宙賊の拠点へ
艦橋を飛び交う緊迫した声を聞きながら、私は外の様子を見ようと金網に頭をくっつけた。うん、こうすれば艦橋の窓から外が見える。
位置が悪くて前の方は甲板くらいしか見えないけれど、場所を変えて左側を見れば、宙賊が操る黒い航宙艦の舳が予想よりも近いところにあった。
甲板には人が立って右手に持った大きな槍でこちらを指し、それに合わせて艦体の横から爆炎が上がる。
ズドドン!
と激しくルンハオが揺れた。
あの人の指揮で大砲を打った航宙艦は、さらにこちらへと近付いてくる。
(あれ?あの人、大きすぎない?)
甲冑姿の人の大きさがおかしい。
立っているのは甲板だけど、この距離であの大きさ?って言うか、航宙艦の艦橋よりも頭が高い。ありえないでしょ?
(巨大ロボ?)
思い出の呟きで思い出した。そうだ、この世界には律奏機っていう人の形をした大きな機械仕掛けの人形があるって聞いた。それは人が乗り込んで自分の体のように操ることができる兵器だって。
宙族の航宙艦に立っている人型は10メートルくらいの背丈かな。私の目測では怪しいけれど、聞いていた通りの大きさみたい。
ぼやけた蛍の光みたいに光がちらつく半透明のバイザーで目を覆い、身体のあちこちに藤色の煌めきを纏い、同じ色に両目を輝かせ、再びこちらに槍を向けた。
律奏機を乗せた航宙艦が上昇して窓の上へと見えなくなる。
「くるぞ!全艦衝撃に備えろ!」
艦長の声。衝撃に備えるって何?
「リーヴァ、ティーエを抱えて壁に足で踏ん張って。」
フェリスがリーヴァに指示をすると、自分も金網の枠と壁で体を支えた。すぐに細い腕に抱え込まれる。
ドオオン!
たまたま艦首の方に顔が向いていたから、あの巨大な人型がルンハオの甲板に降りてきたところから、とんでもない衝撃で体が揺さぶられリーヴァが歯を食いしばる音まで全部わかった。
すぐに窓の向こうを見ると、光がちらつくバイザー越しに機械の眼が覗き込んでいる。
「こいつは無理だ。ゾウヤン大佐、交渉の用意をしましょう。」
私からは見えない席へ投げやりに声をかけた艦長は、外の巨人へ顔を向けたまま、巻きタバコを取り出して火をつけた。
それから私たちは艦橋の通風口でじっと息を潜め続けることになった。
律奏機相手では勝負にならないと早々に決断した艦長と、その意見を聞き入れたゾウヤン大佐。大佐はルンハオの司令官みたいで、
「通信士、発光信号で降伏の意思を伝えろ。」
短く命じた。
艦橋の窓に白い光が写ってちかちかと規則正しく点滅して、甲板に立った律奏機は一歩引いた。顔は見えなくなったけれど、槍の石突を甲板において仁王立ちしている様子や環境の雰囲気からすると、降伏が受け入れられたのだと思う。
「煌糸通信。直結です。」
「繋げ。」
艦橋の右側に座った人の報告に大佐が指示する。
ザーッと雑音が聞こえてから、
「無駄な手間を省いてくれて感謝するぜ。」
野太い男の人の声が聞こえた。
「こちらはホウシェン冒険者ギルド所属航宙艦ルンハオ司令官ジン・ゾウヤン大佐だ。ギルドに睨まれたくないなら、戦争法の遵守をお勧めする。」
「おう、冒険者さんたちの船だったか。そいつは怖いねぇ。だが今この場で船を押さえているのは俺たちだぜ。あんたらも生きて故郷に帰りたいだろう。」
ゾウヤン大佐が会話に応じるけれど、男の人は落ち着いて言い返し、艦橋の前に立つ律奏機の腕が動いた。この声の主が律奏機に乗っているみたい。
「無理難題を吹っ掛けられれば、こちらも相応の対応をする用意はある。待ち伏せた時間を無駄にはしたくなかろう。」
「それはお互い様だ。生き残るチャンスを棒に振るかよく考えて口を利くんだな。艦橋を叩き潰してもお宝は手に入るぜ。」
「やりたければやるがいい。その場合、お前さんたちの船が生きて帰る唯一の手段になるからな。私は冒険者たちに対する指揮権は持ち合わせていない。どんな抵抗が起きるかはわからないぞ。」
怖いやり取りが続いて私は思わず頭を抱えた。艦橋を攻撃されたら私たちも巻き添えになるんだけど。逃げた方がいいかな。
「それはうちの奴らも退屈をせずに済むな。しかし、お宝が無くなって厄介ごとを抱えるのは面倒だ。あんたが冒険者たちを押さえると約束するなら、対応は考えてやる。」
「私に指揮権は無いと言ったぞ。だが、あくまで依頼だが冒険者ギルド連盟として冒険者たちに頼み込むことはできる。それで何事もなく済むかは、そちら次第だな。」
