8 出立
「ジィドさん!」
俺は倒れている老騎士に駆け寄った。
「も、申し訳ありません、マリウスさん……」
ジィドさんが弱々しく上体を起こした。
「大丈夫ですか!」
俺は慌てて老騎士の体を支えた。
とりあえず生きていることに安堵する。
ただし、放っておいていい傷じゃない。
重傷だ。
全身が裂傷や火傷だらけで、身に着けた甲冑も激戦を物語るようにあちこちが砕けている。
「侵入者が……防戦したのですが、手ごわく……助けを呼ぶ、ことも……」
苦しげな息の下でつぶやくジィドさん。
「魔剣を、奪われ……」
「今はしゃべらないでください! 今、応急手当をします。その後、治癒スキルが得意な者を呼びますから!」
俺自身も治癒スキルを一つ会得しているが、残念ながら低ランクのものだ。
攻撃系のスキルは使用者のレベルによって威力が上がるのだが、治癒スキルの効果は基本的にレベル依存ではなくランク依存らしい。
つまり使用者のレベルが1だろうと100だろうと、効果はほぼ同じ。
ランクの高い治癒スキルを使えば高い効果を得られるが、ランクが低ければ相応の効果しかない。
要は、常人を圧するレベルの俺が治癒スキルを使ったところで、それが低ランクのものなら大した効果はないのだ。
とはいえ、応急処置程度にはなる。
「【ヒーリング】!」
俺は右手をかざして治癒スキルを発動した。
ランク1──つまり最低ランクの治癒スキルである。
ジィドさんの体が、びくん、と震えた。
多少は効いたのか、出血がいくぶん収まり、顔色も少し良くなったように見える。
「隊長!」
「敵襲ですか!?」
事態を察したのか、数名の騎士がこっちに来た。
「ふ、副隊長!?」
「見ての通りだ。敵の奇襲を受け、ジィド副隊長が負傷された」
俺は彼らに言った。
「至急、治癒スキルを使える者を呼んできてほしい。なるべく高ランクの使い手を、な。頼む」
「了解しました!」
一礼し、去っていく部下たち。
「魔剣は……帝国の者が……」
ジィドさんは俺の【ヒーリング】で少し体力を取り戻したらしく、説明の続きを始めた。
「あの、無理はなさらないでください。話なら後で聞きますから」
「いえ、事態は一刻を争います……帝国に持ち去られる前に、ふたたび取り戻し……はあ、はあ……」
「ジィドさん、本当に無理はしないでください」
「持ち去ったのは……おそらく、魔獣です……」
「えっ」
「人間そっくりの姿をしていましたが……擬態かと……気配が、人間のそれではなく……」
ハアハアと息を乱しながら、ジィドさんが説明する。
「今から一時間ほど前に……南東の方に……」
途切れ途切れに話すその声は、あまりにも弱々しい。
「どうか……追いかけて……くださ……まだ、間に合う……かもしれません……」
「──分かりました」
「魔獣は……少女のような姿……ですが、おそるべき戦闘能力を……お気をつけて……」
「全力を尽くします。ジィドさんは安静にしていてください」
「面目次第も……ありません……すべては、私の責任……どうか、処分を……」
「そんなことを言わないでください」
俺は首を左右に振った。
と、ちょうどそこに部下たちが呼んできた治癒スキルの使い手が到着する。
「後を頼む」
彼らに告げて、俺は立ち上がった。
「ジィドさんは、体を休めることだけを考えてください。俺が必ず魔剣を取り戻します」
俺は砦の正面に立っていた。
一時間ほど前に魔剣を奪い、南東の方角に去って行ったという魔獣らしき少女。
これだけでは情報が少なすぎる。
どうやって追跡するか──。
考えたところで、俺の中の何かが違和感を訴えた。
「この感覚は──」
そうか、魔剣だ。
帝国の上級騎士たちと戦ったときに感じた、魔剣の禍々しい雰囲気。
それが、遠く離れていてもかすかに感じられる。
この気配をたどっていけば、あるいは追いつけるかもしれない。
『──誰?』
ふいに、誰かの声が脳内で響いた。
「お前は……?」
『質問をしているのは、あたしのほう』
声は、どうやら少女のようだ。
まさか、魔剣を奪った魔獣なのか?
『人間にしては大きすぎる【光】の力……聖剣使いの勇者でもない……なるほど、神から直接【光】を付与されたイレギュラー、ということね……』
ぶつぶつとつぶやく少女。
「魔剣はお前が持っているのか」
『そうよ。ルシオラ様から命を受けたの。取り戻してこい、って』
語る少女。
『だから渡さないよ。絶対』
「こっちは命令を受けてるんだ。必ず取り返す」
ジィドさんのためにも、な。
『追いつかせないから。追ってきたら、殺す』
それを最後に少女の言葉が聞こえなくなる。
なんだったんだ、一体──?
と、
「隊長」
ウェンディがやって来た。
彼女はこの砦全体の守備のため、ここに残した人員の一人だ。
「ボクもお供します」
「何?」
「ジィド副隊長に指示されたんです。マリウス隊長を補佐してくれ、って」
「ジィドさんが……」
「あ、だいじょーぶですよ。魔剣のこと、他言はしてませんから」
ぱちり、とウインクするウェンディ。
「ただ、一人では追跡にも限界があるでしょ。ボク、色々と追跡に役立つスキルを持っているので」
「……なるほど、それは助かる」
「じゃあ、いきましょーか」
「相手は魔獣かもしれない。危険な相手だ」
「ボクだって、いちおう十二番隊の第四席次ですよ。強いんですから」
「……ジィドさんを倒した相手だということを忘れるなよ。お前は追跡だけに専念してくれ。戦闘は俺がやる」
「りょーかいっ」
敬礼して、ウェンディがスッと目を閉じた。
「じゃあ、追跡スキルを使いますね」
すでに俺は魔剣の気配をつかんでいるが、彼女のスキルも併用して追った方が確実だろう。
そして──俺とウェンディによる魔剣追跡行が始まった。
※
一人の少女が街道を駆ける。
街の入り口にある正門まで行くと、数名の騎士の姿が見えた。
ミランシア王国の騎士だ。
「外部の者か? 通行証を──」
「邪魔」
何か言いかけた騎士に、少女は右手を突き出した。
放たれた光弾が、彼の胸元で炸裂する。
粉々になって吹き飛ぶ騎士。
「き、貴様!」
「帝国の者か!?」
「邪魔って言ったよ、あたし」
彼女はふたたび光弾を放った。
騎士たちをまとめて爆殺し、正門の前に立つ。
この街を抜ければ、後は帝国やリアン公国に接する国境地帯である。
魔剣を帝国まで持ち帰るという主の──魔神ルシオラの命を果たすまで、あと少し。
「ここから先は通さないわよ」
「妙な気配がする。こいつ、人間じゃなさそう」
「どちらにせよ、敵は斬って捨てるのみだね」
声とともに、新たな騎士たちが現れた。
数は、三人。
いずれも十代後半くらいの少女だった。
雰囲気からして、先ほどの騎士たちよりも手ごわそうだ。
「だけど、たかが人間が──魔獣であるあたしに敵うと思わないでよ」
少女は、ふふん、と鼻で笑い、身構えた。
次回から第3章「魔剣解放」になります。明日更新予定です。
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