急転
「グレイグ、大事なこととはなんですか?」
クレイラがグレイグに問いかける。
板金を使った防具に剣と両手で持つ槌矛で武装したグレイグが相手であっても、怯える様子は一欠片もない毅然とした振る舞いだ。
そして彼女を守るようにマルクとヴォルフが前に立った。
2人とも軽装ではあるが防具は身につけており、武器も帯びている。2対1に加えて彼らの技量も考慮すれば、グレイグの不利は明らかだ。
だが、グレイグは太々しい笑いを浮かべながらクレイラに答える。
「クレイラ、あんたの豹変には驚かされたが、何者なのかは置いておいてやるさ。だがな、この場にいるのはあんたを信用している奴ばかりじゃあないんだぜ」
クレイラを見下ろし皮肉気に口の端を引き上げてから、グレイグは村人たちの後ろに立ったままの集まりに目を向ける。注目を集めた荒くれ者と冒険者たち、そして一部の村人たちがグレイグに賛同するように声を上げた。
「グレイグ、あなたが何を言いたいのかよくわからないわね。率直になってもらった方が話が円滑になるのではなくて。」
クレイラは彼らの様子を落ち着いたまま見やってから、グレイグに説明を促した。
態度は変えても気概には陰りが無いクレイラに、グレイグは顎を上げて嗤う。
「そうかいそうかい。わからねぇか。なあ、ここにはあんたらに律奏機で脅された奴らがいるんだぜ。それがわかっていねえとはな。あいつらに、ここに住めって言ったのは誰だ?」
嘲笑の表情でマルクとクレイラがルンハオに対して行った行為を話題に出し、その責任が2人にあると仄めかした。
クレイラはすぐさま切り返す。
「わたくしたちは、ここで暮らすのが嫌でも捕虜として扱うと言いました。その上で自分でこの村に住むことを選んだ皆さんですから、意見があるのなら聞きます。しかし、グレイグ、あなたは代弁者ではないでしょう。ルンハオにはゾウヤン大佐がいますから」
自分達は選択肢は与えたのだと表明し、さらにグレイグがルンハオ側の代表ではないこと、すなわち彼の越権行為を揶揄した。
しかしこれはグレイグの予想通りだったようた。彼は全く動じずに両手のひらを上に向けて呆れたように首を振った。
「そうじゃねぇ。まさか本当にわからねぇのか?いやいやあんたは王侯貴族の教育を受けてきたはずだ。そういう振る舞いをこの場で見せた。わからないわけがねぇ」
クレイラの正体に言及し、彼女が知らなかったと言えないように逃げ道を塞ぐ。
「お前らは、交渉で不利になれば律奏機を盾に脅すことができる。実際にルンハオの連中は律奏機があるから逆らえずにお前の言うことを聞いているんだぜ。あいつらはお前らが話し合いをすると言っても、使わないという証を見せない限り信じねえぞ」
マルクが律奏機ドゥルス・シュベリアを持っていることを不信の根拠として主張した。さらにこれを村人との絆に対する楔として、怯えた様子のゴドウィンへと打ち込む。
「それにゴドウィン、あんただってドゥルス・シュベリアのデカい剣を向けられたら、おっかねぇだろ?俺は自分の身勝手で言っているんじゃねえぞ。ルンハオの連中も村人たちもお前らに物申したらやりづらい。だから俺がこうして、嫌われ者になるのは承知で矢面に立っているのさ」
言い含めておいた脅しが功を奏し、グレイグの思惑通りゴドウィンはクレイラを見上げて頷いた。
国を追われても彼女を信じて着いてきた男からの不信は彼女にとっても衝撃的だったようだ。
クレイラの身体には緊張が走り、グレイグには内心の動揺が見てとれた。
しかし、クレイラは冷静さを保ち、姿勢を崩さずに返答する。
「そう。グレイグ、あなたの言い分はわかりました。こちらは律奏機を話し合いを進めるために使うつもりは毛頭ございませんが、それで村人たちの疑念を晴らせるのならいいでしょう」
「ほう。それで?」
明らかな侮蔑の声に対してもクレイラは耐え、グレイグとゴドウィンを顔を見ながら提案する。
