計画会議
「諸君、この調査依頼に応じてくれてありがとう。
全員見たことがある顔だから自己紹介は省くぞ」
アーネストさんがギルド支所の広間でカウンターの前に立ち、挨拶も早々に後ろの壁に映像を投影する奏具によって映し出された地図を指差した。
「オルチャード遺構はアヴォノヘッド森林地帯に発見された複数の構造物を含む遺構だ。場所はここから西に12kmだがカーゴが通れない場所を迂回するために行程は21kmになる」
カウンターの中で男性が手元で何かをして、地図に赤い線が書き加えられた。
映像は奏具を使う術者が法術で描いたものを複写していて、緑の線で描かれた地形と対照的で道筋がはっきりわかる。
「調査は調査隊を大きく4つの分隊に分け、分隊単位でこの村とベースキャンプとを往復する。
移動はカーゴで行い、こことここがベースキャンプへの経路にある要注意箇所だ」
赤い線の途中に点が加わり、さらに筆記体で注意書きが付けられる。
(渡河行軍と剛獣遭遇か。剛獣が出るということは糸脈が活性化している場所に近い。もしくは遺構が糸脈活性を保っているのかもしれないな)
俺が説明の意味を考えている間にも話は続き、現地で既に設置されているベースキャンプの内容や滞在期間と交替の決まりごとなどが説明されている。
「学生諸君もこれに合わせ、3つのチームに分かれてもらう。編成については一任する」
アーネストさんの説明は遺構までの行動計画のところで一区切りとなり、カウンターの奥に下がる。
「アウスタル都市国家連合軍海軍戦艦サーベラス所属少佐、サーリヴァス聖王国ハリソン侯爵家リチャード卿が調査指揮のためお越しいただいております。
調査の開始にあたり訓示をいただきますので、皆さん、ご静聴ください」
受付の女性に紹介され、奥に腰掛けていた男性が立ち上がった。
彼は広間の面々とは違ってきっちりとした軍服を着こなしブーツで床をカツカツと鳴らして俺たちの前に立った。
そして鳶色の鋭い目で広間を見渡し咳払いを一つしてから話し出す。
「たっ……ただいみゃっ……
ゴホン
たた、ただいま紹介にああ預かりま……したリチャード・ハリソンに、な、ななり、ます。
ほほほ本日はお日柄も良く……えー、ぼ、冒険者の皆さんには日頃からごご、剛獣さいが、、剛獣等災害対策に力を貸していただいてますこと、ありが…。いや、喜ばしいと思っておる」
噛んだ。
おまけに辿々しくどもりながらの口調の途中に広間から挟まれた失笑に話が途切れ、手元をチラッと見てから言い切ろうとしてから思い直し、最後だけ貴族らしい口調になった。
「おいおい、あれが指揮官かよ? 本当に大丈夫なんだろうな?」
俺の隣にいた冒険者が小声で呟き、周りからは再び抑えた笑いが起きる。
「ご静聴ください」
受付の女性の声に広間が静まって、それからリチャード卿は話を続けた。
「こ、この度の遺構調査はアウスタル都市国家連合のみならずラテニア圏域全体の利益となるものであり、大変に重要なものであると思う次第でありま……ある。
しょ……諸君らはこの調査に加わる冒険者として……」
抑揚に乏しい上に歯切れが悪く途切れがちな言葉の連なりに、俺の後ろから欠伸が聞こえた。
(こういう場は苦手なんだろうな。ずいぶん練習した様子ではあるけど。
まずい、眠気が)
俺も歯を食い縛って拳を固く握り、小声の不満も聞こえる中でリチャード卿の話を聞き続けた。
「……と思うところであります。
ええと、これで私の話は終わりになります。
現地ではよろしくお願いします」
締まらない話を終えるとリチャード卿はすぐに踵を返し、足早にカウンターの奥へと戻ってしまう。
「なんだったんだよ。何を話したかったのかよくわからねぇぜ」
ミックが愚痴を漏らしたが、俺は最後の一言が気になってしまった。
「いまリチャード卿は『現地ではよろしく』って言ったよな?」
「おっしゃいましたわ。現地の責任者もなさっていらっしゃるものと存じますの」
俺の疑問にスミカが応え、周りの目が俺たちに集まった。
「マジかよ。あんなのが頭だって?」
「アーネストではなかったのか」
「トップが優柔不断なんて最悪じゃないか」
「せめてダグラスが来てくれないと、面倒だぞ」
広間が騒がしくなり、カウンターの奥で女性が立ち上がり息を吸った。
「皆さん、静粛に。現地調整官の説明があります」
精一杯張り上げた司会の声に合わせてアーネストさんの隣にいた男性が立ち上がって前に出てくると、冒険者たちから安堵の声が漏れた。
