10 一掃
「【氷竜裂破】!」
「【アローブレード】!」
サーシャとジュードがそれぞれ攻撃スキルを放った。
氷の竜と無数の斬撃波が、前方のトレント群に叩きつけられる。
轟音とともに、すさまじい爆発が起こった。
「効かない……!?」
うめいたのは、サーシャだ。
トレントはまったくの無傷だった。
奴らが前方に張り巡らせた無数の枝が防御壁となり、スキルの威力を完全に防いでしまったのだ。
「なら、これで──【バーストボルテックス】!」
今度はクルスの攻撃スキルが飛んだ。
闘気の溜めに時間がかかるものの、威力絶大の一撃。
対ワイバーン戦では、決め手になった高火力攻撃スキルである。
だが──。
それすらも、枝の防御壁にすべて防がれてしまった。
「硬いな」
思わずつぶやく俺。
生半可なスキルでは、あの防御を破れそうにない。
ならば、手は一つ──。
「十二番隊、全員下がれ」
俺は部下たちに命じた。
「絶対に前に出るな。防御と援護に徹するんだ。いいな?」
「……隊長はあたしたちの力を信じてくれないのですか」
サーシャがたずねた。
どこか悲しげな顔で。
「確かに、な。さっきは俺たちに任せてくれましたよね」
「隊長には及ばないかもしれませんが、俺たちだってやりますよ」
クルスやジュードは少し不満げだった。
「前に出るな、と言った」
俺は再度告げた。
なまじエリートだけに、サーシャたちは己の力に絶対の自信を持っている。
だから、退かせるには相応の理由が必要だ。
半端な理由では納得してくれないし、彼女たちのプライドを無駄に傷つけることにつながりかねない。
「お前たちの実力は認めている。信用もしている」
俺はゆっくりと諭した。
「だが、相手は得体が知れない化け物だ。防御力も高い。既知のモンスターや帝国の兵を相手にするのとはわけが違うんだ」
経験は積ませてやりたいが、魔獣の類といきなりの実戦は危険が大きすぎる。
「ここは俺が、トレントをまとめて斬り払う」
「ですが、奴らの防御力はいくら隊長でも──」
「まあ、ここは任せてくれ」
俺はサーシャたちに言った。
別に虚栄心とかじゃない。
この場で必要なのは、高火力広範囲系の攻撃スキル。
奴らを一撃で斬り払えるほどの──。
それができるのは、俺しかいない。
「今からデカいのを一発ぶっ放す。全員、備えろ」
俺はその場の全員に言った。
トレントたちを一掃するには、あのスキルしかない。
異空間で会得したランク7スキル──【破軍竜滅斬】。
威力は折り紙つきである。
ただし、周囲にどれくらいの衝撃が吹き荒れるのかも分からない。
「防御スキルを使える者は、自分自身と周囲の人間をできるだけ守ってくれ」
と、注意しておく。
レベル400超の竜神をも打ち倒した超火力スキルだけに、使いどころを見極めないと、味方にまで被害が出かねない。
二番隊と十二番隊の騎士たちが、【ガードⅢ】や【リアクトベール】など、複数の防御スキルを発動させる。
よし、準備は整ったな。
「【破軍竜滅斬】──増幅紋章配置」
俺は剣を掲げた。
前方に、翡翠色に輝く紋章が出現する。
その数は、二つ。
「前回と数が違う……?」
「この間の戦いで、レベルが上がったでしょ? それで紋章が一つ増えたんだよ、おじさん」
すぐそばで声が響いた。
姪のメルが、いつの間にか俺の側に寄り沿っている。
美しい裸身は半透明で、向こう側の景色がかすかに見えていた。
彼女は本物のメルではなく、スキルの導き手なのだという。
それでも、メルそっくりの姿や態度で側にいてくれると気持ちが自然と落ち着く。
「だからスキルの威力もそれだけ上がるの。【闇】の疑似魔獣程度なら敵じゃないよ」
にっこり笑うメル。
紋章の役割は『攻撃力の増幅』。
俺の斬撃波が紋章を通過するたびに、その威力が増幅されるのだ。
「じゃあ、さっさと片付けるか」
「だね」
俺とメルはうなずきあった。
トレントたちの動きが止まる。
警戒するように枝を揺らし、自分たちの前方に枝を編み上げた防御壁を作り出した。
「だが、無駄だ。【破軍竜滅斬】──斬撃波放出!」
剣を、振り下ろす。
放たれた斬撃波が前方に浮かぶ二つの紋章を通過した。
同時に、輝きを増した斬撃波はトレントの群れを飲みこみ、斬り散らし、消滅させる。
連鎖的に弾ける爆光。
視界が、真っ白な輝きに覆われた。
「すさまじいスキルだな、これは……」
リーザが驚きとも呆れともつかない表情で俺を見た。
「私も聖剣を得て、かなり強くなったと思うが……君には到底届かない」
オルドの大森林は、斬撃波の進行方向に沿って消滅していた。
幅数十メートルの通路ができた感じだ。
「紋章が一つ増えたから、火力もかなり上がったわけか……」
俺自身も驚きの威力だった。
このスキルを何度かぶっ放せば、大森林自体が消滅してしまうのではないだろうか。
帝国との攻城戦などで、絶大な威力を発揮してくれそうだ。
──ともあれ、今は。
「今度こそ任務完了だな。一人も欠けることなく聖剣を得ることができて嬉しく思う」
俺は十二番隊のメンバーを、そしてリーザや二番隊の騎士を見回し、言った。
「王都に帰ろう。みんな、尽力に感謝する」
リーザが続ける。
──王都が魔剣士と魔獣に襲われていると知ったのは、帰途について数十分後のことだった。