「ドゥルス・シュベリアの起動には騎兵のマルクと煌術技官のわたくしに加えて、奏具技師のレオンが必要です。3人が話し合いの場にいるなら律奏機は使えません。それが証になります」
「いいやダメだ。足りねぇな。」
あっさりと提案を蹴り、グレイグは彼にとっての本命である要求を突きつけた。
「この島に来た時、シュトルムボックには律奏機が2騎積まれていたと聞いたぜ。だったら、騎兵も2人いるはずだ。マルク以外が動かせないという証拠が無いぜ。しかし、律奏機って奴は起動するための杖があるよな。傭兵だった頃に見覚えがある。それが目の前にあればレオンを呼ぶ必要はねえ。ドゥルス・シュベリアを起動できないのは明らかだぜ」
律奏機の構造や運用については関係者でなければほとんど知り得ない。
傭兵崩れだと言っていたグレイグに瑕疵を見破られ、クレイラは息を飲む。
「重要なもんだから予備もあるはずだな。それをまとめてゴドウィンさんに預けてくれれば、ゾウヤン大佐もルンハオの皆さんも安心して話し合いができるはずだぜ」
しかしグレイグが預ける相手をゴドウィンにしたことに、クレイラは目立たぬように息を吐いた。
グレイグ相手では預けることに危険を感じるが、ゴドウィンであるなら彼女が求めれば起動杖を渡してくれるはずだ。
「わかりました。しかしその用意には時間が必要です。一時間後にゴドウィンの家で話し合いましょう。ゾウヤン大佐も呼びます」
交渉ごとにはその場の雰囲気や話の流れというものがある。クレイラはこの場では相手の方が有利にすぎると判断した。
荒くれ者の要求を呑むことにはなるが、時と場所を変えて仕切り直さなければグレイグの思う壺だ。そして今が唯一の好機だ。
「いいや、30分だ。それに家の中じゃ全員が話を聞けねぇぜ。島の一大事に俺たちは仲間外れかい?」
ゴドウィンの反論はクレイラの予想通りだった。
しかし、彼も傭兵としての経験があり、荒くれ者たちの上に立ってもいる。
彼の反論で、クレイラは用意した答えが通じると確信した。
「まずゴドウィンとゾウヤン大佐に話をして理解してもらう必要があります。大勢が相手ではいらぬ誤解を生むことになりかねません」
それぞれのまとめ役に誤解なく理解を求める必要性を主張する。
もしこれに応じないなら、人数と冒険者たちの武力を理由に起動杖の持ち出しを断ることができる。そうすればこちらが引いた分を取り返せるはずだ。
クレイラは駆け引きを持ちかけて探りをかけたが、グレイグはあっさりとしたものだった。
「あぁ、そいつはわからねえこともねえな。群衆ってやつは聞き違いひとつでブチ切れることもある。そうなったら厄介だ。俺も経験はあるぜ」
勢いを和らげてクレイラの懸念に同意を示し、
「いいだろう。だがルンハオの側がゾウヤン大佐だけってのは大佐も心細いだろうな。おい、ルンハオの方から2人ばかり話し合いに加われ!」
「海兵隊長のローレンだ」
「俺はリベルだ。一介の冒険者だが杖印持ちってことで、まとめ役を任されている」
不意に口を挟ませぬ勢いで大声を上げると、ルンハオの集団から2人を呼び寄せた。
あまりに手際が良すぎる。
グレイグの目論みに嵌ったと悟り、クレイラは表情を変えずに奥歯を噛みしめた。
「この2人なら役に見合うってもんだろ。そっちだってマルクとヴォルフがいるんだ。後はゴドウィンの側に俺とティムだな。これで3人ずつで釣り合いが取れるってものさ」
そしてグレイグは、してやったりと言わんばかりに笑みを浮かべ、己の公平さを主張する。
「私の家にそんな人数は入れませんぞ」
「だったら前庭でやればいい。他の連中は広場に集めて近付くなと言っておけば、邪魔はしてこないだろうさ」
ゴドウィンが弱々しく反論したが、それは痛痒にも感じなかったようだ。
クレイラは自分たちの準備不足を突かれたままでは勝ち目がないと判断した。
「いいでしょう。すぐに準備を始めます」
「思っていたより物分かりが良くて助かったぜ。じゃぁ、30分後だ。おい、そういう話になったからみんな頼むぜ。遅れるなよ」
