ルミタニア
ノーザンベルク十三世に降り立ったティーエ。
砲火は止み、新たな出会いが彼女を待ち受けます。
甲板の真ん中で私と担架を蹴り飛ばして止めて滑っていったカークさんが私の後ろまで歩いて戻ってきて、護拳だけになった槍と背中の双剣を置いた。
ノーザンベルク十三世は、砲撃を止めてからずっと沈黙してる。
空からはルンハオの気水噴進の音が響き後ろ側を右へと動いてる。距離を保って周回を続けてるみたい。
「霧龍たちがでかい奴1体を残して消えたね。
どうやら話ができるらしい」
「よ、良かったです。
ザングンさん、任せて、良かった」
カークさんの声にホッとして、だけど私は頭上に掲げた封書を下ろすきっかけが掴めなくて、肩と腕をプルプルさせて筋肉が発する痛みに耐えていた。
封書と言っても木に革を貼り付けて彫刻を施した上に硬く塗り締め、さらに金銀や宝石で飾ってしっかりとした鍵を備えた箱。
そこそこ、ううん、かなり重い。
こういう訓練はしてきたけど、緊張が疲れを傘増しして、支える両腕が震え出した。
痛みと重さに耐えかねて膝と膝が押し合う。
「いつになったら、返事が来るんでしょう」
「いや、下ろしても誰も文句つけないって」
「だって、ヒルダさんがこうしろって」
「時と場合によるでしょ。
ここは謁見の間じゃあないんだよ?」
「もっと早く教えて!
それなら下ろします!」
「そんな理不尽な」
ぼやくカークさんは無視。
とにかく箱を下そうとして、
「肩と肘が固まって……あうっ」
バランスを崩した。
手首を掴んだ冷たく固い感触が支えてくれたので転ばずに済んで、両目をつぶって歯を噛み締め箱を抱え込み、落とさないよう耐える。
「待たせて済まないね。
すぐにそちらに出向くよ」
頭の上から優しげな声が降ってきたのは、そんな風に私が不恰好に吊るされ膝をついた直後だった。
ノーザンベルクの真ん中に聳える凸凹した高い塔。
先ほどの声からしばらくして、塔の一番下にあるベランダに立派な服を着た人が7人姿を見せた。
真ん中の男の人の頭に、金の冠が載ってる。
彼らはすーっと立ったままベランダの手すり間際まで近付くと、私たちを見下ろした。
(浮かんでる? SF映画みたい)
思い出が色んな映像を送ってよこした。
確かに彼らの周りにある機械は映像と似たところがあって、服装とチグハグな印象を受ける。
1人を除いた全員が立ったまま腰掛ける高さの椅子とそれに合わせた肘置きに後ろ側を囲まれていて、肘置きの先には拳より大きめの透明な球体。
(それに、ホログラム?)
思い出が呟いたのは、真ん中の冠をつけた人の隣にいる、1人だけ明らかに異質な女の子のこと。
彼女は他の人みたいな機械には囲まれてない。それにドレスのような服装も髪型や装飾の感じも、年齢も細く横に尖った耳も、オマケに身につけたものまで全部半透明で頭の真ん中に丸い球体が透けて見えることも、もう何もかも違ってた。
そして、
「ルースーッ! 早く降りろーっ!
いやじゃー! あいつと話をさせるんじゃーっ!」
さらに空中でジタバタと駄々をこねだした様子に、私は彼女が何者なのか考えるのをやめた。
「私が極星の旅団団長、アルシウスだ。
君は確か、ティーエと言ったね」
「ルミタニアじゃ。
ほらほら自己紹介は終わった。
早くわしにさっきのアレを教えろ」
「オレも冒険者でカーク・ウォン……」
「お前のことなんて聞いとらん。
ティーエ、その構術具のことを話すのじゃー!」
やっとのことで漕ぎ着けた自己紹介の途中、カークさんの番をぶった斬り話題を制圧したルミタニアという少女の姿の何か。
半透明な鼻先が私の鼻先にくっつくくらいに迫ってきて、腰のホルスターに収めた構術具を指差した。
頭の真ん中に浮かぶ球体以外は透けているから、彼女の顔が間近にあっても指先までしっかり見える。
「ティーエ、と呼んでも良いかな?」
おずおずと尋ねてきたアルシウス団長に、私は小さく頷いて了承の意思を伝える。
すると、彼は頭上の冠の位置を直してから、私に向かって目を伏せた。
「まず、この子の……「誰がこの子じゃ!」こほん……ルミィの質問に答えてもらいたい。
ルミィはこの艦の管理運用権限を持つエルダークリスタルなのです。
恐らく、あなた方が本艦の複層防壁を破って侵入したため、艦を保全する使命に従い原因を知ろうとしているのです」
「そんなもん知らん!
