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勝負の始まり

「よっしゃ、やるか!」

 俺が素振りを始めると、ミックもすぐに同じように剣を抜いて鍛錬にかかる。

 シゲは俺たちから通路のカーブで姿が見えなくなるほど離れた場所まで行き、しばらくして例の叫びと木の棒で丸太を連打する激しい音が響いてきた。

 スミカはシゲとは逆の方へ行き、明かりも消してしまったので何をしているのか全くわからない。

(アーネストさんからここを教えてもらったのはありがたいな)

 俺が想像していたものとは随分違うが、外から見ることができない練習場所は俺たちにとって必要なものだ。

 シゲとスミカは自分の家に伝わる鍛錬法が人に知られることを嫌うし、俺たちだって聖騎士ラドワン様やジョセフさんの教えを盗まれたら面白くない。

「ギル、わりいけどさ、また万象乃断刀(ばんしょうのたち)を見せてくれよ」

 基礎の素振りを終えてから、ミックが頭を下げてきた。

 ミックは俺とニールが覚えた師匠の術技を修めていないことが気がかりのようで、ここにきてからは時々こうして俺に頼んでくる。

「ああ、いくらでも良いよ。練習になるからな。

 かわりに、後でミックの瞬歩(しゅんほ)も見せてくれないか。お前、前より早くなったのは型の組み方を工夫したんだろ?」

「おう。良いぜ。

 だけど、やっぱりギルにはバレちまってたか」

「俺じゃなくて、ニールだ」

「あの野郎、話しやがったな」

 砕けた態度で会話しながら、俺は術技の型を描く。

 剣に宿った煌糸の力が山吹色の煌めきを発して空気を切った。

「うーん。難しいな。

 身体の動きと煌糸の動きが違いすぎて、頭がこんがらまっちまう」

 ミックが真似をしながら弱音を漏らすが、俺にはその理由の見当がついた。

「ここの手先の動きを腹の煌糸の動きと繋げて考えると、わかりやすいぞ。この術技は見た目の動きと関係ない部分の身体の奥の操作や煌糸の繋がりが大事なんだ」

「待ってくれ。いきなり言われても困るぜ。

 えーと、この動きだな。それがここに繋がって……ああ、八足の時に肩や手先まで使うのと同じか」

「ああ。八足断歩でも伏足絶歩でも全身の連動を使うだろ。あの感覚と同じだ。

 万象乃断刀(ばんしょうのたち)は身体と煌糸の連携にズレがあるけど、実際にはお互いに繋がっているんだ」

 俺が説明をしてから、ミックの動きが少し変わった。見た目では少しだが煌糸の操作はかなり違っていて、型の流れも辿々しい。

「上手くいかねぇ。ちくしょう。

 身体を2つ使っているような気分だぜ。

 瞬歩(しゅんほ)はやることと煌糸の動きがほとんど同じだからわかりやすいのにな」

「確かにな。だけど、俺にはミックみたいな早さで型を組むのはできないよ」

「俺は瞬歩(しゅんほ)だけだからな。

 まあいいや、前よりはわかった気がする。

 今度は俺が教える番だぜ。やり方を見せてやる」

 今度は俺がミックに型を見せてもらい、お互いに話し合いながら練習を続けた。


「マイケル様は彩織さいしょくの早さに秀でておりますので、ギルバート様のような細やかな織り方よりもそちらを伸ばした方がよろしいと存じますの」

 鍛錬の時間を終えた帰り道、走りながらミックとさっきのことを話していると、横からスミカが割り込んできた。

「なんだよスミカ。それじゃあ俺には師匠の技は使えねえってことか」

「はい。わたくしの見立てでは、あの技をマイケル様が修める見込みはございません」

 一刀両断に言い切るスミカに、ミックがむすっとした顔になる。

 ミックは師匠を尊敬しているから、あんな風に言われたら面白くないのは当然だ。だが、スミカにそれがわからないはずもないから、きっと考えがあってのことだろう。

「お前がそう言っても、俺は認めねぇぞ」

 当然の如くミックは反発した。

 普段の俺ならミックを応援するところだが、万象乃断刀(ばんしょうのたち)瞬歩(しゅんほ)、そして霹鬨霆礎(へきごうていそ)の3つの術技を修めた経験からは、スミカの意見が正しいと思えた。

