律奏機
村を出て砦に着くと、そこは兵士だけでなく雑多な武装をした人たちも大勢いて、物々しい雰囲気に包まれていた。
「ねぇおじさん。やっぱり剛獣なのか?」
不安を振り払ったのだろう。強い口調でミックが兵士に問いかけた。
あの後、ミックの家を回ってから俺たちを案内してくれてきた若い兵士は、頷いて「そうです」と答えてから、砦の頑丈な石壁にある、高さ10mほどの塔の一本を指差した。
「あの塔が指揮所で、カーニィ様とジョセフ軍曹があなた方をお待ちです。」
「父さんがいるの?」
ニールが嬉しさを滲ませて問いかける。兵士はそれに「はい」と短く答えると、俺たちを急かして塔へと向かった。
砦の塔に登った俺たちは、待っていたジョセフに言われるまま用意されていた席についた。
塔の最上階は階段がそのまま丸い部屋に繋がっていて、村を守る壁の外側にある森を見渡せる窓がある。
部屋の真ん中にはニールの父親であるカーニィさんが大きな体で椅子を軋ませ、目の前の机に広げられた地図やガラス板を見ながら部下に指示を伝えている。
慌しく人が出入りする部屋の隅に固まった俺たちに、ジョセフが窓際に手招きして呼びかけた。
「君たちの居場所はここです。スクトゥム村領主ローランド・クレストス・オースデイルの命を伝えます。
『スクトゥム砦第三塔指揮所にて律奏機の戦いを見よ。』
以上です。領主様はギルだけでなく、律奏騎士となる見込みがあるミックとニールにも期待しています。よく見なさい。」
「はい!」
俺たちはそろった返事をして、窓から見える景色に集中した。
スクトゥム村の西側に広がる森林地帯は村人の生活の一部であり、俺たちも大人に連れられて足を踏み入れたことはあるのだが、奥は危険だと言われている。
森の奥には剛獣と呼ばれる、人に危害を加える危険な生き物が多いからだと聞かされてきた。
そして、今俺たちが窓から見ている森は、普段とは違う静けさに覆われ、異様な雰囲気を漂わせている。
森から砦の壁までの幅300mほどは平地にされていて、南には海、北には山があって剛獣が森から出てくる妨げとなっているのだが、今、平地の壁際には30人ほどの人達が武装し、5人前後のグループを作って集まっていた。
俺が見ていると、ジョセフが
「彼らは、領主様が雇った冒険者です。前線を抜けてくる小型の剛獣を狩るために配備されています。」
と説明する。
「冒険者?そういえば師匠も冒険者だって言ってたよな。」
ミックが言うと、ジョセフがそれを受けて話を続ける。
「ラドワン様は聖騎士であると同時に冒険者でもあります。元々律奏機を使う冒険者チームの一員で、成果と技量を認められ聖騎士となった方です。」
「冒険者も律奏機を使えるの?騎士でも騎兵でもないのに!」
ニールが、驚いた声を発した。
律奏機は軍に属するものだ。冒険者と称する人は村にもよくいたが、荒事を主な稼ぎ口にしている何でも屋という感じで良い印象は無いし、律奏機と関わるようなイメージはなかった。
ジョセフが答える。
「冒険者というのは、圏域間冒険者ギルド連盟法に定められる冒険者ギルドに実働人員として所属する者です。そして、全員が各々の能力に応じ軍の代行として剛獣等特異災害の解決に協力するよう義務付けられています。この制度の一環として、優秀な冒険者であれば律奏機を軍より借り受けて使用できるのです。」
この話に俺はいくつかの疑問を感じたのだが、それを尋ねる前に低い音と振動が感じられて、俺たちは窓から顔を出して外を見た。
後からジョセフが説明する。
「砦の門扉が開きましたね。間も無く、あぁ、出てきました。あれがアルクストゥルス。我が小隊の律奏騎兵です。」
ジョセフがその名前を告げるときに、わずかに誇らしげな響きがあるように感じたのは気のせいだろうか。
森と村を隔てる砦の壁にはいくつかの門があって、その中でも最大の大きさを持つ「守護者の門」から、巨大な車両がゆっくりと出てきた。
一般的に使われている馬車なんて比べ物にならない超大型の車は、運転席以外は低く平らな荷台で、その上に、アルクストゥルスと呼ばれた巨人が座っていた。
鎧兜を纏った巨人だ。
荷台の上で座っていても兜の上端は、高さ6mはある防壁の上に立つ兵士がかぶった兜より高い。白と灰色がかった薄青色に塗られた装甲を身にまとい、右肩の装甲は腰に届くほどに大きく、左は小さい代わりに、腕の根本にクレーンのような支持具があって何本かの金属の棒を束ねたものを支えている。
「すげぇ。これが本物の律奏騎兵なんだ。」
ミックが声を震わせながら感嘆の呟きを漏らした。
「大きいね。」
「あぁ。思ってたよりずっとでかいや。」
ニールと俺が感想を呟いた。
律奏騎兵は身長12m程の巨大な人型兵器だ。
律奏機と呼ばれる人型兵器の中では比較的たくさん建造されている量産機なのだが、その姿を目にする機会はほとんどない。
高級な部品を使った律奏騎士なら尚更だ。
俺もこうして外に出されている騎体を見るのは今日が初めてで、塔から見下ろしていてなお巨大なものに対する恐れを感じずにはいられなかった。
そうして3人で塔の前に運ばれるアルクストゥルスを見続けていると、門の方から大きな歓声が上がった。
「ラドワン様の律奏騎士ヴェルミールです。」
ジョセフの説明もろくに聞かず、俺たちは窓から門を見る。そこにはたくさんの冒険者らしい人々が門を囲むように集まり、出てくる律奏機を出迎えようとしていた。
アルクストゥルスと同じように運搬用の車両に乗り、片膝をついた姿勢の赤い律奏機が運ばれてきて、一際大きな声が上がる。
「あれがヴェルミール…アルクストゥルスより大きいよね。」
ニールの言う通り、鮮やかな赤と暗い赤の二色で塗られた律奏機はラドワン師と似て細身で手足が長く、座っていてもアルクストゥルスより背が高いように見えた。
右肩の支持具に一振りの長い剣が取り付けられていて、腰にも剣が2本ある。
やはり、冒険者にとっては注目の的なのだろう。ヴェルミールは彼らに囲まれながら、アルクストゥルスとは守護者の門の前で距離を置きつつ並ぶ位置に運ばれた。
やがて、守護者の門の内側から、大勢の人が「クレストス」「クレストス!」と繰り返して声を上げ始めた。