10 破軍竜滅斬
ランク7スキル、【破軍竜滅斬】。
暫定的に授けられたスキルを、この局面で使いこなす──。
今、最強のブレスを放とうとしている竜神に勝てる可能性があるとしたら、それだけだ。
「だが、外せば終わりだぞ。【破軍竜滅斬】の待機時間は1日だ」
竜神が静かに告げた。
俺の心を読んだように。
プレッシャーをかけるように。
「連続では使えん。失敗すれば、お前にもはや勝ち目はない」
俺はゴクリと息を飲んだ。
確かに、その通りだ。
この一撃で勝負は決まる。
【破軍竜滅斬】を外せば、次の一撃は明日まで撃てない。
となれば、後は正面からの力勝負しかない。
まともな勝負では、レベル113の俺がレベル400超の竜神に敵うはずもない。
俺は銀色の大剣を握り直した。
両手が汗ばんでいるのが分かる。
グリップが滑りそうになる。
「あたしがついてるよ、おじさん」
メルが俺を安心させるように微笑んだ。
ギュッと抱きついてくる。
子どものころ、幾度となくそうしてきたように。
「あたしにできるのは、こうしておじさんに寄り添うことだけ。でも、それで少しでも勇気づけられるなら──」
「……ありがとう、メル」
俺は微笑み返した。
あのころに、戻ったような気持ちだ。
二度と帰らないと思っていた日々が、突然よみがえったような安堵感と郷愁。
そして、温かな癒しが俺の心を満たす。
気持ちが、不思議なほど落ち着いていく。
焦りも、不安も、恐怖も、すべてが消えていく。
メルは──メルこそが、俺にとっての勝利の女神なのかもしれない。
「いくぞ……【破軍竜滅斬】発動」
俺は静かに唱えた。
ヴ……ン!
剣が鳴動し、羽虫がうなるような音を発する。
同時に、光が弾ける。
「これは──」
10メートルほど前方に、巨大な紋章が浮かびあがった。
スペードを意匠化したようなデザイン。
翡翠色に輝く紋章は、だいたい俺の身長くらいの高さだ。
「あれは、『増幅紋章』……一種の加速器だよ」
「加速器?」
「斬撃波があれを通過することで、威力が倍化されるの。さあ、あの紋章めがけて剣を振って!」
メルが指示する。
「おおおおおおおおおおおおっ!」
裂帛の気合いとともに、俺は銀色の大剣を振り下ろした。
刀身からほとばしった斬撃波が、まっすぐに突き進む。
紋章を通過した斬撃波が、
轟っ……!
勢いを数倍に増し、紋章と同じ翡翠色の輝きをまといながら、竜神めがけて向かっていく。
「ちいっ……!」
竜神は迎撃しようとブレスを放った。
中空で激突する斬撃波とブレス。
バチッ……バチィィッ……!
激しいスパークが飛び散り、白の世界を金色に照らし出す。
すさまじい爆風が、衝撃波が、四方に吹き荒れる。
威力は、互角。
「くっ……ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
俺と竜神の気合いが同時にこだまする。
押す。
すべての体力を込めて。
すべての気力を込めて。
「もっと……もっとだよ、おじさん! 必ず押し勝てる! おじさんなら、勝てるから!」
寄り添うメルが励ましてくれる。
「……おおおおっ……」
俺はすべての力を、魂の底から絞り出した。
──そして。
翡翠色の斬撃波が、真紅のブレスを斬り散らす。
「つ、突き破っ……!?」
竜神が驚愕の声を上げる。
「馬鹿なぁぁぁ……あああっ……!」
絶叫が響いた。
爆発が晴れると、そこには血まみれの竜神の姿。
頑強な鱗はズタズタに切り裂かれ、翼が半分もげている。
長大な尾も半ばで断ち切られていた。
「少し……甘く見たか……見事だ……」
竜神はその場に崩れ落ちる。
ぴく、ぴく、と痙攣しているところを見ると、かろうじて生きているようだ。
だが、もはや立ち上がることはない。
明らかに戦闘不能だった。
『中級神×1との戦闘に勝利、経験値42500を取得しました』
『スキル効果により経験値42500000として取得されます』
『総合経験値が24064000→66564000になりました』
『術者のレベルが113→157に上がりました』
『次のレベルまでの必要経験値は残り428000です』
『レベル150を突破したため、【破軍竜滅斬】の「増幅紋章」が一つ追加されました』
例によって、中空にメッセージが表示された。
さすがに神だけあって、経験値の量がけた違いだ。
と、
「見事なり、人の子よ」
【最高神】の声が響いた。
「試練に打ち勝った汝には、正式にランク7スキル【破軍竜滅斬】を授けよう。その剣も、『導く者』も汝のものだ」
「ナビゲーター……?」
「えへへ、スキルを使うときはあたしが説明するからね。よろしく、おじさん」
メルが微笑む。
「汝の心の中心にいる者。心を支える者。『導く者』はその姿を取って現れる」
と、【最高神】。
なるほど、それでメルなのか。
「よろしくな、メル」
俺は微笑み返した。
もちろん、彼女は本物のメルじゃない。
本物はとっくに──この世にいない。
二度と会うことはできない。
それでも、彼女の姿をこうして見られるだけでもいい。
俺は『メル』とともに──。
帝国と戦い、討ち滅ぼしてやる。
敵への憎しみと人を救う使命感の、狭間で。
【闇】と【光】の狭間で。