 これらの術技は性質が違うからだ。

万象乃断刀(ばんしょうのたち)には、煌糸を見る力と操作の精密さだけでなく、身体と煌糸とを別々に分けて捉える感覚が必要だ」

「そうでございますわね」

 俺の説明に答えたのはミックではなくスミカだ。

 無手でさえ俺たちに勝る彼女の技の基本は、相手の気配を察すること。おそらく、俺たちが使う術技での煌糸の操作も読み取っていたのだろう。

「ギルまで、俺には無理だって思うのか?」

「今のままなら、な」

 付き合いの長いミックに対して下手な誤魔化しは通じないし、気を遣えば逆に気分を害するだけだ。

「俺は師匠に会うまで煌糸と体の関係が分からず身体だけで動いていた。それを師匠に教えられて克服してきたから、万象乃断刀(ばんしょうのたち)に必要な感覚もわかりやすかった。

 ニールは元々目が良いよな。その上、あいつは俺たちの中で一番才能がある」

「俺には、お前らみたいな才能が無いってことか」

 考えを直に伝えると、ミックは足を止めて俺たちを睨む。俺も足を止めて向き合うと、スミカとシゲは少し離れて立ち止まった。

「それは違う。ミックの才能は別の方向に向いているんだ。

 俺には、お前の瞬歩(しゅんほ)はできない」

「そうか。俺たちは元々得意なことが違ったから、そう言われたら言い返せねぇよ。

 でも、俺は師匠の技を諦めたくねぇ。

 俺だって合わないってわかっているさ。

 だけど、やっぱり俺は師匠の、ラドワン様のような冒険者になって、律奏騎士になりたいんだ」

 ミックは憮然としながらも迷いの無い顔で言い切って、それからニヤリと笑う。

 幼い頃から律奏騎士を目指してきたミックにとって、彼と同じように平民出身であって剣一本で冒険者となり、律奏機を与えられ聖騎士にまで至ったラドワン・ヴェルミールの人生は、その理想の体現ともいえる。

 だからこそ、ミックは聖騎士ラドワンの代名詞とも言える秘剣、万象乃断刀(ばんしょうのたち)に拘っている。

「俺は、ミックを止めるつもりはないさ。

 スミカ、そういうことなんだ」

 スミカにはスミカの考えがあっての助言だったはずだ。しかし武術に拘りがあるスミカが、ミックの内にある師匠への気持ちまで汲んでいたとは思えない。

 だが彼女なら、今のやりとりで察するだろう。

「差し出がましいことを申し上げましたの」

 スミカはあっさりと意見を取り下げた。

「いいさ。スミカだって悪気があった訳じゃねえ。

 だけど、もう一度言うけどさ、俺は諦めねえよ」

 ミックがスミカに笑いながら応え、決意を口にした。

「鍛錬が無駄になることはござらん。

 出来るまで貫けば必ず達するものなり」

 それまで黙っていたシゲが俺たちの後ろで呟くと、ミックが振り返ってパッと笑う。

「ありがとよ、シゲ。いいこと言うじゃねえか」

 スミカの助言は俺たちがミックの決意を理解する助けとなり、その後はミックの練習についてあれこれ言い合いながら走り込みを続け、村へと向かった。


 村に戻り待ち合わせ場所にしてあるギルド支所の前に着くと、冒険者たちがたむろする中に同じチームの面々が揃っていた。

「待ちましたよ。ギルバート」

 開口一番に辛辣な態度でワイマーが睨みつけてきたが、まだ約束の時間には多少早い。

「早くから待っていてくれてありがとう、ワイマー。もうすぐ予定の時間だな」

「貴様らがエレナ様を待たせるとは不遜にも程がある。神国との関わりがあろうとも、15分前に着いて万全を期してお待ちするのが礼儀というものだ」

 俺がチクリとやり返すと、ワイマーも負けじと言い返してくる。

「当のエレナがそれを気にするなら、そうしているさ。

 だが、俺にはそうは見えないし、不満があれば言ってくるだろう」

「注意を受けなければ気付かないなど、甘えにも程がある。

 それでは守護騎士としての資質に欠けると言わざろうを得ないな」

「それはお前の意見だろう。

 エレナの考えを無視して代弁するなよ」

 何が面白くないのか、今日のワイマーは執拗だ。

 ワイマーが俺に絡んでくるのは、おそらく俺がシディンの守護騎士と称されるクレストスを受け継ぐ立場なのが面白くないからだ。

 貴族には国と国民を守る義務がある。

 その中でも俺の家、オースデイル家は守護騎士という特別な立場を許されていて、スクトゥム森林地帯という剛獣の発生源から国を守る役割を任されており、そのための特別なはからいも受けている。

 どうやらワイマーの心の中には「守護騎士とはかくあるべき」という規範があって、俺は彼の描く守護騎士としては不足があるようだ。

 それはわかっているが、今朝は彼の気分を害することがあっただろうか?

