報告会議
調査拠点の中心になる複数のカーゴに囲まれ指揮用の車両と直結で設置された大型のテントは、遮音奏杭という音を遮る奏具を始めとした法術による守りも加え、見た目以上に強固な陣地となっている。
「よく来たな。
もうすぐ定刻だ。席について待ちたまえ」
この調査で現場調整官を務めるダグラスさんが護衛と一緒にテントの入り口で待っていて、俺とワイマー、そしてエレナとカリンダの4人は指示の通りにギルドの拠点本部へと足を踏み入れた。
「ギルバートのために開始間際となったのだぞ。
まったく、午前いっぱい何をしていたのか知らないが、気が緩んでいるのではないかね」
ワイマーの皮肉を聞きながらテントに入る。すると唐突に外の音が聞こえなくなった。
風にテントの布地がはためく音が、上の方から入り込んでくるだけだ。
(遮音奏杭が起動されている。
ギルドは俺たちの調査を重要な発見だと考えているということだな。
コパパの魔導の性質を考えれば当たり前か)
学生とはいえ中堅として認められている冒険者をひとまとめに無力化したコパパの魔導は、研究対象として申し分ない。
それはすでに席に着いていた要職の顔触れからも伺うことができ、俺たちは彼らに挨拶をしてから広いテーブルの席に着いた。
(ダグラスさんはまだ外だ。彼が出迎えに立つような相手は1人しかいない。
仕込みは無駄にならなかったみたいだな)
俺はテーブルについている面々とこれから来るはずの人物を思い浮かべ、話の進め方を組み立てた。
そして数分後。
「み、みみ、みなっさん。
おおおまお待たせしましし、した」
定刻間際にテントの入り口が開かれ、肩を丸めてオドオドとした様子のリチャード卿とその従者が、ダグラスさんに案内されてテントに入ってきた。
彼が着席するとダグラスさんがテーブルに着いた1人に目配せし、全員が席で一息ついたタイミングで声を発する。
「定刻となりましたので、これよりオルチャード遺構新遺跡調査報告会議を始めます」
「リチャード卿には許可をいただいている。
時間が惜しい。
ギルバート・オースデイル、報告したまえ」
ダグラスさんの命令に、全員の視線が俺に集まった。
「以上で報告を終了します」
俺が報告を終えると、手近な相手と話しつつ報告を聞いていた要職の面々は会話をやめ、ダグラスさんの動きを待っている。
「この様な変異をする鳥だったとは素晴らしい素晴らしい素晴らしいここから推測される魔導器官はおそらくはいやいやそもそもこれはアーティアロアーの伝承とも関わりがあるかも」
唯一、リチャード卿だけは話の途中から手をあちこちに動かしてはうわごとのような独り言を続けていて、手元のノートに何かを書きつけてはページを捲っている。
(俺が話し始めてから10枚は捲ったよな)
テーブルの一角だけが異界の様な雰囲気に包まれている有様に、俺はリチャード卿がこの会議に参加するよう仕向けたことを少し後悔していた。
「ギルバート・オースデイル殿」
その俺に話しかけてきたのは、テーブルの上席に座る壮年の人物だ。
「はい」
すぐに返事をして、顔を向ける。
(あの徽章は王立マーブレン秘術工学院だったな)
視界の端でエレナの動きを伺うが、彼女は優雅に落ち着き払っている。
「君たちが発見したコパパの変異体は、魔導性の気体を放出し吸引した者の警戒を解き無力化した。
これで相違ないかね?」
「はい。おっしゃる通りです」
俺の返事に彼は鷹揚に頷いた。
「ギルバート殿の報告にあった変異体は、極めて稀少な魔導を発現したことが明白です。
今後この剛獣については、相応の機関が主体とって調査を行うべきでしょうな。
秘密の確保についてはどうなっているかね?」
大きな手振りを交えた主張に、ダグラスさんが応じた。
「ジョナード卿、冒険者ギルドでは当該遺跡について未知の危険があることを理由として調査及び進入を一時禁止としました。
方針が定まるまではこちらから遺跡に関与することはありません。
また、発見したチームには未報告を理由として守秘義務を遵守させています。
そうだな、ギルバート君」
話を振られたので、俺は素早く応じる。
「はい。チーム全員、遺跡の詳細については口外しないよう徹底し、ここに来る前にも確認しました」
「それは賢明な判断だ」
ジョナード卿が断じる。
「ありがとうございます」
