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討伐

「来るな! くるな! くるんじゃねえ!」

 ドゥルス・シュベリアが恐怖の叫びと共に剣を振るう。狙う相手は空を飛ぶ合奏甲冑。

 そいつは蜂のように機敏に剣を掻い潜り懐に潜り込むと、手にした長大な槍の穂先を巨人の脇腹にチョンと当てた。

 チュドン!

 閃光が瞬き爆音が弾け、接合部の一つを破壊された装甲がだらりと垂れ下がった。

 見事な狙い撃ちだ。

 こうなってしまうとドゥルスの長所である重装甲は逆に動きを妨げる重石になってしまう。既に同じように接合部を破壊された装甲とで、これで4枚。

 ただでさえ機能制限を受けている騎体はさらに扱い難くなり、グレイグは荒い呼吸を繰り返す。

 律奏機に呼吸器は存在しないが、彼の反応は同調制御に反映され、騎体が肩を上下させる。

「どうした? 随分苦しそうだよ」

 カークが地上に降りて嘲りの声をかける。

 生身であるなら、グレイグはギリギリと歯軋りをしていただろう。

「舐めてんじゃねえ!」

 肩を震わせた律奏機が雄叫びを上げ、自分の膝よりも小さな敵に剣を振り落とす。

 光を瞬かせて真横に滑り剣を躱すカーク。グレイグは滑る足を地面に食い込ませ剣で低く薙ぎ払う。

 無理な体勢での追撃が大きな隙を生んだ。

 最小限の跳躍でドゥルス・シュベリアの腕に飛び乗った合奏甲冑は左手に持った奏弓を巨大な手首に押し当てる。

 この距離なら偏向法術の内側で影響は最小限。そして奏弓には銃身内で偏向されて暴発するリスクが無い。

 ズドン!

「ぎやあああっ!」

 装甲の隙間に撃ち込まれた矢が爆裂し、手首を半ば吹き飛ばす。悲鳴を上げたグレイグがだらりと垂れ下がった騎体の右手を見た。

「ちくしょう! 許さねえ! 許さねえぞ!」

 喚いてみても武器が無い。

(そうだ、標準構術があるじゃねえか!)

 ここに至って、グレイグは律奏機の一般的な機能を思い出した。

 律奏機は憑依支援を受けて運用することが当たり前だが、それができない場合もある。その状態で構術筒の法術が使えないとなれば、ただでさえ不利な状態に拍車をかけることになる。

 だから、律奏機の構術筒には、どんな場合でも発現可能な法術があらかじめ設定されている。

 クレイラがこれまで制限したなら使えないが、これは憑依支援を失った時のための機能だ。制限が及ばない可能性は高い。

 それに元々使えずにいた構術筒だ。

 ダメ元で試す価値はある。

(こいつの標準構術は、右手と左手で別だったな。確か……)

 余裕綽々と立つ強敵に右手を向けた。

 片方の瞼を2度閉じて舌先を操るイメージ。

「食らえ!」

 垂れ下がった手の前から白い光が矢となって、槍を構えたカークへと撃ち出された。

 瞬光矢(しゅんこうし)、と呼ばれる法術だ。

 煌糸構造体に質量に反応して力場を生じる性質を与えて射出する法術で、当たった物質はその部分だけが一瞬のうちに猛烈に加速される。加速される部分が小さいため、衝撃とも言えるほどに急加速された部分が全体に対して弾丸のように作用し、破壊する。

 生身に対しては血肉のような柔らかい組織が加速されるため十分なストッピングパワーと殺傷力を、装甲に対しては装甲自体の硬さが貫通効果と破壊力を生み出す。

 このため相手を選ばない攻撃手段として使われる。

 そして律奏機の出力で構術された瞬光矢(しゅんこうし)は、合奏甲冑如きなら中身をバラバラにする威力がある。

 当たれば。

「殺気も動きも丸見えで、構術筒の音を隠そうともしてない。当たるはずがないよね」

 一歩横に動いただけの位置で余裕綽々と講釈を垂れるカークの姿に、グレイグは激昂した。

「舐めんじゃねえ! 舐めんじゃねえ! 舐めんじゃねえ!」

 怒りの激しさは恐怖の表れだ。

 同じ言葉をひたすら繰り返し、瞬光矢を放つグレイグ。しかしそれは全て躱され、あるいは槍の護拳に作り出された力場の盾で逸らされてしまう。

 グレイグにはカークが、受け損ねれば致命的な瞬光矢(しゅんこうし)をあえて盾でいなす意味が、はっきりと理解できた。

(お前を殺すのは簡単だ)

