5 オルト砦攻略戦1
十二番隊に初の戦闘任務がくだった。
戦略重要拠点であるオルト砦の奪還戦だ。
すでに聖竜騎士団九番隊や白虎騎士団十五番隊らが向かい、返り討ちにあっているのだという。
敵の守りは固く、容易には攻め落とせないだろう。
さて、どう戦うか──。
「隊長、よろしいですか」
執務室で考えを巡らせていると、ジィドさんが訪ねてきた。
今回の作戦を相談するために呼んだのだ。
「オルト砦は非常に堅固です。守るに易く攻めるに難い、という典型──容易には攻め落とせないでしょう」
と、ジィドさん。
「砦の外壁には対攻撃スキル用の素材が使われていますし、魔法使い部隊も控えているようです。遠距離からの撃ち合いで砦を落とすことは難しいと考えます」
「正面からの力押しで行った場合は?」
「砦には近接戦闘に優れた上級騎士が多数配置されているようです。正面からの戦いになると、我が隊にも大きな被害が出るかもしれません」
「接近戦も飛び道具も駄目、となると──」
俺はふと思った。
「あの、俺が単独で突破するのはどうでしょう?」
もしかして、それが一番手っ取り早いのではないだろうか。
戦術も何もない、身もふたもないやり方だが。
「し、しかし、さすがに一人でというのは──」
ジィドさんも驚いた様子だ。
「部下の損耗も抑えられますし、状況は違いますが、以前に帝国の猛将も一人でこっちの騎士たちを薙ぎ払って、戦況を有利に進めていました」
そう、俺がイメージしているのは以前に戦った猛将グリムワルドだ。
細かい戦術眼なんて俺にはないし、急に身に付くはずもない。
新設部隊である十二番隊は個々の力に優れた者は多いが、連携の練度には不安が残る。
だけど俺一人の力なら──。
圧倒的なレベル差で敵をねじ伏せることなら、今まで何度もやってきた。
それを最大限に活かす──。
「……噂に聞くマリウスさんのお力なら、あるいは」
ジィドさんがうなった。
「ですが、やはり単騎駆けは無茶に過ぎませんか」
「……自分でも少しそう思います」
「いちおう別のプランも検討しましょう」
俺たちはその後もいくつかの作戦を話し合った。
が、やはりこれといったものは出てこない。
結局のところ、俺の単身突破が一番有効ではないか、という話に落ち着いた。
「では、それでいってみましょうか。マリウスさんが単騎で敵を押しこむ。我らがそのサポート、そして攻め入る余地ができた時点で一気に攻めこむ」
自分で言い出しておいてなんだが、単純すぎるだろうか。
危険、すぎるだろうか。
「本隊の指揮はジィドさんにお願いします。俺よりも、ずっと慣れていると思いますし。適材適所ってことで」
「……マリウスさんの役目は非常に危険です。どうかご武運を」
「まあ、なんとかなりますよ」
俺はあえて気楽な返事をした。
そして──俺たち十二番隊はオルト砦前までやって来た。
「じゃあ、手はず通りに俺が先行する。後の指揮はジィド副隊長に任せる」
俺は部下たちに宣言した。
おおおおおお、と気勢の声が上がる。
その声には戦いの高揚と興奮、そして不安や戸惑いも混じっているように見えた。
……まあ、そうだろうな。
敵の砦に向かって隊長が単騎で突撃なんて、無謀もいいところだ。
だけど、俺には自信があった。
二番隊にいたころに経験したいくつかの戦場で──。
数十人単位に囲まれながら戦った経験もある。
今の俺のレベルなら、数十数百の敵が相手でも打開できる、という自信があった。
むしろ、兵の数よりも質が問題だ。
たとえばあのグリムワルドやマンティコアのような強者が混じっていた場合。