神妙な面持ちでクレイラが条件を呑むと、グレイグは鷹揚に顎を上げ、ゴドウィンや村人たちにも声をかけながら引き上げて行った。
クレイラたちの前には村の代表たちだけが残ったが、彼らもクレイラが準備をするように頼むと、不安を露わにしたまま立ち去った。
「してやられたな。グレイグの奴め、いつの間に根回しをしたんだ」
マルクが忌々しげにグレイグが去った方角を睨みつける。
「昨晩、わたくしたちが戻り会議をしていたので、勘づいた者がいたのでしょう。急を要するとはいえ稚拙でした」
「申し訳ございません。私が警戒を怠ったためにこのような事態になってしまいました」
クレイラの推測は的を得ていたが後の祭りだ。
表情を曇らせた彼女にヴォルフが己の非を詫びたが、クレイラは首を横に振る。
「ヴォルフ、貴方にも会議に加わるよう頼んだのはわたくしです。その責はわたくしにあります。それに今は1秒でも惜しいのですから、急ぎましょう」
そうして彼らは互いに視線を交わすと、グレイグとの対決のために行動を開始した。
即座に方針を決定して動き始めたクレイラたち3人が立ち去ると、物陰から小柄な少女が姿を現した。
フェリスだ。
楽幼族という、他の人族であれば子供の姿のまま成人する人族である彼女は、複数の色彩を持つ目をキラキラと輝かせて立ち去ったクレイラたちの方を眺め期待に満ちた表情で呟く。
「これって楽しくなりそうだね。カークたち今どこだろ? なんだかやること沢山だよ」
そして彼女は誰の目にも止まることなく、再び姿を隠した。
「さて、全員集まったな」
他の家よりは多少は大きい、という程度の粗末な木の小屋の前庭にクレイラたちがやってくると、グレイグが待ちかねたと言いたげな様子で誰にともなく言った。
村の代表であるゴドウィンの家の前には村の広場からも見える庭があり、普段は代表者が集まって話し合いをするために使われている。
庭の中央には周りの家から持ち寄った椅子が9脚、大雑把な円周の上に3脚ごとひと組として、均等に間を空けて3組並べられている。
それらの椅子の後ろに、宙賊の中心であるクレイラとマルクとヴォルフ、村の代表としてゴドウィンとグレイグとティム、ルンハオの乗員としてゾウヤン大佐とローレンとリベルがそれぞれまとまって立ち、向かい合った。
それぞれ3人ずつではあるが、ゴドウィンは不安が仕草にも表れており、ティムに至っては呼ばれた状況も把握しきれずに目を白黒させているから、村としての発言権は事実上グレイグのものだろう。
村の広場にはルンハオの乗員も含め島で生活をしている者が大勢集まり、庭の方を見て話し合っているのだろう。騒めきが聞こえてくる。
彼らの手前には宙賊の幹部であるクレイラの仲間たちやアランの姿もあった。
「そいつがドゥルス・シュベリアの鍵か?」
グレイグが、マルクの腰に下げられた長さ30cm程の2本の棒を顎で指して問いかけた。
2本とも短剣の刃の代わりに金属の遠投を備えた作りだ。円筒は細かな紋様を刻んだ銀色で、握りと円筒の境には突起が付いた鉄の輪が二重に嵌められている。
「そうだ」
マルクが荒くれ者の不遜な態度に声を低くして答え、棒をまとめて右手に持って全員に見えるようにした。
予想通りのマルクの態度に満足したのだろうか。歯を見せて笑みを浮かべたグレイグは、2歩ほど離れた場所から起動杖を繁々と眺めてから口を開いた。
「昔見たやつとよく似ている。偽物じゃねぇみたいだな。解体した方の鍵かも知れねぇが、俺には見分け方がわからねえ。おいゾウヤンさんよ、あんたはわかるか?」
話を振られたゾウヤン大佐は、口髭を指で撫でながら慎重な口振りで答える。
「起動杖は口金を開いて騎体と騎手の名を告げると、反応するようになっている。予備を増やすことはリスクにもなるから、3本以上揃えていることはあるまい」
「そうか、ありがとよ。マルク、証拠を示してもらうぜ」
グレイグが尊大な態度で礼を言ってから、マルクを見下す。
「お前に言われるまでもない……ドゥルス・シュベリア・ライテル・ウム・マーカス・ヘイスティング」
