閑話~国土艦セレスティナにて~
国土艦セレスティナの進宙式と、その後の出来事です。
ノーザンベルク十三世は名もない小さな宙浮島の海の上に、巨大な撒菱形の城塞構成となり三重の水環と2隻の国土艦を従えて浮かんでいた。
「諸君!」
極星の旅団国王アルシウスが、司令塔基部の高台から甲板とその下の船倉にある町を見下ろし、そこかしこに集まった民衆に拡声法術を使い語りかける。
人々の視線を受けて王は、右斜め後方に伸びる右舷艦を示す。
「ここにセレスティナ級国土艦セレスティナ並びにクラヴィスの進宙を行う」
語りながら左舷艦を示し、それから人々に向かい合った。
「これらは我々が新たに得た心強い協力者との縁もあって完成した、今までの欠点を克服した国土艦だ。
まずはその協力者を紹介したい」
高台に設けられた王のための演台。
その手前へ歩くのは、ティーエと槐。
2人が姿を見せると、民衆が喝采を上げる。
式典に沸き立つ人々を見下ろしながら、ティーエは表情をかちこちに固めたまま直立する。
(なんでこうなるの!?)
(国の食糧危機を救ったら当たり前)
心の中の叫びに、思い出が当然の結論を返した。
「彼女の名はティーエ。
成人に満たない年齢でありながら秘紋の技術に長け素晴らしい発想と博識で、国土艦の土痩せ解決に光明をもたらした。
隣は過日同盟を結んだヤハタノハラの巫女、槐。
ティーエと同じく若いながらも植物と農業に深い知見を持ち、艦での農業に改革を起こし、試験艦での作物の生育試験は目を見張るものだ」
((やめてやめて盛らないで目立ちたくない))
アルシウス陛下の言葉に沸き立つ人々に、私はこの高台から逃げたい気持ちを切り分けた心に、思い出の声や情景とまとめて押し込んだ。それでも湧いてくる居心地の悪さに歯を食い縛る。
左に立つ槐の長い髪は震えてて、視線を下げると下からは見えない毛先に咲いては萎れる小さな花。
「ごめんね、こんなことになっちゃって」
小声で謝ると槐は首を横に振り、それから高台の右端にある来賓の席で堂々と座ってるルジェイを睨んだ。
一緒になって私も、こんな事になった原因を睨みつける。
それからもう1人。ルジェイの奥に車椅子に座ったクレイラさんも。
そんな彼女は明るい笑顔で私に手を振り返して、それからヒルダさんに押されて演台へ。
「それでは諸君、新たな国土艦を率いる艦長を任命する。
我が姉、セレスティナだ!」
喝采が大きくなった。車椅子が演台に登るとさらに大きく、身体を吹き飛ばすような圧力。
(もしかしたら、颶錨の鬨の声より強烈かも。)
そんなことを思いつつ、私は打ち合わせの通りに振り向くと胸を手に当てた。
ラーティアルの敵意が無いことを示す姿勢。
膝をつくのは服従の意味もあって、特に槐にはさせられない。
だから2人とも立ったままで良いことになってる。
アルシウス陛下とクレイラさんがチラリと私たちを見てから、向かい合う。
「我が姉セレスティナ=フォン=クラヴィスよ。
我は極星の旅団国王の権限をもって、セレスティナ級国土艦セレスティナの艦長に任ずる。
併せて、国土艦クラヴィスの監督官を任ずる」
「謹んで拝命します」
陛下の言葉にクレイラさんが応え、それから、階級を表す錫杖と徽章。最後に国土艦の起動キーが手渡された。
ヒルダさんの助けを借りて立ち上がったクレイラさんが、起動キーを掲げる。彼女の煌糸に反応して、キーが赤い煌めきを発した。
微かな地響き。
「右舷艦を見よ!」
アルシウス陛下が声高らかに、右舷斜め後方に伸びる艦体を指した。
「国土艦セレスティナ、進宙開始」
人々が静まって注目する中テレーゼさんの声が流れると、右舷艦の中程、一番内側の水環の上あたりが大きく割れはじめた。
艦の上面と側面から分離したのは甲板艦だ。
それから内側にある大きな箱が浮かび上がって、こちら側の面を開いた。
この箱も建艦ドックとしての機能だけを備えた飛行艦。全長は500メートル以上だったはず。
そのドック艦の横一面が開くと、中の空間ギリギリに収まった国土艦の全容が見えた。
艦体そのものは長さ250メートルはないくらい。目につくのは4階建ての人工地盤。
ざっと艦体の倍の長さの地盤が4枚。どう見ても上の方が重すぎて水に浮かべたらひっくり返りそう。
だからこちらからは見えないけど艦体は双胴で、地盤の端っこにはフロートがある。
