荒くれ者の策謀
「おい、そいつは本当のことだろうな」
男は自分の小屋に訪ねてきた昔からの手下に凄みを効かせた。
中年に差し掛かり多少弛んではいても鍛え上げられた肉体を持つ男に、鋭い目で睨みつけられて手下は怯えた様子で頷いている。
この手下は荒事は不得手だが人に取り入ったり機微を察するのが上手く、細々としたことには重宝する男だ。
今の話も嘘はないだろう。しかし、大手柄で調子にのらないように釘を刺しておく必要があった。そしてそれはよく効いたようだ。
「へえ。グレイグさん、間違いありませんぜ。あいつらいつになく慌てていやがって、俺が窓の外に忍び寄っても話し込んでいる有様で」
「そうか。あのヴォルフやマルクまで警戒を忘れるような話なら、こいつは使えるな。よく気が付いたじゃねえか」
立場をわきまえた態度に満足しながら、グレイグと呼ばれた男は無精髭が生え角張った顎を傷だらけの左手で撫で、歯をむき出し笑みを浮かべる。
「夜になってから村に帰ってきて、慌てた様子でお仲間の家を回ってましたからね。ピンときましたよ」
長い付き合いでその笑みの意味がわかっている手下は、グレイグを刺激しないよう注意して、自分が見たことを伝えた。
迂闊な言い方をすれば鼻が折れる羽目になるのだが、グレイグの機嫌を損ねる結果にはならなかったようだ。
「良くやった。おい、このことは誰にも話していねえだろうな。村の危機なんて噂が広まったら大事になっちまうぜ。あいつらには拾ってもらった恩があるんだから、気遣いってやつをしてやらねえとな」
その言葉の真意が別物だということをよく理解していたので、手下は追従の笑みを浮かべ声を潜めた。
「もちろん、グレイグさんにしか話してませんよ」
満足げに顎を上げるグレイグ。
「そうか。お、そう言えばお前、ルンハオの中にいい女がいたって言っていたな。なんなら俺が話をつけてやるぜ」
情報の報酬は、手下にとって充分なものだったようだ。彼は冒険者ギルドの航宙艦を制圧した時に見かけた魔眼族の女の肢体を思い出し、揉み手をしてニヤけながら頭を下げた。
「そいつはありがてえ。頼りにしてますぜ。それじゃ俺はこれで」
「おう。明日も朝早くから仕事だからな。口より手を動かして働けよ」
「わかってますぜ」
そうして手下が立ち去って夜の闇に見えなくなってから、グレイグは寝床に戻って仰向けに寝転がった。
「運が向いてきやがった」
にたりと口を歪めて笑いながら、独白する。
「単なる冒険者崩れだとは思っていなかったが、今の話からするとクレイラは相当なご身分の出だな。マルクが頭を張っていたのは、カモフラージュだった訳か。待てよ?」
そこでふと記憶の端に引っかかるものがあって、グレイグは起き上がって明かりを灯した。長いこと使ってきた武具の隣に置いてある、私物を詰めた袋を漁る。
「宙賊になった頃合いと、あの騎体。ヴォルフとヒルダも訛りが同じで、多分あれはディアシスのノーザリア辺り」
記憶を探りながら目的のものを見つけ出し、袋から取り出した。無造作に括られた紙の束をめくり、中程にあった紙を見て手を止める。
「間違いねえぜ。クレイラはラーティアルの第三王女だ。手配書の絵はガキだが、面影はある。それにしてもまさか王女様が宙賊稼業とはね」
食い入るように手配書を読む。書かれた言葉は知らないものだったが、語盤が作用して意味は理解できた。
「この手配書を見たのは6年前だ。そして極星の旅団は今も健在。ノーザリアに差し出せば金一封……いや、相当な待遇で取り立ててもらえるかもしれねえな。だがあいつらには律奏機に合奏甲冑まである。上手くやらねえとな」