その貴族然とした一方的な物言いが気に障ったが、俺は彼の意図を見極めるために無礼にならない程度に返事をして、黙ったまま続きを待った。
「皆さんもご承知でしょうが、新たに発見された魔導は速やかに調査しその危険性と対策を明白にしなければなりません。
そして王立マーブレン秘術工学院は律奏工学のみならず魔導に関する先進的研究の頂点に立つものと自負しております。
我が学院がその成果をもってラテニア圏域の全国家、さらには大空世界全体にも知られていることも、皆さんはご存知のことでしょう。
そうなれば、今後の調査は我々が主体となるのが当然でしょう」
(これはまた、いきなり本命を突きつけてきたな)
ジョナード卿の主張に俺は半ば呆れつつ感心した。
新たに発見された魔導の情報は重要な軍事機密だ。
例えば射撃武器を防ぐ偏向法術は本来なら相当に高度な法術らしいのだが、剛獣の魔導器官をティルノール時代の遺物と併せて研究した結果、両者を織り交ぜつつ模倣した奏具として容易に生産・運用できるようになって一般化した。
その結果として大空世界ではほとんどの飛び道具が、特に軍事的には、極めて限定的な意味しかないものとなっている。そのくらいに影響があるものだ。
それを研究する権利を得られて当然と言わんばかりの態度とは、相当な自信家らしい。
(この場には他の国やギルドの代表もいる。しかも現地拠点では権限も限られていて当たり前。
そんな場所でここまでの主張をするのは早計だな。
普通ならできないはずだが、何かあるのか?)
しかし、ここは調査のための現地拠点で、この会議もその情報を扱う権利を決めるものではない。
ないはずだ。
だからテーブルを囲む面々も面食らって黙ったままで、テントの中はジョナード卿の独壇場となってしまった。
「もちろん、この研究成果は我らアウスタル都市国家連合のみならず、ラテニアのために活用されるべきものです。
そして我々ならば、どこよりも早く正確に、成果を提供できるでしょう」
(なるほど、研究の効率だけを考えるなら適任かもしれない。だが、コパパの魔導は希少でかつ強力だ。
マーブレン一国に任せていいものじゃないだろう)
俺は横目で隣に座るエレナの様子を伺ったが、彼女も俺を見ようとしていて互いの視線が衝突した。
端正な口元に浮かぶ笑み。
(やはり、手を回したか。
調査中は協力しても、こういうところでは油断できないんだな)
俺は表情に警戒心と口惜しさが表れないよう平静を保ち、会議の流れに意識を戻した。
「ジョナード卿、この会議は今後の調査方針を定めるためのものですので、研究を視野に置いた調査の主体を定めるものではありません。
調査は我々冒険者ギルドが」
ダン!
ダグラスさんの言葉を、ジョナード卿が拳をテーブルに叩きつけて遮った。
「調整官殿は魔導研究の繊細さをご存知ないようですな。
よろしい、説明して差し上げましょう。
魔導が発現する条件は剛獣によって異なることはすでにご存知のことでしょう。
ですが、発現する条件には生存環境、特にその支脈強度が関わっていることだけは共通です。
わかりますかね?
コパパの剛獣化については、その共通点以外は未解明なのですよ。
そして魔導を失い逆変異する弦獣剛獣の事例は、数が少なくとも発見されております。
この意味がわかりますかな?
些細なきっかけでコパパの魔導が失われる可能性は十分あり、その損害は甚大なのです」
ジョナード卿はテーブルを見渡しながら、まるで学生に講義を聞かせるみたいな口調で論じる。
アウスタル都市国家連合において最大の国力を有する城砦国家マーブレンの権威は相当なもので、席についた面々は押し黙ったままだ。
しかし俺は、ただ1人、リチャード卿だけがいつの間にか無我夢中でノートに書き付けていたペンも止めて、じっとジョナード卿の話を聞いていることに気付いた。
俺は彼の変化も気に留めつつ、弁舌を振るうジョナード卿に注意を戻す。
「しかし、コパパの剛獣化が遺跡固有の環境に頼っていることは他に例が無いことから明白。
変異原因の可能性が高い遺跡の環境については、特に細心の注意を払う必要があるのです。
もし、魔導の知見に欠ける冒険者にコパパの生存環境を荒らされ希少な研究ができなくなったときに、この場の皆様に責任が取れるのでしょうかね?
