3 隊長の職務
俺の放った一撃は的だけでなく訓練場の壁まで両断してしまった。
……しまった、加減をしくじったか。
隊長就任初日で施設を破壊してしまうとは。
これは失態だ。
「す、すげえ……!」
隊員たちは全員がざわめいていた。
俺のスキルの威力に一同、驚いた顔だ。
とりあえず非難めいた表情はなかったので、少し安堵した。
いや、安堵してる場合じゃないか。
後で報告書を書かないとな……。
「ランク2スキルでこの威力──」
エドモンは呆然とした顔だ。
「ち、ちょっと、エドモン──話が違うよ!?」
「あんた、『マリウスなんて噂が先走っているだけの雑魚だ。絶対勝てる』って言ってたじゃない!」
ジネットとカリナが顔を赤くして彼に詰め寄る。
「お前のスキルも素晴らしい威力だ。今後の活躍を期待している」
スキル勝負は俺の勝ちだが、そんなことを勝ち誇っても仕方がない。
俺はエドモンに対し、フォローの言葉を入れておいた。
「くっ……!」
が、エドモンは悔しげな顔で俺をにらむばかり。
やりすぎたか……反感を買ってしまっただろうか。
「く、くそっ」
エドモンは叫んで走り去った。
「あ、待て──」
追いかけようとしたところで、二人の女騎士が俺の前に立った。
いずれも、ばつが悪そうな顔だ。
ちらちら、と俺の顔をうかがい、
「そ、その、失礼いたしました!」
「あれはエドモンが勝手にやったことで、あたしたちは別に……」
深々と頭を下げるジネットとカリナ。
「確かに俺は騎士になって間もないし、エドモンやお前たちの気持ちも分かる。今回の件に関して特に咎めるつもりはない」
俺は二人に言った。
「戦場では連携が重要になる。十二番隊の一員として、チームワークを大事にしてほしい。お前たちも、そしてエドモンも。もちろんここにいるすべての騎士も。全員でこの隊を盛り立てて行こう」
当たり障りのない言葉で締めくくっておいた。
……こんな感じでいいんだろうか、隊長って。
その後、俺は隊員たちを集め、簡単な挨拶を行った。
十二番隊には近々、戦闘任務がある予定だ。
その訓練をさっそく行うことにした。
──といっても、騎士たちを統率した経験なんてない。
俺が今までやって来た『仕事』は農夫関連か、最下級の一兵卒として前線で戦うことのみ。
指揮官としての職務なんて未経験なのだ。
戦闘訓練自体は、前の二番隊で何度も経験していたから、その要領でやるしかないか。
ただし、そのときは隊員として参加していた。
隊長として上手く仕切れるだろうか。
──などと内心で不安に思っていると、
「よろしければ、ここは私が」
ジィドさんが空気を読んでくれたらしく進み出た。
「隊長には全体の監督をお願いいただければ、と思います。私たちに至らないところがあれば、指摘をお願いします」
「ジィドさん……?」
「私も隊員たちの能力を把握しておきたいですし」
「分かりました。よろしくお願いします」
要は、慣れるまで見学していてくれ、ということだろう。
他の騎士たちの手前、俺の体面が傷つかないように配慮してくれたらしい。
「……助かります」
俺はジィドさんに耳打ちし、一礼した。
「……上が私を副隊長に据えたのは、こういう役割を担えということだと思っていますから」
ジィドさんも俺に小声で言って、微笑んだ。
「隊長は絶対的な強者として──隊のシンボルとしての役割をまず第一義に。不得手な部分は可能な限り私が補います」
ありがたい、この人が副隊長で本当に助かった。
だけど、いつまでも甘えてはいられない。
早く俺も隊長として一人前にならないと、な。
ジィドさんの指揮のもと、戦闘訓練が始まった。
前衛が防御スキルを展開したかと思えば、後衛から遠距離攻撃のスキルが放たれ、さらに接近戦用の攻撃スキルを持つ者が前に出て、おのおのの技を示す。
全体を見ていると、各自の得意スキルがよく分かる。
それを統率するジィドさんの手腕も見事だった。
実際の戦場では、指揮は彼がメインで行い、俺は切り込み隊長のように最前線で戦うのがいいかもしれない。
あるいは、そういう役割を期待しての人選なんだろうか。
こうして隊長としての初日は過ぎていく。
……そういえば、さっきのエドモンはまだ戻ってこない。
ジネットとカリナはちゃんと訓練に加わっているのだが。
やはり大勢の前で俺に敗北したのが応えたんだろう。
俺としては訓練に加わってもらい、早く隊に馴染んでもらいたい。
後で会って、そのへんをフォローしておこう。
※
「くそっ、なんなんだよ、あいつ!」
エドモンは隊舎の裏で怒声を上げた。
他の騎士たちは隊長のもとで訓練を開始しているようだ。
だが、エドモンは無断欠席してしまった。
あれだけ多くの騎士の前で恥をかかされたのだ。
とても顔を見せられない。
後で、体調不良だったとか適当な言い訳をしておくしかない。
「ランク2スキルで、なんであんな威力が出せるんだよ……」
エドモンはうめいた。
攻撃スキルにはいくつかのランクがある。
並の騎士が使えるスキルはランク1で、彼のようにランク2スキルが使えればかなり優秀である。
ランク3になると基本的に隊長や副隊長クラスしか習得しておらず、ランク4以上となると歴史上の英雄など、ごく一握りの人間しか扱えない
だがマリウスは──。
ランク2スキルを使ったはずなのに、その威力はランク3にも匹敵するほどだった。
もしかしたら、それ以上かもしれない。
正直、驚き以上に見とれてしまった。
心のどこかで、素直な賞賛がこみ上げたのは事実だ。
だが、それを認めたくない気持ちの方が強い。
マリウスは、強い。
その事実を認めるのが屈辱だった。
それに──もう一つ気に食わないことがある。
騎士養成機関からずっと仲の良かった二人の女騎士ジネットとカリナにもいいところを見せて、あわよくば──と思ったら、かえってマリウスを引き立ててしまったことだ。
まさか、あんな中年男に二人がなびくとは思わないが……。
「面白くねぇ……!」
とはいえ、逆らっても得策ではないだろう。
とにかく、あの男の戦闘能力には異常なものを感じる。
魔獣や猛将を倒したというのは、真実なのだろう。
少なくとも表面上は従っておいたほうがいい。
「くそ、気に食わない奴だ……」
エドモンは憂鬱なため息を漏らした。
また日間総合表紙から落ちてしまいました……さすがに激戦区ですね……(´Д⊂ヽ
なんとか踏ん張りたいところです……がんばります……!