閑話〜それぞれの夏休み〜その三〜
「かたじけのうござる。鑑定が済むまで、ギル殿の口からも剛獣が如何様な相手であったかお聞かせ願いたい。」
「わかりました。飲み物を用意してもらえるか、聞いてみましょう。」
少し時間ができたと提案され、俺は願ってもない機会だとギルドの職員を呼んだ。話をする中で交流を深めることは、こちらとしても価値がある。
この取引は単なる獲物の分配ではない。
俺たちのチームにヒロナギ神国からの留学生であるシゲが加わっていたため、報告を受けたザンダルガム公爵は急ぎの航空便を使って書面をヒロナギ神国へと送った。
すぐにヒロナギ神国から獲物の爪の扱いについての返事が、特使の来国という形ですぐに返ってきた。その特使がシゲの腹違いの兄、ヨシイエさんだったのだ。
つまり、これは国同士のやり取りでもある。ヨシイエさんの強い希望が無ければ、俺が出る幕ではなかったはずだ。
「左様であったか。やはり戦さ場のことは直に聞くに限る。」
そのヨシイエさんは俺とシゲが剛獣と戦った話を聞き終えて、香草茶を口にした。彼に連れてきた部下が剛獣の爪を調べ終えて耳打ちをすると、スッと椅子から立ち上がり取り分の爪を手にする。
「鑑定の結果、この爪は極小数の目撃例がある樹懶精のものと見極めた。大変に貴重なものだ。改めて御礼申し上げる。」
頭を下げてからヨシイエさんは俺たちから離れ、壁を右手側に立って俺とシゲには左を向けた。爪は左手に掴んで肩の高さに持った。
「さて、某にはもう一つ見定める件があり申す。こちらも其方らと関わること故、無礼は許せ。」
有無も言わせぬ口調で告げてから、腰に下げた分厚い刃の脇差を右手で抜く。
次の瞬間に
キン!ズドン!
軽く空中に放られた爪の根元に光が走り、部屋を衝撃が満した。耳鳴りが邪魔をしたが脇差を鞘に納める軽やかな金属音が聞こえ、爪を掴み直したヨシイエさんは、満足気にシゲへと向き直る。
左の手には剛獣の爪だけでなく、たった今その爪から輪切りに切り分けられた、厚さ1cmにも満たない薄片も人差し指と中指で器用に摘んでいる。
「シゲよ、某の剣でも其方の働き、確かに見極めた。この爪は其方から我が家への献上品でもあるが故、その技量に見合う褒美をとらす。」
そう告げると、部下から丁寧に手渡された、柔らかな紫の布に包まれた緩く曲がった棒状のものを両手に持ち、恭しく差し出した。
布の途中に膨らみがある。あれは鍔だろう。中身は間違いなく刀だ。
「ここに有るはアズマイの家に鍛造を許されし折葉鐵。当代数えて伍振目之梢なり。其方の背丈にはやや長いが、差し支えはなかろう。」
「なんと…。」
シゲが感嘆の呟きを漏らす。
それから姿勢を正したシゲがおずおずと両手を上げて布の下に差し入れそっと棒に添えるよう掲げると、ヨシイエさんがゆっくりと、布から両手が離れるまで腰を下ろしてから後ろに下がった。
「これでお主も免許皆伝の身。その刀に恥じぬ働きをせよ。」
「はっ!有り難く賜り申す。」
シゲが腰を落としたまま、しかし折葉鐵と呼ばれた刀を下げない様に深々と礼をする。
「ここで帯びてゆけ。」
指示を受けたシゲはゆっくりと立ち上がり、巻かれた布を開いて真っ黒な鞘に収められた刀を取り出した。
元から腰に刺した刀の鞘も黒いが、この鞘の黒さは質が違う。まるで光を吸い尽くす様な漆黒に、刃の側と先端にだけ微かな煌めきがある。
シゲが愛用の刀に加えて、漆黒の鞘に収まった刀を腰の吊り具に下げた。
「うむ。これで某の用は遂げた。ギル殿、良き出会いであったぞ。これからもシゲを頼む。いや待て、そうだ、これも頼まれておったな。ほれ、お主に頼まれていたものだ。」
ヨシイエさんがシゲに小さな袋を手渡して、ついでに爪の剥片も持たせると、
「それでは、これにて。」
さっと頭を下げるや踵を返し、部下を連れて個室から出て行ってしまう。特使ともなれば多忙なはずだ。これから他の予定があるのだろう。
「良かったな、シゲ。それに、いい兄さんじゃないか。」
「うむ。某には何人もの兄弟がいるが、ヨシ兄上には決して頭が上がらぬ。」
そう言って刀の柄を見下ろしたシゲの目尻に光を見つけて、俺は心底驚いた。
(シゲが、泣いている?)