ですから、調査の方針を決める段階から我々が主導して適正な管理をすると申し上げているのです」
得意満面に顎をそびやかし、腰を下ろしたジョナード卿。
(相手の無知を指摘して責任問題にすり替え黙らせるついでに恩を着せる。
ありがちだけど、効果的だな。
そういうやり方で営業成績を伸ばしている奴は多かったよ)
ふと直樹の記憶が思い出され、俺は苦笑した。
(階級があって当然のこの世界で、しかも勝ち負けの土俵なら、それも正解なのかもしれないな)
会議に出席しているのは全員が貴族か貴族と深い関わりがあり、かつ軍事にも詳しい人ばかりだ。
それだけに魔導という重要な情報の価値とマーブレンという強国の権威を後ろ盾にした強弁も通じやすいところがあるのかもしれない。
事実ジョナード卿の主張に対し、否定したり主導権を握ろうとしたりする意見は出てきていない。彼は言葉の戦いで優位に立ち勝利を得ようとしている。
(だけど、俺は気に食わないよ)
エレナの出方も気になって、リチャード卿に話を持ちかけることを相談するときも、理由の全てを話していなかった。
それが功を奏したことを残念に思いつつ、俺は挙手をした。
「ギルバート君、何かね?」
ダグラスさんが発言を許可してくれたので、俺は席から立ち上がって一歩引き、背筋を伸ばした。
「第四位の立場ではありますが、今回コパパの巣を最初に発見した者として意見具申を行いたく申し上げます」
「話したまえ」
「ありがとうございます」
ジョナード卿の目に剣呑な光がちらついたが、ダグラスさんは構わずに発言を許可してくれた。
さらに何人からも突き刺さってきた非難含みの態度もあったが、そんなのは直樹の頃にも経験済みだ。
俺はそれを受け流し、一呼吸おいて話しはじめる。
「僭越ながら発見者の一人として申し上げます」
冒険者の社会の中で何かの分配を決めるとなれば、最も優先されるのは発見者だ。
そうでなければ発見したものを隠して独占するのが見つけた冒険者にとって最適なやり方になってしまい、冒険者ギルドという仕組みにとってもそれ以外の社会にとっても損が大きくなってしまう。
まずそれを強調して、発言について箔付けをした。
「コパパの魔導を体験した経験から、速やかに調査と研究を進める必要があることは明らかです。
あれは稀であっても恐るべき脅威だと言う他はなく、異論の余地がありません」
そしてジョナード卿の意見を補強する流れで彼の反応を窺うと、彼は鼻高々に笑みを浮かべている。
(どうやら俺のことは冒険者風情を侮ってくれているようだな。
さっきの態度も下に見た相手に対しての威嚇程度の話か。
となれば、この主張自体が手柄欲しさの暴走かもしれないな)
相手の底は知れた。
そうなると他に気になることもあったが、まずは話を続けなければならない。
俺は直樹の経験からプレゼンのやり方を思い出し、身振り手振りも駆使して全員に訴える。
「コパパの研究は当然なことですが、性急に事を進めた場合には失敗すると考えます」
ジョナード卿の顔色が変わったが、もう気にする必要はない。
「まず、ジョナード卿がおっしゃった通り、コパパの魔導がどんな原因で失われるかわからないということです。
あの遺跡の環境は魔導発現の条件だと思われますが、それ以外の条件が無いとも限りません。
そうである以上、あらゆる面で慎重に行う必要があることは、ご理解いただけることでしょう」
相手の意見を取り上げつつ、恐らくは言わずにいたであろう瑕疵を突く。
ダグラスさんをはじめとした面々が鷹揚に頷き、ジョナード卿は苦虫を噛み潰したように口を歪めた。
「つまり、この調査と研究に必要なのはコパパの生態全般についての知見であり、それは魔導のみには限られないということです。
そしてコパパについて最も詳しいのは誰かと言えば、このアーティアロアーの人々であることに疑問の余地はありません。
我々はアウスタル都市国家連合から来た外来者であって、この地で暮らしコパパと共に生きてきた人々に及ぶはずが無いからです」
ここで俺は、リチャード卿の目をじっと見つめた。
先程まで会議については全く意に介さず俺たちの報告にだけ注意を向けていたリチャード卿は、今は俺の言葉を待って目を爛々とさせている。
(こういう気性の奴は、日本にもいたなぁ。
天音も趣味が、特に自分の創作が絡むとこんな感じだった)