マルクが棒の鉄の輪を捻って騎体と自分の名前を唱えると、円筒の周りに光で描かれた文字が浮かび上がってゆっくりと回転する。文字はこの場にいる全員にとって見慣れないものだったが、語盤の働きで騎体の名称だと読み取れた。
「なるほど、これで本物だってわかったわけだ。おい、ルンハオの皆さんよ。こいつが目の前にあれば律奏機が使われる心配は無いぜ。思う存分言いたいことを言ってやってくれ。マルク、ゴドウィンさんにそれを渡しな」
光の文字を繁々と見つめて三度頷いたグレイグは、ゾウヤン大佐たちに声をかけてからマルクに命じる。
マルクはグレイグには一切目を向けずに、ゴドウィンへと起動杖を差し出した。
「ゴドウィン、頼むぞ」
「お預かりいたします」
一般人であるゴドウィンにとって律奏機の起動杖などというものは一生触れる機会がないはずのものだ。それを手渡され、恐る恐る受け取ると落とさないように胸の前に抱え込んだ。
「これで落ち着いて話ができるぜ。それじゃ全員席についてくれや」
グレイグが全員に声をかけ各々が話し合いのために椅子に座流ために移動する。
「ようやく話し合いができますわね」
待ちくたびれた声でクレイラが腰を下ろしかけたそのとき硬いものが打ち合わされる甲高く鋭い音。直後に彼女の前を人影が駆け抜け、
「こいつ剣を抜いたぞ!ゴドウィンに切りかかりやがった!」
グレイグが剣を持ったヴォルフの腕を捕らえながら、広場まで届くほどの大声でがなり立てた。
「違う!クレイラ様が狙われたのだ!」
グレイグに腕を捉えられたままヴォルフが叫ぶ。しかし、彼の声は別の大声に紛れてしまった。
「話し合いは嘘か!宙賊め!」
「村長は一般人だ。守るぞ!」
雄叫びと共に突き進んできたのはルンハオの海兵隊長ローレンと冒険者のリベルだ。
ローレンは座りかけた不安定な体勢から構えを取ろうとしたマルクに、リベルはグレイグを引き剥がそうとしているヴォルフにタックルを仕掛けた。完全な不意打ちを喰らって為す術もなく倒されたマルクとヴォルフの上に馬乗りになったルンハオの2人は、容赦なく何度も拳を振り降ろす。
「あいつら裏切ったぞ!こっちもやっちまえ!」
広場の方からは村人と冒険者たちを煽る大声が聞こえた。すぐに大勢の争う音が続く。
「アラン!」
アランの絶叫とヒルダの悲痛な叫びが聞こえたが、クレイラは事態の把握も難しいまま椅子から立ち、立とうとして首筋に突きつけられた冷たく硬い感触に動きを止めた。
「まさかゴドウィンを切り捨てるとは恐れ入ったぜ。用心していなかったら危なかったぞ」
彼女の首にヴォルフから奪った剣を押し当てたまま、グレイグが勝ち誇る。
横目に睨みつけると荒くれ者の顔には勝利を確信した嘲りの笑いが浮かんでいて、彼女はこの男が最初から話し合うつもりなどなかったのだと理解した。
「ぐわっ!」
叫び声を上げてローレンが跳ね飛ばされて転がった。マルクが振り下ろされた拳を捕らえて殴り返し、投げ飛ばしたのだ。ヴォルフも形成逆転して立ち上がる。しかし遅すぎた。
「さすがは元第二位だな。だが状況をよく理解しやがれ。王女様の命が惜しくねえのか?」
グレイグの脅迫に振り向いてクレイラの状況を確認し、マルクとヴォルフが凍りついた。
「クレイラ……グレイグ、卑怯だぞ…クレイラを離せ!」
マルクが叫ぶが、しかしグレイグはにやけた笑いを浮かべながら空々しく言い返す。
「おいおい、卑怯者はお前らだぞ。ゴドウィンさんを殺して起動杖を取り返そうとしたじゃねえか。長年信じてついてきてくれた臣民を手にかけるなんざ、非道にも程があるぜ」
彼の隣で怯えて動けずにいる老人がクレイラを見る。その目にはっきりと不信の念が現れていて、クレイラは叫びそうな気持ちを抑えるために唇を噛み締めた。
「ゴドウィン、騙されてはなりません。全てこの男の策略です」
血の味と痛みで冷静さを鎧って訴えるが、ゴドウィンの表情は変わらない。
「し、しかし、ヴォルフ様が私に剣を……」