「舐めんじゃねえええっ!」

 絶叫を上げてグレイグが法術を連射し、全く通じないと悟ってから動きを止めた。

(ちくしょう。もう手段を選ぶ余裕なんぞねえ)

 舌先で音声回線を切り替え、シュトルムボックの憑装室だけに繋ぐ。

「ダルク、クレイラを甲板に引っ張り出せ。こいつの目の前で殺してやる」

 手下に命じながら、自身はカークが顔面を狙って放った瞬光矢(しゅんこうし)を盾で受け止める。

 瞬光矢(しゅんこうし)は質量を持たないため偏向法術の影響は受けないが、合奏甲冑のそれでは律奏機の装甲を撃ち抜くには非力すぎる。

 その証拠にカークは、ずっと装甲の接合部に至近距離で発現させた瞬光矢(しゅんこうし)を当て、ドゥルス・シュベリアの動きを妨げる使い方しかしていない。

 その非力さにグレイグの精神はわずかな余裕を得た。

(そうだ。こっちはでかくて出力も桁違いだ。まともに押し合えば負けるはずがねえんだ)

 左腕の構術筒を作動させる。標準構術されているのは力場の壁だ。律奏機の出力を使い、その全身を覆うほどの壁を作り出して宙に固定する。

「少しは考えたじゃないか」

 カークの声を無視し、グレイグはさらに壁を立てて守りを固めた。

(こうやって方向を制限すれば、機動力を抑えて迎撃できる。奴は慎重だ。俺の守りを読むまでは攻め込んでこねえ)

 グレイグの考え通り、カークが繰り出す攻撃は相変わらずの激しさだが彼の反応を探るような狙いに変わっていた。それでも一撃一撃の鋭さは、油断すれば致命的だ。

(クレイラを引っ張り出すまで5分も要らねえ。その間だけ時間を稼げば俺の勝ちだ。村人どもを脅して言うことを聞かせれば、なんとかなる)

