5 魔獣
魔神──。
それは、異界から召喚された超存在だ。
ガイアス帝国の一部の魔術師だけがこれを召喚し、使役できるという。
魔神の力は超絶無比と言われ、上位の魔神であれば単独で都市一つを滅ぼせるほどだと言われていた。
「その魔神の配下、か」
つぶやく俺。
「ああ。戦闘能力は推して知るべしだな」
リーザが固い表情でうなずいた。
「お前たちは援軍としてこの先の戦線に合流するつもりなのだろう? させんよ。そのために我が派遣された」
マンティコアがシワだらけの顔に笑みを浮かべた。
「さっき待ち伏せしていた騎士たちとは違うぞ、我は」
告げた瞬間、
ばきんっ!
音がして俺の手元の剣が折れ飛んだ。
「何──!?」
今、一体何をしたんだ!?
ばきんっ! ばきんっ!
さらに、他の場所でも次々と騎士たちの剣が砕けていく。
マンティコアの仕業か──。
「得体の知れない攻撃をする奴です。隊長、こいつは危険です!」
タックがおびえた顔でリーザに言った。
「いったん退いて、迂回路を探したほうが」
「……いや、もう遅い」
リーザが首を振る。
「うかつに逃げれば、背後から今の攻撃を受けることになる」
「な、なら、僕が時間を稼ぎます……」
タックが駆け出した。
「危険だ。お前は下がれ」
慌てて呼び止める俺。
これでは、さっきと同じパターンだ。
しかも敵は、さっきの騎士たちよりずっと手ごわいはず。
「……僕だって騎士団の一員なんですよ。時間稼ぎくらい──」
タックの顔には決意がみなぎっていた。
年若くても、そこは騎士。
戦う覚悟はできている、ということだろう。
だけど──だからこそ、危険に合わせたくない。
こいつはまだ十代の若者じゃないか。
「時間稼ぎなら、俺がやる。お前はリーザたちと一緒に逃げろ」
俺はタックを追いかけた。
こういうのは、年長者の役割だ。
だけど、振り向いたタックは首を左右に振る。
ふと、嫌な予感が走った。
「逃げろ、タック。俺が──」
「マリウスさんは戦力の要です。相手は得体がしれませんし、まずは僕が」
意外と頑固な性格だった。
タックは剣を構え、マンティコアに突進する。
俺も全力疾走するが、ほんの十メートルほどがやけに遠く感じた。
「ふん、思い上がりおって。簡単に時間稼ぎができると思うな」
魔獣がニタリと笑みを浮かべた。
「僕は、僕の役目を全うするだけだ──【四連突き】!」
発動する武器スキル。
タックの突き出した剣先が超高速で四つに分裂し、
ばきんっ!
その剣先が粉々に砕け散る。
「くっ……!?」
「終わりだ──【裂空】」
魔獣がニタリと笑ったまま、つぶやく。
「やめろぉっ!」
俺の絶叫は、間に合わない。
ぽんっ……!
やけに軽い音がして、タックの首が吹き飛んでいた。
あっさりと──。
あまりにもあっさりと、少年騎士は首なし死体と化して、その場に転がる。
「タック……!?」
俺は呆然と立ち尽くした。
唐突に実感する。
これは、戦争だ。
さっきまで普通に会話をしていた相手が──。
次の瞬間には、あっさり死んでいたって不思議じゃないんだ。
「分かっているのに……くそっ……!」
胸が痛くなる。
思った以上に動揺しているのが自分で分かる。
ここは戦場だ。
気持ちを乱していたら、次に殺されるのは俺だ。
立て直すんだ、気持ちを。
少しでも早く──。
「タック!」
リーザが叫んだ。
「よくも部下を!」
怒りの声とともに剣を振り上げる。
「【プラズマブレード】!」
振り下ろされた刀身から、光り輝く斬撃波が飛び出した。
「ほう、ランク3の攻撃スキルか。だが」
マンティコアがニヤリと笑う。
「【裂空】」
ふたたびスキルが発動すると、光の斬撃波はあっさりと吹き散らされた。
今まで俺や騎士たちの剣を砕いていたのも、タックの首を飛ばしたのも、今ほどリーザのスキルを迎撃したのも、すべてはこの【裂空】だ。
ようやく、完全に理解する。
「今のは、空間を超えて攻撃可能なランク3のスキルだ。攻防ともに使用可能な万能スキル──お前たちの攻撃は我には届かぬ」
勝ち誇るマンティコア。
「さあ、次はどいつだ。一人ずつ殺してやるぞ」
魔獣が俺たちを見据える。
「くっ……」
リーザが後ずさった。
その背後の騎士たちも、いちようにおびえた顔だ。
「空間を超えて攻撃する──か」
確かに、恐るべき能力だった。