手配書の束を袋に戻し、再び寝床に横になって策を巡らせる。
「村人が話を濁す理由もわかった。王女様だとばらすわけにはいかねえな。しかし地震のことを広めて不安を煽ってやれば口を割る奴も出てくるだろう」
頭の中で、都合のよさそうな相手を思い浮かべた。明日の朝に誰からどんなふうに言い聞かせるかを考える。そしてそれは何を目的にするべきか。
「村人を煽ってやればマルクたちにも隙はできる。そこで手勢をまとめて律奏機の起動杖を押さえれば、こっちのもんだ。俺が乗れることをあいつらは知らねえからな」
かつて騎兵として鍛えて戦い、騎体を失って冒険者となり傭兵となり、運に見放されてマルクたちに拾われた苦々しい過去。それが、今は返り咲くための鍵に思えて、彼はくつくつと声を抑えて笑う。
「明日は忙しくなるな。楽しみだぜ」
「今夜も変わらず退屈ねぇ」
枯れ草を敷いた上で毛布に丸まったまま、白がぼやいてから寝返りを打った。
彼女がいる牢屋代わりの小さな小屋にはもう一人、姉である黒も同じ様にして寝転がっていた。
「愚痴を言っても変わらない。早く寝て」
「こんなところにずっといるから、体が鈍っちゃったわぁ。ねぇ黒、何か面白いことないかしらぁ?」
「無い。そんなに退屈なら鍛錬していたらいい」
「それも飽きたのよぅ」
どうやら姉を今夜の暇つぶし相手に決めたらしく、白は毛布ごとごろりと黒に近付いた。
もちろん黒は妹の考えをお見通しで、
「こっちくんな」
「きゃうん」
毛布の下からひと蹴りする。
わざとらしく声を上げた白は大げさに転がって身を起こし、
「なにすんのよ~ぅ」
毛布を被ったまま両手を上げて立ちあがる。
お化けとなった妹を、毛布に丸まり込んで頭だけ出した黒が冷めた目で見上げた。
「子供じゃないんだから、落ち着いて」
「たべちゃうわよぉ~」
溜め息混じりの叱責もなんのその、迫りくる毛布お化け。黒は再び毛布から足を出して蹴り返す。
「うるさい。こっちにくるな」
双子ではあるが2人の体格には明らかな差があって、黒が蹴ってもお化けは止まらない。狭い小屋の中では逃げ場もなく、そもそも毛布をかぶっていたのでは動きようもない。
呆気なくお化けに捕まって、黒はむぎゅうと唸って毛布の中へ。
暴れる姉を押さえ込んで
「こしょこしょこしょ〜」
と白の声。
毛布からはみ出した黒の爪先がプルプル震えているけれど、拘束から逃げ出せそうな様子はない。
ドン!
「やかましいぞ猫ども!夜中にじゃれてんじゃねぇ!」
隣の小屋から怒鳴り声が飛んできて、お化けは肩を縮めて起き上がる。
「いやぁねぇ。余裕がない男は願い下げだわぁ」
つまらなそうに被っていた毛布を脱ぎ捨てて立ち上がった白は、足音を立てずに小さな窓に近付いた。
いつの間にか窓の下に吊るされていた小袋を手に取ると、紐を解いて寝床に戻る。
その様子をじっと見ていた黒が、半眼で妹を見上げていた。
「フェリスからにしても、なんの荷物?」
隣に座り込んだ妹に小声で問いかける。
彼女らが騒いでいる間にフェリスが窓から入れていったのだろう。
獣粧族である2人さえ辛うじて聞き取れた程度の物音しかしなかったのだから、外の見張りが気付くはずはない。
白が袋を開いて中身を確かめ、取り出した。
「わたしの奏爪だわぁ。それからこっちは、きっとカークからねぇ」
彼女が手にしていたのは封筒と、細い鎖と銀細工に宝石をあしらった飾りだ。
両手の手首から細い鎖が絡みつくように指先までを飾り立てる装飾品は、親指を除く指先に彫金が施された爪飾りが付いている。
手紙の方は黒に渡し、白は慣れた手つきで鎖を整えて奏爪を両手につけた。
