8 リーザ
リーザ・フォレストは孤児だった。
幼いころは、貧民街で泥をすすりながら生きていた。
そんな中、とある事件がきっかけで一人の暗殺者に拾われた。
彼女の名はファルメラ。
本名なのか、通称なのかも知らない。
年齢も分からない。
そして、なぜリーザを拾ったのかも。
本人は『ただの気まぐれよ』と言っていたが、その真意を知ることはついぞなかった。
ともあれ、リーザは彼女からさまざまなことを教わった。
中でも、暗殺技法を始めとした戦闘技法は徹底的に叩きこまれた。
あのまま進めば、自分はファルメラと同じ暗殺者になっていただろうと思う。
社会の暗部で生き、どこまでも『闇』に落ちていったのだろうと思う。
そんなリーザが、紆余曲折を経て──王国を守る騎士団の隊長をしているのは、なんとも皮肉な話だ。
『闇』に進むはずだった自分が、多くの人を守る『光』の道を歩んでいる。
──私の本性はどちらなのだろう?
時折、彼女は考える。
人を殺すことを生業とする暗殺者か。
人を護ることを使命とする騎士なのか。
いまだにその答えは出ない。
そして今、リーザは『光』の象徴ともいえる聖なる剣を手にしている。
自らにその資格があるのか、今はまだ分からない。
──我が力を振るえ。
聖剣『アストライア』の意思が、リーザの中に流れこんできた。
どくん、どくん、と剣全体がまるで生き物のように脈打っている。
──汝の敵は、すなわち我が敵。
──我が力もて、討ち払え。
──そのための力を、我は汝に与えよう。
──さあ、千年ぶりの戦を我に味わわせてくれ。
「力を、与える……か」
つぶやき、リーザは前に出る。
ちょうどマリウスが敵の上級騎士二人を続けざまに倒したところだ。
このまま彼に任せていれば、一人で帝国の部隊を全滅させかねない勢いだった。
「待ってくれ、マリウス。私に戦わせてくれないか」
「リーザ?」
振り返った中年騎士の顔は戦意がみなぎり、精悍だった。
初めて会ったときは、平凡な農夫という印象しかなかった男だ。
だが、幾多の戦いを経て騎士としての心構えを身に付けたのだろう。
たった一月あまりで、まるで歴戦の戦士のような風格さえ感じさせる。
「聖剣が語りかけてくるんだ。千年ぶりに刃を振るってほしい、と」
リーザは剣を構えて、帝国の部隊を見据えた。
「ちょうどいい機会だ。聖剣の試し斬りといこう」
それは同時に、自分自身を試すことでもある。
『光』の力を振るうのにふさわしい人間なのか、どうか。
この戦いで見極める。
「相手は数が多い。俺も一緒に戦った方が──」
「君の強さはよく知っている。だからこそ、頼らずに戦いたいんだ」
リーザはマリウスの提案に首を振る。
「……気をつけろよ」
彼の言葉にうなずき、前へ出た。
「ミランシア王国聖竜騎士団二番隊隊長リーザ・フォレスト。任務完遂のため──お前たちを全員この場で斬り伏せる」
凛と宣言する。
「へっ、若い女の騎士様かよ!」
「なかなかの上玉じゃねえか!」
「生かして捕えて、俺たち全員でたっぷりと楽しませてもらうか、ひひひ!」
帝国兵たちがいっせいに下卑た笑い声を上げた。
欲情を含んだねっとりした視線が、全身を這い回るようだった。
おぞましさに鳥肌が立つ。
「お前たちに肌を許すくらいなら、私は死を選ぶ」
リーザは冷然と言い放った。
「だが、ここで死ぬのはお前たちだ──【プラズマエッジ】」
ナイフの形をした斬撃波を聖剣から放つ。
【プラズマエッジ】
斬撃波発射系統のランク2スキルで、威力はそれほどではないが、速射性に優れている。
輝くナイフ型の斬撃波が帝国兵たちの前方で弾け──。
ぐごぉぅっ!
爆音とともに十数人の兵がバラバラに切り刻まれて、吹き飛んだ。
「これは……!?」
驚きの声を上げるリーザ。
本来は牽制などに使うことが多い【プラズマエッジ】が、ほとんど一撃必殺級の威力を発揮するとは。
「力が湧いてくる……! 今までよりも、圧倒的に」
「聖剣の力でお主の力は上がっているのだ。当然スキルの威力も、な」
聖剣『アストライア』から声が響く。
「それは頼もしいな」
勝てる、という自信が心の奥底から湧いてくる。
自分の力が、速さが、精神が、闘気が──。
すべての能力が圧倒的に底上げされていくような高揚感があった。
「わらわはすでにお主のもの。さあ、存分に使い、存分に振るえ」
「では遠慮なく──聖剣スキル【虹の雨】!」
掲げたリーザの剣から、虹色の輝きが一直線に伸びた。
天空の雲にまで届いたその輝きは、スキル名の通り、無数の雨となって降り注ぐ。
初めて使うスキルだが、聖剣から流れてくる知識のおかげで、まるで熟練のスキルのように使いこなすことができた。
「があっ!?」
「ぐあっ!?」
五十人近い帝国兵が虹の刃に貫かれて絶命した。
「ば、馬鹿な……たった一人を相手に、こんな──」
かろうじて先ほどの攻撃を避けたらしい二人の上級騎士が、そして百人近い兵士たちがいっせいに後ずさる。
「【攻撃力増幅】」
リーザが聖剣を手に告げた。
圧倒的な力を得てなお、彼女は冷静だった。
どこまでもクールに力を振るい、敵を掃討する。
それは、暗殺者時代に培った精神である。
「【闘気収束】」
手にした聖剣が、ひときわまばゆい光を放った。
「【プラズマブレード】!」
放った黄金の輝きは、上級騎士たちを、そして帝国兵の大半を飲みこみ、跡形もなく消滅させた。
「これが聖剣の力か……!」
リーザは、ふうっ、と息をついた。
聖剣の力──どうやら、思っていた以上のようだ。
私は、強くなった。
その確信は強烈な悦びとなって全身を駆け巡った。
どうせなら、もっと殺したい。
もっともっと殺したい。
一人残らず殺したい。
唐突に吹き上がった殺意が、彼女の意志を塗りつぶそうとする。
(何を考えているんだ、私は)
リーザは首を左右に振った。
胸の鼓動が急激に高鳴る。
(虐殺を望むわけじゃない。私はあくまでも──)
騎士として、戦う。