2 魔獣少女ミスティ
ミスティが生まれたのは、おおよそ五十年前。
ミランシア王国とガイアス帝国との戦争がもっとも激しかったころである。
戦争によって故郷を失い、孤児として行くあてもなくさ迷っていたところを、一人の女性に拾われた。
ルシオラと名乗った彼女は──人間ではなかった。
異界から気まぐれに人間界へやって来た『魔神』という超存在だという。
ルシオラによってミスティは異界に連れられ、そこで育てられた。
周囲は異形の魔神や魔獣ばかりの環境だ。
だが、不安も恐怖もなかった。
母代わりの魔神ルシオラが常に優しく、愛情を持って彼女を育ててくれたからだ。
十歳になったとき、ミスティは『魔獣』の力を与えられた。
『これからお前は、私のために働くのよ』
『ただの人間だったあたしが、魔神であるルシオラ様の部下に……?』
『不安かしら? 大丈夫よ、ミスティ。あなたには強大な【闇】が宿ったのだから』
『【闇】……?』
『生来の魔獣では得られない領域。人であるあなただからこそ得られた力──その力は、これからきっと役に立つわ』
『あたしが、ルシオラ様の役に……』
『そう、あなたでなければできない役目よ』
その言葉は、今もミスティを支えている。
ルシオラのために、その身を賭して戦う。
それは彼女の存在理由であり、誇りであり、『母』への愛だった。
ミスティはルシオラの配下の一人として様々な任務をこなした。
主に、ルシオラと他の魔神との抗争における手駒として。
そんな生活が数十年続き──。
半年ほど前、ガイアス帝国の皇帝によってルシオラが召喚された折、ミスティもこの世界にやって来た。
数十年ぶりの人間界である。
しばらくはルシオラの身の回りの世話や斥候任務をこなしていたミスティだが、今回は別の任務が下った。
帝国が派遣した魔剣使いが王国の騎士に撃破され、魔剣自体も奪われてしまったのだという。
それを取り戻すことが、任務の内容だ。
「……簡単に終わる任務だと思ったんだけどね」
ミスティはため息をついた。
年齢でいえば五十歳を超えているが、彼女の外見は十歳のままで止まっている。
背中まである金色の髪に、赤いリボン。
小柄な体に赤いワンピース。
可憐な少女然とした見た目から、彼女が魔獣の力を秘めていると想像できるものはいまい。
相対しているのは、三人の騎士だった。
全員、十代後半くらいだろうか。
「私たちは聖竜騎士団九番隊! 魔の気配を持つ者──あなたは私たちが討つ!」
黒髪を肩のところで切りそろえ、眼鏡をかけた少女。
緩やかにウェーブする青い髪を背中まで伸ばした勝ち気そうな少女。
金色の髪をショートヘアにした朗らかな笑顔の少女。
いずれ劣らぬ美しい少女騎士たちは、鮮やかな連携でミスティを追い詰めていた。
「確かにあなたの白兵戦能力は高い。だけど私のスキルで弱体化すれば──【スロウ】!」
青髪の少女騎士は、相手の能力を低下させる『デバフ』のスキルを。
「あたしがみんなを守るんだから──【ガードⅢ】!」
金髪の少女騎士は、『防御』や『回復』のスキルを。
「最後は私の番ね! この一撃で散るがいいわ、魔獣──【パワーブレード】!」
そして黒髪の少女騎士は強烈な斬撃のスキルを。
巧みに組み合わせ、ミスティに付け入る隙を与えない。
(てごわい──)
彼女は内心でうめいた。
おそらく個人能力ならば、砦で魔剣を守っていた老騎士の方が上だろう。
だが連携した三人は、その老騎士以上の戦闘能力を発揮していた。
魔獣の力を持つミスティすら凌ぐほどに──。
それでも、負けられない。
魔剣奪取は、ルシオラから命じられた任務である。
達成できなければ、ミスティに存在価値はない。
仮に失敗しても、優しいルシオラは許してくれるだろう。
だが、ミスティが自分自身を許せない。
だから──、
「魔剣スキル──【死の斬舞】!」
手にした魔剣を振るう。
高速連続斬撃を放つ武器スキルである。
「駄目、発動しない……!」
魔剣の強みは、通常スキルでは対抗できない上位スキル──『魔剣スキル』を操れることができる点にある。
だが、ミスティがいくら魔剣に意思を込めても、魔剣スキルは一向に発動しなかった。
これでは単なる剣と変わりがない。
「さあ、これで終わり!」
「あたしたちの連携があなたを上回ったみたいだねっ、魔獣!」
「はあああああああああっ!」
三人の連携攻撃が繰り出された。
「ちいっ」
二本の魔剣を振るうが、相手の防御スキルに阻まれる。
デバフスキルによって動きを鈍らされる。
そこへ浴びせられる、強烈な斬撃。
「あぁぁっ……!」
胸元が、切り裂かれた。
激痛とともに意識が遠のいていく。
(あたしは……死ぬ……こんなところで……)
ミスティは半ば無意識に二本の魔剣を握り直す。
脳裏に、ルシオラの美しい笑顔が浮かんだ。
駄目だ。
まだ死ねない。
あの方のために、戦うのだ。
自分を拾い、育て、見出してくれた主のために。
どくん、と柄から脈動が伝わってきた。
熱い──。
二本の魔剣が火傷しそうな熱を発していた。
(これは……!?)
※
帝国に襲われていた村を救った俺たちは、さらに街道を進んでいた。
魔剣の気配は近い。
前方には帝国やリアン公国との国境にほど近い町があった。
「あそこには聖竜騎士団九番隊が駐屯しているはずです」
と、ウェンディ。
「九番隊……か」
「魔獣との交戦になったとしても、そうそう遅れは取らないはず。もしかしたら、ボクらの代わりに魔剣を取り返してくれているかもしれませんね」
「なら、楽なんだが──」
妙な胸騒ぎがした。
「とにかく急ごう」