「私の考えだけではないのだぞ、ギル。

 貴様の振る舞いを苦々しく思っている者は多い。よく自覚したまえ」

 いや、侯爵家の跡取りでいずれは律奏騎士を受け継ぐ立場にあり、成績も優秀な彼に賛同する者が大勢いるのは、当然だろう。

 だからと言って、顔もわからない奴らのお気持ちを盾にした文句を聞いてやる筋合いもない。

「そいつらが文句を言いたいなら、直に言ってくれば良いことだろう。

 公式の場ならそれぞれの立場もあるだろうが、そうでない場を選べば言えないなんてことはない。

 ワイマーを伝書鳩に使う奴らの期待に沿ってやる必要は無いな」

 ここにいるのは冒険者としてだが、しかし侯爵家の嫡男を伝書鳩呼ばわりするのはなかなかの侮辱だ。

 ワイマーが表情を険しくし、俺は反撃に備えて気を引き締めた。

 しかし、予想外の横槍が入る。

「おい、ギルバート。少しばかりギルドから褒められた程度で調子に乗るなよ」

 声をかけてきたのは6学年のアドガー先輩だ。俺と同じ騎兵学科で、朝の鍛錬を終えたところなのだろう、小型の盾と半長剣に奏力服といういつもの装備でチームメンバーの先頭に立ち、俺より少し高い背丈の上から俺たちを見下ろしている。

「アドガー先輩。おはようございます」

 上下関係に厳しい軍務学校の慣習に従い、俺は姿勢を正して挨拶した。チームの面々もエレナ以外は同じで、そのエレナも作法は違うが挨拶はしている。

「挨拶より先に、やるべきことがあるだろう。

 お前はいつから侯爵家の嫡男より偉くなったんだ。

 それにワイマー、君がその調子ではエレナ様の護衛として力不足だと思われかねないぞ」

 アドガー先輩はハーディング侯爵家の嫡男で、ワイマーのチューターだった人だ。

 新入生が3学年になればチューターという役割は終わるが、その間指導を受けていた相手だ。

 それは学年の違い以上の重みがあって、ワイマーはスッと頭を下げた。

「アドガーさんのおっしゃる通りです。

 我が身の不徳と心得ます」

 先輩はワイマーと同じ侯爵家の子息で先輩であるのだから、素直に謝るのは彼らしいと言えるだろう。

 しかし、俺はそうはいかない。

「ギルドに褒められて調子に乗るとは、何のことでしょうか?