 最後の一手に望みを託し、グレイグはひたすらに守りを固めた。


『リーヴァ、止まって』

 私は通路の角で物音を聞きつけ、後ろのリーヴァを手で制した。角の奥を手鏡で覗き見て、間近に寄ったリーヴァに囁く。

「誰か来る。確か、あの通路の先は憑依支援をする部屋だったはず。奥に戻ろう」

「わかったわ」

 私とリーヴァは忍び足でやってきた通路を戻り、一つ奥の角に身を隠した。

 今いるのは、航宙艦シュトルムボックの中。

 私はグレイグがクレイラさんを捕まえておくなら制圧したこの艦だと考えて、カークさんがドゥルス・シュベリアの目を引きつけている間に侵入した。

 荒くれ者たちもそんなに数がいるわけじゃない。今は艦の中こそ手薄なはず。

 その予想は的中し、奏具技師のレオンさんの手伝いをする中で艦の構造を覚えていた私はすんなりと忍び込んだ。

 クレイラさんがいるなら私が入ってはならなと言われていた場所だと考えて艦の中枢を目指していたら、通路の先で人の気配がして今に至る。

 私たちが覗いているとも知らずに、荒くれ者が通路を通っていく。1人、そしてその後ろに2人。

 後ろの2人が抱えていたのは、ぐったりとして青ざめた顔をしたクレイラさん。

「クレイラさん……リーヴァ、あいつらを追いかけよう」

「ええ」

 私は手に馴染んできた拳銃エウクス1911CPを持ち、左手でホルスターの構術具を確かめてから通路を進む。

 リーヴァを見ると、彼女はホウシェンで蒼盾衛士のみんなから贈られた額飾りに左の指先で触れてから、剣を抜いて着いてきた。

 額飾りに真紅の煌めきが走り、宝石がそれを反射して光が舞う。

 こんなときだけど、私は綺麗だと思ってしまった。

「それを持ってきて良かったね」

 小声でリーヴァに話しかけると、彼女はほんの少し微笑んだ。

 それでもリーヴァの表情は険しい。きっとアランのことが堪えているんだ。

 晶眼を傷つけられたため死を避けられないアラン。同じ魔眼族のリーヴァも、額に傷を負えば同じ運命を避けられない。

 だけど、リーヴァの額飾りには封紋石が仕込まれていて、彼女が染弦した煌糸を作用させると守りの法術を発現する。

 蒼盾衛士のみんなが彼女のために特注したお守りなのだから、きっとしっかり守ってくれる。

「あいつら、上に登って行く。このまま行けば甲板に出るから、そうか、クレイラさんを人質に使うつもりなんだ」

「それなら、早く助けないと」

 荒くれ者たちを追跡して行き先と目的の予想はついた。リーヴァが急ごうとするけれど、私は立ち止まって考える。

「待ってリーヴァ。あいつらが一番油断するのって、人質が上手く使えそうなときだと思う」

 冷静な私が、冷たく答えを弾き出す。

 律奏機相手でもカークさんは優勢だった。つまり人質の目的はカークさんを抑えること。人質を甲板に出すのは、カークさんだけじゃなくて他の、例えば村人たちにも見せつけるため。

 それが上手く行ったときが、荒くれ者たちの油断する瞬間だ。

 人売りたちに囚われていた頃や冒険者になってからの経験で、私は彼らの思考を予測できた。

「ええ、そうね。ティーエの言う通りだと思うわ」

 リーヴァが凍てついたように冷たい声で返事をする。

 クレイラさんを助けるには荒くれ者たちに容赦できない。殺すつもりで挑む必要がある。だから緊張しているのかな。

 それとも、クレイラさんたち、特にアランさんがあんな目に遭わされたことが許せないのかな。

 どちらにしても、良いことじゃない。

 そんな状況を作り出した荒くれ者たちに、私は冷たい怒りを覚えて前を向く。

「見つからないように、追いかけよう」

 私たちは気配を隠し、荒くれ者たちを追った。


(やっとか! ダルクのノロマめ!)

 グレイグは歓喜のあまり叫ぶ自分を辛うじて押さえ込んだ。シュトルムボックの甲板に、手下とクレイラの姿を見つけたからだ。

「カーク! テメエら! あれを見やがれ!」

 彼を揶揄うように飛び回る合奏甲冑と、煌糸顕現炉を占拠した村人たちに怒鳴りつける。

 彼らから艦まではかなりの距離があるが、見慣れた髪や服装を見れば、クレイラが捕らえられていることをよく理解することだろう。

 効果は絶大だった。

 手強い敵は地面に降りて動きを止め、村人の動きには動揺が明らかだ。彼らを守っている海兵隊や冒険者たちも、グレイグの動きに注目をしている。

(そうだ。そうでなくちゃいけねぇぜ)

 自分に逆らう者たちの注目を一身に集め、彼らの意思を捩じ伏せた。その優越感が荒くれ者の身を震わせる。

 逆転狙いの策を挫く大逆転だ。

「おい、カーク。よくも好き勝手やりやがったな。早くその槍を捨てて甲冑を外しな。やらねえなら後ろの連中がどう出るか考えろよ」

 心の有り様そのままに自慢げな声で命じ、グレイグはカークに右手を向けた。

「いや、やるならこっちか」

 すっと狙いを逸らして彼の後ろ、手下たちを倒した冒険者どもに瞬光矢。

 膨大な力場に土砂が弾け生身の冒険者たちを蹴散らす様に、グレイグの気分は晴れやかになる。

「早くしやがれ。次は炉を狙うぜ。逆らうならクレイラの命はお終いだ。さあ、何かできるならやってみろ!」

 右手の狙いを変えてグレイグが吠える。

 それに対して、カークはただ、槍の穂先をシュトルムボックへと向けた。

「なんのつもりだ?」

 こんな距離からは瞬光矢(しゅんこうし)は届かない。その威力を射線上の大気を加速させるために消耗してしまうからだ。

 グレイグはカークの動きに疑問を感じつつも彼の脅威に目を離せず、再び右手をカークに向けた。

「なんのつもりだって聞いてるだろ? 答えろ!」

「あれが見えないのかい?」

 怒鳴り声が轟くがカークはうるさそうに左手を振り、槍の穂先を揺らした。

 グレイグが反射的に振り返り、シュトルムボックの甲板を見る。

 手下のダルクと、クレイラと彼女を捕まえて支えている2人。待て、その背後にいるのは……。

「なんであの小娘があんな所に! ダルク! 後ろだ! 後ろに小娘と三つ目がいるぞ!」

 叫びは、ドゥルス・シュベリアの拡声器を通して最大の音量で再現された。


 航宙艦シュトルムボックの甲板に出た私とリーヴァは、クレイラさんを無理やり支えて突き出した荒くれ者たちの背後から忍び寄る。

 大丈夫。彼らはグレイグが勝ち誇る姿に夢中で、私たちには全く気付いてない。

 私は左手に構術具、右手にエウクス1911CPを構え、秘紋の手順を思い浮かべた。

 もう少し。もう少しで間合いだ。

 すると、ドゥルス・シュベリアがこちらを振り向く。慌てた様子で右手を向けた。

 今だ!

