4 パーティの夜
その日の夜、王城でパーティが開かれた。
十二番隊の開設記念や、この一か月での連戦における騎士団の慰労などを兼ねたものだ。
俺も隊長として参加した。
着慣れない礼服が何とも落ち着かない。
パーティなんて柄じゃないな、と不安だったのだが、いざ始まってみると、次々に列席者から話しかけられ、緊張する暇すらなかった。
「いやあ、あのときのマリウス殿の戦いぶりはすごかった」
「馬上から見ていたが、ろくに目で追えないほどのスピードだった」
「いったい、どなたに教わったのです。あなたの戦闘術は──」
口々に俺を称賛する騎士たち。
これまで一緒だった二番隊の者もいれば、戦場をともにした別の隊の者もいる。
また聖竜騎士団以外にも、銀獅子や青狼、白虎といった各騎士団のメンバーがいた。
隊長や副隊長格、三席や四席といった上位の騎士ばかりだ。
彼らが俺を見る目は、まさに英雄へのそれだった。
少し前まではただの農夫だった、この俺が……。
奇妙なほど現実感のない光景である。
と、
「楽しんでいるか、マリウス」
黄金の髪を長く伸ばした女が声をかけてきた。
凛とした容貌は、周囲の貴族令嬢たちと比べても、ひときわ華やかで美しい。
体のラインがぴったり浮き出るドレスが、グラマラスな長身によく映えていた。
こんな美人まで俺に声をかけてくれるなんて──。
「……ん、リーザ隊長ですか?」
「誰だと思ったのだ?」
リーザが苦笑した。
「いえ、その格好だと印象がかなり違いますし」
一瞬、気づかなかった。
どこのお姫さまかと思ったぞ。
「こういう格好は苦手なんだ。だが宴の席では、いちおう……」
リーザは照れ笑いを浮かべていた。
二十歳くらいの年齢差があるのに、年甲斐もなくドキッとしてしまう。
「それと、もう敬語は不要だ。君も隊長になるんだし、私とは同格だろう? これからは普通に話してほしい」
そういえば、もう彼女は上司じゃなくなるし、同僚みたいな感じになるのか……。
「私としても、その方が気分が楽だよ」
「じゃあ、そうさせてもらうか」
一か月ほど敬語で話していたから、まだ慣れないが。
「隊長同士、これからもよろしく頼む」
「ああ、こちらこそ」
握手を交わす俺たち。
と、
「あなたがマリウスさんね。こうしてお目にかかれて嬉しいわ」
俺たちの側に一人の女が歩み寄ってきた。
年齢は三十代前後だろうか。
褐色の肌に艶のある黒髪を長く伸ばした美女。
「あたしはドロテア。三番隊の隊長をしているわ。戦場で一度会ったわね」
そういえば、顔に覚えがある。
グリムワルドとの戦いの際に見かけた、三番隊の女騎士か。
「マリウス・ファーマ。十二番隊隊長だ」
「知っているわよ。有名だもの、あなたは」
艶然と微笑むドロテア。
「──と、二人のお邪魔をしてしまったかしら」
と、俺たち二人を意味ありげに見つめた。
「邪魔とはどういう意味だ」
「浮いた噂一つない鉄の女のあなたも、今をときめく英雄マリウス相手なら心が動くんじゃない?」
「鉄の女でけっこう。私は剣と結婚したのだ」
ふん、と鼻を鳴らすリーザ。
「あいかわらずねぇ」
ドロテアがくすくすと笑った。
「でも、そういう女に限って一度恋に落ちるとどこまでも燃え上がるのよ」
「あり得ない。だいたい、なぜ私とマリウスが」
「しばらく同じ隊だったんでしょう?」
「発想が飛躍しすぎだ。あいかわらず恋愛話が好きだな、君は」
「そうね、ふふ」
あまりおしゃべりなほうではないリーザが珍しくよく話している。
ドロテアと仲がいいんだろうか。
「ところで、マリウスさんは王都の生活に慣れたかしら? そろそろひと月になるんでしょう?」
「いや、まだまだ不慣れで……」
ドロテアの言葉に俺は頭をかいた。
