3 騎士団
俺は街道を一直線に走っていた。
馬よりも速く、まさしく矢のようなスピードで一直線に駆ける。
人間離れした速力で、しかもすでに三十分以上も走り続けているのに、ほとんど息が切れない。
スピードだけではなく持久力も、レベルアップに応じてすさまじく強化されているんだろう。
実際、今の俺の身体能力はどれくらいなんだろう?
平均的な人間を圧倒的に超えているのは間違いない。
帝国兵のような戦闘訓練を受けた連中でさえ、まったく敵じゃない。
じゃあ、もっと強力な──一流の剣士を相手にはどうか?
世界に名を轟かせるような英雄相手では、どうか。
──俺は村の帝国兵を全部で157人殺害した。
勝利した場合、一人につき経験値10が手に入るらしい。
また、敗北の場合は一人につき経験値3が入っていた。
合計で手に入った経験値は1606000。
レベルは44まで上がり、次のレベルに必要な経験値は15500である。
が、他人のレベルについてはまったく分からない。
それが分かれば、俺の強さがどの程度なのか、ある程度の見立てはできるんだが──。
隣町に到着すると、あちこちから火の手が上がっていた。
昨日、メルの結婚式の贈り物を買うために訪れた町だ。
ここも帝国に襲われ、俺の村みたいに蹂躙されたんだろうか。
村人たちの死体や、焼け野原となった村、そして姪の無残な姿を思い出した。
胸が、痛む。
「くそっ」
俺は舌打ちまじりに町中に入った。
「何者だ!」
前方から鋭い声がかかる。
現れたのは、数人の影。
「帝国兵──」
……ではなかった。
先頭にいるのは、馬に乗った女騎士。
金色の髪を高く結い上げた、気品のある美女だ。
きらびやかな銀の鎧と赤いマントを身に着けていた。
年齢は二十代半ばくらいか。
「ん、この辺りの住人か?」
女騎士が俺を見て、たずねた。
まっすぐな瞳に、俺はわずかに視線を逸らす。
相手の若さや美しさについ気後れしてしまったのだ。
「……いや、隣の村から来た。他の町が心配でな」
気を取り直して答える俺。
「私たちはミランシア王国聖竜騎士団二番隊。帝国軍の侵攻が始まったため、この町まで来た」
女騎士が説明した。
聖竜騎士団といえば、王国の正規の騎士団の中でも最強部隊のはずだ。
「……残念ながら、駆けつけたときにはすでに町は全滅。帝国兵たちは別の場所に去ってしまったようだ」
……もしかしたら、この町を滅ぼした帝国兵たちが、次に俺の村に来たのかもしれないな。
「あんたたちは王国の騎士団ということか……」
俺は一歩進み出た。
「俺も帝国と戦いたいんだ。兵士として軍に加えてくれないか」
「志願兵か?」
女騎士は俺を見て、
「どうやら農夫のようだが……戦闘経験は?」
村を襲った帝国兵を全滅させた──と言いたいところだが、さすがに信じてくれないだろう。
「ない。普段は主に農業で生計を立てている」
「戦闘に関しては未経験か。ただ、農夫ならそれなりに体力はありそうだな」
つぶやく彼女。
「いいだろう。隊長判断で君を我が隊に加える。実は突然の開戦で人手不足なんだ。率直に言って、一人でも多くの兵が欲しい」
彼女が言った。
「私は二番隊隊長を務めるリーザ・フォレスト。よろしく頼む」
こんなに若い女騎士が隊長なのか。
きっと、相当に優秀なんだろう。
「マリウス・ファーマだ」
名乗り返す俺。
「では、マリウス。どの程度戦えるのか、軽く手合せさせてもらおう」
「手合せ……?」
「適性テストといったところだな」
馬から降り、剣を抜くリーザ。
「人手不足とはいえ、誰でもいいわけじゃない。身体能力的に厳しいようなら、残念だが同行させるわけにはいかない」
「じゃあ、存分に試してくれ」
俺は身構えた。
と、
「リーザ隊長がわざわざ相手をすることはありませんよ。ここは僕にお任せを」
進み出たのは、まだ十代と思しき騎士だった。
童顔に爽やかな笑みを浮かべた、美しい少年だ。
「タックか」
「よろしければ、僕が彼の検分を」
「分かった、任せる」
言って、リーザは俺に向き直った。
「彼はタック。隊の中では五本の指に入る腕前だ。一つ、彼と手合せをしてほしい」
「正規の騎士が相手か」
村で戦ったのは、しょせん下級の兵士だからな。
正規騎士を相手に、俺の力がどの程度通用するのか、確かめておくのもいいだろう。
「では、お手合わせ願います」
タックが丁寧に一礼した。
俺が素人の村人だからといって、見下す感じはない。
あくまでも純粋に技量を確かめようといった態度だ。
騎士というと、もっと高慢な人種を想像していたので、そこは好感が持てた。
「よろしくお願いします」
俺も礼を返し、借り受けた剣を構えた。
「……やはり素人か」
リーザのつぶやきが聞こえる。
「だが、なぜだ──隙が見えない。しかも異常なほどの威圧感がある……」
その声には、かすかな畏怖が混じっているようだ。
「いきますよ!」
一方のタックは勢いよく叫び、突進してきた。
こちらは畏怖も警戒もしていないようだ。
「武器スキル──【四連突き】!」
稲妻のごとき鋭さで剣を繰り出すタック。
剣先が四つに分身したように見えるほどの、超高速連続刺突である。
武器スキル──その名の通り、武器使用に関連するスキルのようだった。
俺はそれを反射神経に任せて、全部避けた。
剣術でもなんでもない身体能力任せの動きである。
「なっ……!?」
呆然とするタックに、俺は一瞬で接近する。
「隙あり」
軽くパンチを繰り出した。
剣を使ったら殺してしまいかねない。
というか、軽く放った拳でさえ、タックの鎧の胸元を大きくへこませていた。
「ぐは……っ」
悶絶して倒れ伏す美少年騎士。
一撃で勝負ありだった。
……まあ、思いっきり手加減したから死にはしないだろう。
「タックをこれほどあっさりと倒すだと──」
リーザが呆然とした顔で俺を見ている。
「うう……」
タックは弱々しく立ち上がった。
「おい、大丈夫か」
俺は彼の元に駆け寄る。
「すごいです……マリウスさん」
苦しげにしながら、タックが俺を見て微笑む。
「素人かと思った僕の眼が節穴だったようです。今の動き──あなたはひとかどの戦士様なのでしょう? こんなに強い人、僕は初めて見ました! あるいは隊長クラス以上かもしれません! すごいです! 尊敬します!」
目をキラキラさせ、憧れのまなざしを俺に注いでいる。
「お、おう……」
あまりにもストレートに褒められ、俺は反応に困ってしまった。
『王国騎士×1との戦闘に勝利、経験値20を取得しました』
『スキル効果により経験値20000として取得されます』
『総合経験値が1606000→1626000になりました』
『術者のレベルが44→45に上がりました』
『次のレベルまでの必要経験値は残り103600です』
『規定レベルに到達したため、防御スキルを取得しました。詳細は別枠にて確認してください』
中空に、またメッセージが表示された。
「ん、防御スキル?」