2 【光】の端末
「俺を生き返らせてくれた神様……!?」
「あれから一月あまり、か。元気そうで何よりだ」
光り輝くシルエットは俺の前に立った。
「私は、正確には【光】に属する端末──ツクヨミという」
神様の体を覆う光がゆっくりと薄れていく。
やがて白髪の老人の姿になった。
神様──ツクヨミの本来の姿なのか。
「端末……?」
「世界には【光】と【闇】という二極の大いなる力が存在する。神とは【光】の力の一部を具現化する端末であり、魔は【闇】の力を行使する端末だ」
語るツクヨミ。
「こうして君の前に現れたのは、一つの使命を託したいからだ」
「使命……?」
「世界のバランスは急速に崩れようとしている。あのときとは状況が変わってしまった」
ツクヨミがため息をついた。
「こちらの手違いで命を失ったうえに、このようなことを頼むのは申し訳ない。だが、【光】の力は誰にでも扱える代物ではない。卓越した精神の力が必要なのだ。君のように」
卓越した精神の力、か。
俺にそんなものがあるんだろうか。
「それは崇高な使命感の場合もあるし、もっと生々しい欲望や渇望の場合もある」
「俺は──」
俺の中に在る、力は。
「使命と渇望。おそらくはその両方だろう」
ツクヨミが言った。
使命と、渇望。
俺は、神様の言葉を内心で繰り返した。
「君に託したい使命──それは魔神たちの討伐だ」
ツクヨミが俺を見つめる。
「君たちがガイアス帝国と呼ぶ勢力が【闇】の端末──『魔神』を復活させ、世界に侵攻しようとしている。それに対抗できるのは【光】の力だけだ」
神の説明を俺は黙って聞いていた。
「とはいえ、今の君に一人で十七体の魔神をすべて倒すのは困難だろう。だから『最高神』より力を授ける」
「力を……? それに『最高神』って?」
「【光】を総べる大いなる存在。我ら神の最上位に位置する者」
神様がうやうやしく告げる。
「我ら神々の主だ」
「……分かった。魔神討伐の使命を受けさせてもらう」
俺はツクヨミの提案を受けることにした。
どのみち、帝国との戦いにおいて魔神は避けて通れない存在だ。
それを討つために、より強い力を与えてくれるというなら、俺としても願ったりかなったりである。
「では、案内しよう。『最高神』の下へ」
そう言われ、俺はツクヨミと一緒に進んだ。
どこまでも続く牧歌的な風景。
「これが神の世界か……」
つぶやく俺。
「『神聖界』はいくつもの階層に分かれている。中にはもっと荒々しい風景もあるが──おおむね、この第一階層のように平和でのどかな風景が広がっている」
ツクヨミが解説してくれた。
「『最高神』がいるのは最上階層だ。階層間を移動しながら向かうことになる」
「『神聖界』って結構広いのか?」
「……ふむ。一つの階層に、君たちの世界が優に百万は入るだろうな」
ものすごい広さだった。
「私とはぐれた場合、二度とここから出られないだろう。くれぐれも気を付けたまえ」
……肝に銘じておく。
「そういえば、『最高神』がいる場所まで行くには、どれくらいの時間がかかるんだ? あまり遅くなるようだと困るんだが」
隊長としての業務があるからな。
遅刻する前に、元の世界に戻りたい。
「なるほど。今の君は農夫ではなく騎士隊長だったな」
と、ツクヨミ。
そんなことまで知っているのか。
「私は人間界の様子を定期的にチェックしている。さすがに隅々まで熟知する、とまではいかないが──」
言ってツクヨミは苦笑した。
「話が逸れてしまったな。先ほどの質問だが──目的の場所までは数日かかる見通しだ」
「数日……」
それは、さすがに困る。
「いや、あくまでもこの世界での数日だ。君が『神聖界』から出る際、ここに来たときの時間に戻すから安心してほしい」
「つまり、向こうではまったく時間が経っていない状態で戻れる、と?」
俺の問いにツクヨミはうなずいた。
「それを聞いて安心した」
ぎおおおおおおおおおおんっ。
突然、上空から咆哮が聞こえた。
「な、なんだ──」
見上げれば、巨大なモンスターの姿が飛んでいた。
全長百メートルはあろうかという緑色をした竜。
「心配ない。あれも神だ」
思わず身構えた俺に、ツクヨミが言った。
「竜神種──人間界にはめったに現れることがないから驚いたかもしれんが」
「竜の神──か」
「我らとは別の役割を持つ【光】の端末だな。他にもさまざまな神が『神聖界』の各階層に住んでいる。時にはその一部が人間界に具現化することもあるが」
と、ツクヨミ。
「ともあれ、あれはモンスターなどではない。君を襲ったりはしないし、警戒する必要はない」
「……分かった」
俺はもう一度、モンスター……いや、竜神の姿を見上げた。
獰猛で凶悪な雰囲気は、とても神とは思えなかった。
むしろ魔獣に近しい雰囲気すら感じてしまう。
「先へ進もう。『最高神』がいるのは、まだずっと先だ」
それから三日が経った。
俺とツクヨミはひたすらに進んでいる。
その間、いくつもの階層を超えた。
どこまでも続く草原地帯。
無数の石碑が立った台地。
時には砂漠や氷原などもあった。
景色こそ色々と変わったものの、特筆するほどの出来事は何もなかった。
また、不思議とこの世界では腹が減らない。
ツクヨミの後を歩き続け、時に休息し、また進む。
そんな行程を淡々と二日の間続けていた。
今、俺たちが歩いているのは赤茶けた荒野である。
「見えたぞ。次の階層への入り口だ」
ツクヨミが足を止めた。
「あれは……!?」
荒野の向こうに、虹色に輝く神殿が見えた。
「『最高神』がいる場所に続く、最後の階層だ──」
いよいよ、目的地は近い。