歳下は守備範囲外だから諦めて
師弟ものも大好きです。頭空っぽにして読んでください。
「ちくせぅ……」
あの時、あんな事を言わなければ……!
セシア・ウィールラントこと私はかれこれ半年前の出立の日の事を、帰還の馬車の中で今更ながらに後悔していた。
死線を超えるには覚悟が必要不可欠。少しの心のこりも油断、果てには死に繋がると思い、やれるだけのことをした。そして最後に大事な弟子に別れを告げたのだ。……あ、別にそれが後悔なわけじゃないから。
弟子もまた、一世一代の大勝負といった面持ちで、私を行かせまいと家の戸を背に立ち塞がった。
「師匠、ずっとずっと、好きでした。僕にとって貴女以外に女性はいません。どうか僕とずっと一緒にいて下さいませんか?」
拾った時は可愛さの目立つ美少年だった奴が、いつの間にやら女性に対して細かい気遣いのできて頼り甲斐のあるいい美青年になっていた。……色々抜きにしたら、まあストライクゾーンど真ん中だよね。そう育てたの、わたしだけどね。
今までそれとなくアピールはされていたものの、私の年齢の事もあるし、そもそも私、師匠だし。と、気づかないフリをしていたが、とうとう年貢の納め時が来てしまったらしい。
我が師の元で一時期共に学んだ幼なじみにして悪友から、遠方での討伐依頼が舞い込んだ。
少々遠いし、討伐対象がこれまた……気の抜けない魔物。普段容赦なく街一つ潰した魔物やら姿も見えない化物やらを理不尽にも狩ってこいと蹴り出す悪友が、最後まで断っていいと言っていた。渡したくなかったらしいその指令書を、私はその手から迷わず受けとった。
いい機会だと思った。
まあその代わり、私に万一のことがあったら弟子をよろしくと頼んだが。私も大概過保護過ぎるかもしれないが、弟子が可愛くて何が悪い。
あの子はもう、自分の力で生きていける。だから私なんかに執着してはいけない。
私が覚悟したように、これが最後のチャンスだと悟った弟子が、真正面からプロポーズを仕掛けてきた。
だから私も、いい加減向き合わなければ。心残りは迷いを生む。弟子の為にもならない。
弟子は贔屓目なしに、容姿・性格よし、私がこの街を出た後自動的に私の財を継ぐことになっている為(弟子は知らないが)金持ち。
街を歩けば未婚の女子や、自分の息子にしたいと夫人たちが群がるくらいには大人気である。うん。気持ちはわかる。
私亡き後(一応死ぬ気はない。帰ってくる気満々)、支えてくれる人は沢山いる。
……弟子のプライドを傷つけず(というかそもそも、弟子の事で何かイチャモンつけるのは私自身が傷つくからやりたくない)、けれどどうしても弟子ではなんとかできない事で諦めさせるしかなかった。
……まあ、どうあっても覆せないことといえば、単純明快。年齢である。
それはどうしようもない。生きた年数なのだから。……と、言うわけで。私は弟子に私への想いを諦めてもらう為に、その言葉を告げた。
「お前の気持ちは嬉しいよ。だが、ごめんな。
歳下は守備範囲外だから諦めて」
それを聞いた弟子は雷に打たれたように固まってしまったが、私は心を鬼にして、いつもどおりに、旅へと出たのだ。
そして、共に派遣された騎士や魔術師達と共に戦い、私はちょっと死線を彷徨い、死んでたまるかという気持ちで何とか生き延びた。
……生き延びた、までは良かった。
「……どうなさる、おつもりですか?」
騎士の1人が聞いてきた。その言葉に他3人の視線も付いてきた。
今は帰還中の馬車の中である。大人5人が乗るにはキツかった馬車だが、今はそれなりにゆったりと座っていた。別に人数が減ったわけでも、また馬車が広くなったわけでもない。
……なぜかといえば、単純な話で、ある1人分のとるスペースが減ったからである。
「……うりゅさい。だまりぇ」
私は今現在、不可抗力で、4〜5歳くらいの幼女になって、女性騎士の膝の上に座っていた。
「こんなに可愛いのにそんな言葉遣い、メ!ですよ?」
「みりゅ、なかみはわたし」
「ミルって呼べないセシア様可愛すぎてつらい」
膝の上に私を乗せたまま器用に身悶えるな!