「なんであの小娘があんな所に! ダルク! 後ろだ! 後ろに小娘と三つ目がいるぞ!」

 グレイグがのろのろと口を動かしている間に、私は構術具を操作する。

 私とリーヴァの目の前で荒くれ者たちが振り向くけれど、その顔は驚きで固まってる。

(思ったとおり)

 私の秘紋は構術に時間がかかる。

 だけど、こいつらの反応はそれより遅い。

 冷静に封紋石を選んで引き金を引き、選んで引き、選んで引き、繰り返して最後まで。

 最後に放った秘紋がFunction-Fairyによって関数化されScript-Spriteの定義に従いPixel-Pixieが幾重にも再描画する。

 荒くれ者たちがクレイラさんを放り出して襲いかかってきたけれど、もう遅い。

 法術が発現した。

「う、動けねぇ! なんだこりゃああ!」

 荒くれ者たちが歪んだ声で叫んだ。

 私が使った秘紋は、負の力場。範囲内の運動力を打ち消すから、その中では身体を含めて何かを動かすことは難しくなる。

 普通なら剣一つを止めるのが精一杯のものだけど、私の秘紋はその範囲を拡げ一瞬に凝縮し、クレイラさんを救うチャンスを作った。

 奴らが動けるようになり、だけど不意打ちと拘束の動揺で戸惑ううちに、リーヴァがクレイラさんの手を引っ張って抱き抱える。

 危なかった。

 奴らは人質を手すりが低いところに立たせていたから、少しの手違いでクレイラさんは甲板から落とされるところだった。

 だけどもう、心配はない。

「このガキめ。おかしな真似しやがって!」

 奴らが正気に戻って私たちを睨みつけ、怒鳴り声と共に剣を上げる。

 不思議なことに、全く怖くない。

 私はひどく落ち着いたまま、彼らが立ち直るまでに用意した法術の、最後の秘紋の引き金を引く。

 閃光が炸裂した。

「ぎゃあ! 眼があああっ!」

 奴らがまとめて苦痛に叫ぶ。

 光の秘紋を重ねて描き全ての威力を一瞬に解放した輝きは、目を閉じて手で覆っても眩しさを感じるほど。

 まともに見た奴らは何も見えなくなったみたいで、辺り構わず剣を振り回す音がする。

 距離をとりつつ閃光を放つ前の記憶で当たりをつけておき、目を開いて即引き金を2度引く。

 タンタン

 法術で放たれる弾丸の軽い音。

 人を撃つのは初めてなのに、まるで他人事みたいで抵抗は感じなかった。

「がっ!」

 1発はダルクと呼ばれていた男を狙い、手応えがあった。

 だけど、勘で見当をつけた狙いに頼るのは駄目。2発めは引き金を引く前に狙いがずれてた。

 素早く一歩後退すると、銃声で見当をつけたのだろうヤケクソな剣が私がいた場所を通り過ぎる。

「やああああっ!」

「うぎゃあっ」

 リーヴァの雄叫びが突っ込んで、荒くれ者の悲鳴が上がる。

 細腕に見合わない力で剣を振り下ろしたリーヴァの足元に倒れ伏す荒くれ者。彼女の額には凌駕状態の証の白い光が角の形に編み上げられて、その芯には真紅の光が針のように細く煌めいている。

 そして倒れた荒くれ者を見据える冷たい目。

(リーヴァ……)

 あんな姿は見たくなかった。

 私は彼女を連れてきたことを後悔したけれど、1人で来ていたら今頃剣で切られていたかもしれない。

「リーヴァ、ありがとう」

 だから私はお礼を言って、甲板の縁に縋る荒くれ者を狙う。

(相手は混乱している。慎重に狙って確実に)

