9 訓練風景1
「十二番隊の席次上位の者たちの力を、俺自身で把握しておきたいんです」
早朝、俺は執務室でジィドさんと話していた。
「では、この後の戦闘訓練で席次上位の者の監督をマリウスさんが担当されますか?」
と、ジィドさん。
「私は席次中位や下位の者を引き受けましょう」
「お願いします。俺はウェンディやクルス、ジュード、サーシャたちと一通り手合わせしようかと」
もちろん、隊員一人一人の情報は目を通している。
各人の戦闘スタイル、得意スキルや武器など。
だが、情報として知るのと実戦でそれを感じ取るのは、やはり大きな差異がある。
先日の聖剣探索行でクルスやサーシャたちとともに戦い、俺はあらためて実感した。
俺は戦いを重ねるごとにレベルを上げているし、戦闘能力も格段に上がっているはずだ。
それでも──毎回、一人で打開できる戦局とは限らない。
隊のみんなと連携して、ことに当たる局面も多いだろう。
そのために、俺はもっと隊員たちの実力を知る必要がある──。
時間になり、俺はジィドさんとともに執務室を出て、訓練場へと向かった。
ヴ……ン。
突然、俺の前方で何かがうなるような音が響く。
「なんだ……!?」
目の前が蜃気楼のように揺らぐ。
空間からにじみ出るようにして、すらりとした女性のシルエットが現れた。
長い黒髪やスラリとした裸身は半透明だ。
「メル──」
息を飲んだ。
正確には、彼女はメルじゃない。
俺が神聖界で手に入れた最強スキル『破軍竜滅斬』に宿る、守護精霊のような存在──『導き手』だ。
メルと同じパーソナリティを備えている彼女を、俺はメルと呼んでいた。
本物はもう、この世界のどこにもいない。
それでも俺は、彼女をメルと呼んでいた。
「──大きな力が目覚めようとしているよ」
メルが告げる。
「その力に引っ張られて、あたしがこうして具現化するくらいに……気を付けてね、おじさん。次の戦いは、今までとは比べ物にならないくらい激しい」
「メル……」
「負けないでね。あたしが側にいるから」
ふわり、と長い黒髪をなびかせ、メルが俺に寄り添った。
「支えるから。ね?」
頬に柔らかな唇が触れる。
そのぬくもりを感じながら、俺はうなずいた。
「ああ、頼む」
「……マリウスさん?」
不思議そうに俺の方を振り返るジィドさん。
メルの姿は、俺にしか見えないのだ。
「すみません、ちょっと考え事を」
俺は言葉を濁した。
今までにない激しい戦い……か。
さっきのメルの言葉を、心の中で繰り返す。
相手が帝国のどんな奴であれ、俺は全力を持って叩き潰す。
それだけだ。
「だけど……」
不安が胸をよぎるのも、事実だった。
俺が背負っているのは、俺一人の命じゃない。
隊長として、隊全体の責任を背負っている。
次の戦いで、俺だけじゃなく仲間たち全員が無事に生き残れるだろうか。
誰も死なせたくない、失いたくない。
そう思っていても、犠牲をゼロにすることは難しい。
この間の戦いでは、十二番隊からカリナという犠牲者が出た。
次の戦いでは、どうなるんだろうか。
俺は──その犠牲を防ぐために何ができるんだろうか。
「もっともっと力を磨かないと、な」
戦って勝って、戦って殺して。
経験値を積み上げるんだ。
誰よりも、何よりも強くなり、目に映る人々すべてを守れる強さを──。
手に入れるんだ。
「では──いきますよ、隊長!」
威勢よく叫んだのは、十二番隊の第四席、クルス・ジール。
肩のところで切りそろえた銀髪に、野性味を感じさせる美青年だ。
褐色の肌は、彼が南方の生まれであることを示していた。
「ああ、いつでもいいぞ」
さっきジィドさんと話した通り、俺は十二番隊の三席から十席までの八人を集め、一人ずつ模擬戦をすることにした。
戦う順番はくじで決め、最初はクルスになった。
ちなみに、クルスの次はサーシャ、さらにその次はウェンディが控えている。
「ぶつぶつ……あたしだって隊長と一番に模擬戦したかった」
「大丈夫だよ、サーシャちゃん。順番だから」
「一番乗りしたかった。あたしのほうが席次が上なのに」
「ごちゃごちゃうるさい! お前たちはそこで黙って見学していろ」
クルスが苛立ったように叫ぶ。
「席次なんて、次の改定ですぐに追い抜いてやる! いい気になるなよ」
「別にいい気になってるわけじゃないですけど……」
「俺は誰よりも強くなる。だからこそ──」
右手に剣を、左手にクロスボウを構えるクルス。
気合いに満ち溢れていた。
「相手がマリウス隊長だろうと退く気はない! 勝ってやる!」
「その意気だ」
俺は笑みを深めた。
「だが、いいのか? 距離を取らなくて」
クルスの最大の武器は、遠距離射撃系のスキル『バーストボルテックス』だ。
接近戦ではその強さを存分に発揮できないだろう。
「私を射撃しかできない男だと? その認識は少しあらためていただく必要がありますね」
クルスが険しい表情で俺をにらんだ。
「すぐにあなたの笑みを消して差し上げます──行きますよ!」
叫んで地を蹴るクルス。
さすがに、速い。
「なるほど、遠距離射撃スキルに頼らなくても──これだけの身体能力を持っているわけか」
繰り出された鋭い斬撃を、俺は右手の剣で受けた。
速いだけじゃなく重い。
これなら遠距離スキルに頼らなくても、近接戦闘でも十分に戦えるだろう。
「さすがは黄金世代の一人だ」
「当然です!」
クルスの斬撃がさらに加速する。
「私を過小評価するのはやめていただきたい!」
嵐のような連撃を、俺は受けつつ後退する。
「過小評価なんてしてない。お前は強いよ、クルス」
だけど──。
「まだまだ鍛える余地はありそうだ」
聖剣探索や双子の魔剣士との戦い、さらにその後の魔獣掃討戦を経て、俺のレベルはさらに上がっている。
身体能力なら、もはや俺に並ぶものなどいないかもしれない。
クルスの動きは一流だが、俺の目にはすべてが見えていた。
「打ち下ろしの一撃を放った後に、無防備になる瞬間があるぞ。気をつけろ」
言いつつ、俺は彼の剣を弾き飛ばした。
「くっ……」
悔し気にうめくクルス。
「……ご指南、ありがとうございました」
一礼する間、彼の体は震えていた。
それでいい。
その負けん気が、きっとお前を強くする──。
「次、サーシャ」
「はい、よろしくお願いします!」
進み出たサーシャは頬を赤らめていた。
気持ちが高ぶっているらしい。
「隊長と一対一で手合わせ……嬉しい……」
なぜかうっとりした表情だ。
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