しかし顔を上げたシゲはいつもの厳つい表情で、
「ギル、試し斬りをしたく思う。お主の屋敷の庭を貸してもらえぬか。人目につくのは避けたいのだ。」
と俺に頼み込んできた。
「ああ、構わない。今からでも大丈夫だ。だけど俺は良いのか?」
「お主には見ておいてもらわねば。戦さ場で抜いてから驚かれても困る。」
そう告げるシゲの顔には、満足と不安が混じった複雑な感情が窺えた。
屋敷の庭に来ると、俺は何本か打ってある木の杭を叩いて強さを確かめた。
「ここにあるものは好きに使ってくれていいぞ。明日の朝には新しいのを打たされるからな。」
ジョセフさんから朝の鍛錬に使う道具は自分たちで用意するようにと指導されているから、俺たちにはこの杭を打つ仕事も慣れっこになっている。
「かたじけない。」
そう頭を下げたシゲは、途中で買ってきた鉄の板を杭に括り付けはじめた。板金鎧よりも3倍は厚い板を表裏に縛り付け、それから間合いを測ったシゲは例の刀を静かに抜く。
「それは?」
刀の異様な姿に、俺は思わず声を発した。
その刀は、確かに刀に近い緩やかな反身の刃だ。刀身は80cm程か。身幅は2cm程度と刀としては細いがそれはまだいい。驚いたのはその薄さだ。
シゲが握りを確かめるために構えを変えたので、薄さはさらに明らかになった。柄元でも2mmあるかないかだ。正面に構えられたら、刀身を見失うかもしれない。
しかも、その色は鉄とは全く別物の漆黒。闇よりも黒い中に所々、木漏れ日のような煌めきが瞬いている。
「これが折葉鐵之梢にござる。鋼の刀とは比べ物にならぬほど薄うござるが、これでもこちらより重い。並の者では相手に当てることも叶わぬ代物でござる。」
今まで使っていた刀の柄を叩いて説明してから、シゲは折葉鐵の峰で軽く杭を叩く。叩かれた杭が発した音は、シゲの話を裏付けていた。
「それでは。」
一言俺に目線で礼をしてから、折葉鐵を構えたシゲはゆっくりと斜めに振り下ろす。
まるで温めたナイフでバターを切るように静かに滑らかに、漆黒の刃は杭と鉄板を通り抜けた。
通り抜けてから少し遅れて、杭の上側が切断面に沿って滑り落ちる。
「とんでもないな。万象乃断刀でも、そんなふうには切れないぞ。」
俺が学んだ術技は煌糸の力で刃を覆い、剣の切れ味を高める働きがある。しかし、こんな風に木と鉄を切るなんて真似はできない。
「左様。この梢に切れぬものはない。あらゆる刃よりも硬く、鋭く、重く、そして強うござる。折葉鐵を折るには折葉鐵をもって当たる他はござらん。」
自慢気なシゲの言葉に、俺は斜めに切られた杭を見て頷くしかなかった。
「それは確かだと思う。目の前でこれを見せられたんだからな。途方もない切れ味だよ。」
「うむ。あまりに切れすぎるが故、鞘にも折葉鐵を用いてある。戯れに抜けば惨事を起こすであろう。」
「そうか。鞘に不思議な光があってどうしてかと思っていたが、刀の重さで鞘が斬れてしまわないようになっているのか。すごい武器だな。剛獣相手には心強いよ。」
「然り。これがあれば雲耀を加減せず振るえるが故、あの剛獣の爪であろうと手足であろうと斬り落として見せよう。」
「まだ森に入る機会はある。試してみようぜ。」
「うむ。」
シゲの返事には強い自信が感じられ、俺たちは拳を打ち合わせた。
「シゲの刀には驚いたぜ。元々あいつのって、下手な受け方をしたら剣ごと押し込まれてこっちがやられる威力だったんだぜ。その上あの刀じゃ剣も身体もまとめて真っ二つだ。」
森での調査を終えて村へ帰る道の途中に、ミックが半分呆れたような声で言った。
「そうだね。シゲの術技は普通の剣では威力に耐えられないけど、あの刀は絶対に折れないから全力で打ち込めるって言ってた。今まで僕らが受けていたのも全力じゃなかったんだよね。」
