8 女騎士たち
(敵は帝国だけじゃない──)
リーザは昨夜、マリウスと飲みながら話したことを思い返していた。
裏切者は誰だ。
一体、どこにいる。
暗い気分で王城内を進む。
と、前方から一人の女騎士が歩いてきた。
年齢はリーザと同じくらい──二十代半ば。
豪奢な金髪を縦にロールさせた、令嬢然とした美女だ。
「君は──」
ジュリエッタ・ドールマン。
聖竜騎士団七番隊の隊長を務める騎士である。
「首尾よく聖剣を入手したそうですわね」
微笑むジュリエッタ。
気品のある笑みだった。
「ふふ、さすがは『花蓮の騎士』と謳われるリーザ卿」
「私一人の力ではない。部下や十二番隊と協力し、全員で手に入れたのだ」
リーザが告げる。
「仲間や部下への感謝を忘れない──その謙虚さもさすがですわ」
ジュリエッタが笑みを深めた。
賞賛の言葉のはずなのに、皮肉を言われているように感じてしまう。
それはジュリエッタの眼光のせいだろうか。
こちらを見透かすような──胸の内を探るような、目。
顔は笑っていても、彼女の目はまったく笑っていなかった。
「強い『力』を感じますわ。うらやましいくらいに」
ジュリエッタの視線が、リーザの腰に下げられた聖剣へと移った。
「……うらやましい、だと」
「強き力に惹かれるのは、騎士としての本能。違いますか?」
「私は力そのものに惹かれて、力を求めるわけではない」
「騎士として、人を守るため──ですか? ご立派ですこと」
ジュリエッタがまた微笑む。
ちろり、と舌で唇をなめした。
どこか──蛇を連想させた。
「さすがはリーザ卿ですわ」
言って、彼女は顔を近づけた。
息が触れ合うほど近くまで。
「わたくしには見えますわ」
ジュリエッタの瞳が、間近にある。
吸いこまれそうなほど深い、琥珀色の瞳。
「あなたの中で【光】と【闇】がせめぎ合っているところが」
「……何?」
「【闇】に飲まれませんよう、お気を付けあそばせ」
言って、ジュリエッタは背を向けた。
そのまま去っていく。
入れ替わりで、黒髪褐色肌の美女が近づいてきた。
「相変わらずジュリエッタとはそりが合わないみたいね、リーザ隊長」
三番隊隊長のドロテア・ベルナルトだ。
「……ドロテア隊長」
リーザが振り返る。
「ご無沙汰しております」
「あら、今日は敬語なの?」
「二人きりのときは、いつもこの話し方ですが」
「ふふ、そういえば二人っきりになる機会が随分と減ったものね。久しぶりにあなたからそんな話し方をされたわ」
くすくすと笑うドロテア。
艶気のある笑みは、出会ったころのままだった。
そう、リーザが聖竜騎士団の入団試験を受けに行ったとき──そこで出会ったのがドロテアだった。
(あの時も……ドロテア隊長は同じように笑っていた)
「何か悩みでもあるの、リーザ隊長?」
「リーザでけっこうです」
「じゃあ、リーザ。あの子に何か言われたんでしょ」
「……お見通し、ですか」
「あなたとの付き合いも長いもの」
また微笑むドロテア。
だが、その笑みは先ほどまでの悪戯っぽいものではなかった。
どこか母が娘を慈しむような。
あるいは姉が妹を思いやるような。
そんな、優しい笑顔だ。
「私の中で【光】と【闇】がせめぎ合っている、と。ジュリエッタにはそれが見えると言っていました」
「【光】と【闇】……ねぇ」
うなるドロテア。
「意外と裏表があるものね、あなたって」
「ど、どういう意味ですか」
思わず抗弁してしまった。
「あらあら、クールキャラが台無しよ、それじゃ」
「からかわないでください」
「ふふふ、ごめんごめん。そうね──あなたの中に【光】と【闇】がある、というのはその通りかもしれないわね。あなたは幼少のころから【闇】を身近に感じ、生きてきた。そういう世界で、ね」
そう、自分は暗殺者を親代わりに育ったのだ。
それが【闇】でなくてなんだろう。
「だけど、あなたは【光】を知った。この騎士団に入って、多くの仲間を得て」
と、ドロテア。
「だから、全部ひっくるめてあなたなんじゃない? ジュリエッタが何か知った風なことを言おうと関係ない。誰に何を言われても関係ない。あなたはあなた。光も、闇も、全部あなたよ。堂々としていればいいのよ、ふふ」
「ドロテア……隊長」
「さ、まじめな話はここまで。ちょっとは気が楽になった?」
「えっ……」
「眉間にしわが寄っていたわよ。いい女が台無し」
「……あなたという方は」
冗談めかしているが、いつも自分を気にかけてくれる。
気遣ってくれる。
(……ありがとうございます、ドロテア隊長)
ジュリエッタと話してモヤモヤしてしまった気分が、いつの間にかきれいに消えてなくなっていた。