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GRAYHEATHIA*グラィエーシア  作者: 瀬川月菜
第4章
19/193

4−2

 リリス族の王宮は、中央の最も大きな主殿と、左右の東翼と西翼に分けられる。建物を区画ごとに配置し廊下で繋げたものとなっていて、上空から俯瞰すれば、きっと蓮池のように見えるのだろう。

 アマーリエの部屋となる宮殿はいわゆる後宮と呼ばれるところに位置する。族長の宮殿の北に位置し、最も彼に近いところにある建物だ。

 ちなみに寝室となる寝殿は後宮の中央部に位置し、二人の宮殿を繋いでいるという。一部迷路のように廊下が入り組んでいるのだ。

 王宮探検はまず、アマーリエの宮殿の西から東へと大きく一周することとなった。

「王宮は、南に正門、北に御所や後宮がございます。東翼は文部と呼ばれる文官の詰所。西翼は武部と呼ばれる武官の詰所が置かれておりまして、政は主殿で行われます。神事の際には北東の神殿に拝します」

「結婚式をしたところ……ですか?」

「いいえ。婚姻の儀を執り行ったのは、その神殿の奥にある社です。社は我らリリスのそらの神の住まうところです」

 神殿も社も神のいるところとしては同じなのではないかと思うのだが、ここでは違うらしい。常識を書き換えなければならないので、とにかくなんでも受け入れようと、自分の考えを横に置いて頷く。

「……大丈夫ですか?」

「覚えます」

 わからなくても覚えなければ始まらないから、そんな返事になった。

 ゆっくり歩きながら、説明は続く。

「現在、天様の宮殿の名は『紺桔梗』殿となっています。族長の宮殿は、そのときの禁色に即した名前がつけられます」

 そこで前方からやってきた集団と行き合った。

 水色と青の袴を身につけた男性たちは、こちらを見るなり廊下の端により、アイを先頭に歩みを進めるアマーリエたちに頭を下げてくれる。

「青袴は武官、浅葱の者は文官です」

 アイが耳打ちしてくれる。

 通りすがりに頭を下げた。

「おはようございます」

 次の瞬間、驚愕の気配がアマーリエを包み込んだ。

 咄嗟に顔を上げた男性たちだったが、慌てて視線を床に向ける。まさか挨拶を言っただけでそんな反応になるなんて思わず、アマーリエはうろたえた。

「お、おはよう、ございます」

 おどおどした返事を受けて、そこを通り過ぎる。

 しばらく行って誰の姿も見えないことを確認すると、後ろにいた女官に呼びかけれた。

「真様。あの者たちは下級の官です。真様自らお声がけなさらずともよいのですよ」

 意味がわからず首を傾げた。

「下級……?」

「青の袴と浅葱の袴は、それぞれ最も地位の低い者の制服ですから」

 ますます意味がわからない。

「ええと、でも……私は新参者で、あの人たちは下級でも王宮の大事な役人であるのは間違いないですし、直接関わりはなくてもお世話になることは間違いないんですから、挨拶くらいは……だめ……ですか……?」

 思わず言ってしまったがだんだんと自信がなくなってきてしまった。

 王宮を企業のようなものだと考えてしまったが、ここはリリス族の国だし、そういうしきたりがあるなら従うべきなのかもしれない。いやでも挨拶くらいはしておいた方がお互いに気持ちがいいのではないかと、都市の感覚で思ってしまう。

「ココ」

 アイが呼んだ。途端に、アマーリエに苦笑を向けていたその女官がびしりと打たれたように硬直する。

「真様のなさりたいように、でしょう」

「も、申し訳ありません!」

 飛び上がって頭を下げたココにも驚いたが、アイにも驚く。

 笑顔で声も優しいのに、やんわりと責める雰囲気がとてつもなく怖い。その美しい笑顔がアマーリエにも向けられ、背筋が伸びる。

「真様のなさりたいようになさってください。度を超すようなことがあれば、わたくしたちがご注意申し上げます」

「あ……すみません、よろしくお願いします……」

 この立場で声をかけるのはよくなかったのだな、と反省しつつ、恐縮しきっているココを振り返る。

「さっきみたいに言ってくれると、助かります。私はここのこと、全然わかっていませんから……」

「は、はい……出過ぎたことを言って、申し訳ございませんでした……」

 涙ぐんだココを、隣にいた女官が小突いた。

「そんなに過剰に心配しなくても、挨拶くらいで国は傾かないわよ」

「でもそれで傾くのが美女なんでしょ」

「あなたには無理ねえ」

 軽口を叩いて、笑い声が弾けた。ココも笑っていてほっとする。どうやら彼女が強い批判を浴びるのは、いまのところ避けられたようだ。

 自分の行動が周囲に強い影響を及ぼすことを自覚した。数々の逸話や伝承のように、軽率な振る舞いが家はおろか国を傾けることになりかねない。アイの注意はなかったから、挨拶はぎりぎり大丈夫、だろうか。