僕が感想を返すと、ミックは歩きながら頭の後ろで両手を組んで、暗くなってきた空を見上げる。僕も一緒に上を向くと、見慣れた形の宙弦が白く光って星空を飾っていた。
「ニール、お前とギルは万象乃断刀まで覚えたのに、俺は瞬歩だけだ。術技は一歩遅れちまったな。」
ミックがこういう言い方をするのは、寂しさを感じているときだ。昔からの付き合いで3人一緒に頑張ってきたのに少しずつ差がついてきている事実に悩んでいるのかな。
それで、いつもならチームで一緒に帰るのに理由をつけて、僕だけを誘ったのか。
「僕の身体が大きくなって、2人についていけなくなったときに、ミックは僕を励ましてくれたじゃないか。不得意はあって当たり前だ。僕の目と力は3人の中で一番だって。」
ミックが感じているのはあの頃の僕の気持ちと同じだと思うと、なぜか気持ちが楽になった。何度も聞かされた励ましの言葉を、今度は僕がミックに言う。
「ミックの瞬歩は僕らの中で一番だよ。気を落とす必要はないよ。」
「そりゃそうだけどさ。なんか、まだ足りない感じがあるんだよ。剛獣と戦っていても、お前らみたいに踏ん張れねぇ。」
ミックは瞬歩の加速を剣の威力に乗せるやり方が得意だけど、僕らみたいに剣の威力を底上げする術技は使えない。だから、高い威力を発揮するには必ず大きく動いてしまう。
「踏み込みが早くたって、その場で踏み止まれなきゃびっくり箱で終わりだぜ。」
「足りないものはわかっているんだね。」
「万象乃断刀を使えれば一番いいのはわかっているさ。だけどあれ、難しいんだよ。型が掴めねぇ。」
「そっか。」
ミックの話を聞いてから助言のしようがなくて黙り込むと、後ろから声をかけられる。
「お前ら、まだこんなところにいたのか?ガキは早く帰って寝ちまえよ。」
カーチスだ。
「なんだ、誰かと思ったらカーチスかよ。俺たちは話があるからゆっくりしていたけど、カーチスこそどうしたんだ?」
「あー…ちょいと野暮用でな。」
「もしかして、フォウリーさんのお店とか?」
「え…いや、まー、寄ることは寄るが、そこだけが目的じゃねぇ。おいなんだその目は。」
なんとなく言ってみた冗談が本当だったみたいで、僕とミックは呆れた目で兄弟子を見た。
「マジかよ。結婚して2ヶ月経ってないんだぜ。」
「フレデリカさんやジョセフさんに、なんて言おう。」
「お前ら…俺は今までのツケを片付けに行くんだ。調査のおかげで収入の当てができたからな。」
イラついた声でカーチスが白状したけれど、
「ホントかよ。顔を出したら気が変わるんじゃないだろうな。」
ミックが容赦なく追求する。カーチスは初めて会った時もそういうお店を僕らに聞いてきたから、僕もミックと同じ意見だ。
「だったら着いてこいよ。お前らもう15になるんだろ。別に連れて行ったところで誰も文句は言わねえからな。それとも何か?まだママのおっぱいが恋しいか?」
「は?何言ってんだよ。お袋は関係ねぇだろ。わかった。カーチスが支払うところまで見届けてやるぜ。」
「え?待ってよミック、そこまでする必要は無いんじゃないかな。」
「なんだよ。別に店に入るわけじゃないんだぜ。カーチスがしっかりとしているか見届けなきゃ、ジョセフさんに聞かれても答えられねえぞ。」
「そんなことジョセフさんが聞いてくるかい?」
「嫌ならお前は来なくてもいい。俺は行く。」
「…僕も行くよ。」
ミックが強情に言い張るから、僕は2人について行くことにした。なんとなくミックではカーチスに言いくるめられて、そのまま共犯にされそうな気がしたんだ。
「お前ら、俺に言うことがあるんじゃねぇか?」
何件かの店を回って夜も更け、俺たちが家に帰ろうと言ったらすぐにカーチスが呼び止めてきた。やっぱり何も無しってわけにはいかないか。