「いいだろう。ルンハオのゾウヤン大佐だったな。まず乗組員全員の武装解除と降伏。白兵要員も乗っているんだろ。そいつらと冒険者は全員武装解除して一箇所に集めろ。応じない奴は攻撃の意思があると見做すぜ。」
「わかった。冒険者についてもその様に依頼する。ギルドとしての依頼に反くリスクは全員が知っているが、先程も言ったとおり命令権はないから承知しておけ。一般乗客は私が何もしないよう説明するから、手を出すな。通達には一時間は必要だ。」
「30分でやれ。それから一般の奴らは部屋に閉じ込めておけ。変な気は起こさせるなよ。」
2人の交渉はルンハオの降伏で決着がついたみたい。ひとまず艦橋ごと潰されずには済みそう、と安心すると、
「ティーエ、リーヴァ、行くよ。静かにね。」
フェリスが私たちの服を引っ張った。説明もなくササっと上ってきた通風路を戻っていく。
私はリーヴァと顔を見合わせてから、物音を立てないようにゆっくりと床を這ってフェリスの後を追い、それから梯子を降りる。気付かれずには済んだみたいだけど、まだしばらくは要注意の場所だったはず。慎重に慎重に。
それから曲がりくねった通風路をフェリスに引っ張り回されて、最後は自分たちの船室の近くの廊下に出た。フェリスが人影はないと保証したので飛び下りて、部屋に戻って扉を開けた。
カークさんと白と黒が、怖い顔で待ち構えていた。きっと部屋に居なかったからだ。
「…ごめんなさい!」
開口一番、リーヴァと一緒に頭を下げると、3人揃って笑い出す。
呆気に取られていると、早く入れと手招きされて部屋の中へ。
「フェリスが符丁を残してあったからね。心配はしていなかったよ。」
カークさんがいつものように声をかけてきて、私はリーヴァと顔を見合わせた。それから、いつの間に?とフェリスを見たけど、本人は気にせず椅子に座って水筒から水を汲む。
「そ、それなら、どうして怖い顔してたの?」
3人の態度が気になって尋ねると、黒がそっけなく口を開いた。
「さっきルンハオの乗組員が通達をしていった。3人がいないのを誤魔化すの、大変だったから。」
「フェリスが有名になっていたからいいけれど、あと少し遅かったら拳骨だったわよぉ。」
「う…。」
黒の後に白が右手を握って開いて、艶やかな微笑みを浮かべる。細く弧を描いたような両目はお仕置きを楽しみにしているときの表情。これはギリギリだったみたい。
「じゃれるのは後にして。今は時間が惜しい。」
黒が話を切り出したから、私は余計なことを言わずに済んだ。ホッとしながら椅子に座る。
作戦会議が始まった。
会議と言っても冒険者は武装解除して倉庫に集まるように言われているから、それほど余裕はない。手早く現状確認をする。
「ああ、やっぱり律奏機か。あの音はそうだと思っていたよ。」
私たちの話を聞いて、カークさんが天井を見上げた。あの巨大な人型兵器が甲板に飛び降りたときの音は、倉庫に積まれたカーゴの中にいたカークさんにも聞こえたみたい。
外見の特徴をいくつか伝えると、
「多分、ラテニアのドゥルスかな。頑丈で整備性が良いから、宙賊が使うには手頃な騎体だよ。ルンハオは律奏機を積んでいないから、不意打ちをされた時点で勝ち目はなかったね。」
「でも、奴らの最大戦力ははっきりした。宙賊が律奏機を何騎も持っているはずはない。」
「他にあってもなくても、私たちじゃ律奏機の相手はできないわねぇ。」
「装備はカーゴに隠したから、みんなはこっちの予備を持っていって武装解除に応じてね。ただ、猫さんたちのは誤魔化しようがないから、相手の出方を見て考えよう。」
カークさんが袋から武器を取り出して、私たちに手渡す。私とフェリスは短剣、リーヴァとカークさんは剣。白と黒はそのまま。
「リーヴァ、それはカークに預けて。目立ち過ぎる。」
黒に指さされてリーヴァは額の飾りを前に使っていた鉄の輪に付け替える。外した飾りは丁寧に箱に収めてカークさんに手渡した。
「倉庫では目立たないように大人しくすること。お金で済むことはお金で済ませる。相手は船ごとこちらを片付けられる立場だから、歯向かうにしても程度は考えて。」
「私たちみたいな流れの冒険者は身代金にはならないし、やりすぎてギルドや軍を本気にさせたら宙賊には損だから、身包み剥がされる心配はないわぁ。そんなに心配しなくてもいいわよぉ。」