 例え侯爵家の御子息であっても、根拠の無い言いがかりはやめるべきでしょう」

 俺はワイマーとアドガー先輩の双方の顔を交互に見ながら反論した。

 彼らが言っていることは口実をつけてあって分かりにくいが、結局のところ彼ら自身の思い込みによる部分が大きいように思えたからだ。

「目下の意見に耳を傾けない者は、いずれ多くを失います。ティルノール皇国でさえ例外ではなかったのです」

 俺も、相手がこちらを貶めようとしているのでなければ伝説に語られる出来事を持ち出して正論を叩きつけるなんて真似はしない。

 しかし彼らは明らかに難癖をつけてきているし、これから家名を継いでシディンでもアウスタル都市国家連合でもそれなりの発言力を持つ身だ。

 甘やかしていたら、彼らのためにも国のためにもならないだろう。

「これからシディン王国の支柱となる方々が知り合いの噂に振り回されているようでは、クレストスがスクトゥムを守っても無駄になりますよ」

 きつく睨みながら表情に相応しい言葉を叩きつけると、アドガー先輩は舌打ちをして睨み返してきた。

「それが調子づいている者の振る舞いだと言ったのだが、無駄なようだな。

 君たちには同情するよ。こんな奴のやり方に付き合わされているとはね」

 そして先輩は、俺の当て付けが効いたのか苦々しい顔で毒付き矛先をチームのメンバーに向ける。

「まぁ、ギルはいつもこんな感じだからな」

 ミックが軽い口調でそれをいなした。

「左様。この様な男であるが故、我が兄もギルを認めたのでござる」

 そしてシゲがヒロナギ神国の特使であった兄、ヨシイエさんの意向を口にしたので、アドガー先輩と言えども気が引けたらしく、口を閉じた。

「そもそも、ここにいるのは冒険者にござる。

 冒険者としてギルに勝る者がこの場に居るのなら、冒険者として挑むが筋にござる」

 普段は寡黙なシゲの言葉には、皆が知る彼の剣技の凄まじさからくる迫力があった。

「某は剣技であればギルより上と自負しても、冒険者としての実力は頭を下げるが当然と認めるものでござる」

 そのシゲがこんな風に締め括ったので、アドガー先輩もワイマーも黙り込んでしまう。

 彼らの沈黙を庇ったのは、アドガー先輩の後ろにいた男だ。

「いやいや、さすがはギルドから報告書のお手本として評価されたチームだ。

 一筋縄ではいかないね」

 軍務学校では珍しい髪の長い優男は、学校では有名な人物なので誰なのかはすぐにわかった。

 支援学科の6学年、レナード・モンレール先輩だ。

「アドガーさん、冒険者としてとまで言われたんだ。

 ここはアズマイくんの言う通り、冒険者として競うのが良いんじゃないでしょうか?」

「レナード、どういうことだ?」

 レナード先輩は支援学科の6学年生だ。しかし成績優秀なため5学年を飛び級しているから、アドガー先輩とは同学年の後輩という立場にいる。

 アドガー先輩に尋ねられ、レナード先輩は全員に大きく両手を広げ、飄々とした様子で答える。

「簡単なことです。

 どちらもお互いの意見をぶつけ合っているのは時間の無駄ですから、今後の調査で得た報酬額が多かった方が自分の話を通す。

 ギルバート君が負けたら、きっちりと頭を下げて態度を改めてもらう。

 それだけですよ」

 雄弁な語りだったが、俺は素早く口を挟んだ。

「レナード先輩、その話は……」

「面白そうですわね。その勝負、お受けしますわ」

 だが俺の言葉を遮ったエレナが、艶然と微笑みながら言い切った。

「決まりですね。まさか、彼女の意向に逆らいはしないでしょう?」

 レナード先輩の得意げな態度に、俺は不満はあるが顔を縦に振った。

 ワイマーやアドガー先輩とのやりとりは単なる喧嘩の類で、あちらから不満をぶつけてきたに過ぎない。しかも俺はそれを叩き返して勝負はつくところだった。

 レナード先輩は、それを賭けとして対等な開始線まで引き戻したのだ。面白いわけはない。

 それでも、エレナは4学年チームの中心であって、マーブレンの王女という立場を抜きにしてもその意見は重い。

 そして彼女の性格なら、彼女自身が発端でない勝負事なのだから、面白がって乗ってくるのは確実だ。

 レナード先輩はそれを見越して口を挟んできた、ということか。

 過程はどうあれ、そうなってしまったなら受けて立つしかない。

 だいたい、戦いってのはそういうものだ。

「そうなったなら、俺は受けて立ちますよ。

 報酬額で決める。それで良いですね」

 してやられたと思いつつも、俺はアドガー先輩とワイマーとを睨んだ。

「ギルバート、私を甘く見るな。

 勝負となったとしても、チームの足を引っ張る真似なぞするはずがなかろう」

 ワイマーが真っ向から睨み返してきて、俺は当然だと頷く。

「ワイマー、わかっている。君はそういうことをしない男だ」

 それからチームの仲間たちに身体を向けた。

「みんな、俺のことに巻き込んですまない。

 だが、手を貸してもらいたい。

 良いだろうか?」

「ああ、もちろんさ」

「競うた方が気合が入り申す」

 ミックとシゲが迷いなく答えてきて、他の面々も笑いながら肯定している。

 ただ1人、アルテだけは

「そんな面倒ごとはごめん被りますよ。

 止めませんけど、お詫びは覚悟してくださいよ」

 背中に冷や汗が流れる様な一言を添えて笑いかけてくる。

 その天使の様な悪魔の笑みに、セシリィとスミカまで便乗してきた。

「それは良いわね。私もアルテに賛成するわ」

「とても楽しみなお仕事になりましたの」

 三者三様な微笑み。胃がキリキリする様な笑顔を向けられた俺の肩を誰かが叩く。

 シゲだ。

 重々しく首を振る彼に「諦める他は無し」と静かに言い聞かされた気分になった。

「ご愁傷様」

 いつの間にか隣に来ていたヒューイにも呆れた口調で慰められて、俺はガックリと肩を落とした。

もし面白いと感じたり続きが楽しみと思ったりしていただけましたら、お手数でも評価などいただければ幸いです。

たぶん、知命を超えたおじいさんが2分くらい小躍りして喜びます。

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