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勝負

 次の日がきて、昼になった。

 俺たちが準備をしてから、普段稽古をしている砦の中庭で打ち合いをしていたところに師匠とカーチスがやってくる。

 予めミックとニールに、挑発に乗らないで落ち着いてやろうと相談しておいたので、俺たちは黙ってカーチスを見てから、師匠に挨拶をした。

「ご師匠様、よろしくお願いします。」

 一礼してから、普段通りにお互いの距離をとり、横並びになる。

「よし、始めるぞ。カーチス、お主、武器はどうする。」

 そこで俺は、カーチスが昨日とは違う服を着ていて、背中に鞄を背負っていることに気付いた。

(昨日は、軍服みたいな厚手の服だったのに。)

 目の前のカーチスは薄手のシャツに丈夫そうな布地のズボンを着ていて、昨日と比べるとずいぶんと細身になった感じがする。

「俺の得物は弓だが、こっちの方がわかりやすいだろう。」

 そう言って、彼は背中から下ろした鞄から長さが30cm程の、一端に革を巻かれた木の棒を3本取り出した。

「短剣代わりに今朝作ってきた。」

 手にした棒をヒュンと振って、カーチスが「使えなくはないな。」と呟く。

「弓と短剣?嘘だろ?騎兵なのに?」

 ミックが唖然として呟いている。驚いているのはニールや俺も同じだ。

「弓使い相手は不満か?」

「当たり前だ。お前、本当に俺たちを馬鹿にしているんだな。」

 棒のバランスを見ながら聞いてきたカーチスにミックが答える。すると、カーチスは面倒そうな表情で師匠を見るのだが、師匠はそれを面白そうにスルーして顎でカーチスを促した。

「やれやれ。」

 カーチスがボヤいてから、しゃがみこんでミックに話しかけた。

「騎兵科へ進めばすぐに習うが、律奏機の武器は剣だけじゃない。騎兵は槍も戦斧も槌鉾も使うし、弓矢だって使う。剣は騎士がよく使う武器だが、それも必ずじゃない。」

 睨み付けるミックはなにも言わないとわかっていたから、俺が3人の疑問をカーチスに言う。

「律奏機には矢避けの法術があるから、弓矢は当たらないと聞きました。なのに、弓矢があるのはおかしいです。」

 カーチスは頷いてから、話を続けた。

「矢避けをすり抜けるやり方はあるんだよ。ただ、対人の模擬戦では、わかりにくい。だから、弓矢の次に得意な武器にしたんだ。それとな、短剣は使い方次第では他のどの武器より強い。そういうことなんだが、わかったか。」

 俺は、素直に頷いた。

 営業をやっていた経験から、カーチスが真剣に考えを打ち明けてくれたのだとわかったからだ。

 ミックとニールは不満げだった。無理もない。ミックは騎士に憧れていて、目指していて、師匠に心酔している。ニールだって尊敬している師匠を呼び捨てにする相手は不愉快なはずだし、ミックの気持ちに引っ張られているから、カーチスの話を素直には聞けないだろう。

 そんな俺たち、いや、俺を見ると、カーチスはため息をついて立ち上がった。

「面倒なことは嫌いなんだ。さっさと勝負をつけようぜ。」

「そうだ。早く片付けて、いつもみたいに稽古にしよう。」

「うん」

 勝負を促すカーチスに戦意を返すミックとニール。

 師匠が俺を見たので、少し考えてから「いいです。」と頷いた。

「よし、3本勝負、2本を取った方が勝ちだ。始め。」

 さらっと勝負が始まって、俺たちは木剣を構えた。

 対するカーチスは、棒を腰のベルトに挿し、立ったまま俺たちを見ている。

 ミックをカーチスの正面にして、俺とニールは左右に散った。カーチスを三方向から攻めるように囲む作戦だ。

 3人の呼吸を合わせて踏み込み切りかかる。

 俺たちはいつも一緒に稽古をしていたおかげで、自然とお互いのタイミングを計って動ける。

 父の部下と模擬戦をさせてもらう時も、このやり方ならたいていは大きな隙を誘えた。あとは誰かが追撃すれば決まりだ。

 決まるはずだった。

 カーチスは正面から切り込むミックに向かって進み、紙一重で木剣を躱すや背後に回り込んだ。

 俺の右手にいたニールはミックの身体が壁になり足を止め、カーチスを追った俺にミックの木剣が襲いかかって、俺は間一髪でそれを受け止める。

「ミック、お主は死んだ。倒れよ。」

 師匠が淡々と告げる。

 驚いてミックを見れば、彼の襟元からカーチスが持っていた棒の握りが見えている。模擬戦でなかったなら、首元から心臓へ刺し貫かれたのだとはっきりしていた。

 驚いている間に

「いたっ!?」

「ニール、お主も死んだ。倒れよ。」

 カーチスが投げたのだろう。喉の辺りを左手で押さえるニールの足元に、棒が転がっている。

(あれだけなのに、死ぬのか?)

