表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/144

4 パーティの夜

 その日の夜、王城でパーティが開かれた。

 十二番隊の開設記念や、この一か月での連戦における騎士団の慰労などを兼ねたものだ。


 俺も隊長として参加した。

 着慣れない礼服が何とも落ち着かない。


 パーティなんて柄じゃないな、と不安だったのだが、いざ始まってみると、次々に列席者から話しかけられ、緊張する暇すらなかった。


「いやあ、あのときのマリウス殿の戦いぶりはすごかった」

「馬上から見ていたが、ろくに目で追えないほどのスピードだった」

「いったい、どなたに教わったのです。あなたの戦闘術は──」


 口々に俺を称賛する騎士たち。


 これまで一緒だった二番隊の者もいれば、戦場をともにした別の隊の者もいる。

 また聖竜騎士団以外にも、銀獅子や青狼、白虎といった各騎士団のメンバーがいた。

 隊長や副隊長格、三席や四席といった上位の騎士ばかりだ。


 彼らが俺を見る目は、まさに英雄へのそれだった。


 少し前まではただの農夫だった、この俺が……。

 奇妙なほど現実感のない光景である。

 と、


「楽しんでいるか、マリウス」


 黄金の髪を長く伸ばした女が声をかけてきた。

 凛とした容貌は、周囲の貴族令嬢たちと比べても、ひときわ華やかで美しい。

 体のラインがぴったり浮き出るドレスが、グラマラスな長身によく映えていた。


 こんな美人まで俺に声をかけてくれるなんて──。


「……ん、リーザ隊長ですか?」

「誰だと思ったのだ?」


 リーザが苦笑した。


「いえ、その格好だと印象がかなり違いますし」


 一瞬、気づかなかった。

 どこのお姫さまかと思ったぞ。


「こういう格好は苦手なんだ。だが宴の席では、いちおう……」


 リーザは照れ笑いを浮かべていた。

 二十歳くらいの年齢差があるのに、年甲斐もなくドキッとしてしまう。


「それと、もう敬語は不要だ。君も隊長になるんだし、私とは同格だろう? これからは普通に話してほしい」


 そういえば、もう彼女は上司じゃなくなるし、同僚みたいな感じになるのか……。


「私としても、その方が気分が楽だよ」

「じゃあ、そうさせてもらうか」


 一か月ほど敬語で話していたから、まだ慣れないが。


「隊長同士、これからもよろしく頼む」

「ああ、こちらこそ」


 握手を交わす俺たち。

 と、


「あなたがマリウスさんね。こうしてお目にかかれて嬉しいわ」


 俺たちの側に一人の女が歩み寄ってきた。


 年齢は三十代前後だろうか。

 褐色の肌に艶のある黒髪を長く伸ばした美女。


「あたしはドロテア。三番隊の隊長をしているわ。戦場で一度会ったわね」


 そういえば、顔に覚えがある。

 グリムワルドとの戦いの際に見かけた、三番隊の女騎士か。


「マリウス・ファーマ。十二番隊隊長だ」

「知っているわよ。有名だもの、あなたは」


 艶然と微笑むドロテア。


「──と、二人のお邪魔をしてしまったかしら」


 と、俺たち二人を意味ありげに見つめた。


「邪魔とはどういう意味だ」

「浮いた噂一つない鉄の女のあなたも、今をときめく英雄マリウス相手なら心が動くんじゃない?」

「鉄の女でけっこう。私は剣と結婚したのだ」


 ふん、と鼻を鳴らすリーザ。


「あいかわらずねぇ」


 ドロテアがくすくすと笑った。


「でも、そういう女に限って一度恋に落ちるとどこまでも燃え上がるのよ」

「あり得ない。だいたい、なぜ私とマリウスが」

「しばらく同じ隊だったんでしょう?」

「発想が飛躍しすぎだ。あいかわらず恋愛話が好きだな、君は」

「そうね、ふふ」


 あまりおしゃべりなほうではないリーザが珍しくよく話している。

 ドロテアと仲がいいんだろうか。


「ところで、マリウスさんは王都の生活に慣れたかしら? そろそろひと月になるんでしょう?」

「いや、まだまだ不慣れで……」


 ドロテアの言葉に俺は頭をかいた。

 リーザとは違うタイプの美女に、ちょっとドギマギしてしまう。


