7 束の間の日常
空には満月が輝いていた。
「ふう、すっかり夜だな」
リーザの訓練に付き合っているうちに、時間が経ってしまったのだ。
ここ最近は、任務の合間に彼女と訓練する機会が多い。
そのリーザは他の隊長とともに聖剣オーディン探索任務についている。
王都東部にある遺跡群のどこかに、聖剣オーディンがあるかもしれない、ということで遺跡を順番に巡っていた。
今のところ成果はないが……。
明日も任務があるということで、訓練が終わり次第、彼女は去っていった。
で、俺は一人こうして歩いているわけだ。
「今日は仕事も色々と片づけたし、軽く一杯ひっかけていくか──」
俺の足は自然と歓楽街へと向いた。
最近、この辺りは活気がある。
帝国との戦いで攻勢に出ているからか、戦勝ムードのようなものが漂っていた。
俺たち騎士団としては、まだまだ気が抜ける情勢じゃないが、一般市民はこれくらい楽しんで過ごしてもらった方がいい。
「あら、マリウスさんじゃない」
俺に声をかけてきたのは、長い黒髪に清楚な美貌の女だった。
年齢は三十前といったところか。
「セリナか、久しぶりだな」
彼女はこの付近の娼館に勤める娼婦である。
俺も王都に来たころ、何度か相手をしてもらったことがある。
「最近来てくれないじゃない」
「悪い。色々と忙しくてな……」
そう、娼館には随分と行っていない。
というか、あまり行く気になれなかった。
忙しいのは嘘じゃないが、それ以上に──。
リーザの顔が、脳裏に浮かぶ。
「今日は久しぶりに寄っていかない?」
「……悪いな。明日も早くから仕事だ。今日は軽く飲んで帰るつもりだった」
俺はセリナに頭を下げた。
「そっか……大変だね」
彼女も無理に誘うことはしない。
娼婦の中にはしつこく誘ってくる者もいるが、彼女は常に一歩引いてくれて、それが俺にとっては楽だった。
「そっちはどうだ? 繁盛してるのか?」
「ふふ、もしかして妬いてくれてる?」
「かもな」
俺は冗談めかして言った。
「やだ、もう」
セリナが笑った。
「まあ、おかげさまでお客さんは増えてるよ。一時期は戦争ムードで客足が遠のいていたけど、最近は戻ってきたねぇ」
嬉しそうだ。
「あなたたち聖竜騎士団が帝国の連中を追っ払ってくれてるおかげだよ。みんなが『もうすぐ戦争は終わる。勝てる』って雰囲気になってるから」
「……ああ、早く奴らに勝たないとな」
平和を、勝ち取らなければ。
「そうなれば、またお前のところにも寄れるな」
「ふふ、今をときめく王国の英雄様に抱かれたなんて、自慢になるね」
セリナが俺に抱きついた。
ふわり、と鼻先に花のような香りが漂う。
「はは」
苦笑する俺。
「ま、気が向いたらいつでも来てね」
「ありがとう」
束の間の日常が、こうして流れていく。
帝国との決戦は遠からずやってくる。
こんな時間はもう当分訪れなくなるかもしれないな……。