5 VS竜神
眼前に巨大な剣が突き立っている。
といっても、地面も空も不明瞭なこの空間では、浮いているように見えるのだが。
俺は剣の柄に手を伸ばした。
「っ……!?」
重い──。
とてつもなく、重い。
持ち上げることさえ、できそうになかった。
「これが……【破軍竜滅斬】?」
おそらくこの剣を使うことでスキルが発動するんだろう。
だが、剣を構えることもできそうにない。
と、
「レベル100程度では剣を持つこともできんか、ふん」
竜神が鼻を鳴らした。
「だが、いつまでも待ってやるほど俺は甘くない。いくぞ、小さき者……!」
傲然と吠える竜神。
「ぐっ……ううっ……!」
大気が激しく震え、突風が吹きつけてくる。
竜神の威圧感だけで全身が押し潰されてしまいそうだ。
EXスキル【経験値1000倍ボーナス】をもらって以来、初めてだった。
明らかに自分より格上の相手と戦うのは──。
ごくり、と喉を鳴らす。
自然と震える四肢に、力を込めた。
震えよ、止まれ。
相手がどれだけ強くても関係ない。
俺は、誓ったじゃないか。
帝国の連中を倒す。
倒し、殺し、滅ぼされた村の無念を晴らし続ける。
姪や妹夫婦の無念を、晴らし続ける。
そのために戦う。
そのために──もっと強くなる!
「【螺旋の吐息】!」
竜の口から、その名の通り螺旋状の光線が発せられた。
「【ディフェンダー】!」
俺はとっさに防御スキルを発動する。
俺の前面に青く輝く防御フィールドが出現した。
光線と防御フィールドが激突し、
ばぢぃっ!
耳障りな音ともに、【ディフェンダー】が破壊される。
ランク5スキルまでを完璧に防ぐはずの、この防御スキルでも止められないとは──。
【ディフェンダー】を破壊したブレスは威力の大半を削がれたようだが、その余波がなおも俺に迫る。
「【ガードⅡ】!」
俺は続けざまに防御スキルを発動した。
間一髪で展開された防御フィールドが、ブレスの余波を弾く。
「ほう、スキルを連続して発動したか。人間にしてはなかなかのものだ」
竜神がうなった。
「だが、ブレスを防いだ程度でいい気になるなよ。俺にはまだ爪も牙も尾も角も──接近戦の手段も無数にある。無論、ブレスのような遠距離攻撃とて、まだまだ何種類も持っている」
「……実戦中に、手の内を明かしてくれるとはお優しいことだな」
「実戦? 違うな、これはレッスンだ」
竜神が笑った。
明らかな嘲笑だった。
「戦いとは対等か、それに近いレベルの者によって初めて行われるもの。お前ごとき矮小な者が、この俺と『戦い』になると思うなよ」
俺は黙って奴を見据えた。
侮辱に言い返している場合じゃない。
思考を、巡らせるんだ。
次の戦闘手段を。
いくら俺にレベル100超の身体能力があるとはいえ、相手ははるかにレベルが上の、しかも竜である。
接近戦は危険すぎる。
なら、まずは──離れた距離からの攻撃だ。
「【インパルスブレード】!」
俺は腰に差した剣を抜き、スキルを発動した。
刀身から放たれた衝撃波が竜の巨体に叩きつけられる。
「まるで涼風だな」
竜は小揺るぎもしなかった。
「こいつ──」
さすがに……いや、予想をはるかに上回るほど、強い。
「だったら、これで!」
俺はふたたび剣を掲げた。
「【豪刃凍花】!」
黒の猛将グリムワルドとの戦いで使った技だ。
待機時間が長く、技を使った後の隙も大きいため、普段はあまり使わないスキルだった。
ただし威力は【インパルスブレード】をもはるかに凌ぐ。
俺の手持ちスキルの中で、中距離以上を攻撃できる技の中では最強といっていい。
相手が俺の技を待ち受けており、ある程度の距離があるこの状況なら──と使ってみたのだ。
青い衝撃波がほとばしり、竜神に撃ちこまれる。
「ぬるい」
長大な尾が、その衝撃波を虫でも払うように叩き落とした。
すさまじい反応速度と身体の頑強さ──。
「【浄化の白炎】」
竜神がその名の通り純白の炎のブレスを吐き出した。
俺のスキルの中でもっとも防御力が高い【ディフェンダー】は、さっき一度使っている。
スキルには基本的に待機時間が設定されていて、【ディフェンダー】は一度発動すると、次に使えるのは十分後だ。
「【ガードⅡ】!」
俺は別の防御スキルを発動した。
これもさっき使ったのだが、こっちは三回まで連続発動可能だ。
だが、俺が展開した防御フィールドを、白い炎はあっさりと突き抜ける。
フィールドを『破壊された』のではなく、『すり抜けた』のだ。
「何……!?」
次の瞬間、白い炎が俺の全身を焼く。
熱くは、ない。
ただ、心の内側が焼き溶かされるような感覚があった。
「【浄化の白炎】は物理攻撃ではない。対象の精神に干渉する特殊スキルだ」
竜神が告げた。
「お前の精神に直接作用し、『選別』する」
「選別……だと……!?」
胸の奥が、灼熱する。
「お前の精神が真に強ければ生き残り、そうでなければ──」
竜神の口の端が、にいっ、と吊り上がった。
「心が崩壊し、意思は砕け散る。お前に待っているのは廃人の末路のみ」
声とともに、俺の視界は暗転し──。
「ここは……?」
気がつけば、懐かしい場所にいた。
広がる畑と点在する家──そう、故郷の農村だ。
「あれ? マリウスおじさん?」
可愛らしい声が響く。
「お前……」
振り返った俺は呆然と目を見開いた。
「メル……!?」
帝国軍に殺されたはずの、姪の姿だった。
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