ああクソが!仲間の名前もまともに発音できないとか何の罰ゲームだ!!これは!!!
「……本当に、すみません。自分があの時警戒心を解かなければ……」
最年少で配属された魔術師、ルインくん(14歳)が落ち込んでいる。
私がこんな姿になってしまったのは理由がある。まあ長くなるので簡単に言うと、ルインくんを庇って致命傷おって魔法でなんやかんやして、兎に角、私はどうやら若返ったらしい。それも4歳くらいから15歳くらいまでなら姿を自由に変えることが可能で、馬車のスペースを広く取る為に私は渋々最低年齢になっている。
気にするなと言っておこう。とりあえず生きてはいるから。
「心臓と隠し尾が其々7つあるだなんて、誰も思わなかった。あれはお前のせいではない。だからそれ以上気に病むな。セシアを困らせるだけだ」
「は、はい……」
「セシアは無理をしないでください。本当に心配したんです。我々だけ無事に帰っても、殿下にも貴女の弟子にも、顔向けできません」
「ん……」
ルインくんにそう言いながら腕が伸びてきて、第二騎士団団長の膝に移された。(ミルは名残惜しそうに私を見ている)
確かに、悪友はかなり傷付くだろう。それはいけないのでそこだけは反省する。
「それにしても、本当にどうする気ですか」
「まあ、とりあえずほーこくはいく。じゅーごしゃいまでもどって、ふーどかぶりゅ。たぶん、ばれない」
「その後は?」
「……たびにでりゅ?」
「行かせませんよ?貴女みたいな子供を」
「こどもじゃ、ないやい」
「どこからどう見ても子供でしょう?」
いや、4人揃って頷くな。わかってるかい?私だぞ?元34歳独身女性だぞ?
「でも、戻れないんですよね。元の大きさには」
「……だかりゃ、15さいのしゅがたにはもどれりゅって」
「戻れませんよね、元の姿には」
「……」
「つまり15歳の身体で生きなくてはならない。基本成人にならないと旅には出られませんし、そもそも、我々が貴女の単独行動を許すわけないでしょう。ついて行きますよ」
「……」
「わざわざ、ここにいる戦力が護衛として付いて回る程の人物。……そうなれば、逆に狙われるでしょうねぇ」
この第二騎士団長という男は、正論で私を苛めるのが好きらしい。正直嫌い。そういうところが。でも流してやることにした。だって、私の方が大人だから。でもムカついたので10歳くらいの大きさになってやった。地味に重いこの年頃の子供を膝の上に乗せていてもこの男は楽しそうにするだけで、堪える様子がない。チッ!
どうするのかと改めて聞かれた。渋々口を開く。
「……報告して挨拶したらまあ、その後はとりあえず家に……。……家?」
「どうしました?」
そして私は頭を抱えた。
出てくる直前の事を思い出してしまったからである。
「……貴女の弟子が待ってるのでは?」
「言うなぁあああ!」
「……ああ。出立直前なので忘れてました。貴女、年齢を理由に逃げたそうですね。念話で報告を受けました」
「よりにもよってなんでコイツに!」
「多分フラれるなら道連れにしようとしたんでしょうねぇ」
話がわからないであろう騎士と女性騎士、そしてルインくんは首を傾げている。そうね!でも最後の言葉については私もよくわからんから!悪いけどちょっと雑談でもしてて!私たちの事は気にしないで!