「やっぱり、これがあると落ち着くわぁ」
窓から差し込む月明かりに手をかざし、満足そうに笑みを浮かべる白。その間手紙を読んでいた黒は、白にそれを押し付けると、再び毛布に丸まり込んだ。
「もうすぐらしい。読んでおいて」
端的に要件を伝えて、そのまま寝返りをして背を向ける。
白は受け取った手紙にさっと目を通し、
「よくわからないけれど、大変そうなのねぇ。楽しくなりそうだわぁ」
目を細めて艶やかに微笑むと、毛布に体を包んで姉の隣に横になった。
「マルク殿、この村が地震で住めなくなるというのは本当ですか?」
マルクは急用だと家までやってきた客人に何事かと表に出た途端、村のまとめ役をしている初老の男に開口一番に問い詰められて絶句した。彼だけでなく今日の行動のために既に家に来ていたクレイラと彼女の護衛であるヴォルフも驚きを顕わにしている。
男の後ろには村の中でも中心になっている者たちが並び、さらに後ろには20人ほどの村人と冒険者の姿がある。
生優しい話ではないのは明らかだ。
「ゴドウィン殿、そんな話を誰から聞いた?」
「朝から噂が広がっていますぞ。しかし、誰が言ったかは問題ではないでしょう。半年前の地震はこの島が崩れる前触れだったが、それをあなた方が隠していると皆が言っております」
動揺しながらの質問への答えは、さらに驚くようなものだった。
「皆は勘違いをしている。まずは落ち着いて話を聞いてくれ」
「待ちやがれ。あの地震が俺たちの勘違いだって?とんでもねえ言い訳してんじゃねえ。言い訳があるってことは隠し事をしてた証拠じゃねえか。白状しやがれ!」
場をなだめて説明しようとしたマルクの言葉を大声が遮り、村人たちの表情が険しくなる。
聞き覚えのある声にマルクは何が起きているのかを悟って歯噛みした。
「グレイグの仕業か……」
口から出そうになった言葉を堪えて、小さく呻く
あの声は荒くれ者たちのひとりだ。
そしてこれだけの人数を扇動するとなればこの男の手に余る。つまり一人の行動ではない。
荒くれ者たちがまとまって動いているとなれば、彼らの中で中心的な立場にいるグレイグの意向だと考えるのが当然だ。
マルクたちの実力なら武力を示して黙らせるのは簡単だが、それは同行している村人たちを強く刺激することになる。
この島に流れ着くまでの間に荒くれ者たちを受け入れたことに加えて島での苦しい生活とルンハオの件もあって、共にあの悲劇を逃れた村人たちには我慢を強い続けているのだ。
その村人たちを荒くれ者たちとまとめて威嚇することは、マルクにはできなかった。
「一つずつ答える。まず、島が崩れるという話は出鱈目だ。次に、」
「島が崩れるという話は出鱈目だとぉ? おいおい、話を逸らすのは卑怯者がやることだぜ。お前たちが隠し事をしているのが一番の問題なんだよ。皆さん、そんな奴らを信用できるか?」
先ほどとは別の男がマルクの弁明を遮った。やはりグレイグの手下だ。
「そうだ、律奏機を抱えて好き勝手しやがって。お前らが負けたから俺たちはこんな島に逃げてくる羽目になったんだぞ。イイ気になるな!」
「そうだそうだ!」
村人の中からも何人かの声が上がり、先頭に立つ村の代表者たちも表情を曇らせた。
声を上げた村人は人影の後ろにいたが、それでもひとりの顔は見えた。グレイグたちと親しくしていて、何度かマルクたちに不満を言ってきたことがある男だ。
「律奏機があろうと、この場では使えねえな。おい、島で暮らせとかほざいていたが、こんな話だったとはな。騙していたツケは支払ってもらうぞ」