初めて見た法術なのじゃ!
おーしえーるーのじゃー!」
団長さんの気遣いもぶった斬ったルミィ越しにノーザンベルクの皆さんを伺えば、全員が仕方ないと疲れた様子で目を逸らした。
「カークさん、もしかしてこの子」
「わしはガキではなーい!」
「その通りだと思うよ。
教えてあげた方が、話が早いね」
フェリスの同類? と確かめたかった私の気持ちは伝わっていたらしく、カークさんが甲板に置いた槍と奏弓を指差した。
「負の力場と法術解除の秘紋を封紋石に込めておいただけなんだけどね」
「そんなの百も承知じゃーっ。
その秘紋を描いたのはこれなんじゃ。
拡声法術を一度消してから描き直した。
あの法術も同じだってお見通しなんじゃ!」
カークさんが事実を伏せて答えたけど、ルミィはあっさりそれを看破する。
(秘紋法の知識はあるんだ。
艦を管理するエルダークリスタルって言うからには当然だけど、私の秘紋を見抜けるなんて)
エルダークリスタルというのはティルノール皇国時代の産物の中でもそれなりに希少な遺物で、中に人工の知性を込めた透明な結晶体だ。
性能はピンキリで、高度なものは秘紋を操り法術を発現する機能まで持っている。
この非常識極まりない航宙艦の頭脳だって言うなら秘紋を使えるのは当然だけど、私の秘紋はホウシェンでツァィシャさんと協力して作り出したもの。
それを見抜けるなんて思わなかった。
(態度や言動はともかく、秘紋の話では誤魔化せそうもないかな)
「わかりました。私がわかっていることは全部お話しします。
でも、その前に私の仕事を済ませてからです。
アルシウス団長」
「わしの話が先じゃーっ」
「それなら、絶対話さない。ここから海に落とされたって話さない」
「なにーっ。生意気じゃ!
わしがその気になれば……」
「ルミィ、この人たちは本艦の乗員ではないよ。
君に頼る必要はない人たちだと、わかりませんか?」
そっと割り込んだ団長さんに、ルミィがぐぬぬと黙り込む。それから、
「ルースがそう言うなら、待ってやる」
不満たらたらにそっぽを向いた。
2人の様子にふと思う。
(こんな線が細くて優しそうな人が傭兵稼業の旅団を率いてるって違和感があったけど、この子のお相手役ができるからかな)
艦を管理できる知性が相手だ。臍を曲げられたら勝ち目はない。
(巫女みたい?)
思い出の呟きはいいところを突いた。
ルミィを宥めて交渉できるなら、神様のご機嫌取りと同様に矢面に立たされるのは当たり前。
しかも彼は、ラーティアル王国の最後の王子。
反対する者はいないだろう。
そんなことを考えているところに、アルシウス団長が頭を下げてきた。
後ろの人達がどよめくのを無視して、冠を私の目線の高さにして話し始める。
「ラーティアル王国第四王子アルシウス・フォン・ラーティアルとして、我が姉セレスティナの文を運んできてくれたことに、深く感謝する。
私も、対話による解決を望むところです」
「ええ? ええと」
「どうぞお顔を戻してください」
習っていない事態に付け焼き刃の礼儀作法が剥がれかけ、カークさんが小声で助け船。
「ど、どうぞお顔を、上げてください。
こちらがクレイラさん、ちがっ、セレスティナ様からの封書になります」
冠が高くなって優しげな笑みが見え、
「受け取るよ。
冒険者ティーエ、カーク。
君たちの勇気ある行動に感謝する」
差し出された両手に、私はクレイラさんから預かった箱を手渡した。
「船に知らせたいんだけど、良いかな?」
封書を渡すとすぐにカークさんが一言断り、返事を待ってから奏弓を拾い上げると真上に放つ。
空中で着火した緑の炎がノーザンベルク十三世の塔の中程まで昇ると消えて、旋回を続けていたルンハオが向きを変えた。
ルンハオがノーザンベルクに到着し、私はアルシウス団長を含めた面々と出迎えた。
(さすが超古代文明)
「そうね。ここまできたら驚く気にもならない」
思い出の呟きとゲームや小説の知識に、私は呆れた気分で独り言。それをカークさんが拾い上げる。
「空中で接岸とはね。やる事なす事桁が違う」
接岸=船が陸地などに横付けすること。という言葉は間違ってない。
ノーザンベルク十三世は空間を捻じ曲げて開けた大きな穴からとんでもない量の水を放水し、中央の船体付近に寄せ集めて円盤状の水面を形成。艦の側面を開いて桟橋を広げ港を用意した。
ルンハオはその水面に浮かんで接岸し、今、舫い綱を桟橋にある柱に繋いでいる最中。
旧式艦のルンハオだけでなく、航宙艦のほとんどが着陸する機能を持たない。だから話し合いをするにはどうやって集まるかと相談したんだけど、簡単に解決してしまった。
「すごいじゃろう」
「うん、すごい」
ルミィが自慢をするから素直に褒めると、頭の上で鼻を高くして胸を張る。
アルシウス団長をはじめとした極星の旅団の皆さんは少し離れて歓迎の準備中。
準備をしているようなんだけど、私たちとの間には分厚い見えない壁が感じられる。
立派な徽章をつけた女の人と目が合うと、申し訳なさそうな表情でちょっとだけ頭を下げられた。
「それで、お主の秘紋はどうなってるんじゃ?