直樹の記憶の懐かしさを感じながら、俺は彼から聞いた話を思い出して付け加えることにした。
「それに、コパパはこの島の住民にとって重要な意味がある鳥です。
魔導の研究を優先してコパパに対する島民の感情を刺激した場合、彼らの協力を得られなくなるか、それ以上の事態ともなりかねません」
「島民なぞ律奏機で黙らせてしまえばいい」
ジョナード卿が露骨に呟き全員が彼に注目する。
(そうはいかないぞ)
「ですが! この場にはこれらの知見を備えた人物がいらっしゃいます。
俺がコパパと島民の関わりについて知ったのも、その方の言葉があったからです」
ジョナード卿の呟きは俺の話を止めるための威嚇だ。黙ればそれに乗じて口を挟むだろうし、否定しても話の流れを変える口実になる。
意見として発言していない以上は、一切応じてはならない。
声を強めて彼の意図をへし折ると、俺は本題に取りかかる。
「今後は島民の意見も取り入れつつ、コパパの全般的な知識に基づいて調査を行うべきです。
そしてこの調査の指揮官は島の自然にも文化にも幅広い知見を持つ人物です。
一冒険者の意見ではありますが、方針を定める際にご検討いただければ幸いです」
話を締めくくると、ダグラスさんが拍手して賛同を示した。
「私も同感だよ、ギルバート君」
露骨な舌打ちがジョナード卿から聞こえたが、ダグラスさんは彼を一瞥するだけだった。
当然だろう。
強国マーブレンの権威を振りかざし冒険者ギルドの立場を飛び越えて調査の主導権を得ようとしたジョナード卿だったが、彼の主張の瑕疵を突いた意見が出され、適切な反論ではなく強弁と威嚇で応じるしかなかった。
その時点で彼は負けだ。
そして俺の意見によってこの調査の指揮官であるリチャード卿の権限がより正当なものだと補強できた以上は、それを支持してきた冒険者ギルドには調査の主体について論じる必要性さえないことになった。
(リチャード卿がコパパの報告に興味を持って、ベースキャンプに来ていてくれて助かった)
俺は彼の行動とタイミングの良さに感謝しつつ、椅子の腰をおろした。
そして俺と目配せを交わしたダグラスさんが、隣に座るリチャード卿へと顔を向けた。
「リチャード卿、当調査の指揮官としての意見を伺いたいのですが、よろしいでしょうか」
「え?」
素っ頓狂な声でリチャード卿が凍りついた。
完全に固まったままで、目だけが俺に助けを求めるように動く。
だが、俺は彼の視線を真っすぐ受け止めながら頷くだけにとどめた。
(朝に俺がコパパについて話を聞きに行ったときには、あれだけ語ってくれたじゃないですか)
そう、彼は語ってくれたのだ。
予行演習はできている。
俺は彼に真っ直ぐ顔を向けたまま、拳で自分の胸を叩いた。
(自信を持ってください)
これは、昼まで話に付き合って別れる前にも見せておいた仕草だ。
リチャード卿の表情が変わった。
両の掌をテーブルに置き、テーブルの面々に顔を巡らせた彼は、カチカチと鳴っていた歯を食い縛って黙らせた。
「ぎ、ぎぎ、ギルく、、ん、、、いいいいいやギルバート君んのいい意見んんに、かか、かんしゃっを、もうしあああ、あ。感謝する」
そして彼は、緊張にどもりながらも自身の考えを、今まで見せたことのない熱意と共に語り始めた。
「予想外の結論になりましたわね」
会議を終えた帰りにそれぞれの用件に別れると、エレナが後ろから話しかけてきた。
「エレナには悪いことをしたかな?」
どこか面白がっているような声色に、俺は立ち止まって一歩横に引き彼女の意図を窺った。
「いいえ」
エレナが足を止めないまま話を続けたので、俺は彼女の隣を歩きながら聞く。
後ろにカリンダがついてくるのは当然のことだ。
「わたくしは秘術工学院の考えには興味がありません。
それよりは今後の調査について、大変に関心がありますわ」
「そうか、それなら安心したよ」
マーブレン秘術工学院の代表であるジョナード卿の意向を潰したことはエレナの考えにも反していたのではないかと危惧したが、そうではなかったらしい。今後の調査を考えるとチームの中で反目する原因を作りたくなかった俺にとっては、不安要素が一つ消えた。
それを伝えると、エレナは艶然とした笑みで俺を見上げてきた。
「リチャード卿が打ち出したアーティアロアー自然文化保護拠点のご提案、我が国も協力する方向で応じるべきと、お父様に進言するつもりですのよ」
「本当か?