 俺は、湧き上がった不満で闘志を奮い起こし、雄叫びを上げてカーチスに迫る。

「驚いて足を止めるような子どもに勝っても、自慢はできないな。」

 短剣代わりの棒を右手に持って俺の攻めを避けながら、カーチスが呟く。言わせたままにできないと踏み込んだ俺の右側から、いつの間にか棒を左手に持ち替えていたカーチスの一撃が迫り、俺は慌てて飛び退いた。

 距離をとって、呼吸を落ち着けながら考える。

 カーチスの武器は、体捌きだ。

 決して素早くはないが、間一髪で避けてカウンターを狙うのが上手い。つまり、踏み込んだら危ない。

 だから俺は、木剣の長さを使ってカーチスを攻める。剣なら切っ先がかすめるだけでも傷を負わせる事ができる。

 遠く、細かく、間合いを意識した攻撃を続けると、カーチスは苛立ったように踏み込んできた。

 それを狙ってカウンター。

 カーチスは身を翻し俺の右側から棒を振り下ろそうとするが、俺はそれを読んで身体を引く。すると、思いがけない事が起きた。

 さっきと同じに振った右手の棒を左手に持ち替えようとしたカーチスが、棒を取り損ねて落としたのだ。

(今だ!)

 チャンスだカーチスにはもう武器が無い木剣を受ける事ができない素手では攻め手に欠ける。

 一瞬で判断した俺は一気に踏み込んで

 木剣を振り下ろした先にカーチスはいなかった。

 ふわりと身体が回って、背中を強かに打ち据えられて息が止まる。

 空が見える。俺は倒れたのか?

 いつのまにか木剣を奪ったカーチスが俺を見下ろしていて、そして、木剣を俺に突き下ろした。

(死んだ)

 木剣は俺の頭のすぐ横に突き立てられていたが、俺は、今の一撃で自分が死んだのだと実感していた。

「ギル、お主も死んだ。カーチスの勝ちだ。」

 師匠の声が聞こえて、俺は起き上がる。

 ミックとニールは、もう起き上がっていた。

「それにしても、大人気ないやり方よ。」

 師匠がカーチスを揶揄すると、カーチスは

「律奏機の胸は最大の急所だが、守りも固い。それを自前の武器で貫いて、壊れたら損だろ?わざと落としたと見抜けないヤツ相手なら、あれで十分だ。」

と反論した。

(やっぱり、棒を落としたのはわざとか。)

 俺は歯噛みしてカーチスを睨む。

「ずるい!」

 珍しくニールが叫んだ。

 ミックを盾にされ、驚いたところに棒を投げられて、俺が思いがけないフェイントで倒されるのを見ているだけだった。

 ニールにしてみたら、裏技と不意打ちの連続に思えるのだろう。目が良いから、ミックがやられたのも見ていたのかもしれない。

 そして、ニールは自分が上手くやれていたらと思ったのだろう。だから余計にカーチスの策が認められないんだ。

「ずるいな。だが、それが戦よ。」

 師匠がニールに、静かに言った。

 尊敬する師匠にあっさりとずるいのだと認められ、ニールは黙り込む。するとカーチスが師匠の言葉を受けて話を続ける。

「相手に勝てばそれが正義だ。お綺麗なやり方で負ければ阿呆だ。戦ってのは、ずるくても勝てば良いんだよ。ただし酷いのはダメだ。」

「ずるいとか酷いとか、なにが違うんだよ。同じだろ。」

 カーチスに、ミックが不満げに聞き返した。

「あー…タニタなら上手く説明するかも知れんが…そうだな、場数を踏めばわかる。そんなもんだ。ギルは、わかるか?」

 答えに納得しそうにないミックから俺に話を振るカーチス。

 俺は頷いて

「なんとなくは。」

と答えた。

 師匠とカーチスが、神妙な顔つきでお互いを見てから、俺を見下ろす。今まで見た事がない表情に俺が戸惑っていると、師匠が

「さて、カーチスが1本を取ったが、お主ら、続ける気はあるか?」

と、話を切り替えた。

「やります。」

 ニールが即座に答えて、それからミックと俺が応じて、2度目の勝負になる。

 さっきはカーチスを囲んだが各個撃破されたので、ニールとミックを前に立ててカーチスを押さえ込み、俺が状況を見るやり方に変えて挑んだ。

 結果は

 俺たちがあっさりと負けた。

 足の早いニールがカーチスを抑えようとしたが、投げた棒で足を止められてから仕留められた。

 それから俺たちが2人で攻めたのだが、2本の棒を巧みに操るカーチスは2対1でも俺たちの攻撃を捌き、足捌きでミックを壁にしてからすり抜けて俺を倒し、振り返るミックの背後に回り込んであっさりと首元に棒を突きつけた。

 完敗だった。

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