 引き金を引いた。

「くがっ…あああ落ちる! 嫌だ嫌だ助けてくれええええ!」

 眼が眩んだまま肩に銃弾を受けた荒くれ者は、ショックで体勢を崩して転び様に縁の手すりが低くなったところを乗り越え、ジタバタともがいてから落ちていった。

 最後に、私の一撃で動けなくなっていたダルクに銃を向ける。

「うう…降参だ。もう逆らわねえよ。助けてくれ。あんたらだってクレイラやマルクにやられたんじゃねえか。な、俺たちだってそうなんだ」

「勝手なこと言うな。あなたたち、助けてくれたクレイラさんたちを裏切ったじゃない」

 惨めったらしく憐れみを乞う男に対し、私は冷酷に告げる。

 確かに私たちは宙賊に捕らえられた。

 だけど、マルクやクレイラさんたちはこいつらとは違う。彼らは路頭に迷っていたこいつらを同情して仲間に加え、ここで一緒に住んでいた。

 彼らがどんな気持ちで助けの手を差し伸べたのか、一緒に過ごした私には理解できた。

 それだけじゃない。

 マルクもクレイラさんも、戦争で負けて追われながらこの小さい島で必死に生きようとしていた。村の人たちもみんな。

 それは、そう、かつての私、苦力(クーリー)の生き方とそっくりだ。ただ、やり方が違うだけ。

 私の生き方が人売りの立場を利用した奴らに壊されたように、こいつらはクレイラさんたちがそうするしかなかった生き方を壊した。

 だから、私はこいつらがやったことを許せない。

「頼むよ。俺はグレイグに言われたからやっただけだ。俺は悪くね…」

 タン

 私の銃弾は、ダルクの額を打ち抜いた。

 きっと砂竜の時と同じに、後になって色んな気持ちが押し寄せて、私はひどい気分になるに違いない。

 だけど今の私には、こいつの卑劣さも言い逃れしようとする無責任さも、たとえ一言であっても受け入れられなかった。

「うわぁ、2人だけで片付けちゃったんだ」

「あらあら、間に合わなかったわねぇ」

「白が遊んでいるから」

 聞き馴染んだ仲間の声が聞こえてきて、振り向くと艦橋から出てくる扉の前にフェリスと白と黒。いつの間に艦に来たの?

 ううん。3人は私よりもずっと場慣れしていて、技術もある。見つからないように警戒しながらの私たちより、ずっと素早く侵入したことだろう。

 3人は足早にやってきて、私たちが倒した荒くれ者を見下ろした。

 ぽん、と、黒が私の頭に手を置く。

「よくやった。上出来」

 その途端、私は全身の力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。


「あ、あああ? こんなはずはねえ。こんな事になるはずはねえんだ」

 グレイグの呻きと共に、律奏機ドゥルス・シュベリアがよろめいた。

「なあグレイグ? お前、なんでオレが、こっち側に陣取って戦っていたのか、気付かなかったよね。あの時点でこうなるって決まっていたんだよ」

 カークに諭されグレイグは己の過ちに思い至った。

 グレイグを攻め続けるカークの動きは煌糸顕現炉を守るかに思えたが、その実彼は、グレイグの注意を湖から、ルンハオを出てシュトルムボックへと走るティーエとリーヴァから逸らしていたのだ。

「ちくしょう! 舐めやがって。ふざけるな、ふざけるなぁ!」

 既に策に捕らえられていたと理解したグレイグが我を忘れて瞬光矢(しゅんこうし)を放つ。そんなものが当たるはずもないが、カークはグレイグが張った力場の壁で射線を遮り、大地を蹴って宙に舞う。

