洗礼式
スクトゥムの村には主要な広場が2つある。
1つは村の中心であり、経済活動や交流の拠点である盾の広場。もう1つは砦から離れた位置で神殿の前にある杖の広場だ。
こちらの広場は村が小さかった頃からあるらしい古びた神殿と合うように整えられていて、賑やかさがある盾の広場とは対照的な印象になっている。もちろん使われ方も神殿が関わる行事が多い。
今から俺たちが参加する洗礼式も、そういった行事の一つだ。
俺は、そんな杖の広場の一角、神殿に近い側の入り口でミック、ニール、そして彼らの家族と一緒に式の始まりを待っていた。
「お坊ちゃんこんなに立派になられて、私は嬉しいですよ。」
そう言って俺を抱擁しているのは、乳母だったサミーだ。
「や、やめろよサミー。みんな見てるし。」
俺はそう言って彼女を振り払おうとするが、周りでは同じ年齢の子供たちが皆同じように母親や祖母に抱きしめられたり頭を撫でられたりと、とにかく甘やかされていて、正直なところ説得力の欠片もなかった。
他の大人たちもこんな状況になるのは承知の上で、みんな微笑ましく俺たちを見ている。
なぜなら、俺たちは今日の洗礼式を境に「子ども」ではなく「社会の小さな一員」として扱われることになるからだ。そして、式の前のこのひと時は母親が母親として子供を甘やかせる最後の機会だから、こうしてみんな大袈裟なくらいに甘やかすのだそうだ。
ただ、俺は領主の息子なので、神殿とのしがらみもあって母親はここに参加できない。その代りにサミーが俺をあれこれ甘やかしているということらしい。
聞いてはいたし何度か見てはいたけど、実際にやられる立場になると、実年齢が30以上の俺は正直恥ずかしい。
うまく隠れる方法は考えていた。広場の端で式典の用意をしている人たちに紛れていれば、と。
でも、ニールの妹オリエに見つかって、その途端に「ギルにぃ!遊んで!」と飛びつかれて捕まってしまったんだ。
三ヶ月の短い期間とは言えラドワン師匠の厳しい稽古を受け始めてからは遊ぶ機会がほとんどなかったので、オリエはずいぶん我慢していたんだろう。ニールも、宥めるのに苦労したとこぼしたことがあった。
それでつい、はしゃぐオリエの相手をしているうちにミックとその家族が来て、つまりサミーも来て、こういうことになった訳だ。
そうこうしているうちに、神殿の塔で朝8時頃を告げる二の鐘が鳴らされて、音の響きが離れていくのに合わせるように、大人たちも広場の端へと離れて行った。
やがて子どもたちが12人、広場の真ん中で集まっているところに、神殿の司祭達がやってきた。
既に式の進行を習っていたので、俺たちは彼らに従って神殿へと向かう。中には間違えたり、不安からだろうか、親を呼んだりする子供もいたけど、大体は予定通りに神殿へと入り、時代を感じさせる木の扉をくぐり抜け、手入れだけはしっかりとされている聖堂の壇の前に並んだ。
あらかじめ教えられていた通りに洗礼式が進行していく。
厳かな聖歌合唱から始まり、司祭長が俺達に洗礼を受けることの意味を話し、それから俺たちは一人一人が壇上に上がって、司祭長を立会人として神に誓いの言葉を捧げる。
それから全員に対して聖別の儀式が行われて、司祭長の宣言で式は終えた。
司祭達の案内で杖の広場に戻った俺たちは、人々が騒然と急ぐ様子に怪訝な表情となって、それぞれの顔を見た。
「なぁ、言われていたより、早く終わったよな。」
ミックが、3人とも抱いていた疑問を口に出すと、ニールがそれに同意する。
「うん。習っていた順番のうち4つがなかったよ。なんでかな。」
俺が、師匠やカーチスの行動について考えていると、ミックが緊張した、というより、不安を押し殺した様子で呟く。
「広場もこうだし、もしかして、あのときみたいに剛獣が出てきたんじゃないか。」
その表情に俺とニールは黙ってしまったが、俺はすぐに気持ちを切り替えて、推測を話すことにした。
「そうだと思う。この村は10年くらいに一度は剛獣の大襲撃があると聞いているし、師匠やカーチスが何度も森へ向かっていたのも、それを偵察していたからだと思う。」
不安げだったミックが、背筋を伸ばして表情を引き締めて、俺を見た。
「俺は、前みたいな失敗はしないぞ。家に帰る。」
「うん。僕もそうするよ。」
同じようにニールが言い、俺も館へ向かうべきか考えたところに、男性がひとり近づいて声をかけた。確か、砦の兵士だ。俺たちの相手をしてくれたこともあって、顔を覚えていた。
「ギルバート様、領主様の御命令です。3人とも砦に来てください。」
彼の表情にただ事ではないと感じ、俺たちは3人で顔を見合わせた。