完全に姿を見せた国土艦は汽笛を鳴らして、ゆっくりと滑り始める。
そして水環に飛び込み大波を立てた。
ぐらんぐらんと揺れる艦体は周りに白い煌めきを撒き散らしながら徐々に落ち着いて、安定してから上にある地盤がスライド。
あの1枚1枚が飛行艇としての機能があるから、土や水路が乗っていても動きは滑らか。
何分もの時間をかけてゆっくりと甲板に高さを合わせて周囲にフロートを降ろし、それらは一枚の大地になった。
「進宙成功しました」
テレーゼさんが告げると、人々は再び大喝采。
それから2番艦クラヴィスの進宙が滞りなく行われてしばらくして、やっと甲板の興奮は収まった。
「諸君!」
アルシウス団長が進宙式の締めくくりとして、人々に向かって両手を高く開いた。
「我らは新たな領土を得た。
我らはノーザリアに攻められ追われて以来、飢えと渇きの苦難を歩んできた。
しかし、それは我が姉が発見したこの島の資源と国土艦によって解決した。
諸君らに長年の苦しみを耐えさせてきたことを申し訳なく思う。
もう、飢えと渇きに耐える日々は終わりだ」
甲板から大きな声が上がり、それはアルシウス陛下を呼ぶ合唱へと変化する。
陛下が両手のひらを下に向けると声が途切れた。
「そして我が姉に改めて伝えたい。
あなたはあの戦火から一隻の航宙艦に国民を乗せ脱出し、汚名を背負ってなお彼らを守り通した。
そして今、あなたの歩んだ道筋が我らに希望をもたらした。
この業績は、我が艦ノーザンベルクの旅路よりはるかに過酷で、そして、偉大だ。
我が姉セレスティナよ。
ここに極星の旅団国王アルシウス一世として、あなたの弟として、深く感謝する。
そして、これからも人々の食を支える国土の長として、大地の女神アーリアの恩寵と水域の女神リューノゥの慈愛を導き、この国に力を貸してほしい」
車椅子に座ったクレイラさんに合わせて膝をつくアルシウス陛下。陛下の方が少しだけ頭が下だけど、目線はまっすぐだ。
そんな彼にクレイラさんが右手を差し出す。
「国王陛下のお言葉と民の期待を、この命がある限り守り通すと誓います」
震える手をアルシウス陛下が両手で握り、その上から額をつける。
人々の中から最初はまばらに拍手の音。それはすぐに甲板全体に広がってまとまって、やがてアルシウス陛下とセレスティナ様を讃える声と一緒になる。
やがて人々の声が収まり式典の終了が告げられて、夕日に照らされた甲板には穏やかな風が吹くだけになった。
「こんにちは」
「あぁ、よく来……ようこそ、ティーエさん、リーヴァさん。
それから、獣粧族のお二方には初めまして。
クレイラと呼んでくださいな。
ヒルダ、お茶の用意をしてちょうだい」
ヒルダさんのひと睨みに口調を改めたクレイラさんが、挨拶も早々にヒルダさんを追い払う。
クレイラさんが国土艦セレスティナに住むようになって2ヶ月が経った。
彼女の体調はまだ万全ではない。でも、それにも負けず毎日畑に出て試験耕作を指揮してる。
私は彼女たちのため、毎週槐が作る薬を届けていた。
そして今日はクレイラさんの強い希望と私の思惑もあって、獣粧族である金と槐も一緒だ。
「それと、クレイラさんに頼まれてはいないんですけど、もう1人」
「ん? あんたが連れてくるなら別に構いやしないけど、誰だい?」
許可をもらったので、私は離れて艦橋の近くにいるカークさんに合図した。
艦橋の陰にいた背の高い男の人が、姿を現してやってくる。
「獣粧族は蛇魂の血族、外交官も務められていらっしゃる、ルジェイさんです」
外交的な口調で紹介を済ませて、私はリーヴァの隣に腰かけた。
「事前の知らせもなく訪問したこと、どうかご容赦いただきたい。
本日は外交官でも血族会議の一員でもなく、ルジェイ=バオナムガン=ケーリンケンとして参ったが故、そのように扱ってもらいたい」
ルジェイがクレイラさんの前で腰を下げて目線の高さを合わせ、自己紹介を兼ねて急な来訪についてお詫びした。
「承知いたしました。ですが、その前に一つ。
ティーエさんからお話は伺っておりますわ。
槐様へのお取りなしではご尽力をいただいたこと、感謝申し上げます」
クレイラさんは社交的に挨拶をしてから、ティーセットを押して戻ってきたヒルダさんを半眼で見上げた。言わなくてもわかるだろう? と言いたげな表情をしてる。
