3 九番隊
俺たちは街道を進み、ラロッカという町までたどり着いた。
この町を抜けると、ガイアス帝国やリアン公国との国境である。
つまりは──ここで捕捉できなければ、魔獣は帝国まで逃げ帰ってしまうということだ。
俺はウェンディとともに、町の中央にある騎士団の詰め所までやって来た。
出迎えてくれたのは、三人の騎士だった。
いずれも十代後半くらいの、美しい少女たちである。
「十二番隊隊長、マリウス・ファーマだ。こっちはウェンディ・ノア。隊長に話をつないでもらえるか?」
三人に告げる俺。
「あなたが噂の──」
彼女たちはハッと息を飲んだようだった。
「隊長は一時的に王都まで戻っていて、現在は副隊長が指揮をしています。そちらに案内させていただいてよろしいでしょうか」
「頼む」
「では、どうぞ。申し遅れましたが、私は九番隊第三席のリズと申します」
黒髪眼鏡の少女騎士が一礼した。
「同じく第四席サーナです」
緩やかにウェーブした青髪に勝ち気そうな顔立ちの少女騎士が名乗る。
「五席のララですっ」
金髪をショートヘアにした朗らかそうな少女騎士が笑顔で言った。
「お目にかかれて光栄です、マリウス隊長」
「私たち、以前からあなたにお会いしたいと思っていたんです」
「ご活躍はお聞きしています。猛将や魔獣を討ったこと。それに今回の戦いではオルト砦を鮮やかに奪還されたとか」
三人はキラキラした目で俺を見ていた。
最近、もはや慣れつつある『俺のことを英雄視する瞳』だ。
「オルト砦奪還は、俺一人の力じゃない。十二番隊全員の力で勝ち取ったものだ」
いちおう注釈を入れておく。
「ご謙遜を、ふふ……あなた一人だけで勝利できたんじゃないか、と早くも噂ですよ」
にっこりと笑いながら、眼鏡少女が俺に体を寄せてきた。
ふう、と甘い息がかすかにかかる。
「もう、リズったら。初対面の隊長を困らせるものじゃないでしょう」
「リズちゃん、マリウス隊長のファンだから」
「いけない。私、つい気持ちが先走って……ふふふ」
彼女たちがきゃいきゃいと騒ぐ。
いかにも十代の若い娘たち、という雰囲気だった。
四十歳を超えている俺としては、少し近寄りがたい感覚があった。
別に不快というわけではないが、もう若くない俺には彼女たちのノリについていき難い部分があるのも確かだ。
「光栄ではあるが、今は任務中。まずは副隊長のところまで急ぎたい」
「あっ……すみません! 私ったら」
リズはハッとした顔で頭を下げた。
「いや、いいんだ」
俺は片手を上げて、恐縮する彼女を制した。
騎士になって一か月経つし、こういう英雄扱いは何度も経験しているが、いまだに慣れないな……。
相手が親子ほども年の離れた美しい少女たちだと、なおさらだ。
俺たちは三人に案内され、詰め所の奥に向かった。
副隊長ゴードンの執務室は最奥にあるという。
と、
「あの……もしかして、隊長がいらっしゃったのは、少女の外見をした魔獣の件でしょうか」
リズがたずねた。
「……そうだが」
上位の席次である彼女たちになら、ある程度言ってもいいだろう。
これから先、協力を頼むことがあるかもしれない。
「それなら、あたしたちが討ちました!」
「頑張りました」
「妙な剣を二本持っていたので、それも回収してあります」
勢い込んで告げる三人娘。
それは予想外の返答だった。
「君たちが?」
俺は驚いて三人を見た。
相手は魔獣である。
ある程度の激しい戦闘も覚悟していただけに、すでに討伐済みで魔剣も回収されていたというのは想定していなかった。
思わずウェンディと顔を見合わせる俺。
「さすが黄金世代ですね」
ウェンディが微笑んだ。
「黄金世代?」
「ボクの二つ上──騎士養成機関の第85期生のことです。逸材が多くて、卒業後に騎士団の主力メンバーとして活躍している人が多いんですよ。それで『黄金世代』って呼ばれてるんです」
ぴっ、と人差し指を立てて説明するウェンディ。
「なるほど……」
「あら、あなただってその黄金世代に引けを取らない活躍じゃない。87期のウェンディさん」
言ったのは、勝ち気そうな青髪セミロングの少女、サーナ。
「えっ、ボクのことを知ってるんですか?」
「あなたとサーシャさんは87期のダブルエースでしょ。当然知ってるよっ」
と、これは朗らかな金髪ショートヘアの少女、ララだ。
「えへへ、なんだか照れます」
ウェンディがはにかむ。
……などと話しているうちに、執務室までたどり着いた。
「副隊長、リズです。十二番隊のマリウス隊長とウェンディさんをお連れしました」
リズが扉越しに声をかける。
「入れ」
室内から声がした。
リズが扉を開け、俺たちは部屋の中に入った。
執務机から、一人の騎士が俺たちの所まで歩み寄る。
「突然訪れて済まない。十二番隊隊長マリウス・ファーマだ。こっちはウェンディ・ノア。任務のためにここまで来た」
「九番隊副隊長、ゴードンです」
ゴードンは三十過ぎの騎士だ。
あせた灰色の髪に青い瞳。
整ってはいるが、どこか冷やかな印象を与える顔立ち。
「あなたが新設部隊の隊長ですか、なるほど……」
ゴードンはねめつけるように俺を見た。
好意的とは、とても言いがたい表情だ。
「……なんでこんなおっさんが隊長なんだよ」
ぽつりとつぶやく声が聞こえてしまった。
あるいは、わざと聞かせたのかもしれない。
まあ、騎士になって一か月程度で新設部隊の隊長になった俺のことを快く思わない者がいるのは分かっている。
今さら気にならない。
俺はゴードンと、それから三人娘にも残ってもらい、任務の概要を説明した。
魔剣について。
そして、オルト砦まで研究者を連れていったところで、その魔剣が奪われている事態に遭遇したこと。
犯人と思しき魔獣を追って、ここまで来たこと。
そして──その魔獣を三人娘が討ったことも。
「図らずも俺たちの任務に協力してもらう格好になった。隊長として礼を言わせてもらう」
俺はゴードンや三人娘に一礼した。
「いえいえ。我が九番隊も辺境守備などに追われていますが、この程度のことはやれるということです」
ゴードンが鼻を鳴らした。
あいかわらず俺に対しての不快感を隠そうともしない。
「魔獣や剣を見せてもらってもいいか?」
「どうぞ。案内します」
俺たちは執務室から、詰め所の地下に移動した。
そこには簡易的な牢がある。
敵兵などを捕らえたときのためのものだろう。
奥にある牢まで行くと、そこには──。
クリスタルのようなものに閉じこめられた少女と、そのクリスタルに突き刺さった二本の魔剣があった。