 しかし王都に来てから、美女や美少女とやたらに知り合うようになったな。

 俺がいた農村にこんな綺麗な女性はいなかった。


 まるで別世界だ。


「困ったことがあったら言ってね。同じ隊長同士、仲良くしましょ? 色々と──ね」

「ありがとう、ドロテア」

「王都にはいないタイプで新鮮よ、あなたみたいな男。お近づきになれて嬉しいわ」


 ふうっ、と色っぽい吐息をもらすドロテア。

 肌がゾワリと粟立つような色香が漂ってくる。


「……ナチュラルにマリウスを誘惑するな、ドロテア」

「素朴な農村の男って嫌いじゃないわよ、あたし」

「ドロテア」

「年上の男も、ね」

「誘惑するなと言っている」

「あらあら、リーザ隊長の焼きもちを買ってしまったかしら」


 ドロテアはますます笑みを深める。


「だから、その手の話題を私に振るな」


 リーザが肩をすくめた。




 祝宴は数時間続き、俺はすっかり酔ってしまった。

 大臣や貴族、騎士たちから代わる代わる挨拶を受けていたが、さすがに疲れたので、適当なところで切り上げ、会場を後にする。


 ふらつく足取りで通りを歩いていた。

 酔い覚まし代わりに、少し散策してから宿舎に戻ろう。


 だんだんと周囲にけばけばしい雰囲気の店が増えていく。

 日用品を扱う店が減り、飲み屋の割合が増えていく。


 客引きらしき者の姿が目に付くようになってきた。

 この向こうは色街らしい。


 そういえば、久しく娼館に行ってないな。

 今までの戦いで褒賞はたっぷりもらっているし、十二番隊隊長としての給与もある。

 久々に行ってみるか。

 せっかくの機会だから、高級娼館で楽しむのもいいかもしれない。


 考えてたら、ちょっとムラッとしてきた──。


「この先は色街だぞ、マリウス」


 背後から声をかけられた。


 振り向くと、そこには凛とした女騎士の姿。

 いつの間にか騎士服に着替えたリーザである。

 彼女もパーティ会場を後にしていたのか。


「まさか娼館に行くのか?」


 リーザが妙に冷やかな目で俺を見た。


「え、いや──」

「まあ、ほどほどにな。老婆心かもしれんが、隊長ともなると色々な目がある」


 と、リーザ。


「いや、うるさいことを言う気はないんだ。すまない。ただ、君は良くも悪くも今まで以上に注目されるだろうから──」

「忠告、感謝するよ」


 俺は微笑んだ。


「あれ、マリウス隊長とリーザ隊長」


 ててて、と一人の少女が駆けてきた。

 ウェンディだ。


 こいつもパーティに呼ばれていたはずだが、会場では話す機会がなかった。

 まあ、ウェンディとは普段の隊の業務でいつでも話せるしな。


「はっ!? この先は色街──まさか二人で逢引きを!?」

「そんなわけないだろう」


 顔を赤らめるウェンディにリーザはぴしゃりと言った。


「というか、マリウスにだって選ぶ権利はある。私なんかを」

「えーっ、リーザ隊長、美人なのに」

「よさないか」

「えへへへ」


 そんな二人のやり取りを微笑ましく眺める俺。


 俺はあらためてリーザを見つめた。


 パーティで見かけたドレス姿の彼女も、今の女騎士姿の彼女も。

 美しく、凛々しく、そして魅力的だ。


 いや、何を年甲斐もなく俺はドギマギしているんだ……。




 そしてパーティから三日後、十二番隊に初の任務がくだった。


 数週間前に攻め落とされたオルト砦の奪還だ。

 そこは王国にとって重要な戦略拠点だった。


 当然、帝国の防備も厚い。

 難戦が予想された。


 だけど、それだけ十二番隊が期待されている、ということでもあるんだろう。


 いや、あるいは──。

 俺の手腕に、ということか。


 どちらにせよ、俺は任務をこなすだけだ。


 目的は変わらない。

 帝国と戦い、帝国兵を一人でも多く殺すこと。


 だが、今までと違い、俺は指揮をする立場でもある。


 さて、どう戦うか──。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