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GRAYHEATHIA*グラィエーシア  作者: 瀬川月菜
外伝
179/193

恋への旅路 4

 人目につくと問題となるので離宮を一棟与えられ、逗留の理由はアマーリエの気晴らしのための話し相手ということになった。その日のうちにアマーリエから、こちらのことは構わなくていいからと言われ、ユイコは一人、初めての機械と向き合う時間を得ることができた。

 この機械は何で、どうすれば使用できるのか。箱の中に使い方を説明する冊子が入っていたのでまずはそれを熟読することから始めた。だがわけのわからない単語が頻出するのでさほど分厚くもないのに読了に時間がかかる。最後まで読んでも内容がわからない。仕方なしにもう一度読み、わからない単語を書き留めてみる。

 わからないなりに予想した操作を試みて、携帯端末が光り出すところまでたどり着く。

「これが『電源をオンにする』ね!」

 できてみると、すごく楽しい。明るく輝く画面、色鮮やかな模様が、幼少期にお気に入りだった玩具を手にしているときのわくわく感を思い出させる。

 これが未知で、理解で、知識。文化で文明。発明。懐紙入れほどの大きさだがずっと重い、こんな小さなものに世界の欠片や繋がりがぎゅっと詰まっている。

(だからマサキ様は機械がお好きだったのかしら。不思議そのもので、他にもたくさん種類があるのよね)

 しかし次なる課題は如何にして『使いこなす』と認められるかだ。

(天様が課題を出されて、その通りに操作する、というところかしら。けれどそれって、天様もこの機械をお使いになれるということでは……?)

 恐ろしいことに気付いてしまったが、すぐ忘れることにした。

 冊子に記されているすべての操作を確認して、実行する。いくつかの操作は同じようにできなくて時間を食った。何度か試して、もしかしなくてもリリスで端末を操作するには制限があるのではないかと気付いた。『開けません』『応答していません』『接続されていません』の表示はきっとそうだ。

 そんなキヨツグのちょっとした罠に引っかかっていると、あっという間に四日目になっていた。

 離宮に籠りきって疲れていたこともあり、ユイコはアマーリエに会いに行くことにした。滞在している理由なのだから一度も顔を出さないのはかなりまずいとも考えたからだ。

 先触れを頼んで、順々に取り次いでもらい、護衛官のユメ御前が最後の扉の前で声をかける。

「真様。ユイコ・ミン様がお越しです」

「はい。どうぞ」

 失礼いたしますと頭を下げるユイコをアマーリエはおっとりした笑顔で迎えてくれた。

「ご機嫌よう、ユイコ様。お越しくださって嬉しいです」

「お忙しいところ、お邪魔をして申し訳ありません。わたくしも真様にお会いできて嬉しゅうございます」

 するとアマーリエは困ったように首を振った。

「忙しくは全然ないんです。しばらくは療養だと、いま仕事を全部取り上げられてしまっていて……本を読んでも楽器のお稽古や自習をしても、しばらくすると止めるように言われてしまうんです」

 やり過ぎるな、根を詰めさせるなという指示なのだろう。顔色はいいとはいえ、体調が万全でないのは見ていてわかる。

「皆様、真様のご体調を案じていらっしゃるのですね」

「はい。だからわがままを言うわけにもいかなくて。せっかくユイコ様に来ていただいたんですが、きっと途中で切り上げるように言われると思います。どうかお気を悪くしないでくださいね」

 苦笑するアマーリエ、控えながら首を縦に振って肯定する女官たちに、ユイコも笑みを浮かべた。

 お茶とお菓子をいただきながら話したのは、お互いの近況についてだ。都市に行ったことや戻るまでのことは触れない方がいいだろうと何となく思ったからだった。

 数多存在する機械のうち、たった一つを使用したユイコにはわかる。

 ヒト族の暮らしは、恐らくかなり快適だ。だというのにその生活を選ばず彼女はここに戻ってきた。故郷にいたはずなのに、子どもを抱えていたからといって、こんなに病みやつれるなんて普通ではない。夫と子を思ってのことだったとしても、自らの意思で故郷を離れると決断する理由があったのだ。

 アマーリエも心の内を明かすことはせず、王宮やシャドから離れた各地の様子を聞きたがった。ユイコは知る限りのことを話し、リリスはいま平穏そのもので、何も心配することはないのだと言い聞かせるように伝えた。

 相槌の打つ彼女の微笑みが少しずつ、少しずつ熱を持って柔らかくなっていく。

 ユイコは心底ほっとし、渇いて咳が出るようになった喉をお茶で湿らせた。

「すみません、たくさんお話をさせてしまいました……」

「いいえ。お伝えすることができてようございましたわ。こうして話してみるとわたくし自身も気付けるところがありました。このようにしてリリスを見ているのだ、という……」

