表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/144

6 追憶の村

「メル……!」


 俺は呆然と彼女を見つめた。


 朗らかな笑顔。

 艶やかな黒髪をポニーテールにした可愛らしい少女だ。


 妻も娘もいない俺は、彼女を実の娘同然に可愛がっていた。


「ねえ、明日の結婚式の贈り物を買いに行ってくれてたんでしょ? お母さんから聞いたよ」


 メルが嬉しそうに微笑む。


「明日の結婚式? 贈り物を買いに行っていた?」


 俺は呆然とつぶやく。


 じゃあ、ここは──。

 まさか、村が滅ぼされた日……なのか?


 いや、それも違う。


 あの日、俺は間に合わなかった。

 贈り物を買って村に戻ったとき、すでにメルは帝国兵たちに殺されていたんだ。


 妹のアルマや、その夫のトレミーも──同じく無惨に殺された。


「ありがとう、おじさん!」


 メルがにっこりと笑って、俺に抱きついてきた。


「大好き~!」


 ちゅっ、と音を立てて、頬にキスをしてくる。


「おいおい、もう子どもじゃないんだぞ」

「いいじゃない。あたし、今でもおじさんに憧れてるんだよ?」

「はは、お前は明日結婚するんだろう」


 苦笑しつつも、そう言われて悪い気はしない。


「おじさんだって、あたしの大切な人だもん。初恋の人なんだから」


 照れくさそうに笑うメル。


 こんな笑顔を、ずっと見ていたかった。

 伯父として──家族として、メルの成長を見守っていたかった。


 だけど、それはもう叶わない。


 奴らが、すべてを壊してしまった。


 かけがえのないもの、すべてを。


「どうしたの、おじさん。怖い顔して」

「あら、兄さん。ここにいたの」

「こんにちは、義兄さん」


 妹のアルマとその夫のトレミーが歩いてきた。


「いよいよ、明日ね」

「嬉しくもあり、寂しくもあり……うう」

「もう、泣かないでよ、あなた」

「メルもとうとう僕らの下を離れるんだと思うと、こみ上げるなぁ……」

「あたしだって……うう」

「二人とも泣かないでよ。新居は近いんだし、いつでも会えるんだから」


 メルが微笑む。

 それにつられて、アルマとトレミーも泣き笑いの表情を浮かべた。


 三人とも幸せそうだった。


 ……ああ、涙が出そうだ。


 ほんの一か月と少し前までは、ごく当たり前に存在していた日常。

 あまりにも当たり前すぎて、それがどれほど幸せで、かけがえのないものだったのかを理解していなかった。


 全部壊され、失い、初めて実感した。

 理解するのが、遅すぎた。


 この日常をもっと大切にしていたら──。


 後悔してもしきれない。




 おおおおおおおおおおおおおおっ!




 鬨の声が、唐突に聞こえてきた。


「なんだ……!?」


 俺はハッと振り返る。

 まさか、これは──。


「た、大変だ、帝国の連中が攻めてきた!」


 俺の想像を裏付けるように、村人の一人が大通りを走ってきた。


 たちまち、周囲に恐怖の声や悲鳴がこだまする。

 メルやアルマ、トレミーも青ざめた顔で震えていた。


 ……やはり、そうか。


 この世界は、俺がいた世界とは少しだけタイミングがズレた世界なんだ。


 現実には、俺が戻ったときには村はすでに滅ぼされていた。

 だけど、ここは違う。


 村が滅ぼされる前に、俺はここに戻ってきた。

 なら、帝国の連中を撃退すれば、メルたちは助かる。


 問題は──俺が元の世界と同じ強さを備えているかどうかだ。


「──大丈夫みたいだな」


 確かめるまでもなく、すぐに分かった。

 全身からみなぎる力は、まぎれもなくレベル100を超越した戦闘能力を示している。


「みんな、安全な場所に隠れていてくれ。俺が帝国の連中を殺してくる」

「えっ、おじさん……?」

「いいか、絶対に顔を出すな」

「な、何言ってるのよ、おじさん! 一人で帝国に立ち向かう気……?」


 メルが驚いたように叫び、俺にすがりついてきた。


「駄目だよ。一緒に逃げようよ」

「逃げても、殺されるだけだ」


 俺は首を左右に振った。


 脳裏に、炎に包まれた村の様子が浮かぶ。

 物言わぬ躯となったメルの姿が浮かぶ。


 あんな光景は、絶対に起こさせない。


 ここは俺が元いた世界じゃない。

 だけど、こうして目の前で生きているメルたちを──無残に殺されてたまるか。


「いいな。隠れていろよ!」


 言うなり、俺は飛び出した。




 俺は村の入り口で帝国の部隊を待ち構えた。

 十数人の兵が先頭に立って歩いてくる。


「なんだ、お前は?」

「殺されにきたのか、おっさん?」


 ニヤニヤと俺を見る彼ら。


「どうする、一思いに殺すか?」

「なぶり殺しにして楽しむ方がいいんじゃねーか?」


 脅すように槍を突き出してきた。

 その穂先を、俺は冷ややかに見つめる。


 口元に、自然と笑みが浮かんだ。


 別の世界だろうと関係ない。

 俺の大切な者を奪ったお前たちを──。


 もう一度、殺してやる。


「なんとか言えよ、おらっ!」

「怖くて声も出せねーか?」

「ははは、ちびってんじゃねーの?」


 嘲笑する彼らを一瞥し、俺はスキルを発動した。


「【ソニックフィスト】」


 音速で移動し、彼らの懐に飛びこんで拳を見舞う。


 響いた打突音は、五つ。

 俺の音速拳を受け、五人の兵士が顔面を陥没させて吹っ飛んだ。


 全員、即死である。


「なっ……!?」


 驚く兵たちに、俺はなおも接近。


 今度は【パワーナックル】を見舞う。

 三人の兵が即死した。


 倒れた彼らの一人から、剣を奪う。


「まとめて吹き飛べ──【豪刃凍花(ごうじんとうか)】!」


 放った青い衝撃波が、後続の兵士たちをまとめて薙ぎ払った。


 彼らの肉片と鎧や剣の欠片と血の雨が盛大に降り注ぐ。

 俺は体中を朱に染めながら、平然と立っていた。


 とりあえず、この村に攻めてきた帝国兵は皆殺しにしただろうか。

 いや、まだ討ち漏らしがいないとも限らない。


「生きてる奴はいるか? 一人も生かして帰さん……!」


 宣言し、俺は歩き出した。


 ふと足元を見ると、血だまりに俺の姿が映っている。


 不気味な印象を受ける漆黒のシルエット。


 まるで闇を溶かしこんだような、黒い影だ──。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↑の☆☆☆☆☆評価欄↑をポチっと押して

★★★★★にしていただけると作者への応援となります!


執筆の励みになりますので、ぜひよろしくお願いします!



▼こちらの作品もよろしくです!▼

異世界にクラス召喚されたら一人だけ役立たずで追放→実は最強スキルだった【ネクロマンサー】が覚醒。俺を追放した連中が落ちぶれる中、俺だけが無双して成り上がる。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