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爆炎の矢

 身体を揺るがす低い唸りは、まさしく吠え声だ。

 俺はその音の大きさだけでなく、それに込められた強い意志を叩きつけられ、思わず膝をついた。

 殺意だ。

 自分に向けられたものではなくても、それは俺に原初的な恐怖を呼び起こし、身を竦ませて縮み上がって隠れるよう命じてくる。

 隣ではミックとニールもうずくまって震えている。

 ジョセフは立っていたが、歯を食いしばり拳を固く握りしめているのがわかった。

 そのジョセフが、俺たちを見下ろして叱咤した。

「今のが、『鬨の声』です。剛獣たちに殺意を叩きつけ、宣戦布告したのです。さぁ、立って戦いを見届けなさい。」

 俺たちは3人で頷きあう。これに負けていたのでは律奏騎士になるなんて夢のまた夢だ。壁を手掛かりにしてお互いに励まし合い、立ち上がった。

 塔の窓から外を見ると、平地の向こうにある森の様子が明らかに違っていた。

 枝葉が激しく揺さぶられて森そのものが身震いしているかのようで、鳥たちは鳴き叫びながら空へと逃げていく。

 数えきれない唸り声が重なって押し寄せ、それには総毛立つくらいにはっきりと敵意が込められている。

 俺たちは刺々しい敵意の嵐に負けまいと歯を食い縛り、窓枠を握りしめて戦場を見た。


 ざわめく森へとクレストスが進む。

 曲面を描く分厚い装甲と両肩の支持具に備えられた小盾。そして巨大な盾と片手剣。その重厚さは城砦がそのまま歩いているかのようだ。

 ヴェルミールはラドワン師の動きそのままに颯爽と足を運び、右手へと走る。

 アルクストゥルスは長大な弓を支持具に構え、巧みな足捌きで左へと展開した。

 それぞれの律奏機の後ろには、大型のSUVよりをさらに一回り大きくしたくらいの装甲車が走っている。

「あれが支援車両だね。ガッシュさんとバッシュさんが乗っているんでしょう?」

 アルクストゥルスの後ろの装甲車を指差してニールがジョセフに聞いた。

「そうです。」

と短い返事。一息置いてから説明が続く。

「ガッシュは煌術師としてアルクストゥルスに精神を投射し、憑依支援を行っています。バッシュは躯体師として騎体の機能を管理しています。」

「知ってるよ。3人はいつも文句を言い合ってるのに、騎体を使うときは息がぴったりだってエリンさんが言ってた。」

 ニールの明るい声に、ジョセフの表情がわずかに緩む。しかし、彼はすぐにいつもの様子に戻って、森の方を示した。

「さぁ、剛獣が出てきます。いよいよですよ。」

 彼が告げると間もなく、森から数えきれないほどの生き物が飛び出してきた。

 それらは何かに追い立てられる様に走ってきたのだが、平地の先に圧倒的な大きさを持つ3騎の巨人を見るや散り散りに逃げ出した。

 しかし、逃げきる間も無く森から新たな何かが飛び出してきて、逃げ損なった生き物たちを引き裂いていく。

「スラグディガの群れですね。想定通りです。」

 狼に似ているが、狼よりも無骨で角ばった鼻先に短い後ろ脚を持つその獣は、しかし遠目にも狼よりずっと大きかった。

「あいつらか…あいつらがいなければ…」

 ミックの呟きにその顔を見れば、幼馴染みは険しい顔で獣たちを睨んでいる。

 3年前、人里に彷徨い出たスラグディガが、ミックを探すため街の外に出た父親に大怪我をさせ、そのために彼の父親は今も腕が自由には動かせずにいる。

 ミックが騎士を目指すようになったのは、あの事件からだ。だから、今ミックはあの時の気持ちを思い出しているんだろう。

 俺がそんなミックに声をかけようとすると、

「律奏機にとっては機敏で小型と、当てにくい的ではあります。しかし、そのような獲物は法術で対処します。」

 落ち着いた声でジョセフが説明を始めて、アルクストゥルスを指差した。

 俺たちは揃って、長大な弓を構えた巨兵を見る。

 アルクストゥルスは弓を構えたまま右手を頭の横に上げていた。そのため、右肩の腰まで届く大きな装甲の内側と、そこに備え付けてある筒状の部品がよく見えた。

 筒は4本あり、3本は円筒で同じ形をしていて、刻まれた模様の動きで時々回転しているのだとわかる。別の1本は他よりも長く角ばっている。

「アルクストゥルスは3機の汎用構術筒を有し、それぞれに法術を仮構築して保持できます。そして、専用兵装であるアトラールが結界の矢を構築してこれらの法術を封印し、投射します。」