 何だろう、この瞬間、ユイコはいま記憶しているリリスをいつまでも覚えていて、幾たびも思い返すに違いないという不思議な予感に見舞われた。

「ユイコ様、キヨツグ様の課題の進捗はいかがですか?」

 はっとして懐に入れていた紙片に触れる。一瞬迷ったことを見過ごさなかったアマーリエは、つと視線を巡らせ、身近な側仕えの者たちだけが控えていることを確認すると「何かお困りですか?」と尋ねてくれた。

「実は」とユイコは隠し持っていたそれをアマーリエに広げてみせた。理解の難しい言葉や、推測したもの、端末を使う際の疑問点を書き留めたものだった。

「理解が難しいものが少々……お力添えをいただけませんか?」

 機械に詳しいと言えば、アマーリエにほかならない。そしてキヨツグも、助力を請うてはいけないとは一言も言わなかった。族長の仕掛けた二つの目の罠だ。

 アマーリエは輝くような笑顔になった。

「もちろん、私でよければ!」

 肩を並べて、触れ合わせて、力を合わせて課題に取り組む。それはまるで学舎の光景だった。真剣な表情と、時々のくすくす笑い。合間に挟まる他愛ないおしゃべり。家庭教師に学んだユイコはきっと私塾や学校とはこういうものなのだと想像した。

 物言いが平易で貴人らしくないとシズカが揶揄したこともあるアマーリエは思いがけず説明が巧みで、何故だろうと考え、しばらくして納得した。きっとこうしてキヨツグに都市のことやものについて話しているに違いない。

 おかげで色々と疑問が氷解し、ユイコは新しく書き加えた覚え書きを胸に、心の底から安堵の息を吐いた。

「本当にありがとうごございました。教えていただいたおかげで何とかなりそうですわ」

「何かわからないことがあったらいつでも聞いてください。でも、さすがユイコ様です。すごく飲み込みが早いです。きっとこうやって何事も熱心に取り組んできたんですよね。本当に尊敬します」

「お褒めいただくようなものではありませんわ。真様の努力には敵いません。……でも」

 いつもの調子で謙遜して、ふと、思いが口を突く。

「……嬉しいです。幼い頃から『こうなりたい』と思い描く自分自身になることが、わたくしの喜びでした。たとえそれが『できない』ことが怖いということであっても、それもまとめてわたくしなのですわ」

 たおやかに、晴れやかに胸を張って微笑んだ。アマーリエの羨望の眼差しに恥じないよう、誇りをもって。

 多少気を利かせてくれた女官たちが見過ごせないほど長話になっていたので、そろそろと切り上げようとしたとき、ふとアマーリエが何かに気付いた様子で呼び止めた。

「ユイコ様。いま課題のものをお持ちですか?」

「はい。持ち歩いておりますわ」

 離宮に放置して、何かあったら恐ろしいと思って持ち歩いている。落としたときも怖いがそのときはそのときだ。

「いま、少しだけお借りしてもいいですか?」

 控えの者たちの視線を遠ざけてからアマーリエが言う。何だろうと思いながらユイコは周囲を気にしながら携帯端末を託した。

 アマーリエは「初めて見る機種だ」と呟いて、最初は迷いながら、しばらくしてからゆっくりと確実に手を動かして何かを確認すると「ああ、やっぱり」と頬を緩めた。覗き込めたのは一瞬、何をしたのかすぐにはわからないまま、アマーリエは携帯端末を最初の状態に戻して消灯し、ユイコに返してくれた。

「ありがとうございました。お返しします」

「恐れ入ります。あの……何か……?」

 ふふ、と意味ありげにアマーリエは笑っている。

「ユイコ様ならきっと大丈夫です。どうか自分を信じて、進んで行ってください」

「……真様。あの」

 マサキ様に、何か伝えることは。

 ユイコが与えられた課題を達成したとき、どうなるのか、彼女は知らされているはずだ。だからユイコがいずれマサキと顔を合わせることも予測できるだろう。かつてアマーリエに恋をして、愚かな振る舞いをし、彼女のいない都市にいる彼だ。

 アマーリエはかすかに頭を振った。何も言わない。言えない。言ってはいけないのだと思っている寂しい微笑みで「またお話ししましょう」とユイコを送り出した。

 マサキの恋は、叶うことはなくとも、いまの彼女を形作ったのだと思わせて、ユイコに悲しくも激しい嫉妬心を抱かせた。

(それでもわたくしは諦めない)

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