3 見守る戦い
ワイバーン。
飛竜とも呼ばれ、最強のモンスターである竜の眷属だ。
竜ほどの絶大な攻撃力や耐久力は持っていない。
だが、飛行能力に優れ、高速での飛翔や滑空移動からのブレス攻撃を得意とするワイバーンは厄介な相手である。
空中への攻撃手段がなければ、まず対抗できない。
近接攻撃が主体の俺としても、比較的苦手な相手といえるだろう。
斬撃波を放つスキル【インパルスブレード】辺りを命中させれば、おそらく一撃で落とせるはずだが……。
俺は剣を手に、馬車の外に視線を向けた。
サーシャたちは数メートル前方で構えている。
すでに戦闘態勢だった。
最前列がサーシャ、一列後ろにジュード、最後方にクルス、という布陣だ。
「気をつけろよ、三人とも」
半ば祈るようにつぶやいた。
自分で戦うよりも、部下の戦いを見守る方がずっと緊張する。
やはり連携を試すだの、実戦経験を積ませておくだの、甘い考えなんだろうか。
よぎる不安を、俺は頭の片隅に追いやった。
いちいち危険を避けて、俺が全部排除していたら、部下たちの成長はない。
すべての敵を俺一人で片付けるというのは、さすがに非現実的だ。
成長の機会があるなら、部下にもそれを体験させ、強くなってもらう──。
それが、最終的には俺たち全員の生存率を上げることにつながるんだろう。
おそらく、は……。
とはいえ、もちろん彼女たちが危機に陥ったときは、いつでも援護のスキルを放てるよう準備をしておく。
同時に、流れ弾がこちらに来たときは俺自身とニーナを守れるようにしておかないとな。
「──では、打ち合わせ通りにいきましょう」
サーシャが他の二人に目配せする。
すでに戦法の相談は済ませたようだ。
「しくじるなよ、ジュード、サーシャ」
「当然」
「もちろんです」
クルスの言葉にうなずくジュードとサーシャ。
ワイバーンは全部で五体。
V字型に編隊を組み、こちらに向かってくる。
「作戦開始です」
「いや、待て。なぜお前が仕切る」
クルスが不満げに言った。
「私がこの中では最上位の席次ですから」
「……そ、それは、まあ」
平然と告げるサーシャにクルスがたじろぐ。
「はは、誰が仕切ってもいいじゃないか。この三人で目標をすべて仕留めよう」
なだめるジュード。
「おいおい、仲間割れしている場合か……」
ますます心配になる。
「見守るっていうのは、もどかしいな」
剣を握る手に、思わず力がこもった。
「大丈夫ですよ、隊長」
隣でニーナが言った。
「みんな、強いですから。戦いになればちゃんと呼吸を合わせられます」
「だといいんだが──」
俺はため息交じりに、三人を見つめる。
「まずはあたしが」
サーシャが剣を掲げた。
「【氷竜裂破】!」
剣先から氷の竜が飛び出し、ワイバーンに襲いかかった。
空中をうねりながら進んだ氷竜が、ワイバーンの一体に絡みつき、氷結させる。
「砕けろ」
サーシャの声とともに、そのワイバーンは粉々になった。
残り、四体。
今のスキルは連射できないらしく、サーシャは次の攻撃を放とうとしない。
「ジュードさん、お願いします」
「ああ、近づけさせない──【アローブレード】!」
サーシャの声にうなずいたジュードが二本の小剣を振り回した。
放たれる、無数の斬撃波。
百近い斬撃波が文字通り矢のように飛んでいき、ワイバーンたちを牽制する。
「はああああああああっ!」
ジュードはなおもスキルを放った。
致命傷を与えるほどの威力はないようだが、とにかく手数と速射力が高い。
矢継ぎ早に放たれる【アローブレード】が、ワイバーンを一体も近づけさせない。
「待機時間が過ぎました。あたしがもう一体落とします」
サーシャが剣を掲げ、先ほどと同じく氷の竜を撃ち放つ。
二体目のワイバーンが砕け散った。
残り、三体。
が、さすがにいつまでも牽制し続けるのは難しいらしく、【アローブレード】の斬撃波群をかいくぐって、ワイバーンたちが距離を詰めてきた。
「時間稼ぎは十分だ。後は俺がやる」
進み出たのは、巨大なクロスボウを構えたクルスだ。
膝立ちになり、空中を翔ける三体の飛竜に狙いを定め、
「消し飛べ雑魚ども──【バーストボルテックス】!」
青白い光芒が、周囲を真昼よりも明るく照らし出す。
渦を巻きながら突き進んだ光線が、三体のワイバーンをまとめて消し飛ばした。
たったの、一撃で。
「ひゅうっ、さすがはクルスだな」
おどけたように口笛を吹くジュード。
「当然だ。あの程度の敵など、一撃で十分」
クルスが得意げに鼻を鳴らす。
「ただ、闘気を溜めるのに時間がかかるスキルだからな。お前たちが足止めしてくれたおかげだ。感謝する、ジュード……それと、その、サーシャも」
照れたのか、わずかに視線を逸らすクルス。
「なーに、いつものことだろ。俺が牽制、お前がとどめ」
「あたしはあたしの役割を果たしたまでです」
ジュードがニヤリと笑い、サーシャは冷然とうなずいた。
「ニーナの言った通りだったな」
俺は自然と微笑んでいた。
普段は三人仲良しとは言えないかもしれないが、戦闘においては息が合っている。
「いいトリオだ」
「はい」
ニーナもにっこりとうなずく。
今後の探索任務でも安心してサポートを任せられそうだった。
二番隊の方も連携してモンスターを倒したようだ。
俺たちはふたたび馬車に乗り、進んだ。
やがて数時間後、オルトの大森林に到着する。
前方にはうっそうと茂る木々。
リアン公国との国境に沿って広がる、まさに大森林である。
「さっそくだがニーナ、聖剣の位置を探知してみてくれ」
「はい、やってみます」
「二番隊にも探知スキルを得手としている騎士がいる。二人で協力して探知させてはどうだろう」
と、リーザ。
「そうだな。頼めるか、二人とも」
「了解しました」
ニーナと、二番隊から進み出た中年の女騎士が同時にうなずく。
「【探知Ⅲ】──」
二人は同時に、探知系の上級スキルを使用した。
「あ……感じます……森の中心部に……」
「強大な聖なる力……おそらく……いえ、間違いなく聖剣でしょう」
「では、進もう。大森林の中心まで」
リーザが前方の森を指し示す。
俺たちはオルトの大森林に向かって歩き出した。
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