リーザとは違うタイプの美女に、ちょっとドギマギしてしまう。
しかし王都に来てから、美女や美少女とやたらに知り合うようになったな。
俺がいた農村にこんな綺麗な女性はいなかった。
まるで別世界だ。
「困ったことがあったら言ってね。同じ隊長同士、仲良くしましょ? 色々と──ね」
「ありがとう、ドロテア」
「王都にはいないタイプで新鮮よ、あなたみたいな男。お近づきになれて嬉しいわ」
ふうっ、と色っぽい吐息をもらすドロテア。
肌がゾワリと粟立つような色香が漂ってくる。
「……ナチュラルにマリウスを誘惑するな、ドロテア」
「素朴な農村の男って嫌いじゃないわよ、あたし」
「ドロテア」
「年上の男も、ね」
「誘惑するなと言っている」
「あらあら、リーザ隊長の焼きもちを買ってしまったかしら」
ドロテアはますます笑みを深める。
「だから、その手の話題を私に振るな」
リーザが肩をすくめた。
祝宴は数時間続き、俺はすっかり酔ってしまった。
大臣や貴族、騎士たちから代わる代わる挨拶を受けていたが、さすがに疲れたので、適当なところで切り上げ、会場を後にする。
ふらつく足取りで通りを歩いていた。
酔い覚まし代わりに、少し散策してから宿舎に戻ろう。
だんだんと周囲にけばけばしい雰囲気の店が増えていく。
日用品を扱う店が減り、飲み屋の割合が増えていく。
客引きらしき者の姿が目に付くようになってきた。
この向こうは色街らしい。
そういえば、久しく娼館に行ってないな。
今までの戦いで褒賞はたっぷりもらっているし、十二番隊隊長としての給与もある。
久々に行ってみるか。
せっかくの機会だから、高級娼館で楽しむのもいいかもしれない。
考えてたら、ちょっとムラッとしてきた──。
「この先は色街だぞ、マリウス」
背後から声をかけられた。
振り向くと、そこには凛とした女騎士の姿。
いつの間にか騎士服に着替えたリーザである。
彼女もパーティ会場を後にしていたのか。
「まさか娼館に行くのか?」
リーザが妙に冷やかな目で俺を見た。
「え、いや──」
「まあ、ほどほどにな。老婆心かもしれんが、隊長ともなると色々な目がある」
と、リーザ。
「いや、うるさいことを言う気はないんだ。すまない。ただ、君は良くも悪くも今まで以上に注目されるだろうから──」
「忠告、感謝するよ」
俺は微笑んだ。
「あれ、マリウス隊長とリーザ隊長」
ててて、と一人の少女が駆けてきた。
ウェンディだ。
こいつもパーティに呼ばれていたはずだが、会場では話す機会がなかった。
まあ、ウェンディとは普段の隊の業務でいつでも話せるしな。
「はっ!? この先は色街──まさか二人で逢引きを!?」
「そんなわけないだろう」
顔を赤らめるウェンディにリーザはぴしゃりと言った。
「というか、マリウスにだって選ぶ権利はある。私なんかを」
「えーっ、リーザ隊長、美人なのに」
「よさないか」
「えへへへ」
そんな二人のやり取りを微笑ましく眺める俺。
俺はあらためてリーザを見つめた。
パーティで見かけたドレス姿の彼女も、今の女騎士姿の彼女も。
美しく、凛々しく、そして魅力的だ。
いや、何を年甲斐もなく俺はドギマギしているんだ……。
そしてパーティから三日後、十二番隊に初の任務がくだった。
数週間前に攻め落とされたオルト砦の奪還だ。
そこは王国にとって重要な戦略拠点だった。
当然、帝国の防備も厚い。
難戦が予想された。
だけど、それだけ十二番隊が期待されている、ということでもあるんだろう。
いや、あるいは──。
俺の手腕に、ということか。
どちらにせよ、俺は任務をこなすだけだ。
目的は変わらない。
帝国と戦い、帝国兵を一人でも多く殺すこと。
だが、今までと違い、俺は指揮をする立場でもある。
さて、どう戦うか──。