「現場の調整官を務めるダグラス・スコートだ。
今回発見されたオルチャード遺構内部の調査計画を説明するが、その前に遺構周辺と内部で剛獣が発見されていることを伝えておく」
簡潔な自己紹介から始まった話はいきなり調査の危険を伝えるもので、広間は先程とは打って変わって緊張した空気に包まれた。
「遺構内部の調査はまだ浅い部分だけだが、凶化変異体も発見された。恐らく内部にはさらに強力な剛獣が棲みついていることが予想される。
ここからの話は調査の成否とお前たちの身の安全にかかわる事項だ。それをまず理解しろ」
ダグラスさんに言われるまでもない。
剛獣というのは魔導を持つ人族に対して危害を加える傾向が高い生物の総称だ。
そして多くの剛獣は糸脈活性が高い場所で変異することで魔導を持つようになる。
「つまり、スクトゥムと同じってことだよな」
ミックが俺に耳打ちしてきて、俺は幼馴染と目を合わせて頷いた。
「そうだな。スクトゥム森林と違うのは、遺構が糸脈活性点を作っているってことか。
ティルノール皇国時代のものには多いからな」
「活性の強さによっては、凌駕級の変異体も出てくるってな。こいつはヤバいぜ」
俺たちだけでなく広間の冒険者たちがひそひそと話し合っている間ダグラスさんはじっと黙っていたが、その沈黙に気付いた数人が視線を彼に集め始めたところで口を開いた。
「事態は理解できたな。では計画を説明するぞ。
まずは遺構周辺についてだ」
壁に地図が投映され、ダグラスさんが手にした棒でそれを指し示しながら説明を始めた。
「以上で調査計画の説明は終わりだ。
それぞれ計画に従い準備に当たれ」
ダグラスさんが話を終えて、その後は細かな指示の後で解散となった。
「シディン王立軍務学校の者はここに残れ」
凛とした声で命じたのは、俺たちと一緒にやってきたロザモンド先生だ。
俺たちと教師が広間に残り、他の冒険者たちはチームごとに外へと出ていく。
そしてカウンターからはアーネストさんもやってきて、適当なテーブルを見繕うと席についた。
「アーネストさん、我が校のチームはこれで全員です。ご用件をどうぞ」
先生が促すと、アーネストさんは俺たちを見回してからテーブルを示した。
「立ち話もなんだから、適当に席についてくれ。
教師の皆さんはそちらに。
調査の中で貴校に頼みたいことがあるが、問題があれば教えてもらいたい」
俺が支所長の言葉に従って席に着こうとすると、何人かの生徒と教師のうち2人が立ったままでいる。
「我々はこのままで結構」
彼らはそう言うと壁際にまとまって、アーネストさんに不満げな顔を向けた。
(あれは六学年のアドガー先輩のチームだよな。そして教頭のウォルカー先生と騎兵学科のサンダーソン先生)
軍務学校内での派閥争いについては多少の話を聞いている。そしてウォルカー教頭先生とサンダーソン先生は貴族寄りの保守派で、身分や家柄を重んじる人だとも聞いていた。
(反発するのはわからなくもないが、それを実行するとなると後々厄介なことになりそうだ)
俺はそう思いながらテーブルに近付いて椅子を引き、腰かける。
冒険者ギルドというのはどんな身分や血筋家柄があってもまずはひとまとめに冒険者だ。そうした上で実力に応じた階級付けをされる。
つまりあの2人やその親派であろう六学年のチームにとって、ギルドの言いなりになるのは面白くない、というわけだ。
しかし、
「わたくしはここで」
俺たちの隣のテーブルの、俺の真横の椅子にエレナが座ると、彼らの表情がさっと変わって足早に席についていく。
(マーブレンの第三王女が席に着いてなお、我を張るほどのことではない、か。
だけど、ウォルカー教頭の考えだけは違っているようだな)
「ギル、どんなお話だと思いますか?」
俺の気付きを遮りエレナが話しかけてきた。
既に残った者たちは席についていて、今は教師たちの前に司会をしていたギルドの女性な書類を丁寧な態度で配っている。
「それは聞けばわかるよ。聞く前にあれこれ考えていたら、それが先入観になりそうだから控えておきたいな」
やんわりとエレナの話を拒みつつ、俺は彼女の振る舞いを観察した。
昨年のスクトゥム村での調査からこちら、カーチス率いる律奏騎兵小隊の訓練を受けていたおかげで俺は煌糸を観る力をさらに増していた。
剣を通して戦いに集中した時だけでなく、こうした普段の生活の中でも周囲の煌糸を観ることができるようになりつつある。