 歩くのを再開して、しばらくすると、外に出る分かれ道があった。

「向こうには何があるんですか?」

「神殿と社です。神官様やライカ様のお住まいとなっております」

 ライカ様。お姑さんだ。とても綺麗で儚げな、お姫様のような人だった。

「ご挨拶に行った方がいいでしょうか」

 すると、すぐに返ってくるはずの返事がなかった。

 何故だろうとアイを見ると、どこかしら真剣みを帯びた表情で頷かれた。

「ご理解いただくためにも、行かれる方がいいかと思います」

 その言い方に引っかかりを覚えたものの、行けばわかるという雰囲気だったので、案内を頼んだ。

 玉砂利の中庭を進んでいった先にある神殿は、中に入ると薄暗く、線香の香りが漂う、外の世界とは隔絶されたような場所だった。

(ライカ様と同じ香りだ)

 応対に出てきたのは白髪の巫女だった。とても上品なお年寄りの女性でにこにこしているが、ここに来てからこんなに年をとった人の姿を見たことがなかったので、少し驚いてしまった。いくつなんだろうと考えてしまう。

「お立ち寄りいただき、ありがとうございます。ただいまライカ様はおやすみでございますゆえ、せっかくお越しくださったのに申し訳ございません」

「それは失礼いたしました。もしかして、お加減がお悪いんでしょうか?」

「いいえ。いつものことなのです」

 すると巫女は不思議な淡い笑みを浮かべた。

「巫女様から真様に、説明役を申し付けられておりますゆえ、しばしお時間をいただきとうございますが、よろしいでしょうか?」

 もちろんだと頷いた。

 アマーリエは広間に通された。女官たちは数人を残して控えの間で待機している。若い巫女がお茶を出してくれ、それをきっかけに老女は話し始めた。

「この神殿において、わたくしたちは巫女と呼ばれておりますが、真の巫女はライカ様ただ一人でございます。ライカ様は神職を司る一族にお生まれになり、以来強い力を持って神事を司ってこられました。多くは、夢見という形で、数々の予言を行い、リリスを導いてこられたのです」

「予言……?」

 超能力者というのだろうか。アマーリエは思わずその真偽について考えてしまうが、ここにいる誰もが、ライカのその能力を疑っていないようだった。

「力を持つ方は得てして長命でございますが、その力が心身に負担をかけ、ライカ様は現在毎日をほとんど眠って過ごしておられます」

「お医者様には診せられたんですか……?」

 医者を志していたこともあり、気になって尋ねる。

「はい。ですがこれは体質であろうという見立てでした」

(過眠症……? それとも疾患がある……?)

 あの儚げな雰囲気は病人だったからなのだろうか。考えてしまうが実際に患者を見たわけではないし、いまのアマーリエには診断できない。リリス族の医師が診たというのなら、それを信じるしかなかった。

「詳しい話はいずれライカ様がございましょう。ほとんど眠っておられるため、お出でいただいてもお話はかないませんが、言付けていただければ、目覚めているときにお伝えすることはできます。ライカ様は真様のお力になりたいと仰っていました」

「私のことは構いませんから、どうぞお身体をお大事にとお伝えください」

 色々教わりたかったけれど、と残念に思いながら、巫女に礼を言って神殿を後にする。

「神殿の近くに廟がございます。よろしければ父祖の霊にご挨拶申し上げてください」

 巫女にそう言われて、そこに向かうことにした。

 教えてもらった円形の建物は、遠目から見ると大きめの東屋のようだった。波型の屋根の下、雲の形の横木をくぐると、中は濃い香の匂いで充満していた。そこにあるのは床から生えるようにして置かれた墓石だ。