長年信じていた王女と彼女を守ってきた機装剣士に刃を向けられたという衝撃が震える声にも明らかで、彼の疑念を晴らそうと寡黙なヴォルフが叫びを上げる。
「俺はクレイラ様に投げつけられた礫を撃ち落としたのだ!」
しかし、弁明はあっさりと封じられる。
「ヴォルフ、下手な言い逃れはよせよ。そんな石ころがどこにあるんだ?」
口を挟んだグレイグにゴドウィンの姿が半分隠れた。まるで無力な村人をヴォルフから守ろうとしているかのような振る舞いをする彼の言葉には説得力があった。
ヴォルフの並外れた感覚と危険を察知する経験故に反応できた、どこにでもあるただの石ころの投擲。その威力は危険なものであったが撃ち落としたと訴えても証拠の示しようは無く、ゴドウィンをはじめとしたほとんどの者には、あまりにレベルが高すぎて理解できない。
そして座りかけた瞬間故に手では間合いが足りず、彼の技量を持ってしても剣を使うしかなかった。その全てが、グレイグの仕掛けた巧妙な罠だったのだ。
「くっ……貴様」
歯を軋ませてグレイグを睨み付けるが、しかし主が人質とあっては手の出しようがない。
いや、ヴォルフの術技を持ってすれば、並みの相手であれば隙をついて一撃できる。だが元傭兵のグレイグはそれなりの技量があり、また、隙を見せない用心深さでは並外れているのだ。
当のグレイグもお互いの力量は把握しているから、にやけた笑みを浮かべつつも油断なくクレイラを引き寄せて確保した。
「おお、こわいこわい。だが抵抗はするなよ。お前らにとっては大事な王女様だろ。ローレン、リベル、こいつらを取り押さえてくれねえか? 落ち着いて話ができねえぜ」
ダメ押しにルンハオの2人に頼んでマルクとヴォルフを無力化させようとする。
反撃の猶予もなく取り押さえられた2人は、リベルが懐から取り出した細い紐で両手両足を括られて身動きできなくされてしまった。
「これでいいぞ。こいつらが暴れた時には手を貸してくれと頼まれていたからな。備えあれば憂いなしだ」
マルクたちを無力化し、リベルがあらかじめ用意をしていたのだと暴露する。
「あっちも片付いたようだな」
ローレンが広場を見て自慢げに告げる。
グレイグが彼の視線の先を見ればルンハオの海兵隊員が手を上げていて、クレイラの仲間たちが取り押さえられている姿を確認できた。彼ら以外に村人たちも何人か倒れていて、その中にはぐったりと動かなくなったアランの巨体もある。
「俺立ちだけじゃ手に負えねえから助かったぜ。もちろんあんたらやルンハオの奴らは解放するぜ。俺は約束を守る男だからな」
それまで離れて状況を見守っていたゾウヤン大佐の唖然とした顔を見て3人が声を上げて笑う。
ひとしきり笑い合った後で、グレイグはクレイラの髪を掴むと引き倒し、彼女の両手を掴んで掌を上にして手近な椅子の上に押し付けた。
クレイラは一切声を上げず、冷徹にグレイグを睨みつけている。
「さて、まずはお前らに立場を弁えてもらうとしようか。なあクレイラ、秘紋法ってやつは指先の感覚が大事なんだろ? 法術を使う奴は武装解除ができねえんだから仕方ねえよな」
冷酷な声音で告げたグレイグが、剣の刃をゆっくりとクレイラの両手首に押し当てた。それでも変わらない視線にグレイグは一度舌打ちし、剣の持ち主であるヴォルフを見た。
そのヴォルフは己の剣が守るべき主を傷つけようとしている有様に噛み切った唇から血を流し縛られた手足を使って立ち上がろうとしたが、リベルに蹴られて倒れ伏した。
爛々と怒りを露わにした双眸を向けられ、グレイグは胸の空く思いを堪能する。
「国一番の機装剣士とか言われていたそうだが無様なもんだな。愉快なものが見られたが時間がねえ。クレイラ、一緒に来てもらうぜ。覚悟しな」
ひとしきり笑ったグレイグが、陰湿な優越感を隠そうともせずクレイラを見下ろし、刃に力を込める。
「グレイグ、やめろ!」
「姫様!」
マルクとヴォルフが喉が裂けんばかりに声を上げた。
その叫びに刃を止める力はなかった。