そう言って拳を握り前に出てきたのは、ルンハオに乗ってきた冒険者の男だ。彼の仲間も含め10人ほどの冒険者が村人たちの盾となる。
彼らは武装していないが、それでも何人かは油断ならない実力がある。そしてそれは開墾の仕事を通して村人たちも知っている。
彼らの姿に村人たちは勢いづき、一丸となってマルクたちを糾弾し始めた。
その声に押されて、前にいた村の代表者たちがマルクたちに要求を突きつける。
「マルク殿、あなた方に従ってこの島に来て12年が過ぎました。わしらはあの戦から救っていただいた恩もあります。しかし、若い者たちがこれからどうなるかを考えると不安なのです。どうか同じこの島に生きる者として、真実をお話しください」
先頭に立ったゴドウィンの言葉に、マルクはクレイラの様子を伺った。
村人たちはクレイラが敗戦した国から逃れる際に保護した国の民だ。
その彼らが、宙賊に身を落としたとはいえ元王女である彼女に対等の立場で話すことを求めている。宙賊としてのリーダーがマルクと言う名目のためゴドウィンは彼の名前を言ったが、実際に意識しているのはクレイラのはずだ。
彼女がその事実をどう受け止めるのかによって、今ここにいるマルクとヴォルフだけでなく、彼の仲間たちの行動も、この島の在り方も大きく変わることになる。
その状況に、クレイラが半歩前に進み出た。
「ゴドウィン殿、お言葉の意味は重く受け止めさせていただきます」
彼女は姿勢を正し、普段の宙賊としての口調ではなく、王女としての口調で話しかける。
それが彼女の決意を表していた。
王族の一人として臣民に向き合うのだと。
村人たちはその威厳ある振る舞いに自分達が迫っていた相手が誰なのかを思い出し、我に返って鎮まった。
誰かが舌打ちをしたが、クレイラはそれを無視し、この機を逃すまいと口を開く。
「わたくしたちは、つい昨日の夜も近くなった頃に、この島の今まで知らなかった危険を発見しました」
ゴドウィンたちが驚きと疑念を表情に表しながら、彼女を見る。
「夜中に村に戻り、村の代表を務める方々には今日のうちには危険をお話しするつもりでした。ですが、誰かが聞き齧った話が尾鰭付きでき広まってしまったようで、驚いています」
言葉を区切り、クレイラは村人と荒くれ者と冒険者の集団に視線を走らせる。彼女はマルクが話していた時に糾弾の声を誰が上げたのか観察し、彼らの役割を見極めていたのだ。
話の腰を折る機会を窺っていた荒くれ者が鋭く睨みつけられ、怖気付いて人影に隠れた。
「島の地下に空洞があって土砂崩れの原因になることは確かです。開拓地でもそれは確認しました」
落ち着いた態度で語りかけたクレイラは一呼吸置いてから、はっきりとした口調で話を続ける。
「しかし、島が崩れるというのはなんの根拠もありません。ゴドウィン殿、皆様、どうか落ち着いて、話を聞いてください」
クレイラが頭を下げると、代表者たちは一歩下がって膝をついた。ゴドウィンが口を開く。
「そのようなお言葉をいただくとは畏れ多いことでございます」
その光景に後ろの村人たちも膝を折り敬服の姿勢をとる。何人かの村人と荒くれ者たち、そしてルンハオの冒険者たちは立ち尽くしていたが、村人たちの視線を感じるとある者は同じ姿勢になり、それ以外は後ろへと下がった。
「あなた方の忠誠に感謝します。それでは、この島についてわかったことをお伝えします」
クレイラが毅然とした態度で告げる。
だが、
「待ちな。その前に大事なことがあるぜ」
野太い声が割って入った。
荒くれ者たちの中から完全武装のグレイグが姿を現す。
彼は肩をそびやかせて村人たちの列を通り抜け、クレイラの前に立ち塞がった。