カーチスが昔のように女遊びをすると決めつけていたけど、それは間違いで、カーチスは最初に言ったとおり、きっちりとツケを支払って店の人たちとも事情を話し納得してもらっていた。
「カーチスがツケを払い終えたのは見届けた。疑って悪かった。」
「すみませんでした。」
それを疑っていたのは俺たちの思い込みだったから、俺とニールは2人で頭を下げた。
「わかりゃいいんだ。それに、お前らが女慣れしていないところも見られたからな。俺としてはそっちの方が愉快だったぜ。」
言い返しようがないな。
俺もニールも、店の店員たち、つまりあれさ、そういう仕事をしている女の人たち相手には、いいように揶揄われるばかりだったからな。
ちくしょう。もう少しかっこよく落ち着いていられれば良かったのに。
「しょげるなしょげるな。お前たちはまだ若い上に真面目過ぎるんだよ。剣一筋もいいが、こういうことも慣れておかねえと足元を掬われるから、勉強したと思っておけ。」
ひらひらと手を振って笑うカーチスを見返すことができずにいると、
「真面目な奴が女の色香に狂わされると馬鹿をやらかすから、厄介なんだぜ。お前らもそうだし、ギルも危ねぇな。」
おまけがついてきてカチンときた。
「うるせぇな。俺らがそんなへまをするはずないだろ。」
ついムキになっちまったが、言い返したとたんにカーチスがにやりと笑って、俺はしてやられたと後悔した。いや、言った言葉は戻らねぇな。もう押し通すぜ。
「ほほう、きれいなお姉さんに囲まれてあたふたしていたお前がねぇ。」
「当り前だ。だいたい、いきなり俺たちを店の中に連れ込んだのはカーチスだろ。不意打ちでなきゃまともにやれた!」
「そうだよ。それに、ギルだったら落ち着いて対応したよ。」
ニールも加わって2人で反論したけど、カーチスは落ち着いてやがる。
「お前ら、搦め手で来る奴らが不意打ちや分断をしてこないと思っているのか?どこに行くのも3人一緒か?その辺、よく考えてみろ。」
「うるせぇな。要は焦らなきゃいいんだろ。」
俺はカーチスの言い分が面白くなくて、頑として突っぱねる。
「めんどくせぇな。そうだ、お前らにもわかりやすく剣で例えてやる。お前ら、俺と初めて戦った時、3人で連携できたか?」
ガキの頃の出来事を出されて、俺とニールは顔を見合わせた。
「あれは僕らが子供だったから。」
「馬鹿野郎。お前らなんぞ色恋沙汰では5歳児並みだ。いや、年嵩の分だけメンツがあるから5歳児より隙がある。あの店の奴なら誰でも手玉に取ってくるぞ。」
ニールが言い返した途端にカーチスは捲し立てて、
「鼻の下を伸ばした顔、鏡に映して見せてやりたかったぜ。」
ついさっきの思い出したくない記憶を抉ってきた。
あの時はニールの動揺を揶揄って自分の焦りを隠していた俺だが、本音を言えば自分だって同じ顔をしていたと思う。
「お?少しは堪えたか?まぁ、俺だってお前らくらいの頃には色々やらかしたんだ。同じ目に合わせるのは忍びなくて口が滑った。」
俺とニールが黙り込んだからか、カーチスは態度を変えてきた。
「別にいいぜ。慌てていたのは確かだから、言い返しようがねぇ。」
「うん。だけど、やっぱりカーチスさんって色々あったんだね。」
「ニール、『やっぱり』ってのはどういうことだ?」
「カーチスのことは、村でもいろいろ話題になっていたから。」
流れが変わってきて、俺たちはカーチスについての噂をいくつか話す。フォウリーさんの店に入り浸っているとか、師匠の酒をかってに飲んでいるとか、軍で出向いた街でも似たようなものだろうとか、そういう話をしているうちにカーチスは目に見えて落ち込んでしまった。
「俺、そこまでのことはやってねぇぞ。」