「15歳女性と25歳男性ですか。……まあ、貴族の婚姻ならもっと年齢差あることもしばしば。それを考えれば普通に有りな年齢差ですね」
「何言ってるのかなこの口は。姿が15歳だろうが生きてる年数は34。つまり私は」
「どうみても15歳という見た目で34歳だと言い張られても……。15歳で身分証作りますから、まごう事なく貴女はこれから15歳の少女という事で、出立前に彼に諦めてもらう為にかけた言葉はもう効力などな……わかりましたわかりました。この件は内密にします」
わざわざ念話で、弟子の"師匠離れ"の為にもと煩く喚けば、折れてくれた。
「……本物はそのまま旅に。討伐の際に村で天涯孤独になった魔術師の素質のある子供がいたので引き取った。名前は……セスでいいでしょう。これでいいですか」
「うん。……バレるかな?」
「さて。どうでしょう。元の姿と15歳の姿では雰囲気が同じでも見た目はけっこう違います。私も目の前で変化しなければ貴女だとは気づかなかった事でしょう。……いざとなれば血縁という誤魔化し方が効きます。
一体どんな修行や戦闘や暮らしをしたらこんなに可憐な少女があんな目つきの悪いじゃじゃ馬になるのか……。
それに、貴女が表に出るようになったのは彼を拾ってある程度の魔術師にした後からです。この当時の貴女の姿を知る人は限られているのでは?」
……コイツ今、ナチュラルに悪口挟んだ?
「殿下には報告しますが、それ以外には伏せて問題ないでしょう。その姿がいつまで続くのか分かりませんが……最悪の場合も考える必要があります。兎に角、今は急ぎ帰らねば」
半年ぶりに、かつ秘密裏に帰還した私たちは、悪友に報告を済ませ、各々帰路についた。私は元の家に帰るわけにもいかないので、隠れ家に住んで早1年。
帰ってきた事を聞きつけた弟子が、私の所在を聞いたが教えてもらえず、討伐に行ったメンツと悪友を全力で脅したが、まあ、私の方が怖いので完全黙秘やら上手くあしらわれ続けている。
1年間15歳の姿で暮らした結果、成長したので、どうやら元には戻らないが、ここからまた老いていくらしい。……つまり最終結果としてみれば若返ったってことだ。
これはいいのか、悪いのか……。まあいい。
推定16歳になったので、これで旅にも出られる。仲間たちには黙秘を続けてもらっていたが、流石にそろそろ申し訳ないので本気で旅に出ようと思う。
私は仲間たちに1年にも渡って隠してくれた事を感謝しつつ、別れを告げた。
残るはルインくん。そして悪友である。
「セスさん、本当に行ってしまうんですか……?」
「うん。どうやら研究したところで元に戻らなそうだし」
「……あの」
じゃあねと立ち去ろうとした私をルインくんが引き止めた。
「自分は、ずっと貴女に憧れてきました。
指折りの実力者だけが、貴女との討伐に参加できると聞き、只管高みを目指した。……あの時の討伐対象の話を聞いた時、周りの魔術師たちは皆怖気付いた。でも、自分からすれば、それは幸運だった。
誰も恐怖で名乗りをあげなかった。だから自分は、まだ実力不足でしたけど、貴女に同行できた。
……けど、そのせいで貴女はそんな姿になってしまった。
それでも、いつも通りを失わない貴女が眩しくて。……貴女が好きです。
私に、責任をとらせてくださいませんか」
真剣な瞳が私をみている。後には引かない。逸らさない。強い意志。
……超大真面目なルインくんには大変失礼ながら、旅立ち前で真剣に告白されるってシチュエーションで思い出すのは、華奢な魔術師少年ルインくんではない。
「やっと見つけた」
私の身体が物理的に宙に浮いた。
抱き上げられた。それをしたのは勿論いつの間にやら育ちに育った、師匠の心弟子知らずな弟子。
「おかえり、師匠。旅に出たいなら言ってください。ついてきいます」
およそ1年半前の出立の日に別れを告げた弟子だった。
何故私だとバレた。
あとは悪友のところに挨拶だけなのがわかっているのか、私を抱き上げた体勢そのまま移動を開始する。おいおいおい。ちょっと待て離せ。
抵抗する私に首を傾げ、立ち止まる。そして納得したような声を上げて、振り返り、ルインくんに向かって一言。
「少年。我が師は、歳下は守備範囲外だから諦めてくれ」
そうルインくんに言い放つ弟子の顔は、誰がどうみても笑顔だった。
師匠とか上司をいつのまにか追い詰めてる系弟子や部下っていいですよね。(逆も好きです)
読了ありがとうございます。