複合秘紋とは違うのはわかっとるぞ。
さあ、教えるのじゃ」
そしてルミィは、暇さえあればこの始末。
「だからさっきも話したけど、複合秘紋みたいな描画混成現象は使ってないの。
私のは秘紋を描画するところで止めて横取りして、目的に合わせた秘紋に描き直してるんだってば」
「そんなのは障壁を破った術にはならん。
最後の秘紋の前に障壁へ干渉してたじゃろう」
「横取りをするときに、周りにある煌糸構造を巻き込んじゃうみたいなんだよね。
そこに秘紋消去をかけると丸ごと消えちゃう。
偶然見つけた現象なんだけど」
「巻き込んじゃうのはなんでじゃー!」
「知らないよ。偶然見つけただけなんだから、私が教えてほしいって」
「ダメじゃ。わかれ!
わかってわしに教えるのじゃ!」
「わかってたら教えてるって言ってるでしょ!」
「よし、教えるんじゃな。
わかったら必ず教えるんじゃぞ。
言質は取った」
「そのとき目の前にいたらね」
「なんじゃと!
ダメじゃ空の果てだろうが教えに来い!」
「ルミィが来れば良いじゃない。
私よりもずっと速いんだから」
「お主が来るんじゃーっ!」
こんなやり取りが続いていたけど、私はそれなりに楽しんでいた。
言葉遣いとかはともかく、なんだか黒と口喧嘩しているような気持ちになれる。
ぷぁーん
言い合いをしながら時間を潰しているとルンハオの汽笛が鳴って、甲板からタラップが下ろされた。
タラップを降りてきたのは、ヤハタノハラ冒険者ギルド副ギルド長のトレヴァーさん、ルンハオの艦長のカルロさん、獣粧族の代表としてザングンさん、ルジェイ、こさとさん。
それぞれの護衛を連れて降りてくる中、一際大柄なザングンさんの姿が目についた。
「カークさん、ザングンさんの右腕……
無いですよね」
緩く布を巻いた様なザングンさんの服の右袖が海風に旗めいて、右腕がないとわかったから。
「まともな治療もしていないだろうに歩けるなんて大したもんだ。
あれが獣粧族なりのやり方なんだろうな」
カークさんの声は意外なほど平然としていて、感じ方の違いに戸惑った。
「いや、霧龍がここを守る理由からすれば、腕一本で済むのは安いな。
ザングンだからこそ、か」
「そうじゃなくって、なんであんな事に」
カークさんの話は理解はできた。だけど私には受け入れにくくて、思わず心に蓋をした。
「諍いを止められなかったからだろうな。
いや、ティーエだけの責任じゃないからね。
ザングンだってリーダーなんだ。ケジメをつけるにしたって、落とし所を見極めてやってるさ」
その蓋を、カークさんが穏やかな声で叩き割る。
(私だけの責任じゃない……だけどルトナさんのことが無かったら、間に合ってたよね)
あと半日早ければ極星の旅団の侵入を止めて霧龍との戦いを防げたかもしれない。
その半日の遅れを作った原因は、私がルトナさんに大怪我をさせて、治療していたから。
「私のせいで遅れたのは、本当のことです」
「俺たちのことを疑ったのはザングンたちだ。
ルンハオは予定を取り戻すために最大限の努力はしていたんだから、あいつが責任を負うのが当たり前だろう」
元を糺せば、決闘はルジェイやザングンさんが私の資格を疑ったことから起きたこと。
カークさんとしては、そのケジメとしてザングンさんが右腕を失うのは安いくらいみたい。
「でも、話せばわかることじゃないですか」
「話をする義理もないところに話をしろと持ちかけるからには、相応の何かが必要なんだと思うよ」
いつもと同じように穏やかなんだけど、どこか突き放した感じなカークさんは最後に
「獣粧族の間のことだから、オレたちに理解できなくても当たり前」
と小声になってから黙り込んだ。
すぐに、遠間の声が途切れた。
タラップの近くで出迎えたアルシウス団長たちとの挨拶が終わったみたい。
獣粧族、極星の旅団、冒険者ギルドのそれぞれに離れて、その全員が上空を見上げる。