私たち2人に黒、白と忠告してきて最後に黒が、
「とにかく、今の状況が動くまでは宙賊を安心させるように動く。私たちに大きな損が無いまま話がつけばそれで良い。そうでないなら私たちが動くから、指示に従う。ただし、危険だと思ったら自分で考えて動いて。」
と指示をして、すぐに椅子から立ち上がった。
「時間。」
「しばらく退屈しそうねぇ。」
「宙賊って面白い人いるかな。」
「フェリスより面白い人はいないと思うよ。」
「ティーエ、行きましょう。」
「うん。上手くやろうね。」
それぞれ思うところを口に出しながら、私たちは倉庫へと向かった。
航宙艦ルンハオの船倉はいくつかあって、私たちはその中の一番大きな倉庫に集められた。船に乗り込んでカーゴを積んだときに一度入ったけれど、天井は見上げるくらいに高いし広いし、見渡していたら首が痛くなっちゃった。
「元々は律奏機を積む区画だったんだろうね。」
そう教えてくれたのは例の如くカークさん。
そのカークさんは今、いかにも荒くれ者という風貌の男たちに囲まれながら、カーゴの説明をさせられてる。
「女4人に男1人とは、羨ましいねぇ。しかも上玉もいるじゃねえか。」
「頭は手を出すなって言っていたが…なあ、しばらくは一緒に過ごすんだ、少しばかりお相手してくれりゃ良い思いさせてやるぜ。」
私たちは倉庫の真ん中で他の冒険者たちと一緒に見張られていて、見張りをしている宙賊の男が2人、声をかけてきた。
私たち、と言うより主に白とリーヴァに。
「あらぁ、楽しいことのお誘いなら大歓迎よぉ。けれど、あちらのお兄さんに叱られるんじゃないのぉ?」
白が流し目しながらカーゴを見ている一団を指差すと、男たちは肩をすくめてから白の間近にやってきた。
「頭は予想外のお宝で機嫌がいいからな。多少のことは多めに見てくれるさ。」
「それはよかったわぁ。私が少し遊んでも見逃してもらえそうねぇ。」
「へへへ…そういうこった。あいてっ、なにしやがる。」
男の1人が調子に乗って白の肩に手をかけようとしたけど、白はその手をぱしんと叩いて払った。
「遊びにも作法があるわぁ。こんなところで恥ずかしい思いをさせるのは、良くないと思うわぁ。」
身体の線を見せつける姿勢で笑う白の視線に男はたじろぎ、それから周りの冒険者たちの様子に気付いて咳払い。
ルンハオに乗っていた冒険者は23人。その中でも私たちのチームは色々異色で目立っていて、中でも白は持ち前の人懐っこさで他のチームともすぐに打ち解けていた。その彼女に手を出されて、主に男性陣からチクチクした気配が伝わってくる。
「ね、ねえちゃんの言い分はもっともだな。今は荷物の検分の最中だ。それに、これから一緒に船旅をするんだ。遊びたいならいつでも相手になってやるぜ。」
顎を上げながら男が言い捨てて見張りの仕事に戻ると、私の隣でリーヴァがほっと息を吐いた。人売りに捕まっていた頃の経験のせいで、リーヴァはああいう人をひどく怖がる。
「宙賊はルンハオを自由にするつもりはないのよね。これからどうなるのかしら。」
男たちが離れて多少緊張は緩んだみたいだけど、リーヴァは不安げに呟いた。
「積荷が食料だったのは運がなかった。極力奴らとは関わらないようにするしかない。」
リーヴァを慰めたのは黒だ。
その言葉の元になった大量の積荷、倉庫の半分に山のように積まれた大きな箱を見て、私は思わず溜息をついた。
「自分達の船に積めないからって、ルンハオまで拠点に引っ張っていくなんて…。」
私の言葉に同意する声が、周りの冒険者たちからも聞こえてくる。
ルンハオに乗っていた一般客の中に圏域間の行商をしている人がいて、その人の積荷がホウシェンで採れる色々な食料品だった。
それを知った宙賊たちは目の色を変えた。
彼らの生活はお世辞にも豊かではなく、特に食事は同じようなものばかり。だから、値段とか関係なく珍しい食べ物は一番のお宝になるらしい。
あまりに嵩張って自分達の航宙艦には積みきれないとわかっても彼らはお宝を諦めきれず、ルンハオごと運んでいくと決めてしまったのだ。
「ねえねえ、宙賊のアジトって見たことある?僕は初めてだよ。すっごく楽しみ。」
うんざりしている冒険者たちの中で、一人だけが無邪気に元気だった。