「無駄な真似してんじゃねえよ。そうだ、村人どもならここからでも届くぜ。守れるもんなら守ってみやがれ!」

 グレイグが叫んで千切れかけた右手を煌糸顕現炉へと向ける。村人たちは人質にされたクレイラを見守っていたから、まだ外だ。

「食らえ!」

 舌先で構術筒を起動。

 右腕に仕込まれた筒の中で封紋石が選ばれ秘紋が描かれて法術を発現。輝く光の矢が村人たちを襲…わなかった。

 その前に律奏機の盾を死角に隠れて飛来したカークが巨人の足首を槍で突き、瞬光矢(しゅんこうし)で撃ち抜いたのだ。

 合奏甲冑が放つ威力でも大気による減衰が無い直当て。それを内側に放てば、例え律奏機の太い足首であっても引き裂くことができる。

 バランスを崩して倒れる騎体。右手から空へと消えゆく光の矢。

 咄嗟に踏ん張ったもう一方の足首も同じように撃ち抜かれ、両手両足の腱を断たれた巨人は自ら作った壁の中で崩れ落ちる。

「ちくしょう。舐めやがって。まだだ、もう後はねえんだ。舐めるんじゃねえ!」

 まともに使えなくなった両足で立ちあがろうともがくグレイグの眼前に、背中と腰の羽から光を放ち、合奏甲冑が舞い上がる。

「ひっ……やめろ!」

 甲冑が手にした長大な槍。その穂先を首元に当てられて、グレイグは恐怖の叫びを漏らした。

「あれだけやったんだ。やられる覚悟もあるよね」

 カークが穏やかな声で告げる。

(こいつ、オレを……いや人を殺すことをなんとも思わねえのか)

 ついにグレイグは、相手が絶対に戦ってはならないものだったのだと心の底から理解した。

 2対の羽から小刻みに光を放ち、槍の穂先を当てたまま律奏機の頭上に上昇する甲冑を見上げる。

「俺の負けだ。だから、助けてくれ」

 グレイグは懇願した。

「覚悟も無かったのかい。拍子抜けだな」

 返された言葉の呆れた口調は、まるで世間話のようだ。そしてカークは左手を彼に振り、まるで酒場で飲んだ後みたいに、

「もう話すことも無いよ。じゃあね」

別れを告げる。

 グレイグが最後に見たのは、目の前の甲冑が背中と腰と、槍の護拳から光を放つ姿。

 轟音が首の辺りから聞こえ、何かに胸を刺し貫かれ、グレイグの意識は途絶えた。


 全推力で槍を支え、護拳の薬室内で炸薬を起爆しその爆圧を使って力場を纏わせた穂先を打ち込む。

 いかに律奏機が巨大で膨大な出力に支えられた煌糸構造で強化されていても、この一撃には耐えられない。

 そのように作られた槍なのだから、当たり前だ。

 首の隙間から胸部の同調槽を貫かれたドゥルス・シュベリアは完全に力を失って、煌糸の煌めきを散らしながら倒れていく。

 同調槽に乗っていたグレイグもまとめて貫かれている。生きているはずがない。

 倒れる騎体から合奏甲冑が飛び立った。

 槍の穂先は切り離されて律奏機の胸に刺さったまま。あまりに深く突き刺さるため、最初から使い捨てになっている。

「後で抜いて直すのが手間だね」

 甲冑の面を開いてカークが愚痴る。

 遠巻きに彼を伺うのは、村人たちとルンハオの海兵隊と冒険者たち。

 彼らの顔には、一様に畏れの表情が浮かんでいた。

 当然だ。人の身で倒せるはずがない律奏機を、目の前で倒したのだから。

「しばらく肩身が狭そうだよ」

 肩をすくめてから、カークは航宙艦シュトルムボックへと目を向けた。

 甲板の上には、同じチームの面子が揃ってこちらを見ている。

 陽の加減で表情が見づらいが、彼には容易に想像がついた。

「あちらもそろそろ潮時かな」

 今までは、「よく似せた合奏甲冑を使っていただけ」で誤魔化せたけど、実力を余さず暴露したからには、正体を隠しておくのは不可能だろう。

 奏蜂猟兵

 ホウシェン圏域を支配する氏族たちが他圏域の脅威に対抗するべく擁する最強の律奏騎兵たち。

 神経を騎体に接続するための寄生虫を埋め込まれ厳しいなんて言葉では生温い訓練を生き残った彼らは、その苛烈な戦い方もあって大空世界で忌み嫌われている。

 その猟兵の一員だったカークには、仲間と呼べる者は既にいない。

「ここに置いて行かれても、それはそれかな。1人なら生きていけないこともないね」

 呟いて再度シュトルムボックへ目を向けると、予想外の光景があった。

「あの子、なにやってんだ?」

 思わず驚きを口に出し、甲冑の面を閉じ、望遠眼を起動。

 そこには、慌てた様子のティーエが両手を振ってカークを呼んでいて、白と黒が呆れ顔で笑いながらそれを見ていて、フェリスは面白がってリーヴァは困っていて。

 要は、いつも通りの仲間がいた。

「何を考えているのか、よくわからないよね。あの子は」

 ふと思った言葉をそのまま口にしてから、カークは槍と甲冑の光爆翼を全起動。

 飛び立つ彼の口元には、微笑みが浮かんでいた。

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