1 神聖界へ
俺とリーザは並んで歩いていた。
「ところで、エリュシオン勲章が授与されるという噂を聞いたよ」
と、リーザ。
「おめでとう。聖竜騎士団ではブラムス総隊長しかもらったことがないはずだ」
「そんなにすごい勲章なのか」
さすがに驚く。
最高位の勲章だということは聞いていたが、聖竜騎士団で一人しかもらったことがないほどのレベルだとは思わなかった。
「騎士団に入ってから、わずか一か月あまり──本当にすごいよ、君は」
リーザが俺を見つめた。
「正直、憧れるほどだ」
真正面から言われると、さすがに照れる。
リーザの方は微笑みを浮かべていた。
美しい、と素直に思うし、見とれてしまった。
年甲斐のないことだ、と内心で苦笑した。
「……憧れるというのは『騎士として』という意味だぞ?」
俺の視線を何か誤解したのか、リーザが弁明する。
「変な意味じゃないんだ。すまない」
俺と違って照れの欠片も見せない。
どこまでもクールな美人騎士だった。
「謝ることはないだろ」
「はは、そうか」
微笑みあう俺たち。
と、そのときだった。
「探しましたよ、マリウス・ファーマ隊長」
声が、した。
──ぞくり。
すさまじい威圧感に背筋が粟立った。
「なんだ……!?」
このプレッシャーは。
まるで猛将や魔獣、いやそれ以上の──。
振り返ると、一人の少年が俺たちのところまで歩いてくる。
艶のある黒髪に、炎を思わせる赤い瞳。
年齢は十四、五歳くらいだろうか。
いかにも勝ち気そうな表情をした美少年だ。
プレッシャーの出所は、間違いなく彼だろう。
一見して華奢な美少年という雰囲気の、彼が──。
俺でさえ気圧されそうになるほどのプレッシャーを放っている。
「九番隊隊長ルーク・レグルです。どうも初めまして」
少年騎士がぺこりと頭を下げた。
「隊長……?」
いくらなんでも若すぎないか。
「彼は史上最年少で聖竜騎士団の隊長になった逸材さ」
俺の内心を読み取ったように、リーザが微笑んだ。
「いわゆる黄金世代──騎士養成機関の第85期生。彼はその主席合格者だ」
つまりはエリート中のエリートか。
しかも、若くて容姿も端麗。
俺にはまぶしいばかりだ。
「先日は、うちの隊がお世話になったようで……ありがとうございました」
ルークが一礼する。
「いや、犠牲も出てしまったし……な」
俺はばつが悪い思いで言った。
魔獣キマイラやミスティとの戦いで殺されたサーナやララのことを思い返す。
リズも、右腕切断という重傷を負ってしまった。
彼女たちも黄金世代──つまりは、ルークの同期だ。
「守り切れなかった」
「マリウスさんのせいじゃありません。気にやまないでください」
ルークが首を左右に振った。
「むしろ、あなたがいたから犠牲は最小限で済んだと思います。ラロッカを守り切れたのも、あなたのおかげです」
そう言ってもらえると、少しだけ気が楽になるな。
「俺はただ礼を言いたくて、あなたを探していたんです。九番隊を代表して──あらためて、ありがとうございました」
ルークが深々と頭を下げた。
リーザやルークと別れ、俺は十二番隊の隊舎に行った。
今日は訓練主体の業務を行い、やがて一日が過ぎた。
夜になり、俺は一人、隊舎の中庭に出た。
いよいよ、試すか。
「『神聖界』について聞きたい」
俺は虚空に向かって呼びかける。
以前にも俺の意思に応じてスキルメッセージが表示されたことがある。
今回も、まず『神聖界』についてたずねようと考えたのだ。
もっとも、俺が疑問に思ったことをすべて答えてくれるわけじゃない。
何も教えてくれないかもしれないが……。
『神聖界』……【光】の力に満ちた世界。【光】の力を行使する『端末』が住まう世界。中心部には、すべての【光】を統べ、また【光】に属する者に大いなる力を授ける存在──『最高神』が住まう。
中空にメッセージが現れた。
ちょうどスキルの説明メッセージと似たような感じだ。
「【光】に属する者に大いなる力を授ける……?」
つまり、その『最高神』とやらに会えば、俺はもっと強くなれるのか?
無意識に拳を握りしめた。
もっと、強く──。
いずれ戦うことになるであろう『魔神』よりも強く……!
『「神聖界」への扉を開くことができます。開きますか? Y/N』
メッセージが出た。
俺はごくりと喉を鳴らす。
これから足を踏み入れようとしているのは『異世界』だ。
さすがに緊張する。
だが、行くしかない。
もっと強くなるために。
「イエス、だ。俺を『神聖界』に運んでくれ」
──次の瞬間、俺は草原の上に立っていた。
「なんだ、ここは……!?」
もちろん、さっきまでの中庭じゃない。
周囲には人の気配がまったくない。
空気の質感もどこか違う。
どこまでも澄み渡った、清涼感にあふれた大気。
空からは柔らかな日差し。
そう、さっきまでは夜だったのが、今は日中になっている。
「ここが──『神聖界』なのか?」
俺は呆然とつぶやく。
と、
「随分と【光】を高めたようだな」
声とともに、誰かが近づいてきた。
「あんたは──」
光り輝く人影だ。
その雰囲気には覚えがあった。
「そうだ、あのときも……」
記憶が、鮮明によみがえる。
かつて俺が帝国兵に殺されたとき──。
こんな草原で俺は出会ったんだ。
「俺を生き返らせてくれた神様……!?」