5 中心部へ
「カリナさん……!」
石化して砕け散った女騎士を、ウェンディは呆然と見つめた。
無数の欠片と化した彼女は、もちろん即死だ。
あっという間に風化して灰になり、風に散っていく。
「魔剣スキル『石化』。名前の通り、対象を石に変えてしまうスキルだ」
「石化成功率は、対象のレベルやステータス、精神面の強さによって増減する」
「君たちのような猛者なら、ある程度の確率で石化を無効化できるだろうが……」
「彼女は運が悪かったか、精神力が貧弱だったか……ふふ」
交互に説明する双子剣士。
「次は君たちの誰かがこうなる」
と、最後に唱和する。
わざわざ手の内を明かしたのは、スキルの詳細を知らせることで、ウェンディたちの恐怖感をあおろうというのか。
「ボクは……逃げない」
ウェンディは震える手で剣を握り直した。
確かに『石化』は恐るべきスキルだ。
だが──だからこそ、彼らはここで食い止めなければならない。
仮に勝てなかったとしても、民が避難するための時間を少しでも稼ぐのだ。
(怖い……)
こみ上げる恐怖感を押さえることはできない。
きつく唇をかみしめた。
強く息を吐き出した。
(隊長、ボクに勇気を与えてください)
半ば無意識に思い浮かべたのは、マリウスの顔。
いつでも頼もしく、誰よりも強い、中年騎士の顔。
「ジネットさんは一般市民の避難誘導を! 奴らは、ボクが食い止めるっ!」
凛々しく叫び、ウェンディは彼らに向かっていった。
命がけの突進だった。
※
ワイバーンやサイクロプスを撃破した俺たちは、オルトの大森林の中を進んでいた。
ここからは馬車を下り、徒歩での進行だ。
森の中もどんなモンスターが生息しているとも限らない。
基本的に、それほど強力なモンスターはこの辺りにはいないはず。
だが、実際に先ほども森に入る前にワイバーン、サイクロプスというそれなりに戦闘力の高いモンスターに襲われた事実もある。
偶然なのか、それとも帝国側が何かしたのか。
いずれにせよ、警戒する必要があった。
と、
「どうでしたか、あたしの戦いは?」
サーシャが俺の隣までやって来て、たずねる。
ふわり、と鼻先に清潔感のある匂いが漂ってきた。
年甲斐もなく、少しだけドキッとする。
「ああ、見事だったよ。クルスやジュードも。期待以上だ」
俺は全員を見回して言った。
「ニーナの探索も精度が高いし、お前たちを選んでよかったよ」
部下たちをねぎらう。
もともと、口下手な方で人付き合いもそれほど得意じゃない俺だが……今はまがりなりにも『隊長』だからな。
「ありがとうございます」
サーシャはあいかわらずクールで無表情──かと思いきや、口元がわずかにほころんでいた。
今の俺の言葉が嬉しかったらしい。
クルスやジュード、ニーナもそれぞれ程度の差はあるが、笑顔だ。
「あたし、以前から隊長ともっとお話したいと思っていました。昨日は差し出がましいと思いつつも、執務室まで押しかけてしまい……申し訳ありません」
サーシャが言った。
頬が、少し赤い。
昨日のことを気にしていたんだろうか。
「いや、進言はありがたいし、意見があれば遠慮なく言ってほしい」
「では、今後もまた話しかけてもよろしいですか」
「同じ隊なんだから当然だろう」
微笑む俺。
サーシャもふたたび口元をほころばせる、
「ふん、女を武器にして隊長に取り入るつもりじゃあるまいな?」
クルスが腕組みをして俺たちをにらんだ。
「隊長はおそらく、そういったことに惑わされる方ではあるまい。気配で分かる。だが、だからといって余計なことはするなよ、サーシャ」
「……なんですって」
サーシャの目付きが険しくなった。
「さっきからお前は、個人的な行為で隊長に話しかけているように見えてならないんでな」
「あたしはあくまでも部下として話しかけています。恋愛感情などではありません」
「どうだか」
「それはあたしに喧嘩を売っていると解釈してよろしいのでしょうか」
「俺はただ注意しているだけだ」
「それくらいにしておけ」
俺は苦笑交じりに、二人に言った。
戦闘でのコンビネーションは見事だったが、いざ戦いを離れてみると、あまり馬が合わない二人らしい。
「そうだぞ、二人とも」
ジュードも一緒になだめ役に回ってくれた。
「申し訳ありません、隊長。クルスもちょっと勝ち気に過ぎるだけで、根は真面目なんです」
「ああ、正義感の強い好青年だと聞いている」
と、俺。
……気が強いのは、確かだが。
「性格的に合う合わないはあるんだし、全員が友人になる必要はない。ただ任務における目的意識だけはしっかりと共有していきたい。そこが揺らがなければ、チームワークが揺らぐことはない」
クルスやジュードと同じ『黄金世代』のサーナやララは、あえなく殺されてしまった。
たとえ優れた戦闘能力を備えたエリート騎士でも、わずかな油断や計算違いから命を落とすことはあり得るのだ。
俺はこれ以上、目の前で仲間が死ぬのを見たくなかった。
騎士として戦争に参加している以上、避けられないことではあっても──。
一人でも少なく、限りなくゼロに近く。
俺は、仲間を守りたい。
と、そのときだった。
「見てくれ、あれを──」
リーザが前方を指し示した。
木々の間から、虹色の輝きがあふれていた。
俺たちはその光源に近づいていく。
おそらく、あれは聖剣の発する光なんだろう。
やがて塔を思わせる巨大な樹木が見えてきた。
その根元に、一本の剣が突き刺さっている。
虹色に輝く、剣。
「やはり、聖剣のようだ」
リーザがつぶやく。
「古文書の通りなら、おそらくは『虹の聖剣』かと」
説明したのはサーシャだ。
「虹の……?」
「いにしえに魔神王を封じたという七本の聖剣。光、風、炎、虹、星、竜、虚無──七つの属性を持つ聖剣の一振り。虹の聖剣『アストライア』」
俺の質問に、サーシャは謳うように告げた。
次回は8月7日更新予定です。
別作品の書籍化作業の締切りが近づいてきたので、当面は2~3日に1話更新ペースになります(´・ω・`)
感想返信も止まったままですみません……全て目を通させていただいてます。とても励みにしておりますm(_ _)m