主人の意向を汲み、ヒルダさんはちらりと私とリーヴァに目線を向けてから黙って一礼し、艦橋に戻っていった。
クレイラさんが首を傾け肩を伸ばす。
「お奇麗な態度は肩がこるから、私も元宙賊のクレイラとして話をさせてもらうよ。
もちろん構わないだろうね。ルジェイ」
ルジェイの黄色い蛇のような眼が一瞬だけ私に向く。私がクレイラさんにいきさつを話してあることはわかっているだろうから、無視。
「無論だ」
気の張りつめる数秒の後で、短い答え。
僅かに緩んだ雰囲気に、リーヴァがティーセットへと手を伸ばす。
「お茶を入れさせていただきますね」
「リーヴァ、気を遣わせて済まないねぇ。
さて、それじゃぁルジェイ、座りなよ。
あんたの話を聞こうじゃないか」
話はとても長くなった。
と言うのも、ルジェイが、トロイでの決闘について説明を終えたところで断りを入れ、クレイラさんの生き様を知りたいと頼んだから。
クレイラさんはそれに応じて自分のことを語り始め、途中で金と槐が退屈になってカークさんを呼んで、国土艦の畑の見学へ行ってしまってからもずいぶんかかった。
「そうか。
貴殿の苦難、こうして直に耳にすれば、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んだこととよくわかった」
そしてルジェイはクレイラさんの話を辛抱強く聞き続け、大事なところでは聞き直して聞き続けてから、こう言って顔を伏せた。
私も隣で聞いていて、改めてクレイラさんが歩んだ人生の過酷さを実感した。
ルジェイはラーティアル王国でのノーザンベルク十三世発掘より前、領地分割の経緯まで事細かに執拗と言えるほどに質問したから、クレイラさんの話も最初から今まで全部になった。
それは私が彼女やカルロ艦長から聞いた話から思ってたよりもずっと細やかな、そして受け入れ難いほどの印象を私に刻んだ。
ルジェイが私に顔を向ける。
「ティーエ、其方の言葉は真であったな。
クレイラ殿の歩みは、この艦での行いと合わせて鑑みれば間違いなく君子に足るものだ。
其方の恩人を宙賊と侮辱した私の一言は、不要な諍いと喪失の元となった上に、思い違いだった。
すまなかった」
落ち着いた声で言い切ると、深く頭を下げる。
「わかってくれたなら、もういいです」
「私は端から気にしちゃいないよ。
ただ、ルジェイ。あんたほどの男が宙賊ってことに拘ったのは、少しばかり気になるねぇ」
私はルトナさんの件もあって素直に受け入れられなかったのだけど、クレイラさんはあっさりと謝罪を認めて、ルジェイに尋ねた。
言われてみれば、あの時の彼の拘り方は今の冷静な姿とは食い違う。
ルジェイはゆっくり顔を上げると、深く2度息をしてから口を開く。
「我が兄は、群の郷を占領しようとした宙賊に殺されたのだ」
今度は私たちが、ルジェイの話を聞く番になった。
クレイラさんは自分が細かなことまで問われたことのお返しとばかりに、ルジェイの話にも質問を差し挟んで言葉巧みに聞き出した。
「あんたは兄さんを尊敬してたんだね。
で、律奏機を相手にした時にヘマをしたあんたを兄さんが庇って死んじまった。
そいつはまぁ、辛い話だね」
クレイラさんは何かを思い出すように目を閉じたまま、しみじみと話をまとめた。
ルジェイとお兄さんとの関係とかまで詳しく聞き出したのはクレイラさんで、私はそこまでの話を聞いてやっと、あのとき彼がなぜ宙賊という言葉に反発したのかも理解できた。
ちらりと私を見たクレイラさんの目に含みを感じて、私はまだ落ち着かない気持ちから注意を逸らして口を開いた。
「律奏機相手は、神獣3人でも危険なんですね」
「律奏機は鉄の身体。こちらは生身。
神獣の身が通常の獣と比べ物にならない程強靭とは言っても、それは相手も同じだ」
「律奏機だって煌糸構造で強化してるんだ。
でなけりゃ剛獣とぶつかるなんてできやしないよ」
そうか。どちらも煌糸構造で強化をしているなら、元の素材の強さ勝負。
まともにぶつかりあったら神獣の方が不利で当然なんだ。
そして、この人も神獣を纏って宙賊の律奏機と戦うために身を張ってきた。
ようやく彼の気持ちが胸に落ちて、自分の中で収まった。
「ルジェイさん、お兄さんは、どんな方だったんですか?」
