10 帰還
「なんだ、『神聖界』って……?」
突然出てきた単語に戸惑う。
いや、今はまずリズの手当てや魔剣の回収が先だ。
「リズ、救護室に行くぞ。治癒スキルが得意な者に手当てしてもらうんだ」
俺は背後の少女騎士に声をかけた。
リズは右腕を失った痛みと失血で、意識もうろうとしているようだ。
救護室に向かうため、彼女を抱きかかえる。
「たい……ちょ……う……」
うわごとのようにつぶやくリズ。
その顔は血の気が失せ、土気色になっていた。
「もう少しの辛抱だ。すぐに手当てしてもらえるからな」
俺は彼女に声をかけた。
牢を出る際、ミスティにもう一度視線を向ける。
胸を貫かれ、首がへし折れた魔獣少女はもはやピクリとも動かなかった。
リズを救護室に運び、治癒スキルの使い手に処置を頼むと、俺は一人で地下牢に戻った。
ミスティの死体は変わらず横たわっている。
その向こうには、バラバラに切断されたララの遺体があった。
「後で丁重に弔わせてもらうからな……」
俺はララに黙祷を捧げた。
それから、魔獣少女の側に屈みこむ。
左右の手に握ったままの魔剣を手に取った。
「っ……!」
バチッ、バチッ、と俺を拒むように魔剣から火花が散った。
かまわずミスティの手から取り上げる。
こちらは研究者を呼んで、王都に運ぶ方法を探ってもらおう。
魔剣の回収に魔獣少女の討伐。
任務はひとまず一段落だ──。
俺はウェンディとともに王都に戻った。
さっそくブラムス総隊長に一部始終を報告する。
「ご苦労だったな、マリウス隊長」
「ありがとうございます」
ブラムス総隊長の言葉に、俺は一礼した。
「魔剣については、当面移動させるのが難しいようだ。ラロッカにて研究を進めさせる。安全に持ち運びできる手立てを確立したら、王都に運ぶ手はずだ」
「分かりました」
「ミスティという魔獣の死体については王都に運ばせた。どうやら人間と魔獣の融合体らしい」
「人間と、魔獣の……?」
少女のような外見は擬態などではなく、実際に彼女が人間だったからなのか。
「他の魔獣とは少し生態が違うようだ。こちらも研究を進めさせる」
と、ブラムス総隊長。
「これで魔獣マンティコア、キマイラ、そしてミスティと立て続けに魔獣クラスを撃破したことになるな。帝国の猛将グリムワルドを討ったことやオルト砦を奪還したこと、魔剣の回収にラロッカに侵攻してきた帝国軍の撃退……と、君の戦果は素晴らしいものがある」
「恐れ入ります」
俺はうやうやしく頭を下げた。
「国王陛下もたいそうお喜びだという。まだ内々だが、君にはエリュシオン勲章が授与される見通しだ」
「エリュシオン勲章……?」
「ん、知らないのか」
ブラムス総隊長がかすかに眉根を寄せた。
「……まあ、君は騎士になって日が浅いしな。エリュシオン勲章というのは、ミランシアに多大な戦果をもたらした騎士にのみ与えられる、最高位の勲章だ。騎士としてはこれ以上の名誉はないといっていい」
「そんなものを、私に?」
さすがに戸惑う。
「それだけの戦果を挙げた、ということだよ。胸を張れ、マリウス隊長」
ブラムス総隊長は言って、嬉しげに笑った。
「俺も誇りに思う。引き続きミランシアのために戦ってほしい」
「励みます」
俺は短くそう答えた。
俺としては、帝国への憎しみや恨みを糧に、がむしゃらに戦ってきただけだ。
がむしゃらに、任務をこなしてきただけだ。
その結果が、騎士として最高位の栄誉か……。
その後、事務的な話を二、三して報告は終了した。
「では、私はこれで」
総隊長の執務室を出ようとしたところで、ふと思いついたことがあった。
「そうだ、一つ聞いてもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「総隊長は『神聖界』というのが何か、ご存知ですか」
「『神聖界』……?」
ブラムス隊長が険しい表情になった。
「なぜ、そんなことを聞く」
「いえ、その、この間読んだ古文書でたまたま目にして──ただの好奇心なのですが」
俺は口を濁した。
「『神聖界』とは神の住まう世界のことだ」
告げる総隊長。
「神の……?」
「魔の住まう世界『魔妖界』と神の住まう世界『神聖界』──二つの世界は対になっている。先史文明であるラ・ヴィムにおいては、それらの世界と交信することもできたそうだが、今となっては失われた技術だな」
総隊長が説明する。
「神の世界──ですか」
なんとなく聞いてみただけだったんだが、思わぬ知識を得られてしまった。
神聖界への扉を開くことができる、とスキルメッセージに表示されていた。
それはつまり──。
俺は、神の世界へ足を踏み入れることができるということか?