7 聖剣アストライア2
虹色に輝く聖剣を手にしたリーザを、俺は無言で見つめていた。
きらびやかな剣を掲げた、美しき女騎士。
おとぎ話のように、絵になる光景だ。
思わず見惚れてしまう。
一方で、先ほど見た光景が気になっていた。
過去に暗殺者をしていたらしい、リーザの少女時代が。
俺がリーザと出会って、まだ一か月と少し。
基本的に、騎士としての彼女しか知らない。
俺より二十歳近くも年下の彼女は、あるいは俺よりもずっと過酷な人生を歩んできたんだろうか──。
いや、今はリーザの過去を詮索しているときじゃないな。
「これでお前が聖剣『アストライア』の所有者になったわけか」
「ああ、魔神はもちろん魔獣相手にも役立ってくれそうだ」
俺の言葉に、リーザは虹色の剣を手にうなずいた。
まずは、一本。
残る聖剣は六本だ。
すべてそろえられるか分からないし、そもそもこの世界のどこにあるのかも分からない。
「そうだ、他の聖剣の場所は分からないのか、アストライア」
俺は聖剣『アストライア』に声をかけた。
返答は、ない。
「アストライア?」
重ねてたずねる。
「わらわの主はリーザじゃ。おっさんの質問にいちいち答える義理はない」
聖剣からそっけない声が響いた。
「お主が美少女なら、もう少し親身になるのじゃが」
なかなか面倒な性格をしているようだ。
「……リーザから聞いてみてくれないか」
「分かった」
リーザはかすかに苦笑し、
「アストライア、私からの質問なら答えてもらえるか」
「もちろんだ。なんでも聞いてくれ。美女や美少女のアプローチなら大歓迎じゃからの」
「別にアプローチはしないが……」
「何っ? めくるめく百合展開が始まるのではないのか? わらわはちょっと期待してしまったぞ」
「ゆ、百合展開……?」
俺とリーザは思わず顔を見合わせた。
「ま、まあ、よく分からないがともかく……」
さすがのクールな女騎士も顔を少しこわばらせつつ、
「他の聖剣の場所が分かるなら教えてくれ」
「百合展開はまた今後にするかの……探知すればいいのじゃな」
ぶつぶつとつぶやきつつ、聖剣が答えた。
「とはいえ、千年前の魔神王戦で七聖剣は散り散りになってしまったからの。とりあえず、元の場所に戻ってから探知してみよう」
言うなり、周囲の風景が切り替わった。
うっそうと茂る木々。
元の、オルトの大森林に戻ってきたようだ。
サーシャやクルス、ジュードらの姿もある。
「隊長……!?」
「消えたと思ったら、また現れた……?」
反応から察するに、異空間に呼び寄せられたのは、やはり俺とリーザだけらしい。
「驚かせてしまったな。聖剣は私が入手した」
リーザが虹色の剣を全員に見せた。
同時に、先ほどまで大樹のふもとに刺さっていた方の聖剣が、すうっ、と薄れて消える。
「おおお!」
「さすがはリーザ隊長です!」
二番隊の騎士たちが喝采した。
と、
「──隊長、高熱反応が接近してきます!」
ふいに叫んだのは、ニーナだった。
彼女の【探知】スキルが何かを捕らえたんだろう。
次の瞬間、前方が赤く染まる。
巨大な光球が木々を吹き飛ばしながら迫っている──!?
「ちいっ、【インパルスブレード】!」
俺はとっさに斬撃波を放ち、光球を吹き飛ばした。
「選りすぐりの騎士30人分の【フラッシュボム】を一撃で弾き飛ばしただと……!?」
前方から驚いたような声が聞こえてくる。
吹き飛んだ木々の向こうから、数百人の兵士たちが現れた。
これだけの兵が、今までどこに潜んでいたのか。
あるいは【隠蔽】系のスキルで隠れていたのかもしれない。
「ガイアス帝国兵……!」
帝国側も聖剣を手に入れるために、精鋭を派遣している可能性がある──。
間諜の報告を思い返す。
兵士たちの先頭には四人の騎士がいる。
壮年の男、青年、少年、そして若い女。
甲冑についた紋章からして、いずれも上級騎士のようだ。
「我らは聖剣を手に入れようとしたが、そいつはどうやっても抜けなくてな。お前たちがもし抜けるようなら……と見張っていたのだ」
上級騎士の一人が笑う。
「引き抜いてくれて礼を言うぞ。さあ、そいつを渡してもらおうか」
「少人数で来たのが、貴様らの運のつきよ」
「聖剣といえど、この人数相手ではどうしようもあるまい?」
他の上級騎士たちが威嚇するように剣を向けた。
「私たちを利用したつもりか?」
リーザが冷然と告げる。
これだけの人数を前にしても、動揺の様子は微塵もない。
いつも通りのクールな女騎士ぶりだ。
「そうとも。お前たちが聖剣を手に入れてくれれば、我らが奪う。お前たちが失敗したところで、王国に聖剣が渡らなければ、とりあえずは十分だ」
「どう転んでも、我らの利に働く──」
「【ソードラッシュ】」
上級騎士たちの得意げな台詞をみなまで言わせず、俺は高速で接近しての連撃を放った。
狙ったのは、壮年の男。
「がっ、はぁっ……!?」
不意打ちにまったく反応できなかったらしく、そいつは俺の剣によって切り刻まれ、一瞬で絶命した。
「悪いな。隙だらけだったんで殺した」
俺は剣を振って血のりを払う。
「それと忠告だ。あんまり調子に乗ってべらべらと話すものじゃない。戦場では、な」
「ひあぁっ!?」
続いて、その近くにいた若い女騎士も切り捨てる。
「くっ、なんだこいつは──」
「動きが、異常に速い……速すぎる!」
残る二人の上級騎士が、そして兵士たちが青ざめた顔で後ずさった。
俺は容赦せず、さらに追撃をかけようとした。
「待ってくれ、マリウス」
その背後から声をかけたのは、リーザだった。
「私に戦わせてくれないか」
「リーザ?」
「聖剣が語りかけてくるんだ。千年ぶりに刃を振るってほしい、と」
女騎士は虹色の剣を構えた。
凛とした顔で、帝国の部隊を見据え、
「ちょうどいい機会だ。聖剣の試し斬りといこう」