1、
小さい頃に、親代わりのコンピュータに『友達』をねだった。当時読んでいた本に出ていた『友達』というものが、とてもうらやましかったからだ。
コンピュータ・マザーは僕をこのガラスの部屋から出すこと以外なら出来る限りのことをしてくれるように設定されていて、しばらくすると、『友達』がやってきた。
機械でできた友達。
少女の姿をした機械。
僕と同年代の姿の機械。
「はじめまして」
そう挨拶すると。
「はじめまして」
機械的な返答。
僕はそのとき大喜びで、その後の数日間は何をするにも彼女に話しかけながら行動したが、なにせ子供時代のことなので、数日するとその熱も冷めてしまった。
僕は彼女に話しかけなくなり、彼女はガラスの部屋の隅に座って人形のようになっていた。
ただ時おり思い出したように動いては、僕が部屋の片隅に積み上げた本を手に取って開いて、ページをめくっては目を向けていた。手近な本に目を通し終わると閉じて動かなくなってしまうので、僕は時おり思い出したときに、彼女のために新しい本を補充した。
それは、古い時計のネジを惰性で巻いていたのに近いかもしれない。時計の側も、ネジが巻かれればその分だけ規則的な動きを続けていた。
実際、問いかけると彼女は自身に搭載された体内時計をもとに時刻を答えてくれもした。ただ、ガラスの部屋の一人暮らしでは特に時間を気にする必要もなかったので、そんなこともまれだった。
いつか到着地点に着くまで、ずっとそんな生活が続くんだろうと思っていた。
だがある日。
それまで何も自分からは言おうとしなかった彼女が、突然言った。
「続きは?
続きは書かないの?」
「うわっ?
驚いた。なんだって? 何を書かないって?
……あ!」
彼女の手元を見やると、そこにあったのは装丁された本ではなくて、昔僕が数冊まとめてペンと一緒にコンピュータ・マザーに頼んだノートだった。
その中には、僕の手書きの文字が並んでいる。
そして、それはノートの途中で止まっている。飽きたからだ。
ノートを開く彼女の手も、僕が飽きたその場所で止まっていた。
「いや、それは……。
それ、おもしろかった?」
機械の目が、感情薄く僕を見た。
「続きは?」
「いや、えっとね、感想を聞きたいんだけど」
機械の目が、少し苛立ったように見えた。話の通じないヤツだ、と思っているように見えた。もっとも、こちらも同じようなことを思っていたわけだけれど。感想ぐらい、聞かせてくれたっていいじゃないか。
「続きはないの?」
強情なヤツだ。僕はため息をついた。「ないよ」
「書かないの?」
「書かないよ」
「なぜ?」
僕は、肩をすくめた。「気分が乗らない」
「いつ気分が乗るの?」
「いや、そんなのは僕が聞きたいって」
すると、彼女の瞳には不満そうな色が宿った。「これはあなたの小説。あなた以外の誰かが答えられるわけはない」
なんかこいつ面倒くさいぞ、と僕は思った。正論を言われてるのがまた無性にイヤな気分だ。
「インスピレーションとかモチベーションとか、そういうものがあるんだよ」
「天啓と気分。それが必要?」
「そうそう」
どこか、うさんくさそうに思っているらしい様子が彼女の瞳から感じられた。
こんなに表情豊かなヤツだったかな、と僕は思った。いや、機械の彼女の表情はいつも全然変わらないんだけど、でも、妙に瞳が雄弁だった。
「続きはないよ。
とりあえず別の本でも読んどきなよ」
僕が手近にあった適当な本を渡すと、彼女は渋々といった様子でそれを開いた。
だがすぐに本の中身に没頭したらしく、その瞳から不満の色が消えていった。