

「そうか? スミカからも聞いていたんだがな」

 ランダルの顔色がはっきりと青ざめる。

 今まで俺たちを騙していたのだとすれば、気配を読み取ることに長けたスミカはランダルにとって最も警戒するべき相手のはずだ。

「本当に知らないのか?

 街で偶然会ったなら、その時のことを教えてくれるだけでも助かるんだが」

 俺が畳みかけると、ランダルは腰を浮かせながら周囲を警戒した。

「あー、すんません。

 俺この後急ぎの用があったんすよ。ダニーに実習のことで呼び出されてるんで。

 スフィーとも話さなきゃなんで、失礼します」

 俺は内心でほくそ笑んだ。

「ダニーの呼び出しか?

 遅刻をすれば俺までペナルティを喰らって腕立てになるじゃないか。

 早く言ってくれよ。いや呼び止めて悪かった」

 内心とは裏腹に早口で捲し立てたが、これは不自然ではないはずだ。

 ダニーことダニエル・ワインバーグはこのシディン王立軍務学校の名物教師で今も現役の律奏騎兵だ。

 とんでもない実戦派の戦闘狂で、多くの功績とその10倍以上の悪名で知られている。

 一癖二癖あるこの学校の教師の中でも学生たちに最も恐れられているのは誰かと聞けば、間違いなく彼の名前が返ってくる。

 そんな人物なのだから、俺が動揺してもおかしなところは全く無い。

(この場を離れる言い訳には一番都合がいい相手だよな)

 そんな考えを隠しながら手を振り話はもういいとランダルに伝えると、彼は素早く席を立った。

「ごっそさんでした。

 あー、今夜は俺、寮には帰れるか怪しいんでお願いします」

 早口で言い残して食堂から出て走り出すランダル。

 その姿を見送ってから、俺は小声で囁く。

「カーム、あいつを調べられるか?」

「はい。姉さんから尾行しろって、隠れ身の法術をもらっています」

「そんなことも出来るのか。

 いや、それよりカーム、ランダルは俺たちが思っていた以上の曲者だ。

 もしかしたらヒューイ以上かもしれない。

 気をつけろよ」

「わかりました」

「よし、あとは任せた」

「はい」

 内密の話を終えると、俺は席を立って食堂の職員に合図した。

 長話のお詫びに多めのチップをテーブルに置き、食堂を出る。

 それから両手を挙げて背を伸ばし第一整備場の巨大な建物を見上げる。

 その瞬間を見計らったように、視界の端で鮮やかな青が翻った。

 どうやら彼女も、昨夜の作戦通りに動いてくれるようだ。

「ランダルが切り上げてくれて助かったよ。

 遅刻すればただじゃ済まないからな。

 さて、早めに行って騎体を見ながら、ダニーを待つとしよう」

 俺は声に抑えられない笑いが混じったことを自覚して口を閉じる。

 そして悪名高い名物教師に朝一で頼み込んだ予定のために、再度第一整備場へと向かった。

もし面白いと感じたり続きが楽しみと思ったりしていただけましたら、お手数でも評価などいただければ幸いです。

たぶん、知命を超えたおじいさんが2分くらい小躍りして喜びます。

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