そして私は自然と、彼が尊敬していたという獣粧族の戦士について尋ねていた。
「兄か。そういえば、あれ以来兄のことを落ち着いて思い返したことはなかったな。
兄は私とは違い弓の扱いに長けていた。
戦いの場を見通す視野の広さは他にも及んでいて、私では到底敵うものではなかった」
静かな口調で話し始めたルジェイさんに、リーヴァがお茶のおかわりを差し出す。彼は小さく頭を下げて礼を返して、お茶を一口飲んで喉を湿らせ、私たちの様子を窺ってくる。
「獣粧族の神獣使いと言えばだいたいが群のトップだって聞いたよ。
あんたもそう謙遜したもんじゃないだろう?」
「ルジェイさんの群では、3人だけだったんですよね?」
「ああ。群長と兄と私だけだったな。
しかし、私は神獣粧に達して日も浅く、2人には及ばなかった」
今度はクレイラさんだけじゃなくて私も色々尋ねながら聞いたので、話は日が傾いて空が赤くなるまで続いた。
「それじゃぁ、今日はあんたらと会えた祝いだ。
えーっと、神様に感謝! かんぱい!」
「「「かんぱ~い」」」
クレイラさんのかけ声でみんながジョッキを掲げる。
夕食の料理は、ノーザンベルクでの食糧事情からは想像できないくらいに豪勢になった。
というのも、話の流れで一緒に夕食をすることになったルジェイさんが一連の無礼のお詫びだと、トロイの食材と酒を奮発したから。
それを耳にした槐がカークさんと一緒に大急ぎで家へ戻り、フェリスを拾って野菜や香料も運んできた。ここに国土艦で試験栽培していた野菜を疎抜いたものも合わせたので、結果として肉も野菜も山盛り。
ヒルダさんとリーヴァでこの量を調理するのは無理ということで、カークさんに頼んで有り合わせの鉄板を加工してもらって、下に炭火を収める鉄の箱をつけた机にしてもらった。
思い出が教えてきたバーベキューって食べ方だ。
準備を終えたら空は暗くなってたけど、国土艦には立派な照明設備もあるから問題ない。
「ヒルダ、今夜は無礼講。いいね」
「仕方ありません」
「よーし、それじゃまず、そっちの分厚いやつを焼いとくれ!」
車椅子のクレイラさんが指図して焼けた鉄板に蜜閉じ肉を乗せると、じゅううっという音と肉が焼ける匂いが立ち昇る。それを合図に私たちも肉にフォークを突き刺し鉄板へ。
「おい、クレイラ。
俺たちも好き勝手に焼いていいんだな」
「そうだって言っただろ?
マルクもヴォルフもレオンも早くしないと、こいつらが全部食っちまうよ」
「このような食事は初めてだ。
ティーエは確かに、面白い発想をするな」
私たちに遅れてマルクとヴォルフさんにルジェイさんも肉を焼く。
その頃には私たちのお肉は焼けていて、私は金と槐とリーヴァと揃って、葉野菜で肉を包んでほおばった。
「おいしいっ」「まぉみーゃっ」ぽぽぽぽぽん「焼きたてだと一層美味しいわ」
4人で美味しく飲み込んで、次のお肉を鉄板へ。
「ティーエ、美味そうな食べ方してるじゃないか。
ヒルダ、私にもあれ、作っとくれ。
味付けはリーヴァが作ったソースだよ」
「あまり急かさないでください。
私が食べられません」
クレイラさんの注文に応えながら手早く自分の分も焼くヒルダさん。
カークさんはさりげなく周りの人のジョッキにお酒を注いで回ってて、フェリスは笑いながら
「これもう食べられるねっ!」
「ちょっとフェリス!」
私が焼いてた肉をさらってった。
食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ。後で見てろ。
「ティーエ、こっちも美味しいよ!」
「おいそれ俺の!」
別のところで焼いてた誰かのお肉を私の取り皿に乗せるフェリス。ルジェイさんが色々な種類の蜜閉じ肉を提供したうち、私がまだ手を出してなかったやつだ。
「フェリスってば調子いいんだから……こっちもおいしい!」
ホウシェンの鉄豚みたいな肉の甘味と旨味と脂がとろける美味しさに、10秒前の恨みはあっさり解けていっしょに飲み込まれた。
香草と蜜を溶かして冷やした水で口をさっぱりさせて、次のお肉へ。
そんな風に賑やかに、国土艦セレスティナの夜は更けていった。
もし面白いと感じたり続きが楽しみと思ったりしていただけましたら、お手数でも評価などいただければ幸いです。
たぶん、知命を超えたおじいさんが2分くらい小躍りして喜びます。