肩を落として溜息をつくカーチス。
「噂だからね。僕らも全部信じていたわけじゃないから。」
「その様子だと7割方は信じていたんだろ。」
「まぁな。」
「ちょ、ミック?」
「隠したってしょうがないからな。カーチスだって薄々はわかっていたみたいだし。」
落ち込んだカーチスが顔を上げ、背筋を伸ばしてから俺たちを見る。
気が付けば俺もカーチスから少し見下ろされるくらいの背になった。ニールはカーチスが見上げる側だ。
「ま、噂って奴はそういうもんだ。さっきの話じゃねぇが、搦め手で来る奴らは噂をうまく使うからな。お前らにはそういうことも教えておかねぇとな。」
改まった様子で言われて、俺はつい背筋を伸ばす。伸ばしてから肩の力を抜いた。
「なんだかカーチスらしくないぜ。」
「あぁ、実はな、俺を圏外勤務に飛ばすって噂があってな。その前にお前らに色々教えておいた方がいいかと、考えていたんだ。」
「いきなり話が変わったな。だけど、圏外勤務ってなんだ?」
「もしかして、航宙艦?」
俺の疑問にニールが言い添えて、カーチスは首を縦に振った。
「ここからの話は秘密だぞ。航宙艦イセルの中隊長が負傷して足りなくなっていてな。その補充を探していると俺にも打診があった。どうやらそれが、リッカを取られた腹いせらしいんだよ。」
「マジかよ。軍隊だろ?」
「そういうのって、ありなの?」
俺だけでなく、ニールも呆れた声だ。だって、軍隊って国を守るための組織だろ。その人事を色恋沙汰で動かすなんてな。
「けっこうそういう話はあるんだぜ。軍の決まり事には違反しないように嫌がらせをしてくる奴は山ほどいる。だからお前らも気をつけろって言っているんだ。」
「そっか。でもさ、航宙艦勤務って、長いのか?」
「あぁ。下手すりゃ10年以上だ。」
「うわぁ…ひどいね。まだ新婚なのに。」
「腹いせだからな。新婚の方が良く効くってことさ。だが、無理を通せばこちらの言い分も聞かなきゃならない。幸い俺には伝手もある。飛ばされるにしても来年になるようにして、それまではシディンで過ごせるようにやるさ。実はご領主様にはもう相談してある。」
俺たちが同情すると、カーチスは強かな様子で笑い返してくる。
(こういうところは見習うべきかもな。)
なんとなくカーチスを頼もしく感じても、今まで軽口を叩き合っていたからな。口に出すのは癪に障る。
「それなら、フレデリカさんと仲良くやるためにツケをきれいにしておくのは当たり前か。カーチスがきっぱりと店から足を洗ってきたのも納得だぜ。」
「言われてみればそうだね。」
思わずさっきのことを蒸し返しちまった。ニールまで乗るなよ。
「ほほう。さっきも言ったが、来年まではシディンで過ごすつもりだ。つまり、お前らの修業をつけてやる機会はたっぷりある。ジョセフたちにもよく言っておくから、この休みが終わったら自由時間も休日も消えたと思え。」
「おい待てよ。軍ってそんなに余裕あるのかよ!?」
「ごめんカーチスさん。謝るから。そんなことギルたちにどう話したら…」
太々しい笑いで言ってきたカーチスに俺たちは慌てて言い寄るが、
「絶対に逃げられねぇように学校側にも手を回しておいてやる。搦め手って奴を身体に覚えさせてやるから、覚悟しておけ。」
俺たちの声を跳ねのけてカーチスは不敵に笑う。
「やめてくれ!特訓は夏休みだけで飽き飽きだっ!」
カーチスを喜ばせるだけだってわかっていたけど、それでも俺は叫ばずにいられなかった。
これで通算100話になりました。第五章終了です。
次回から第六章に入りますが、週二回の投稿に戻します。次回は8月3日。
余談ですが、折葉鐵の原料は鉄です。刀鍛冶さんが相方と一緒に叩いて鍛えて圧縮して作ります。(20220801追記)