6 追憶の村
「メル……!」
俺は呆然と彼女を見つめた。
朗らかな笑顔。
艶やかな黒髪をポニーテールにした可愛らしい少女だ。
妻も娘もいない俺は、彼女を実の娘同然に可愛がっていた。
「ねえ、明日の結婚式の贈り物を買いに行ってくれてたんでしょ? お母さんから聞いたよ」
メルが嬉しそうに微笑む。
「明日の結婚式? 贈り物を買いに行っていた?」
俺は呆然とつぶやく。
じゃあ、ここは──。
まさか、村が滅ぼされた日……なのか?
いや、それも違う。
あの日、俺は間に合わなかった。
贈り物を買って村に戻ったとき、すでにメルは帝国兵たちに殺されていたんだ。
妹のアルマや、その夫のトレミーも──同じく無惨に殺された。
「ありがとう、おじさん!」
メルがにっこりと笑って、俺に抱きついてきた。
「大好き~!」
ちゅっ、と音を立てて、頬にキスをしてくる。
「おいおい、もう子どもじゃないんだぞ」
「いいじゃない。あたし、今でもおじさんに憧れてるんだよ?」
「はは、お前は明日結婚するんだろう」
苦笑しつつも、そう言われて悪い気はしない。
「おじさんだって、あたしの大切な人だもん。初恋の人なんだから」
照れくさそうに笑うメル。
こんな笑顔を、ずっと見ていたかった。
伯父として──家族として、メルの成長を見守っていたかった。
だけど、それはもう叶わない。
奴らが、すべてを壊してしまった。
かけがえのないもの、すべてを。
「どうしたの、おじさん。怖い顔して」
「あら、兄さん。ここにいたの」
「こんにちは、義兄さん」
妹のアルマとその夫のトレミーが歩いてきた。
「いよいよ、明日ね」
「嬉しくもあり、寂しくもあり……うう」
「もう、泣かないでよ、あなた」
「メルもとうとう僕らの下を離れるんだと思うと、こみ上げるなぁ……」
「あたしだって……うう」
「二人とも泣かないでよ。新居は近いんだし、いつでも会えるんだから」
メルが微笑む。
それにつられて、アルマとトレミーも泣き笑いの表情を浮かべた。
三人とも幸せそうだった。
……ああ、涙が出そうだ。
ほんの一か月と少し前までは、ごく当たり前に存在していた日常。
あまりにも当たり前すぎて、それがどれほど幸せで、かけがえのないものだったのかを理解していなかった。
全部壊され、失い、初めて実感した。
理解するのが、遅すぎた。
この日常をもっと大切にしていたら──。
後悔してもしきれない。
おおおおおおおおおおおおおおっ!
鬨の声が、唐突に聞こえてきた。
「なんだ……!?」
俺はハッと振り返る。
まさか、これは──。
「た、大変だ、帝国の連中が攻めてきた!」
俺の想像を裏付けるように、村人の一人が大通りを走ってきた。
たちまち、周囲に恐怖の声や悲鳴がこだまする。
メルやアルマ、トレミーも青ざめた顔で震えていた。
……やはり、そうか。
この世界は、俺がいた世界とは少しだけタイミングがズレた世界なんだ。
現実には、俺が戻ったときには村はすでに滅ぼされていた。
だけど、ここは違う。
村が滅ぼされる前に、俺はここに戻ってきた。
なら、帝国の連中を撃退すれば、メルたちは助かる。
問題は──俺が元の世界と同じ強さを備えているかどうかだ。
「──大丈夫みたいだな」
確かめるまでもなく、すぐに分かった。
全身からみなぎる力は、まぎれもなくレベル100を超越した戦闘能力を示している。
「みんな、安全な場所に隠れていてくれ。俺が帝国の連中を殺してくる」
「えっ、おじさん……?」
「いいか、絶対に顔を出すな」
「な、何言ってるのよ、おじさん! 一人で帝国に立ち向かう気……?」
メルが驚いたように叫び、俺にすがりついてきた。
「駄目だよ。一緒に逃げようよ」
「逃げても、殺されるだけだ」
俺は首を左右に振った。
脳裏に、炎に包まれた村の様子が浮かぶ。
物言わぬ躯となったメルの姿が浮かぶ。
あんな光景は、絶対に起こさせない。
ここは俺が元いた世界じゃない。
だけど、こうして目の前で生きているメルたちを──無残に殺されてたまるか。
「いいな。隠れていろよ!」
言うなり、俺は飛び出した。
俺は村の入り口で帝国の部隊を待ち構えた。
十数人の兵が先頭に立って歩いてくる。
「なんだ、お前は?」
「殺されにきたのか、おっさん?」
ニヤニヤと俺を見る彼ら。
「どうする、一思いに殺すか?」
「なぶり殺しにして楽しむ方がいいんじゃねーか?」
脅すように槍を突き出してきた。
その穂先を、俺は冷ややかに見つめる。
口元に、自然と笑みが浮かんだ。
別の世界だろうと関係ない。
俺の大切な者を奪ったお前たちを──。
もう一度、殺してやる。
「なんとか言えよ、おらっ!」
「怖くて声も出せねーか?」
「ははは、ちびってんじゃねーの?」
嘲笑する彼らを一瞥し、俺はスキルを発動した。
「【ソニックフィスト】」
音速で移動し、彼らの懐に飛びこんで拳を見舞う。
響いた打突音は、五つ。
俺の音速拳を受け、五人の兵士が顔面を陥没させて吹っ飛んだ。
全員、即死である。
「なっ……!?」
驚く兵たちに、俺はなおも接近。
今度は【パワーナックル】を見舞う。
三人の兵が即死した。
倒れた彼らの一人から、剣を奪う。
「まとめて吹き飛べ──【豪刃凍花】!」
放った青い衝撃波が、後続の兵士たちをまとめて薙ぎ払った。
彼らの肉片と鎧や剣の欠片と血の雨が盛大に降り注ぐ。
俺は体中を朱に染めながら、平然と立っていた。
とりあえず、この村に攻めてきた帝国兵は皆殺しにしただろうか。
いや、まだ討ち漏らしがいないとも限らない。
「生きてる奴はいるか? 一人も生かして帰さん……!」
宣言し、俺は歩き出した。
ふと足元を見ると、血だまりに俺の姿が映っている。
不気味な印象を受ける漆黒のシルエット。
まるで闇を溶かしこんだような、黒い影だ──。