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作戦会議

 館の3階。ギル、ミック、そしてニールが腕試しをしている、その中庭が見える一室。

 部屋には領主でありギルの父親であるローランド、律奏騎兵であるカーチス、彼らの師であり聖騎士であるラドワンが、それぞれ部下を伴って集まっている。室内には12人いるが、重厚な机があるこの部屋にはまだ多少のゆとりがあった。

「見られる程度にはなったじゃねぇか。」

 窓からギルたちの腕試しを見ていたカーチスは、同室で机を囲んでいる面々に聞こえるように呟いた。

「ギルがあれほどまでに腕を上げるとは。師匠、そしてカーチス、ジョセフ。あなた方には心から感謝申し上げます。」

 別の窓の近くに立っていたローランドが、部屋の中にいる長身の老人、ラドワンに頭を下げ、続いて軍服を着たカーチスとジョセフに礼をする。

「俺は何かしてやった覚えはねぇよ。」

「小官と騎兵小隊は小隊長の命により指導を行ったものであります。職務ですので礼は無用に願います。」

 だるそうに手を振るカーチスの言葉を打ち消しながらジョセフが、「報告」と言うべき堅苦しさでローランドに応えた。

 カーチスが露骨に舌打ちする。

 それを聞くと、笑いを噛み潰しながらラドワンが

「ジョセフ、お主らはワシが呼んだ。すなわち正規任務ではない。となればこれは金にならぬ仕事よ。損をしたとは思わんか?」

と口を挟み、カーチスは苦々しい表情になってジョセフを睨んだ。

 そのやりとりに、室内にいた長髪長身の、ジョセフと同じ軍服を着た男と、やはり同じ軍服を着たショートカットの女性が笑い声を漏らす。

「おっしゃる通り、軍の規定によれば給与の対象にはなりません。我々はただ働きですね。」

 あくまで報告口調でジョセフが答えると、カーチスはさらに渋面になって

「ジョセフ、俺はお前のそう言うところが嫌いなんだよ。」

と文句をつける。するとローランドが彼を庇うように話に割り込んだ。

「そこは、私から謝礼をさせてほしい。君たちの協力がなければ、ギルのあのような笑顔は見られなかっただろう。」

 わずかに寂しさを感じせる表情で、ローランドは窓の外を見る。

「あの子は、不思議なほどに落ち着いた子だ。荒れた振る舞いをしていても、常に私たちを気遣う…いや、距離を置こうとする子だ。」

 ローランドの気持ちを察して、ラドワンとカーチスはお互いを見やった。

「そんなあの子が、子どもらしく笑っている。私では、あのようにはできませんでした。」

 窓の外に視線を落としたまま呟くローランドの声は、父親としての不甲斐なさに震えていたが、やがて部屋の机に戻って他の者に頭を下げる。

「本当にありがとうございました。心より御礼申し上げます。」

「ローランドよ。ワシにとってもこの国にとっても、ギルは大事なのよ。あやつはクレストスを継ぐのだぞ。だから気にするな。それより、こちらの話をせねばならんぞ。」

 ラドワンがローランドの礼を受けて返し、机に並べられた資料を示した。

 そこには、この村の周囲を描いた地図が広げられていた。地図には何箇所か印が書かれ、色分けされた簡単な形の駒が置かれている。

 他にも、何枚もの書類と写真が机の上に置かれており、それらの写真には何種類もの生き物の姿が写されていた。

「わかりました。間も無く洗礼式ですが、こちらも…糸脈活性化も間も無くと思われます。我々はこの災害を、被害が最小限となるよう防がなくてはなりません。」

 ローランドが机の上から書類を取り、内容を声に出して確認した。

 ラドワンが頷いてカーチスを見ると、彼は左手を上げて

「タニタ、現状報告。」

と、合図する。

 すると、今まで会話に加わっていなかった、軍服姿には似つかない長身長髪の男が、涼やかな声で話し始めた。

「タニタです。スクトゥム森林地帯糸脈活性化現象についての現況を報告します。」

 自己紹介をすると、タニタは机に歩み寄って地図を示しながら、報告を始める。

「スクトゥム森林は都市国家シディンの西方にあり、中には濃密な糸脈結節点が多数存在します。把握されているだけでその数は87。現在、そのうち6箇所で糸脈活性化現象を生じています。」

 タニタが地図に書かれた赤い印を示すと、ローランドが固い声で割り込む。

「確か5箇所だったはずですが、巣分けですか。」

 問いかけに頷いたタニタは、

「おっしゃる通りです。糸脈干渉を行う剛獣が複数確認されていますので、縄張り争いに負けた個体が移り住み結節点を活性化させたものと思われます。」

とローランドの推測を肯定し、報告を続けた。

「それだけの数に比して魔導持ちの剛獣がいることになりますね。」

「ワシらだけで殲滅はできるが、守るとなると面倒なことよ。」

「タニタ、剛獣の規模…いや、時期を頼む。」

 ローランド、ラドワンがそれぞれに呟き、カーチスはタニタに話を促した。

「一昨日までの森林内の状況から推測される剛獣の狂化時期は3日から5日の後です。洗礼式当日には森林から外に出る個体が現れるでしょう。正確な日時は明日の情報収集に基づき明後日に報告の予定です。」

