11 新たな魔神
帝都──。
二人の『猛将』が城内で話していた。
一人は痩せた体に緑色の甲冑を身に付けた男──『緑の猛将』ラガッハ。
一人はグラマラスな体型に赤い甲冑をまとった美女──『赤の猛将』アリア。
「あんたの部下は王都に侵入したようね」
「ああ、アロンとカロン──双子のゼルガート兄弟は、俺がもっとも手塩にかけて育てていた部下だ。これくらいはやってくれるさ」
アリアの言葉に、ラガッハは小さくため息をついた。
大事な部下だった。
いずれは自分の片腕になってもらうべく、大切に育てていた。
彼らもそれに応え、腕を上げ、戦功を立て──ラガッハは二人に対して、大いに期待していた。
だが、魔剣は彼らを選んだ。
遠からず、二人は魔剣に精神を蝕まれて廃人となるだろう。
遠からず、再起不能になるだろう。
それが悔しく、寂しい。
「王都への侵入は内通者の手引きによるものかしら?」
「ああ、こちらに通じている王国の大臣や騎士は何人もいるからな。王都の地下につながる、古い坑道を使った」
答えるラガッハ。
「魔剣に適合したアロンとカロンの力は強大だ。今ごろ、王国の連中を蹴散らしているだろう」
「それは頼もしいわね」
「ただし……代償が、な」
ラガッハはもう一度ため息をつく。
「部下が何匹か死のうが、どうだっていいだろう? ん?」
目の前が、蜃気楼のように揺らいだ。
空間からにじみ出るようにして、スラリとした青年が現れる。
金色の髪を腰の辺りまで伸ばした、美しい青年だった。
確か名前はヅェルセイルといったか。
「お前らはいくらでも繁殖する。欲望のままにつがい、どんどん増えていくじゃないか」
嘲笑するヅェルセイル。
「お前……!?」
ラガッハは彼をにらんだ。
同時に、反射的に身構える。
魔神。
以前に出会ったルシオラやヴァイツとは別の個体だ。
「聖剣『アストライア』が奪取されたそうだ。お前たちは、ほとほと無能だな」
青年魔神が言った。
「なんだと……!?」
「人間どもなど、我ら魔神の敵ではないが──聖剣だけは別だ。あれを使いこなせる人間は魔神の脅威たりうる」
ヅェルセイルは秀麗な顔をわずかにしかめた。
「『アストライア』に呼応した二本目の聖剣の反応を、俺は感知できた。おそらく光の属性を持つ聖剣『ヴァイス』だろう。今からそこに向かう」
「魔神が、自ら……!?」
「ようやく行動許可が下りた。我ら魔神が直接行動すれば、人間どもなどゴミ同然。聖剣は私が奪うか、あるいは破壊してこよう」
と、魔神。
「お前たちは来なくていいぞ。足手まといにしかならないだろう? ん?」
「我ら人間をあまり見下さないでほしいわね」
食って掛かったのは、アリアだ。
「いくら魔神といっても──」
「人間ごときが俺に意見するか」
ヅェルセイルの右手が一瞬、ぼやけた。
いや、それは視認すら困難な超速で動いた軌跡だ。
「きゃあっ!?」
一瞬の後、アリアの悲鳴が響く。
彼女が身に付けている赤い甲冑が、紙きれのように切り裂かれていたのだ。
筋肉質ながら、丸みのある艶めかしい裸身があらわになった、
「ふん、戦士として一端の口を利きたいなら、せめて女を捨ててみろ。裸に剥かれたくらいで羞恥心を覚えるようでは──ぬるいわ」
「くっ……!」
「まあ戦いの役には立たんが、欲望を鎮める役には立ちそうだな」
ちろり、と舌を出して唇をなめす魔神。
欲情のこもった視線が、アリアの裸体を這い回る。
「戯れに抱いてやろうか? ん?」
「お前……!」
ラガッハは反射的に前に出た。
魔神の視線から彼女の裸を隠すように。
「なんだ、この女に惚れているのか?」
ヅェルセイルの笑みが深まった。
「……馬鹿な」
思わず言葉を詰まらせつつも、ラガッハは魔神をにらんだ。
「お前たち魔神は皇帝陛下のしもべだろう。俺たち猛将は陛下直属。態度には気をつけてもらいたいな」
「ははははは! 皇帝の威を借りねば、何も言えない腰抜けが」
「貴様ぁ!」
度重なる挑発と侮辱に、ラガッハは怒声を上げた。
腰の剣を抜き、斬りかかる──。
「やめておけ。死にたくないなら、な」
魔神の声は背後からだった。
首筋に冷たい何かが押し当てられている。
刃のように尖った、魔神の爪だ。
「っ……!」
ラガッハの動きが止まった。
魔神は人知を超えた存在だ。
だが、ヅェルセイルのスピードはあまりにも異常だった。
いくら速くても、残像程度は見えるはず。
だが、ラガッハの目をもってしても何も見えなかった。
瞬間移動の類でも使われたかのように。
あるいは、スキルを使ったのか──。
「スキルではない。今のは単純なスピードの問題だ」
ヅェルセイルが笑う。
「人間ごときに、この俺が全力を出すなど大人気ないからな。スピードだけ──本来の三割程度の速さで動いてみた」
ふたたび魔神の姿が消える。
「んぐっ……!?」
今度はアリアの側に移動していた。
まるでラガッハに見せつけるように、彼女の唇を奪っている。
「や、やめて……っ!」
「ははははは、意外に女らしい反応をするじゃないか」
楽しげにアリアの唇を吸いつけた後、ヅェルセイルはゆっくりと体を離した。
「そろいもそろって、俺のスピードを視認すらできんとは。猛将が聞いて呆れる」
(これで三割……だと……!? 化け物め)
魔神の身体能力は圧倒的だ。
それに加え、人間をはるかに超えた強大な魔力や、人間では扱えないランク7スキルを使役するという──。
「まあ、いい。俺はそろそろ行かねばならん。聖剣『ヴァイス』を得るために」
ヅェルセイルは、かつ、かつ、と足音を立て、ラガッハたちの下から去っていく。
すでに怒りや闘志は失せていた。
見逃してもらえた──。
その安堵感だけがあった。
そんな安堵感を覚えてしまうことが、何よりも屈辱だった。
そして──。
「くっ……」
アリアは悔しげに自分の唇を手の甲でぬぐっている。
よほど嫌だったのか、裸身を隠すことすら忘れて。
口づけの感触を払い落とそうとするかのように、何度も、何度も。
今は、王国との戦いのために魔神やその配下である魔獣の力を借りるしかない。
だが、いずれ必ず──。
次回から第6章『王都激闘』になります。
2~3週間ほどお休みをいただいてから更新再開予定です。
今しばらくお待ちくださいませm(_ _)m
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