 アルクストゥルスが構える長大な弓に備えられた筒が煌めいて、淡く光る透き通った矢を作り出す。

 次いで右肩の筒の1本が強く光を発するや、矢の中に揺らめく光の模様が現れた。

 アルクストゥルスが弓を引き矢をつがえて放つ。そのときにはもう次の矢が形作られていて、巨兵はわずかな間に3本の矢を放った。

 矢はきれいに3方向に分かれて、全く同時にスラグディガの背後に達して空中で弾け、

 剛獣の群れを爆炎が襲った。

 それぞれが律奏機3騎を覆えるような炎の嵐が3つ巻き起こり、炎の壁となって獣たちを飲み込んでいく。

 どれほどの威力があるのだろう。300m離れた塔の中にいる俺ですら熱が感じられて、轟音と振動が伝わってくる。

 炎が消えると、何十頭といた剛獣のほとんどは動かなくなっていた。そんな中、特に大型の、3mほどのものだけは立ち上がろうとしている。

 陽炎がゆらめく中でもがく獣たちに、赤い騎体が大地を滑りながら踏み込む。

 師匠が駆るヴェルミールだ。

 長身痩躯の律奏機は長い剣でまだ動く獣を薙ぎ払って殲滅すると、次の敵を待ち受けるかのように森に向き、肩に剣を担いだ。

 その後ろからクレストスとアルクストゥルスが近付き、3騎は森の手前で並び立つ。

「あんなにたくさんいたのに…」

 ミックが震える声で呟く。

 俺たちが聞いた話では、ミックの父親を襲ったスラグディガは二頭。それでも兵士たちは追い払うために10人がかりで戦った。それが、あっと思う間もなく殲滅されてしまったのだから、まだ6歳のミックやニールなら、どう受け止めればいいのか分からなくても不思議じゃない。

 いや、受け止められないのは俺も同じだ。

 剣と魔法のファンタジーで巨大ロボットがあると知っていて、そして生半可に日本で経験したゲームやVRコンテンツの記憶がある俺を、目の前の現実は知識も想像力も蟻のようにちっぽけなのだと踏みつける。

「これが、律奏機…」

 想像を遥かに超えた威力に、俺は、震えながら拳を握りしめていた。


 しかし、俺たちがどう思っていても戦いは状況を変えていく。

「しっかり見なさい。まだ終わってはいません。」

 ジョセフの叱咤に俺たちは我にかえってお互いを、それから再び窓の外を見た。

「あ!あいつらまだいる。逃げてるよ!」

 ニールが指さしたのは、ヴェルミールのすぐ背後だ。そこには数頭のスラグディガが律奏機から逃れようと駆け出していた。

 ジョセフが「想定内です。」と前置きして、平地を走る冒険者たちを指した。

「スラグディガは影渡りの魔導を持っているので法術から逃れることができたのでしょう。しかし、あの程度の大きさと数であれば冒険者たちでも十分に対処できます。」

「影渡りって、なんだ?」

 ジョセフの説明にミックが質問する。

 俺たちは魔道というのは剛獣が持つ特殊な能力だとは聞いていたが、どんなものがあるのかまでは日が足りなくて習えなかったんだ。

「影を出入り口に使って移動する魔導です。アルクストゥルスは法術の炎で影を消したのですが、あれだけいれば小型のものが逃れる程度は残ってしまいます。」

 説明を聞く間にスラグディガは平地の途中で何かに驚いたように向きを変え、それを繰り返しているうちに冒険者たちに包囲されていく。

 それだけでなく、平地の端の方でも冒険者と小型の剛獣との戦いが始まっていて、彼らの姿や法術らしい光が見えた。

「森の中と平地全体にはすでに罠と障害が仕掛けられています。剛獣を誘導する目的は果たせているようですね。」

 それほど苦労した様子もなく冒険者たちが逃げた獣を追い詰めて倒す。その様子を見て、ジョセフは満足そうに頷いた。

「なんか、戦いって感じがしないね。」

と、ニール。

 俺たちが見ている間に2度ほど森から剛獣の群れが現れたが、瞬く間に蹴散らされ、逃げたものも冒険者たちに倒されてしまう。

 そして剛獣は現れなくなり、冒険者たちが逃げた小物を倒すと、森は不気味な沈黙に包まれた。

「この程度の剛獣相手に戦う必要はありません。これは剛獣の侵攻による被害を防ぐための狩りですからね。」

 ジョセフが淡々と答えた。

 なるほど、これは狩りだ。怪我人は出るかもしれないが、一方的に剛獣を屠るだけの作業なのだ。

 今までは、確かにそういうものだった。

「戦いになるのは、これからです。」

 ジョセフが、今まで聞いたことのない厳しい口調で告げた。

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