いくら俺がスキルの力で超成長できるとはいえ、そんな人知を超えた攻撃に対応できるんだろうか。
──いや、待てよ。
タックとの戦いでレベルアップした際に、新しいスキルを得たじゃないか。
「俺が相手だ」
マンティコアの前に出る。
「マリウス?」
リーザが、そして他の騎士たちが驚きの表情を浮かべた。
「ふん、今のを見ても臆さぬとは。仲間を殺されて頭に血が上ったか? 冷静な判断もできぬとは、しょせんは愚かな人間だな」
「仲間……か」
俺はつぶやいた。
タックとは、ほんの一時間前に出会ったばかり。
仲間どころか、赤の他人と大差ないレベルかもしれない。
死んだところで、俺にはかかわりのないことかもしれない。
「だけど……だけどな」
あいつは帝国と戦うために勇気を振り絞っていた。
あいつには、あいつの戦う理由があった。
だけど、あっさりと殺されてしまった。
「残された人間は──それを継いでいかなきゃいけない。あいつの想いを──志を」
「なんの話だ?」
「お前には……分からない話だよ」
俺はマンティコアをにらんだ。
「みんなは手を出さないでくれ。こいつは俺が始末する」
リーザや二番隊の騎士たちに宣言する。
そうだ、一対一でカタをつけてやる。
……あの世で見ててくれよ、タック。
「ふん、我を始末するだと? いい気になるなよ」
マンティコアがせせら笑った。
「さっきの男は首を飛ばしたが、お前はどこを飛ばしてやろうか」
ぼっ!
音がして、俺の足元の地面がはじけ飛ぶ。
今のも【裂空】による攻撃か。
攻撃の瞬間が見えない。
見てから防御しては間に合わないし、そもそも空間を超えて飛んでくる攻撃を防ぐ手段など、通常ではあり得ない。
魔獣の名にふさわしい、超絶の攻撃だ。
だけど──。
「腕か? 足か? それとも内臓か? 好きな部位を選ばせてやるぞ」
「どれもごめんだな」
俺は無造作に歩みを進めた。
「まずは足だ──【裂空】!」
マンティコアが叫んだ。
さっきタックの命を奪った、空間跳躍攻撃だ。
俺には何も感知できないが、不可視の刃が俺の足を切り裂く──。
ばぢぃっ!
その瞬間、弾けるような音とともに足元で火花が散った。
「な、何……!?」
驚いた顔をするマンティコア。
「防御スキル【ディフェンダー】──発動から184秒間だけ、対象の周囲を防御壁が覆う」
俺はニヤリと笑い返した。
そして、その効果はランク5までの攻撃スキルを完全防御すること。
「お前の空間跳躍攻撃は通じない」
何度か見ているうちに気付いたんだ。
【裂空】は『マンティコアが笑みを浮かべた瞬間』に飛んでくる。
それがスキル発動条件なのか、奴の癖なのかは分からないが。
「いくら強力なスキルだからといって、何度も見せすぎだ」
攻撃が来る瞬間さえ分かれば、スキルで防御することは可能だった。
「ふん……時間制限つきの防御スキルなど怖くもなんともないわ。発動効果時間が過ぎた後で、もう一度【裂空】を食らわせるまで」
「なら、制限時間が来る前にお前を殺す」
言って、俺は地を蹴った。
「ほざけ! 近接戦闘能力だけでも、我は人間の数十倍の能力を持っておるわ!」
叩きつけられる爪を、尾を、俺はなんなく避けてみせた。
「なっ、速すぎる──」
「じゃあな」
刀身が半分に折れた剣をカウンター気味に繰り出し、マンティコアの首を刎ね飛ばす。
一閃──それで勝負ありだった。
「マンティコアをあっさりと──」
「し、信じられん、魔獣をたった一人で倒すなどと──」
騎士たちから驚きの声がもれる。
「……仇は討ったぞ、タック」
俺はかたわらに横たわる首なし死体を見つめた。
「タック……」
リーザも悲壮な表情でつぶやいた。
だが、すぐに表情を引き締め、
「進もう。こうしている間にも三番隊や四番隊は苦戦しているはずだ」
俺や他の騎士たちは静かにうなずいた。
そのとき、中空にまたメッセージが表示される。
『魔獣×1との戦闘に勝利、経験値2500を取得しました』
『スキル効果により経験値2500000として取得されます』
『総合経験値が1626000→4126000になりました』
『術者のレベルが45→61に上がりました』
『次のレベルまでの必要経験値は残り40400です』
『武器スキルを取得しました。詳細は別枠にて確認してください』
「今度は武器スキルか」
俺は詳細を確認し、ふたたび騎士団とともに森の中を進んだ。