6 魔獣キマイラ2
【ルーンスラッシュ】で火球を切り裂いた俺は、キマイラと対峙した。
「ほう、対魔法用の斬撃スキルか……ランク4のスキルまで取得しているとは」
うなる魔獣。
「た、助かりました……マリウス隊長」
俺の側でリズが腰を抜かしていた。
「ララと一緒に下がっていてくれ。やはり魔獣は危険だ」
剣を構え直し、キマイラと正対する俺。
連携して戦った方が、より早く撃破できるのは分かっている。
だが、さっきのように犠牲を出すわけにはいかない。
最初から俺一人で戦っていれば──。
後悔がこみ上げる。
数メートル前方で倒れているサーナの死体に視線を移した。
手足や首があらぬ方向にねじ曲がり、瞳孔が開ききった死体だ。
その表情は恐怖で凍りついたままだった。
「あいつは俺一人で倒す」
剣を手に前進する。
おそらく、最初にキマイラたちが『まともに戦えば、自分たちは敵わない』などと言っていたのも誘いの罠だったんだろう。
どちらか一頭が俺に殺されれば、その瞬間にスキル【末期の呪殺】が発動する。
それで俺を殺そうという算段だったんじゃないだろうか。
ただ俺のレベルでは、そのスキルで殺せない……というのは、奴らにとっても計算外だったようだが。
「……ちいっ」
キマイラは背を向けて逃げ出した。
【末期の呪殺】で俺を殺せない以上、最初の作戦は破棄ということか。
「逃がすか!」
俺はそれを追って駆け出した。
一般兵にとって魔獣は恐るべき相手だ。
黄金世代と呼ばれるリズでさえ、一対一では圧倒されかけていた。
魔獣を野放しにすれば、味方にどれだけの被害が出るか分からない。
だが、キマイラはかなりの速度で遠ざかっていく。
「追いつけない──」
あいにく俺は高速移動系のスキルを持ち合わせていない。
【ソニックフィスト】のように音速移動できるスキルもあるが、あれは短時間だけ音速のダッシュができるだけで長時間の高速移動はできない。
すでにキマイラは九番隊の騎士たちのところまでたどり着こうとしていた。
モタモタしていたら犠牲者が出る。
「……試すか、あれを」
俺は足元の石を拾い上げた。
【バレットスロー】。
先日のオルト砦攻略戦でレベルが上がった際に身に付けた、投擲スキルだ。
まだほとんど試していないが、その威力は強烈である。
フルパワーなら城塞の壁すら貫通するほど。
ただし、欠点もある。
まず、発動までにある程度の時間がかかること。
とっさの事態に出せるタイプのスキルではない、ということだ。
さらにクールタイムが長いので、一発外すと次に撃てるようになるまで時間がかかる。
つまり──この一投で確実に仕留める必要があった。
キマイラがさらに加速し、九番隊の騎士たちに迫る。
先ほど無惨に殺されたサーナの姿が脳裏をよぎった。
これ以上は、殺させない。
「リズ、ララ、周囲の警戒を頼む。俺がスキル発動に集中する数秒の間だけ、な」
言って、俺は石を握りしめた。
集中力を高める。
どこまでも研ぎ澄ませる。
迷うな。
恐れるな。
奴を撃つ──それだけを考えるんだ。
振りかぶる。
すべての意識をキマイラに集中し、狙いをつける。
「【バレットスロー】!」
俺は投擲スキルを発動させた。
放った石は大気との摩擦で赤熱化しながら、一直線に飛んでいく。
衝撃波をまき散らしながら、螺旋状に回転して飛んでいく。
「ぐ、があっ……!?」
キマイラが苦鳴を上げた。
石が奴の胴体部を貫き、鮮血をまき散らす。
力なく倒れたキマイラは、そのまま動かなくなった。
「……ぐっ!」
同時に、俺の全身にすさまじい衝撃が走り抜ける。
奴を殺したことで【末期の呪殺】が発動したんだろう。
が、さっきと同じくなんとかその衝撃に耐えることができた。
「ふうっ……」
体の各部に痛みは残るが、動けないほどじゃない。
「後は──敵兵だけだな」
俺はあらためて帝国の騎士や兵たちを見据えた。
「馬鹿な、魔獣が二頭とも討たれた……!?」
敵軍がざわめいている。
「え、ええい、うろたえるな!」
「魔獣がやられてもまだ、俺たち上級騎士がいる!」
軍の戦闘にいる数名の騎士が味方を鼓舞した。
よし、次はあれだ。
俺は地を蹴り、一気に距離を詰める。
「な、なんだ、お前は──」
「速い──!?」
高速接近した俺に上級騎士たちが剣を向ける。
だが、遅い。
身体能力を全開にして駆け抜けた。
左右に剣を振るう。
肉を断ち切る感触。
飛び散る鮮血。
すれ違いざまに、俺はすべての上級騎士の首を刎ね飛ばしていた。
全部で六つの首が、俺の周囲に落ちる。
魔獣に上級騎士──敵の戦力の要を相次いで撃破したのだ。
「後は、雑魚だ! 掃討しろ!」
俺は味方に向かって叫んだ。
九番隊の騎士たちが歓声を上げ、逆に帝国軍は悲鳴を上げた。
「九番隊の精鋭たちよ、全軍突撃!」
ワンテンポ遅れて、最後方からゴードン副隊長の声が響いた。
俺が敵の主力を倒したのを見て、慌てて指示を出したんだろう。
振り返れば、ゴードンの顔は安堵感に満ちていた。
こっちを見て、愛想笑いを浮かべる。
俺の手は借りない、なんて言っていただけに、ばつが悪そうだ。
まあ、どうでもいい。
あっという間に戦場の雰囲気は、俺たち王国軍の勝利ムードへと傾いた。
こうなれば、勝利は固いだろう。
俺はなおも先陣を切り、帝国騎士や兵たちを次々と斬り殺し、あるいは殴り殺していった。
数時間後、迎撃戦は終結した。
リズやララを始め、九番隊の騎士たちの奮戦もあり、俺たちの一方的な勝利に終わった。
すでに日が沈みかけている。
「うう、サーナ……」
「どうして、こんな……」
戦いの後、リズとララはサーナの死体の前に崩れ落ち、嗚咽した。
俺は静かに黙祷を捧げる。
落日が、美しき少女騎士の無残な躯を照らしていた──。