4 対峙と急襲
目の前には高さ3メートルほどの透明なクリスタルがあった。
内部には、金色の髪に赤いリボンをつけた可愛らしい少女が入っている。
ピクリとも動かず、まるで眠っているようだ。
「これは──」
「私たちは三人で連携して、彼女を──魔獣を追いこみました」
眼鏡少女のリズが説明する。
「そして最後の一撃を浴びせようとしたところで、突然彼女の剣が光ったかと思うと──次の瞬間には、こうなっていたんです。彼女はクリスタルの中にいて、外からでは手が出せません」
「クリスタルを破壊することは?」
「格闘や武器、魔法スキルなどを試しましたが、傷一つつけられませんでした」
「この少女が魔獣ということでいいんだな?」
確認する俺。
「はい。外見はこうですが、恐るべき戦闘能力を備えています。私たちと交戦する前に、数名の騎士と戦い、全員を爆殺していました」
「クリスタルの外に出てきたら、たっぷり拷問にかけてやらないとな」
ゴードンが怒りの表情で言った。
「隊長の留守中に部下を五人も失ったんだ。俺の顔に泥を塗ったことを後悔させてやるぞ……!」
「彼女の処分については、こちらが口出しすることじゃないが──彼女が持っている魔剣は回収させてもらいたい」
「ご自由にお持ち帰りください。このクリスタルの中から彼女を出せたら、の話ですが」
ゴードンが俺を試すようににらんでくる。
「少し試してみるか」
俺のスキルでも、このクリスタルは破壊できないだろうか?
もし破壊できたとして、内部にいる少女まで殺してしまったら、貴重な帝国の情報源を失うことになる。
「まずは軽く──な」
剣を抜いた。
「【パワーブレード】!」
刀身が赤い光に包まれる。
格闘系スキル【パワーナックル】の斬撃版ともいえるスキルである。
スキルのランクは2。
全体重を乗せた強烈な斬撃で、敵を三体まで同時攻撃できる。
俺は赤く輝く剣を掲げた。
「待ってください、マリウス隊長。そのスキルなら私も試しましたが、クリスタルには傷一つつけられなくて──」
背後でリズが言った。
「まあ、見ててくれ」
俺は構わずクリスタルの端に斬撃を叩きつける。
ほとんど手ごたえがなかった。
まるでバターでも裂くように、俺の剣はクリスタルの外縁部をさっくりと切り取る。
「よし、いけそうだな」
俺は満足して息をついた。
「嘘……!?」
振り返ると、三人娘が呆然と目を見開いていた。
「同じ【パワーブレード】なのに、私とはまるで違う……!」
俺をまじまじと見つめるリズ。
眼鏡の奥の瞳に、熱い光が宿っていた。
「ああ、やはり噂通りの実力なのですね……すごい」
たちまち、その顔がうっとりとなる。
「次は魔獣が露出するようにクリスタルを多めに斬る」
俺はふたたび【パワーブレード】を発動し、刀身に赤い光をまとわせた。
りいいいいいいいいいいいいいいいんっ。
牢の内部で甲高い鈴のような音が鳴った。
「なんだ……!?」
「牢内に緊急用の魔導通信装置をつけてあるのです。ちょっと失礼」
ゴードンが壁際まで行き、壁を軽くタップした。
そこが点滅し、数行の文字が現れる。
「敵襲、だと?」
ゴードンが眉根を寄せた。
「くそ、ここ最近はまったく攻めてくる気配がなかったっていうのに……よりによって俺が隊長の留守を預かっているときに限って──」
と、顔をしかめた。
「この町に帝国軍が攻めてきた、ということか?」
たずねる俺に、ゴードンは無言でうなずいた。
「敵の編成は?」
「騎士団が三部隊ほど。さらに魔獣らしきモンスターが二体とのことです」
「魔獣が二体……か」
俺はうなった。
「ゴードン副隊長、俺にも戦わせてくれないか」
申し出た。
並の騎士にとって、魔獣は強敵だ。
かつて対峙した魔獣マンティコアのことを思い出す。
二番隊で上位の席次にいたタックでさえ、あっさりと殺されたのだ。
正面から戦えば、かなりの被害が出るだろう。
「隊長自らが、ですか?」
ゴードンは眉をひそめ、それから小さく笑った。
「そういえば、以前の戦いで魔獣を討ち取った経験がおありでしたな」
「無駄な犠牲は出したくない。俺が行って仕留めてくる。いいな?」
「──ここは九番隊に任された場所です。まして危険な相手──十二番隊にご助力いただくわけにはいきません」
ゴードンが首を左右に振った。
「ここは我らにお任せいただきたい。マリウス隊長はお供の方とともに安全な場所へ避難を」
体面か、それとも別の理由か。
「今はそんなことにこだわっている場合じゃない」
俺はぴしゃりと言った。
「ですが、この町はあくまでも九番隊の──」
「俺は勝手に行って魔獣を殺してくる。罰したければ、罰すればいい」
埒が明かないと踏んで、俺はそう言い放った。
「ぐっ……」
気圧されたのか、ゴードンが後ずさる。
「……くそ、なんだよこのおっさん」
小さくつぶやくのが聞こえた。
どうでもいいので無視しておく。
「ウェンディは待機だ。九番隊の方から助力の要請があれば、それに従ってくれ」
「ボクも一緒に行きましょうか?」
「……いや、ここにいてくれ」
彼女の申し出を俺は断った。
それから牢を飛び出す。
「お待ちください!」
詰め所を出たところで、後方から三人娘が追ってきた。
勝手なことしようとする俺を引きとめに来たんだろうか。
──と思ったら、
「マリウス隊長、私たちも戦います」
リズが三人を代表するように言った。
「ゴードン副隊長の指示です」
共闘、か。
彼女たちが一緒に戦い、協力して敵を迎撃した──という形にして、九番隊の面子を保つ。
体面にこだわりが強そうなゴードンは、おおかたそんなふうに考えているんだろう。
まあ、俺にはどうでもいい。
この町に向かってくる帝国軍を迎え撃つだけだ。
敵兵を殺し、敵騎士を殺し、魔獣を殺す。
それだけだ。
俺は三人娘とともに町の正門前までやって来た。
土煙とともに、街道からこちらへ向かってくる一団が見える。
馬に乗った帝国の騎士たち。
その先頭には全長十メートルほどの巨大な獣が二頭いた。
「魔獣キマイラ──ですね」
リズがつぶやく。
獅子、山羊、蛇の三つの頭をもつ異形の魔獣を、俺はまっすぐに見据えた。
腰の剣を抜く。
「まず、俺があの二頭を叩く!」
言うなり、俺は飛び出した。
速攻で片を付けてやる──。