いや、それはリチャード卿も心強いことだろうな。
だが、エレナはどうして協力してくれるんだ?」
マーブレンの第三王女である彼女が何の利益もなく協力をしてくれるはずがない。
そして、この調査の間の情報の隠し方や時折見せた言動から、俺には彼女が以前の考えを変えたとも思えなかった。
変に駆け引きを持ち掛けたとしても本音は言わないだろうと考えて率直に理由を問いかけてみると、エレナは珍しく斜に構え、あからさまに白けた様子で口を尖らせた。
「あら、わたくしが協力をするのはいつも理由があると考えているのですか?」
理由を問われるのは心外だと言われても、彼女の気性と立場を考えれば、興味本位やなんとなくで行動を起こす方が不自然だ。
(もう一押しするべきか)
一瞬だけ逡巡するが、直感が俺の口を動かした。
「マーブレンの国王まで動かそうとすることに理由が無いなら、その方が問題だろう。
それがわからない君でもない」
「あら、そちらはどうとでも理由が立ちましてよ」
答えやすい問いかけで話を繋ぐと、エレナも応じてくれた。
俺は相変わらず不機嫌そうな彼女の表情を窺いながら、自分の疑問をまとめた。
「確かにコパパの魔導は強力だからな。
研究に関与できる機会を逃すのはマーブレンの国益に反すると言えば理由は立つ。
ただ、すでに調査では大きな成果が出て各国に報告が送られる以上、エレナがマーブレン王に進言をする必要性も無いだろう。
そうなると、文化と自然の保護というお題目が、エレナの興味を引くように思えないんだが」
エレナらしくない。
俺の疑問をまとめると、要はこれだ。
彼女は明らかに権力志向が強い。以前のやり取りからは他国に対しての攻撃的な志向さえ窺えた。
それが保護活動に対して積極的に介入しようというのは、どうも不自然だ。
「わたくしがリチャード卿の提案に興味を持つことは、そんなにおかしいのかしら」
「正直、どこに興味を持ったのかわからないよ」
「それでは、交換条件としましょうか」
エレナが悪戯っぽく笑みを浮かべた。
どうやらさっきまでの態度は俺を試すための牽制だったようだ。
「お手柔らかに」
条件を飲むことを伝えると、エレナはカリンダに目配せした。
カリンダがかすかに頷くと、エレナが俺に肩を寄せて囁きかけてきた。
「リチャード卿に入れ知恵をしたのはあなたでなくて?」
「あれを考えたのはリチャード卿さ。俺はココパについて尋ねただけだ」
「何をどのように尋ねたかは、聞かないことにしておきますわね」
(やれやれ、お見通しか)
どうやら、リチャード卿が保護拠点のアイデアに辿り着くよう誘導したことを誤魔化すのは無理らしい。交換条件というのだから、この辺で降参しておくのが正解だろう。
「そうしてもらえるなら助かるよ。
それで、エレナが興味を持ったのはそれが理由かい?」
両手を上げて降参の意思表示をすると、エレナの声色がわずかに明るくなった。
「ええ、ギルが保護拠点にどのように関わるかを見ていくには、わたくしが進言した事実がある方がやりやすいですから」
なるほど、エレナは俺が保護活動で何をするかに興味があるわけか。
だが俺は冒険者である前にシディン王国軍務学校の生徒で、クレストスを継ぐために律奏騎士を目指す立場だ。
リチャード卿にアイデアを仄めかしはしたがこの島にこれ以上関わるつもりはない。
「期待に応えられないのは申し訳ないが、俺がこれ以上できることはないと思うよ」
保護拠点には関わる気が無いと意思表明。しかし、エレナはいつものように艶やかに笑った。
「ギルがそう思っていても周りはどうかしら。
ほら、リチャード卿が見えられたわ」
「ぎ、ギルバート君!」
特徴のあるどもり声に振りむけば、リチャード卿がダグラスさんを引き連れ手を振っている。
「君のいい意見を、き、聞かせてほしい」
今朝までとは違って目を輝かせた指揮官殿は、周りからの失笑を買う原因だった腰の引けた態度が改まり顔を上げたままで俺を呼んだ。
「なるほど、リチャード卿直々のお呼び出しとなれば断りようがないな。
エレナ、済まないがチームには俺は遅れると伝えてもらえるか?」
「ええ、構いませんわ」
「ありがとう、助かるよ。
それじゃぁまた後で」
エレナが伝言役を引き受けてくれたので、俺は彼女に礼を伝え足早にリチャード卿の元へと向かう。
だから、
「あの間抜けを煽って差し上げた甲斐がありましてよ。
ギルをこの島に引き留められるなら、あちらでやりやすくなりますわ」
エレナが最後に言った言葉は、聞き取れなかった。
第八章はこれで終わりです。
次は第九章を書き終えてからの投稿になりますので、しばらくお時間をいただきます。
もし面白いと感じたり続きが楽しみと思ったりしていただけましたら、お手数でも評価などいただければ幸いです。
たぶん、知命を超えたおじいさんが2分くらい小躍りして喜びます。