9 決戦再開
「メル……?」
周囲を見回すが、やはり、そこには純白の空間が広がるのみだった。
元の場所──『神聖界』の最上階層に戻ってきたらしい。
背後にはツクヨミが、そして前方には巨大な竜神が、さらにその向こうには巨大な立方体【最高神】がたたずんでいる。
そして、俺のすぐ側には銀色の巨大な剣が。
『それは復讐じゃない。それは怒りや恨みじゃない』
メルの言葉が脳裏によみがえる。
『その気持ちは──使命感だよ。おじさんは、自分にしかできないことを背負って、戦っているんだよ……』
剣の刀身にはめこまれた赤い宝玉が、瞳のようにまたたいた。
澄んだ、美しい輝き──。
メルの瞳を思い出す。
『おじさんにしかできないこと。おじさんだからこそ、できること。それを忘れないで』
俺の中にある帝国への怒りや恨み。
それはまぎれもなく、俺が戦う原動力だ。
だけど、それとは別の気持ちに──俺の中に宿るもう一つの想いに、向き合うときがきたんだろうか。
「剣よ」
呼びかける。
それは、自然な衝動だった。
「俺に力を貸してくれ」
柄を、握る。
「軽い──」
さっきまであんなに重かった大剣が、今は羽のように軽く感じる。
「この剣なら、戦える……!」
本能的に確信した。
俺の戦闘能力だけでは、竜神とのレベル差は覆せない。
だが、この剣の助けがあれば。
この剣を介して発動するスキルがあれば──。
勝てるかもしれない。
「いや、勝つんだ」
そして──1000倍の経験値を得て、強くなってみせる。
「ほう、たかが人間と思っていたが……剣を手にする資格があったとは」
竜神がうなった。
「魂の底に【光】を宿していた、か」
「メルが教えてくれた。俺が戦う理由の、根源を」
怒りも、憎しみも、絶望も──それら【闇】に属する想いと。
これ以上の怒りや憎しみや絶望を生み出したくないという願い──【光】に属する使命感と。
その狭間で揺れ動きながら、俺は戦う。
【闇】に呑まれず、【光】を胸に宿して──。
俺は、戦う。
「ふむ、自覚を終えたようだな」
竜神が満足げに笑った。
「ならば、撃ってみせよ。最強のスキル【破軍竜滅斬】を。真っ向から受けてやろう。見事、俺を打ち倒してみせよ!」
「ああ、試してみる」
俺は竜神と対峙した。
すさまじいプレッシャーは健在だ。
こうして向き合っているだけで、全身を押しつぶされそうな錯覚を感じる。
まぎれもなく、今まで戦ってきた中で最強の相手。
「スキルを使う資格を得たとはいえ、ただの人間が立ち向かえるほど甘くはないぞ。この俺の力は……!」
竜神が巨体を揺らし、近づいてきた。
動き自体はゆったりとしているが、何しろ体のサイズがけた違いだ。
あっという間に距離が詰まる。
「【ストームレイ】!」
俺は牽制代わりに魔法スキルを放った。
青白い光芒が竜神の胸部に炸裂する。
「ぬるいわ!」
竜神は止まらない。
超速で繰り出された尾が俺に迫り──、
「【ソードラッシュ】!」
俺は銀色の剣で武器スキルを発動する。
連続して叩きこんだ斬撃で、なんとか尾を弾いた。
「さすがに……重い……っ!」
「当たり前だ!」
吠えて、今度は竜神の爪が撃ちこまれた。
迎撃したところで、下手をすればパワー負けして吹っ飛ばされる。
俺は身体能力を最大限に活かして、大きく跳び下がった。
まずは、体勢を立て直して──、
「そんなゆとりは与えん」
しかし、俺の狙いを読んでいるのか、竜神はさらに距離を詰める。
爪に牙、尾、そしてブレス。
嵐のような猛攻が俺を襲った。
「くうっ……」
さっきの世界で多少レベルが上がったとはいえ、やはり竜神の能力は圧倒的だ。
速さも、重さも、手数も。
やはり、肉弾攻撃は相手に分がある。
俺は避けることも防ぐこともできず、ただ逃げ回るのみ。
逃げながら、必死で反撃のチャンスを探す──。
「意外にしぶといやつだ。ならば、我が最大威力のブレスを食らうがいい」
竜神が大きく跳び下がった。
奴の方から距離を取るとは──。
それだけの高火力攻撃を仕掛けてくる、ということか。
竜神が口を開く。
口中に赤い輝きがあふれた。
「言っておくが、避けることはできんぞ。我が最強のブレス【灼熱炎燐砲】は周囲一帯を吹き飛ばす。お前が逃げる場所はどこにもない──」
かといって、おそらく俺の防御スキルで防ぐことは無理だろう。
回避も、防御も不可能──。
なら、それ以上の高火力スキルで相殺するか、打ち破るしかない。
「つまりは──これか」
俺は銀色の大剣を掲げた。
使用するスキルはもちろん【最高神】から暫定的に授かった【破軍竜滅斬】だ。
練習している暇はない。
ぶっつけ本番で習得するしかない。
「大丈夫。できるよ、おじさんなら」
突然、声が聞こえた。
「えっ……?」
剣から白銀のオーラが立ち上る。
そのオーラが人の形を取って、俺の前に現れた。
見ているだけで心が温かくなるような、朗らかな笑顔。
ポニーテールにした黒髪。
抜けるように白い裸身。
「メル……!」
だが、その体は半透明に薄れ、足が地面から浮いている。
「お前、どうして──」
驚く俺にメルは微笑み、そっと寄り添ってきた。
柔らかく、温かな肌だった。
「あたしが一緒にいるから。おじさんは自分の力を信じて──自分の想いと【光】を信じて、撃って」
メルが告げる。
「最強のスキル【破軍竜滅斬】を」
長くなってしまいましたが、次回決着です。上手いことコンパクトにまとまらなかった……(´・ω・`)