だから、エレナが話しかけてくる直前にウォルカー教頭の意識がエレナの方に向き、2人に同じタイミングで煌めきが生じたことも観ることができた。
教頭が声を荒げて書類を配った女性に食ってかかり、見かねたアーネストさんが対応を始める。
「つれないですわね」
騒ぎを他所に微笑みかけてきたエレナに煌糸の流れを感じ取り僅かに身を引くと、身を寄せようとした彼女はピタリと動きを止める。
「ウォルカー先生だけは、あんなふうに振る舞った理由が違うようだな。だけど調査ではきちんと協力していきたいね」
独り言のように呟いた俺の言葉にエレナの周りの煌糸がゆらめき、彼女は目を細めて艶然と微笑む。
「そうですわね。全員で目標を果たすべく尽力いたしませんと」
俺が引いた以上に椅子から身を乗り出して身を寄せるエレナ。
心地よい香りが鼻腔をくすぐるが、それと同時にチクチクとした気配が俺の背中に突き刺さる。
「エレナ、君の振る舞いは冒険者としてどうかと思うよ。俺としては一緒に仕事をする仲間がそういう真似をするのはいたたまれない」
毅然とした口調で告げるとエレナは面白そうに微笑みながら元の距離に戻り、背中を突き刺す気配も和らいで、俺は周りに悟られないよう息を吐いた。
後ろからミックとスミカの忍び笑いが聞こえて、左の肩にシゲが労わるように手を置いた。
その後に始まったアーネストさんの説明はスムーズに進んだ。
話の要点は簡単なことで、学生である俺たちが無謀な行動をすれば学校側とギルドとで何かと面倒になるため、あらかじめ行動方針をすり合わせておこうということだ。
シディン王立軍務学校のチームはそれぞれに基本の調査計画を基に具体的な行動計画を立案し、計画書をギルドに提出。
それを3日以内にと指示されて解散となった。
「なあみんな、ここで大雑把な方針を相談しておかないか? ギルドに確認したいことを洗い出すにも、すぐに始めた方が良いと思うんだ。
それに、ここなら何かをつまみながら話ができる」
俺は広間ですぐに三学年の面々を集めて調査計画の相談を持ちかけた。
「ギル、私たちみんな朝ご飯は食べましたよ? それなのにお腹が空いているんですか?」
アルテがくすくす笑いながらテーブルの、俺の目の前の椅子の左に腰かける。するとそれを見越したように椅子一つ挟んだ反対側の席にセシリィが着席し、俺を見上げた。
「私もギルの提案に賛成よ。立ったままで長い話を聞いていたから、一息つきたいわ」
これで別の席に座ったら、後で2人に何を言われるかわかったものじゃない。
俺が諦めながら席に着くと、他の面々も着席し始める。
「それじゃあ、飲み物でも頼むか。お前らいつもので良いよな? それで、そっちはどうする?」
ミックが俺たちの了承を得てからカウンターへと一歩進み、それからエレナやワイマーたちのチームに尋ねた。
「ここはギルドの中だから、その物言いは勘弁しましょう。
エレナ様、私は席に着くのも薮坂ではありません。よろしいでしょうか?」
ワイマーは一度ミックを睨みつけ、それから彼らの中で最も地位の高いエレナに伺いを立てる。
(ワイマーも俺たちに対して地位を振りかざすことは減ってきたな。
少なくとも場所を弁える考え方は身についたようだ)
彼の成長を感じながらエレナに目を向けると、彼女は俺と目線を合わせて微笑み、正面に腰掛けた。
「わたくしもギルに賛成ですわ。提案してくださってありがとう」
エレナの優美な仕草に隠された気配が俺とぶつかり合って、テーブルは緊張感に包まれる。
「エレナに賛成してもらえると心強いよ」
外交的な笑顔を作りながら応えると、エレナは両側に着席したチームの面々にも目を配る。
それだけの動きで、彼女は席についた者たちの注目を自分に集めてしまった。
「良い話し合いができることを期待しております」
真っ直ぐに俺を見据えながら、城砦国家マーブレンの第三王女は告げる。
(やはり一筋縄ではいかないな。だけど、お互いの意向をすり合わせておかないと調査の最中に危険なことになってしまう。
ここは踏ん張りどころだぞ)
「それじゃぁ、まずは……」
俺はエレナを、それからチームの面々の様子を見渡し、腹を据えてから話し始めた。
もし面白いと感じたり続きが楽しみと思ったりしていただけましたら、お手数でも評価などいただければ幸いです。
たぶん、知命を超えたおじいさんが2分くらい小躍りして喜びます。