 外からの光を反射するつやつや磨かれたもの、巨岩を切り出しただけのものと様々にある。その足元に置かれた香炉に立つ線香が、細い煙を天井へと昇らせていた。

 天井を支える柱の飾りの部分には動物の置物がある。何の動物だろうと目を凝らす。翼を持った竜、ドラゴンと呼ばれるものだろうか。

「こちらの線香に火をつけて、香炉に立ててください。そして両膝をついて、手を前に着き、拝します。これが一般的な拝礼です」

 そう指示したアイは、中に入ってこなかった。アマーリエは言われた通り拝礼して、待っている女官たちの元に戻る。

「……どうしてアイは入らなかったんですか?」

 尋ねると、彼女はちょっと面白そうに笑った。

「そのようにお誓い申し上げたのですわ。わたくしが拝するのはたった一人だと」

 アマーリエが廟を振り返り、もう一度アイに目を戻すと「いつかお話ししますわ」と彼女は笑い、アマーリエを再び案内へと誘った。

 続いて、文官の勤める文部を歩く。本を持って走り回っている子どもは、文官に付いた小姓なのだという。こちらに気付くといちいち急足を止めて道を譲ってくれるので、あまり長居はせずに通り過ぎることにする。

 次は武部だ。広い練兵場があって、このときも訓練が行われていた。

「訓練止め! 整列!」

 アマーリエが通りかかった瞬間、そんな声が響き、全員が手を止めて綺麗な真四角に整列する。統率された動きに呆気にとられたものの、ここでも邪魔していることに気付いて慌てて言った。

「ご、ごめんなさい! お疲れ様です、どうぞ訓練を続けてください……」

「は!」

 にこりと爽やかに笑った武官の号令で、訓練が再開される。

「ヨウ将軍です。武部をまとめる将の一人ですわ」

 指導の声を大きく張り上げる彼を指し示して、アイが教えてくれた。

 武官たちは訓練着を身にまとい、弓や剣や槍を振る戦闘訓練のほか、地を蹴って高く飛び上がったり、大道芸のように空中で一回転したりと、ヒト族にはあり得ない身体能力を発揮している。

「リリスの人たちはみんな、ああいう風に飛んだり跳ねたりできるんですよね?」

「武官は当然得意とする者が多いですわ。一般的には子どもの頃から身体の使い方を覚えますが、苦手な者ももちろんおります」

「女官の皆さんはどうなんですか?」

「わたくしたちはあれほど身体を使うことがありませんわね。護身術くらいは身につけている者もおりますけれど」

 つまりリリス族は、長寿種族でありつつ老化は遅く、身体能力に優れた非常に美しい人間種族、ということになるらしい。

 ヒト族の多くはこの事実を知らないだろう。リリス族は他種族と対面するときは覆面をして顔を見せないようにしているというのだから、おしなべて美麗な顔立ちをしている彼らのことに気付いていないはずだ。

 種として恵まれたリリス族。もしこのことがヒト族に周知されれば。

(強い嫉妬を抱いて、悪くすれば弾圧が起こったりするかもしれない……)

 広大な領土。美しい王宮。文化の違いはあれど洗練された王宮の人々。

 それらをきっとヒト族は欲しがる。自分のものにして取り込み、さらなる繁栄を望むに違いない。だからリリス族は長い間鎖国をして、ヒト族の文化を拒み、自らの国を守ってきたのだろう。

 だったらこの同盟は。私はこの国に来て、本当によかったのだろうか……。

「そろそろ昼食ですわ。真様、そろそろ戻りませんか?」

 周囲にそれがいいと言われて、アマーリエは大人しく自分の宮殿へ戻ることにした。戻る道すがら、女官たちはアマーリエにあれこれ話しかけたり、衣服の緩みを指摘して直してくれたりして、今朝方よりかは少し打ち解けてくれた様子だった。

 それにしても、ずっと思っていたが、この衣装は歩きづらい。

 女官たちは同じような服装で滑らかに歩き、結った髪もきっちりしているというのに、アマーリエは歩き方が悪いのか裾がばさばさとなるので、乱れも激しいのだ。髪も簪が滑り落ちるのではないかと気が気でない。

 周りを参考に、歩き方を工夫していると、アイが小さく声を上げ、女官たちに手振りした。

「真様。天様です」

「え」

 アマーリエと同じように集団で廊下を行く人の姿が、離れたところにあった。

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