2 二つの戦い
サーシャは【アクセルムーブ】で加速し、スルトたちの間を縫うようにして駆け抜けた。
以前に見たアルトゥーレよりは劣るが、それでもすさまじいスピードである。
「【アイシクルエッジ】!」
さらに、氷の刃を放つ攻撃スキルを連続して発動し、痛撃を与えていく。
速度と手数を生かした見事な連携──。
ただ、スルトも巨体に比して生命力が高い。
炎の力を使うだけあって、氷属性の技が弱点のようだが、それでもなお耐えている。
サーシャの攻撃では致命傷までは与えられない──。
と、
「チャージ完了だ。ぶっ放すから、そこをどけ」
クルスが傲然と告げた。
サーシャが心得たように、大きく跳び下がる。
「消えろ、薄汚い魔獣ども! 【バーストボルテックス】!」
吠えて、クルスが青白い光芒を放った。
ごうっ……!
スルトたちは光の衝撃波に飲みこまれて消滅する。
「三人ともすごいです……」
俺の隣で、ニーナがつぶやいた。
サーシャがこちらに向かって微笑んでいる。
あたしたちだけでやりましたよ、と言いたげだ。
実際、彼女たちのおかげで俺は体力を温存できたし、申し分ない戦果だった。
「頼もしい部下たちだな」
思わず微笑む。
──と、そのときだった。
「まだだ!」
ジュードが叫んだ。
いまだ周囲が青白い光芒に照らされる中、その輝きの向こうから一体の巨大な影が現れる。
どうやらスルトを一体撃ち漏らしたらしい。
傷だらけの魔獣が棍棒を手に突進してきた。
狙いは、
「し、しまっ──」
サーシャの頭上に巨大な棍棒が迫る。
ジュードは間に合わない。
クルスもさっきスキルを撃ったばかりだ。
ならば、
「ここでお前を死なせるわけにはいかない」
俺は全速力で走り、サーシャの前に出た。
剣を抜き放ち、スキルを発動する。
「【インパルスブレード】!」
斬撃衝撃波が魔獣をバラバラに吹き飛ばした。
周囲の街道が大きくえぐれ、小型のクレーターと化す。
「なんて威力だよ、あいかわらず……」
「すさまじいな……」
クルスとジュードのうめき声が聞こえた。
賞賛半分、ライバル心半分といったニュアンスが、いかにも血気盛んな若者らしい。
「隊長──」
一方のサーシャは沈痛な表情でうつむいていた。
「……申し訳ありません。あたしの油断で、お手間を取らせました」
「ただ待っているのも退屈だからな。俺にも少しくらい分けろ」
サーシャが落ちこまないよう、冗談めかして笑う俺。
実際、今のスキル発動の後も、疲労感はまったくない。
休息の効果はあったようだ。
「……ありがとうございます」
サーシャはようやく微笑んでくれた。
俺は笑顔でうなずき、周囲を確認する。
どうやら二番隊も敵を撃退したようだ。
「さあ、王都に急ぐぞ」
俺は部下たちを促した。
※
突然、王都を急襲した双子の魔剣士。
彼らの戦闘能力は絶大だった。
二番隊の同僚である女騎士カリナは、魔剣の力で石化し、砕け散った。
即死である。
まともに戦えば、場の騎士たちは全滅するかもしれない──。
ウェンディは一緒にいたジネットに市民の避難誘導を頼み、自らは魔剣士に突進していった。
勝算は──ない。
いや、勝つつもりなどない。
ただ一秒でも長く敵を足止めできればそれでいい。
その間に、一人でも多くの人が逃げられたら──それでいい。
「ボクの命を懸けて、君たちはここで食い止める! 【ラピッドムーブ】!」
吠えて加速するウェンディ。
速力増加系のスキルである。
四番隊隊長のアルトゥーレやサーシャが使う【アクセルムーブ】よりワンランク下のスキルではあるが、それでも矢のような加速で魔剣士たちに肉薄する。
「さっきの奴の死にざまを見てなかったのか?」
「君も石になるがいい」
二人は魔剣を振りかぶった。
「【アローブレード】!」
その瞬間、ウェンディは二つ目のスキルを発動する。
振り回した剣から、無数の斬撃衝撃波が放たれた。
「……ちっ」
攻撃態勢だった二人は、舌打ちまじりに後退した。
スキルを発動するためには、研ぎ澄まされた『集中力』が必要である。
その集中状態に入るまでには、タイムラグが生じる。
いわば、スキルを放つための『溜め』。
ウェンディが狙ったのはそこだった。
彼らがスキルを撃つより早く、こちらから攻撃し、相手に攻撃スキルを使う間を与えない──。
なおもウェンディは機敏に動き回り、牽制のスキルを撃ち続けた。
とにかく相手のスキルで怖いのは【石化】だ。
直撃すれば、戦闘不能──かつ死を意味する。
「一つ一つのスキルは並ランクだが、発動が速い……!」
「威力ではなく手数とコンビネーションで押すタイプか……やるな」
魔剣士たちの顔から笑みが消えた。
完全に戦闘モードの表情に変わる。
「ならば──」
二人が魔剣を振りかぶった。
ばきん。
「えっ……!?」
手にした剣が突然重くなり、根元から砕けた。
「【石化】!? そんな……発動が早すぎる!?」
ウェンディは驚愕しつつ、即座に後退した。
「運がいい奴。剣だけで済んだか」
「不完全な集中状態でも、【石化】を放つことは可能だ。全力の集中状態より威力も効果も落ちるけど、ね」
双子が笑う。
手数で押し切り、相手にスキルを使う間を与えない──そんな戦法をやすやすと許してくれるほど甘い相手ではなかった、ということか。
「どうする、降参するか?」
「跪いて命乞いをしろ。石化だけは勘弁してやってもいいぞ?」
魔剣士たちが傲岸に笑った。
「……誰が」
ウェンディは彼らをにらんだ。
全身からジワリと汗がにじむ。
威力や効果が落ちるとはいえ、【石化】を乱れ撃ちされたら、とても防げそうにない。
このままでは、なすすべなく石に変えられ、殺される──。
「よく時間を稼いでくれた。いい仕事をしたな、ウェンディ」
救いの声は突然だった。
驚いて振り返ると、そこには黒髪に赤い瞳をした、美しい少年騎士の姿。
「君は下がっていてくれ。奴らは──俺が斬る」
『黄金世代』の首席にして、史上最年少で九番隊隊長に就任した少年。
ルーク・レグルがそこに立っていた。