大勢の雑魚よりも、少数の精鋭の方が、俺にとっては脅威である。
まあ、そういった敵戦力を見極め、手ごたえを感じ取るのも大切だ。
まずは行ってみよう──。
「はっ!」
俺は短い気合いとともに、馬を駆けさせた。
「単騎駆けだと!?」
砦の方からどよめきが起こる。
いちおう農耕馬に乗ったことはあるが、本職の騎士のように戦闘局面で馬を乗りこなす技量はない。
だけど、そもそもそんな技量は必要ない。
正直、敵陣まで高速で突っこむことさえできれば、後はどうにでもなる。
俺個人の攻撃能力で、な。
「舐めるな!」
「射殺せ!」
ひゅんっ、ひゅんっ、という風切り音が連続して聞こえる。
砦から無数の矢が飛んできたのだ。
俺は【ディフェンダー】を張りつつ、接近した。
この防御スキルは三分程度しか持続しない。
そして一度使うと、しばらくは使用不可能な待機時間が生じる。
クールタイムはおおよそ十分ほどだ。
効果が切れた後は、剣で矢群を斬り払って進む。
俺や馬に当たらないように片っ端から斬りまくる。
「──いける!」
無数の矢も、レベルが上がった俺にはすべて反応し、防げる対象でしかない。
「これだけの矢の中を……化け物め!」
「ええい、魔法部隊……出ろ!」
砦から帝国軍のざわめきと怒号が聞こえた。
砦の上部にローブ姿の一団が現れる。
数は十人ほどか。
魔法使いはどこの国でも希少な存在だから、この砦にいる全員を集めたのかもしれない。
彼らの手にした杖が、いっせいに俺に向けられた。
杖の先端に魔力の輝きが灯る。
魔法攻撃で俺を迎撃しようというのだろう。
矢と違って、さすがに剣で魔法を切り裂くことはできない。
「なら、俺も魔法スキルを使わせてもらうか」
もともと『魔法』というのは、特殊な才能がある者だけが扱える『超常の力』だ。
だが、疑似的に魔法と同等の効果を得られる『魔法スキル』というものが存在する。
魔法の素養自体はなくても、スキルによって魔法と似たような力を操れるというわけだ。
俺はその魔法スキルをいくつか取得していた。
「『ファイアバレット』!」
「『サンダーアロー』!」
砦から無数の火球や雷撃が迫る。
「【ストームレイ】!」
俺は右手から青白い光芒を放った。
光り輝く衝撃波が、魔法攻撃をまとめて吹き散らす。
「馬鹿な、あれだけの数の魔法を!?」
「な、なんという火力だ……!」
「【インパルスブレード】!」
俺はさらに剣を振り下ろして斬撃波を飛ばす。
轟音。
十枚重ねのライデル鋼すらやすやすと両断する俺の武器スキルが、砦の壁をバターのように切り裂いた。
砦には対攻撃スキル用の素材が使われているという話だが、俺の攻撃はその耐久力を大幅に超過していたんだろう。
「はああああああああああっ!」
さらに二撃、三撃、四撃。
【インパルスブレード】は四度撃つと待機時間が発生するため、これでしばらく打ち止めだ。
前方の壁は綺麗な正方形に切り裂かれて穴が開いている。
「これで通りやすくなったな」
俺は馬を下り、剣を抜いた。
ここからは徒歩の方が戦いやすそうだ。
穴の向こうに、慌てふためく帝国軍の姿が見える。
「さあ──殺し合いの始まりだ」
突進した。
「ひ、ひいっ」
「く、くるなぁっ」
おびえた声を上げる帝国兵たちの真ん中に斬りこむ。
「【ソードラッシュ】!」
まずはあいさつ代わりの連続斬撃スキル。
前方で帝国兵が七人ほどまとめてバラバラに切り刻まれた。
降り注ぐ血の雨。
肉片。
臓物。
骨の欠片。
剣や鎧の切れ端。
それらを浴びながら、俺はさらに進む──。