 活性化した糸脈から力を得た剛獣は平時の生態系から逸脱した存在となるため、容易く獲物を狩り敵から逃れる。そうして生じたバランスの狂いは、最後には餌となる生き物のほとんどが居なくなるという結果となり剛獣に「飢え」として跳ね返る。

 飢えた獣は力が増していることもあって、平時の縄張りも危険も忘れ人里へと侵攻する。

「飢えに狂った獣が洗礼式の最中に押し寄せるってのは、いただけねぇな。」

 それが年に一度の儀式に重なりかねないとわかり、カーチスが眉間にシワを寄せた。

「やはり、かねてからの予定通りに鬨のウォークライにより剛獣を呼び寄せ、こちらに有利な機をもって殲滅することになりますね。」

 ローランドが地図から目を上げて、ラドワンに確認する。頷いたラドワンがカーチスを見ると、彼も肯定の意を示した。

 ラドワンがローランドに問いかける。

「準備と指揮系統はどうなっておる?」

「既に侵攻への対応、住民の避難、ロックス伯爵への連絡体制は準備を完了し、洗礼式についても時間の調整ができるよう手配しています。情報支援は、タニタ兵長から準備を完了しているとの報告を受けています。」

 彼の報告にタニタが頷くのを見て、ローランドは話を続ける。

「総括指揮は私が。指揮伝達は私の従者であるカーニィが行います。情報分隊はタニタ兵長が隊長に就き、砦の兵士と村の衛兵はそれぞれの長がカーニィの指揮に従い防衛線の構築維持及び住民誘導を管掌します。」

 ローランドの説明が終わると、ラドワンは「よかろう。」と納得したが、カーチスが手を上げる。

 お互いの目線で了解を得た後、カーチスは提案を口にした。

「うちのエレン上等兵に防衛線の手伝いをさせてやってほしい。顔に似合わずえげつない仕事をするからいてっ!」

 発言の途中でカーチスが悲鳴を上げて後ろに近付いていたショートカットの女性を睨むが、それはさておきとばかりにジョセフが後を引き継ぐ。

「エレン上等兵は昨年に軍務学校の工兵学科を優秀な成績で卒業し、縁あって当小隊に配属されました。若いですが実戦も経験しており、高い評価を得ております。実は剛獣の進入路を制限する障害敷設計画を立案したのは彼女です。」

 それを聞いて、ローランドの後ろに立っていた壮年の、厳つい風貌の男性が「ほぉ」と感心した声を発して顎髭を撫でた。

 ローランドが振り向き彼を見て、

「カーニィ、何か意見があるかい。」

と促す。

「はい。すでに障害敷設は完了しておるのですが、ジョセフ軍曹から有効な提案があり大変助かりました。彼女があれを立案したのであれば、補佐に就いてもらえると心強いですな。」

 大柄で分厚い体格に見合う重厚な声で答えた部下の意見を受け、ローランドが答える。

「カーチス曹長の提案は了解しました。カーニィ、エレン上等兵を君の下につけます。問題は無いでしょう。」

「そうですな。」

 カーニィが口の端を歪めて笑いながら、ローランドの言葉を肯定した。彼らはカーチスたちが館に来てからずっと、兵士や館に勤める者に話を聞いて小隊の面々を見定めていたのだ。

 エレンに関しては、特に兵士たちからは好意的な評価が多く、防衛部隊に配属しても人間関係のトラブルを起こす可能性は無いと言えた。また、小隊の機材には村だけでは数が十分ではない通信用の奏具があるのだから、連絡員としても役に立ってくれるだろう。

 そうして話がまとまったところに、ラドワンが発言する。

「だいたい固まったようじゃな。ワシは、勝手にやらせてもらうがの。」

 組織としては問題がある発言だが、聖騎士は実力に秀でているがゆえに、通常部隊の一部として型にはめると実力を発揮しにくくなる面がある。ラテニア圏域でも最強と名高いラドワンであればなおさらだ。

それがわかっているので、ローランド達も彼の言葉をあっさりと受け入れた。

「承知しております。我々が師匠に合わせますので、よろしくお願いします。ですが、鬨の声は私が発し、前線を務めます。カーチス曹長は後方からの支援をお願いします。」

 ローランドがラドワンとカーチスにそれぞれの役割を告げ、2人とも了承する。

 鬨の声とは戦場で士気高揚のために発する掛け声であるが、ここでは煌糸への干渉をもって己の戦意を伝えることを意味する。

 元々は剛獣の習性であり、戦意を伝えるという点では同一だが、その干渉の形式は縄張り争いや生殖相手の奪い合いなどの目的や種により様々である。

 しかし、それらの中で多くの剛獣に共通となっている干渉形式が1つだけある。

 それが意味するところは、『殺意』

『住処をよこせ』『食料をよこせ』という生温い内容ではない、『お前を殺す』という意思の表明。

 当然のことながら、それを受けた剛獣は発した者を明確に、敵と見做す。

 そしてそれを模した煌糸干渉を行う奏具をもって剛獣に対して宣戦布告を行うのが、彼らの言うところの「鬨の声」だ。

 鬨の声を発するのは危険な役割だが、この地を守る責を負うローランドが行うのは当然だ。そして、剛獣たちの的となるローランドが前線を務めるのも当然のことである。

「作戦の概要はこれで決定ですね。では、詳細を詰めましょう。」

 落ち着いた声で告げた彼の眼には、静かな決意が宿っていた。

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