ザングンさんが左の手を挙げると、人工の水面の向こうから巨大な霧の流れが立ち昇った。
先端は馬の頭のようで、口元から伸びた二筋の霧が長く長く伸ばした鼻髭みたいにたなびいてる。顔をこちらに向けると後頭部から伸びた長い角が振られて、そこから伸びる霧の流れが鞭のように大きく円弧を描く。
霧そのものが固まった生き物の頭の上には、獣粧族らしい緩く布を巻いた衣服の男性の姿。所々に見える肌には、蛇のような黒い刺青。
さらに柱のように立ち昇る霧が中程で撓んで開かれ、中で渦巻く霧の真ん中を突き破り、金色の光を纏った大きな獣が飛び出してきた。
全体的に白い色調。
猛禽の頭と翼、前脚も鉤爪。そこから後はしなやかな胴と逞しい後ろ足に、太い尻尾。獅子の体躯。
頭に乗った男の人は、よく見れば足から下が羽毛の中に沈んでいる。
(グリフォンだ……)
目の前の相手は全長は10メートルをはるかに超えた巨体だけど、思い出が呟いた幻獣の姿にそっくり。
「こいつは驚いた。
鷲獅子の獣粧族がいるなんてな」
半分呆れ声のカークさん。
鷲獅子が甲板に降りてきて、ザングンさんたち3人が跪いて頭を下げた。
「霧龍のことを聞いて気付くべきだったよ。
オレが知っていた獣粧族ってのは、ほんの上っ面だったらしいね」
「ここが不可侵空域になっているのも、当たり前ですよね」
「ああ。間違いなく秘密兵器だよ、あれは」
私とカークさんの感想は一致したらしい。
どう見ても彼は霧龍たちの上だ。獣粧族の気質から言って、実力もなくその立場にはならないだろう。
ザングンさんたちの態度も、それを裏付けてる。
甲板に仁王立ちした鷲獅子の額から、男の人が足を抜き出し立ち上がる。
(別々になれる!?
神獣粧じゃない?)
驚きがさらに私の注意を引き寄せた。
男の人は長身で体つきも顔の作りもガッチリしているけど、巨漢と言うほどじゃない。
均整の取れた体を包む衣服は獣粧族らしい緩い布を巻いたもの。ただ、装飾や刺繍は複雑で、白や黒たち琴従姉妹たちのものを思い出した。
表情は険しく、眉間には縦に深く刻まれた皺。
淡い金の髪は長く2本に複雑なやり方で編まれていて、琥珀色の双眸が
(え?)
鋭く私を射抜いた。
(どうして私を? ザングンさんに聞いたから?
それにしたって、あんな突き刺すような睨み方なんて)
身体を固くしていると、かしゃりと金属が擦れる音。カークさんの右手が頭の前にある。
それに気を取られてから、改めて鷲獅子の人を見返した。
だけど、彼はもう甲板に飛び降りていて、アルシウス団長たちと向き合っていた。
鷲獅子の人の後ろに3体の霧龍が降り、女性2人と男性を残して飛び去っていく。
そしてザングンさんが顔を上げ、大声で告げる。
「控えよ!
ここに降り立たれしは獣粧族にありて五星地龍皇より命を受けし、幻獣が血筋。
鷲獅子の血族が群長ユー・ライグェンを父とし巫女を母とする兄弟姉妹が末弟。
タカアマハラが極北にありて鷲獅子の王たるバイユゥ・ハンとの契りを結びし護り手。
ユー・ジュンハオ様にあられるぞ」
私たちにまではっきり聞こえる声は煌糸の響きを伴っていて、それが伝えるところは敬意・従属・親愛その他諸々が混ざり合った複雑な意思。
その意思が体を震わせて頭が下がりそうになった。
なったけど、私を庇うように差し出されているカークさんの右手が目に留まり、堪えた。
視線を戻せば、アルシウス団長がルミィに耳元で騒がれてシャキッとしてる。
「ザングン」
朗々とした声が響いた。
声の主、ジュンハオは目の前に立つ要人たちを差し置いて私をはっきりと指差した。
「あの者たちもここに呼べ。
貴様の話、真偽を確かめる必要がある。
それには彼奴等も見定めねばならない」
その声と突き刺さる視線には、はっきりと敵意が込められていた。
もし面白いと感じたり続きが楽しみと思ったりしていただけましたら、お手数でも評価などいただければ幸いです。
たぶん、知命を超えたおじいさんが2分くらい小躍りして喜びます。